558 :【SS】金環日食 1/3:2012/05/21(月) 00:36:57.39 ID:xGpee6r60
2012年5月21日午前7時30分には、数百年に一度のビッグイベントがある。
ご存知金環日食だ。
あたし高坂桐乃は家で日が欠けるのを待っていた。
今日は月曜だから学校があるけど、金環日食を見た後からでも十分間に合う。
いつもならお父さんやお母さんもいるんだけど、お父さんは今朝早くから仕事、
お母さんはご近所の奥さんたちと一緒に見る事になっているらしい。
あと家には一人、あたしの兄貴である京介もいるはずなんだけど、
今日は早くからどこかに出かけてるみたい。
京介があたしと一緒に見たいって言うから、あやせや加奈子からの誘いも断ってこうして一人家にいるっていうのに、
一体どこほっつき歩いているんだか。
一応メールで確認したこところ、金環日食には間に合うとのことだから心配はしてないんだけど……

7時を過ぎて、大分周りが暗くなってきた。
さすが日食。
さて、京介が帰ってくる前に今日のやり取りでも予習しておこうかな。


『もうそろそろ時間だね』
『ああ。
 ところで桐乃、おまえに一つプレゼントがあるんだ』
『プレゼント?
 なにそれ』
『こいつだ』
京介はどこからか黒い下敷きを取り出した。
『はあ?
 なにそれ。
 そんなメルルの一つも書かれてない下敷き渡されても困るんですけど』
『まあそう言うなって。
 ほら、その下敷きは太陽を見るためのものだから覗いてみなって。
 おっと、いきなり太陽を見るんじゃないぞ。
 ちゃんとゆっくりとだな……』
『わかってるって。
 それじゃあ見てみるね』
黒い透明な下敷き越しに見る太陽、それは……
『綺麗……』
数百年に一度だけ見れる、大きくて小さな金色の輪。
『桐乃、見えるか?
 その世界で一つだけの指輪が、俺からおまえへのプレゼントだ』
下敷きから目を離し京介を見れば、京介は真摯な瞳であたしを見つめていた。
『京介……
 うれしい……
 ありがとう』
あたしがお礼を言うと、京介が顔をほのかに赤らめる。
そしてゆっくりと手を伸ばすと、優しくあたしの頬を撫で……
『桐乃……』
『京介……』
ゆっくりと、顔が近づいて……

559 :【SS】金環日食 2/3:2012/05/21(月) 00:37:21.58 ID:xGpee6r60

「ななななななななんて、あるわけないじゃん!
 一体ナニ考えてんの?
 このシスコン!」
「桐乃、俺がどうかしたのか?」
突然背後から声をかけられた。
「ふにゃあ!」
びっくりして素っ頓狂な声を上げてしまう。
「うぉ!
 平気か、桐乃?」
後ろを振り向くと、直前まで走っていたのか、息を切らせ汗を流した京介が立っていた。
「あああああんた、いつ帰ってきたの?」
「今帰ってきたとこだが……
 すまねえな。
 ちょっと遅くなっちまった。
 まだ間に合うよな」
良かった。
あたしが妄想しているところは見られていなかったみたい。
「ま、間に合うけど、帰ってくるの遅すぎ。
 もう日食始まっちゃってるじゃん」
一緒にいられる時間が短くなっちゃうじゃん。
「そうか。
 だからさっきから暗かったんだな……
 それじゃあ一緒に見るか」
京介はそう言うと、縁側に腰掛けるあたしの隣に座った。
汗をかいているせいだろうか、いつもより京介のにおいが強い気がする。
「それで、あんた一体何しに行ってたの?」
あたしとの時間より優先するぐらいだから、よっぽど大切な用事なんだろうね。
そうじゃなけりゃぶつ。
「ああ、ちょっとな……」
なんだろう?
「まあ、もうちょっと待てって」

7時半近くになり、益々辺りが暗くなってきた。
もうそろそろ金環日食の時間だ。
「もうそろそろ時間だね」
あたしが隣の京介を見ると、京介の汗はすっかり引いたようだった。
ちょっと残念。
「ああ。
 ところで桐乃、おまえに一つプレゼントがあるんだ」
そう言い、京介がかばんを探り始める。
ま、まさか……!
「プ、プレゼント?
 なにそれ」
ドキドキ
京介が取り出したそれは―
「こいつだ」
京介の手の上には、小さな箱が乗っている。
あたしは京介から箱を受け取ると、京介の顔をうかがう。
「ほら、空けてみなって」
あたしは京介に促され、ゆっくりと箱を開ける。


560 :【SS】金環日食 3/3:2012/05/21(月) 00:38:00.09 ID:xGpee6r60

「これ……」

箱の中には、金色に輝く指輪が入っていた。

手にとってマジマジと見てみる。
その指輪は一見シンプルだが、良く見ると非常に凝った意匠がされている。
「綺麗……
 これ……金環日食をイメージしてるよね」
数百年に一度だけ見れる太陽をイメージした、小さな金色の輪。
「桐乃、どうだ?
 気に入ってくれたか?」
その指輪から目を離し京介を見れば、京介は真摯な瞳であたしを見つめていた。
「京介……
 うれしい……
 ありがとう」
あたしがお礼を言うと、京介が顔をほのかに赤らめる。
「でも、どうしたの、この指輪」
「せっかくの金環日食なんだし、記念になるものをプレゼントしようと思い立ってな。
 はじめはメルルがプリントされた金環日食用のシートでも買おうと思ったんだが、金環日食なんて数分で終わるだろ?
 それなら金環日食の形をしたものの方が好いと考えて、御鏡に相談して作ってもらったんだ」
やっぱり下敷き用意するつもりだったんだw
「へぇ。御鏡さんに作ってもらったんだ。
 通りであんたにしてはセンスがいいと思った」
「うるせえ。
 急なお願いだったから、今朝までかかっちまった。
 御鏡には今度礼をしておかなきゃな」

「♪」
「なあ桐乃……
 下を見るのもいいけどよ、そろそろ上も見ようぜ」
うえ?
あ、そうか、今金環日食だったっけ。
あまりに嬉しくて忘れちゃうところだった。
「そ、そうだね。
 それじゃあ遮光用の下敷きを用意しないと……
 京介も持ってるよね?」
「それならちゃんと……って、あれ?」
京介が鞄の中を探る。
「……そうだ、指輪のことで頭がいっぱいで買うのを忘れてた」
「ハア……
 仕方がないから、あたしの使う?」
あたしは仕舞っておいたメルルがプリントされた金環日食用の下敷きを取り出す。
「ああ、サンキューな、桐乃。
 って、それは二人で使うにはちょっと小さすぎないか?」
「子供用だからね。
 でもさ」
あたしは京介の手を取ると、ギュッと抱き寄せる。
「桐乃!?」
ほっぺたがくっつくくらいにまで近づいた京介の芳香があたしの鼻腔を擽る。
「こうすればちゃんと二人でも使えるでしょ?」
あたしと密着し、顔を赤くする京介と一緒に見る金環日食。
数百年に一度の金の輪。
それよりも綺麗な金の輪が、京介の腕に抱きつくあたしの指で光った。



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最終更新:2012年05月25日 14:10