961 名前:【SS】深夜のラーメン:2012/08/13(月) 23:11:36.24 ID:s12F3+Lh0
※編集者追記:ページ下部にPDF版有り

深夜のラーメン

シズクちゃんかわいいよぉシズクちゃーん! 萌えーっ! 萌え萌えーっ!!
なにこの神ゲー! あたしを萌え殺す気!?

必死に声を抑えつつ、モニターの中の妹に萌え狂う。
説明しよう。
今あたしがいるのは、自分の部屋。目の前に鎮座ましますのはこのパソコン。
そしてモニターに映し出されているのは、今にも二次元から飛び出してきそうなくらい(ホントに飛び出してきたら即座に捕まえてぺろぺろしちゃう!)、
その魅力的な姿、仕草、声、その他諸々を画面のこちら側にいるあたしに振り撒く理想的な妹達。
つまり、エロゲーをプレイ中なのです。
この趣味に走り出した頃はまだ羞恥心が若干あり、いまいち画面に集中しきれないこともあったが、そんなものはもはや微塵もない。
この部屋、このモニターがあたしの世界の全てなのだ。幸いなことに、あたしの部屋には鍵が付いている。
クラスのアイドルで売れっ子読モで陸上部のエースたる高坂桐乃が、部屋でひとり萌え狂っていても、誰にも見られる心配はない。
オッケー全力で狂おう! かわいいよー妹かわいいよー!! なんであたしの妹達はこんなにかわいいのー!!!
ひとしきりシズクちゃんを愛で、伸びをする。さすがに肩が重い。
賢者状態のあたしの目に、時計が飛び込んできた。針は午前二時半を指している。ちなみに今は金曜日の夜だ。いや、もう土曜日か。
でもまだ金曜日だと思っておいた方がなんとなく得だよね。そう、今は金曜日の二十六時半。そう、これでいい。

そんな下らないことを考えていたら、ぐぅ、とお腹が鳴った。
こんなのはいつものことだ。元々朝昼夜の食事はあまり摂らない。間食も殆どしない。
だけどこの時は、何故かちょっとだけ何かが食べたい気分だった。いつもよりちょっとハッスルし過ぎたせいかもしれない。
ちょっとくらい、なんかつまんでもいいかな。そう思った。

階段を降りリビングの扉を開けた途端、食欲を刺激するいい匂いがふわっとあたしを包み込んだ。
リビングの電気は消えているが、台所の換気扇の黄色いライトだけは付いていて、どうやらそこが匂いの発生源のようだった。
仄かに漂う醤油と玉子の香り。ああ、お父さんが小腹でも空かせて夜食を作ってるのかな。まずいなあ、こんな時間まで起きてた言い訳を考えなきゃ。
ちょっと勉強に集中しすぎちゃっててさ。そう言おうと思って、ぐつぐつという心地良い音の発生源に首をめぐらせ――兄貴と目が合った。

かぁっと顔が熱くなる。
どうしよう。兄貴と見つめ合うなんて何年振りだろう。こいつ、こんなに濁った目してたっけ。
いやそれよりも。もしかしたら、あたしが鍋の中のソレを物欲しそうに見ていたのを目撃されていたかもしれない。
うわ。うわー! どうしよう、兄貴の夜食を奪う妹みたいに思われたら! あたしそんな食い意地張ってないし!
そう、たまたま目が合っただけ。ちょっと喉が渇いて、何か飲もうと思ってリビングに降りたら、兄貴がラーメンを作っていたっていうだけ。
何作ってるんだろう? って見るくらいなら全然不自然じゃないよね。うん、大丈夫。
ラーメンになんか興味ありませんよ、のオーラを全身から発散させつつ、あたしは努めて冷静に兄貴から目を逸らし、ずかずかと冷蔵庫に近づいていった。
麦茶か何かを一口飲んでさっさと退散しよう。
きっと兄貴も「さっさと出てけよウゼー妹」とか思ってるんだろう。そうに決まってる。

コップにどぼどぼと麦茶を注いでいると、不意に何か声を聞いた。
あたしは最初それが自分に向けて発せられたとは思っておらず、頭の中で言葉が意味を形成しないまま、麦茶をごくりと一口飲んだ。
そして気付いた。今、このリビングにはあたしと兄貴しかいない。ということは、今の声は。
ばっと兄貴を振り向く。
そこには相変わらず濁った目の、しかしやわらかな表情の、京介がいた。

数分後、換気扇の黄色いライトだけに照らされた薄暗いリビングで、テーブルを挟み、無言でラーメンをすする兄妹がいた。
あたしは小さなどんぶりで。
兄貴は鍋から直接。
いや。いやいやいや。これおかしい。
今何時ですか。午前二時半過ぎです。こんな時間に、親の目を盗んで一緒にラーメン食べる仲のいい兄妹がいますか。いや、そりゃ世界中探せば何組かはいるでしょう。
しかし、あたしたちは仲が悪い兄妹なのだ。会話なんて、もう何年も交わしていない。そのあたしたちが、今こうしてテーブルを挟んで、ずるずると麺をすすっている。
兄貴が、何を考えているのか判らない。
ちょっとお腹が空いていて、そしてあまりにもそのラーメンが美味しそうだったから。
そして、兄貴がとても優しそうだったから。
だから、「ラーメン、食うか?」という言葉を認識した時、普段のあたしなら「は?」とかなんとか、すごく冷たい態度を取ってしまうところを、つい頷いてしまった。
ちらりと上目使いで兄貴を見るが、あたしには目もくれず、黙って食べていた。
だからあたしも、黙って麺を口に運ぶ。
味なんて、わからなかった。

兄貴がリビングを出て行ってしまってからも、あたしは一人椅子に座り、からっぽのどんぶりを眺めていた。
お腹は満たされたのに、何かが満たされなかった。
京介のふわっとしたあの優しい表情は、本当に久し振りに見た。そしてそれは、今の大嫌いな兄貴と京介が同一人物であることの何よりの証明だ。
ぱたりと、涙が一粒落ちる。
もう二度と、あの日々が帰ってくることはない。京介もあたしも、仲が悪いまま、こんなにも成長してしまった。そして、これからも、おそらく。
お互いに歩み寄る余地はたくさんあったはずだ。それらを悉く、どんなに些細なことであっても兄妹ふたりして、徹底的に壊し続けてきた。
でも。
味はわからなかったけれど、一緒にラーメンを啜っていた時のリビングの空気は、決して息詰まるものではなかった。
むしろ、ずっと仲が悪かった兄妹が、なぜか二人して無言でラーメンを啜っているという状況がなんだかちょっとおかしくて。
そしてとても嬉しくて、身体の芯から溢れ出る笑みを抑えるのに必死だった。

これからも、深夜のエロゲーに疲れたら、時々リビングに下りてみようと思う。
もしまた同じような機会があったら、今度はしっかり味わってやろう。
そして、今日言えなかった「ごちそうさま」の一言を、あいつに言ってやらなきゃいけない。

それは本当に、あたしにとってのごちそうだったから。

Fin





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最終更新:2012年09月13日 20:17