196 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/20(月) 00:31:34.17 ID:jbff5ehj0


SS『Hibiki』です。桐,あ,加 ※行頭のスペースは見やすい気がしたのでマネてみました。



「ひっさしぶりぃ~。桐乃ぉ。元気してたぁ?」
「当然でしょ?あたしを誰だと思ってんの?」

 本当に久しぶりな気がする。
 中学の友達と会うのは。

「桐乃、本当に大丈夫?あの変態に酷い事されてない?」
「あやせ、心配しすぎだって」

 でも、本当はまだ三ヶ月しか経ってない。
 あたしが京介とど・・・もとい、二人暮らしを始めてからは。

「そっちはどう?加奈子、結構露出が増えてきてない?」
「ったりまえだっつーのぉ。加奈子ぉ、さいのーのかたまりだしぃ」
「そうだよねっ!この前のメルル特番でも、ちょー可愛かった~♪」

 だってさ、あるちゃんに抱きつかれて大慌ての加奈子、本当に可愛かったんだもん♪
 原作シーンの再現としてみるとそりゃ微妙かもしんないけどさ?
 あるちゃんに抱きつかれて真っ赤になるなんて、薄い本の展開そのまんまじゃん!!!!!!

 ・・・と、自重しよう。さすがに・・・

「い、いちおーメルル以外の仕事もふえてんだケドよぉ・・・」
「ま、まじ?」
「本当だよ、桐乃」

 あやせはちょっとだけ意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「だってね、男の人って桐乃のお兄さんみたいなロリコンが多いから、
 『合法ロリ』とか言われて色々な雑誌にひっぱりだこなんだよ」
「あ、あやせェ・・・言葉の端々にトゲがあるんですケドぉ・・・」

 あたしとしたことが・・・!
 モデルやめて情報収集を怠ったのは失敗だった。
 今からでも美咲さんに連絡してバックナンバー取り寄せないとっ!

「それに・・・最近は、映画の主役にも抜擢されたんだよね!」
「まっ、マジでっ!?」
「おうよ。加奈子のじつりょくならぁとーぜんってゆーかぁ」
「・・・・・・・・・小学生の役だけどね」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 あやせの冷徹な一言で、あたりが沈黙に包まれる。
 加奈子・・・可哀想な子・・・あれから少しも背が伸びた気配がない。

 でも、それでも、やっぱり主役に抜擢されるってことは本当に才能が認められたんだと思う。
 あたしの手が届かなかった『一番』というものに、もしかすると加奈子は近づいていっているのかもしれない。
 そう思うと、ちょっと・・・いや、とっても悔しい気持ちがする。

 多分、それはあやせも同じ。
 さっきから冗談めかしたり、『いつもの』あやせらしく言ってみたりしてるけど、
 内心はきっと、あたしと同じ、とても悔しい気持ちでいっぱいなんだろう。

 目だって、加奈子には向いていない。

 なんとなく落ち着かない気分に、あたしは話題を変えることにした。

「ところでさ、あやせはどんな調子?」
「わ、わたし?」

 急にふられて、あやせはちょっとしどろもどろになってしまってる。
 こんな時のあやせは、あたしから見てもちょっと可愛いなって思えてしまう。

 まあ、だからこそ、あいつが色々ちょっかい出してた事があったんだろうけど。

「わたしは・・・普通、かな」
「そっか、普通かあ」

 あんまり元気ないって事だよね。

「最近は、黒猫さんや沙織さんに、その手のイベントに連れて行ってもらったりしてるんだけど・・・」
「あ、あの二人っ・・・!」

 よりにもよって、『ああいうもの』が嫌いなあやせをそこに連れて行く!?
 そりゃ、あたしもあやせにメルル見せてみたり、フィギュア購入に連れて行ったり、
 同人誌即売会に一緒に行ったり、エロゲープレイさせたりしたけどさあ?
 あたしだったら、あやせが嫌がるまではさせてないしっ!

「あやせ、ゴメンね、あたしからちゃんと謝らせるからね」
「そ、そうじゃないの!」
「えっと・・・どういうこと?」
「あのね、黒猫さんたち、わたしが元気ないって思って色々と元気付けようとしてくれてるの」
「そ、そうなんだ」

 それじゃ、元気がない原因って別って事だよね?

 あたしは、あやせが話し始めるのを待つ。

「実はね・・・その・・・」

 よっぽど言いにくいことなのか、あやせは伏し目がちにあたしと加奈子を交互に見やっている。
 でも、どんなことがあっても、あたしはあやせの力になってあげたい。

「わたし、モデル活動を今年いっぱいでやめようと思うんだ」
「・・・・・・・・・そっか」

 そうだったんだ・・・二人で一生懸命頑張ってきたもんね。
 それをやめるっていうのは・・・辛いよね。

「わたし、モデル活動を続けてきて本当に楽しかった。
 色々な世界を知ることが出来たし、自分に自信を持つ事も出来た。
 それに・・・桐乃とも知り合えた」
「・・・ごめん」
「ううん。これは自分で決めた事だから、桐乃は何も悪くないよ」
「ありがと、あやせ」
「・・・うん」

 あやせの澄んで真っ直ぐな瞳に、あたしは思い上がってた自分の気持ちを窘められるような気がした。
 あやせは確かに悩んで苦しんでいる。
 でも、それはあやせ自身の問題だ。他の人がどうこうできる問題ではないんだ。
 そして、あやせは自分自身の生きる道をしっかりと見定めているんだ。

「ちょ、ちょっと待てよぉ」

 振り向くと、信じられない事に加奈子が涙目になっていた。
 
「ア、アタシになんも言わなかったじゃんかよぉ」

 あやせも加奈子のこんな姿を見たのは初めてだったんだろう。
 目をまんまるにしてしまっている。

「アタシ、せっかく桐乃やあやせに追いついたと思ってたのに・・・」
「加奈子・・・」

 加奈子にしてみれば、あたしたちの行為は裏切りにたいなものだ。
 それに、加奈子だってきっと不安なんだろう。
 過密になるスケジュール、巨大化するイベント、自分を目当てにして来る大勢のお客さん。
 全てが新しい出来事で、それでも加奈子自身の自制心に、それを先導してくれる仲間がいた。

 でも。

「加奈子。ここから先は、あたしたちも通った事がない道なんだ」
「そう。だからね、加奈子。ここからはわたしたちも頼りにならないんだよ」
「だ、だけどよ」
「それにね。わたし、気が付いたんだ」

 あやせ・・・

「わたしね、どんなに努力しても加奈子みたいなスターにはなれない。
 だから、このままモデルを続けても加奈子と一緒にいることは出来ないよ」
「そ、そんなことねーよ!そんなこと・・・」

 たぶん、加奈子だってわかってる。
 こんな風にあやせが言うのは、本当に悩みぬいて出した結論だってことくらい。

「それにあたしたち、加奈子に嫉妬してるんだよ?
 あたしたちがたどり着けない所まで、加奈子は到達しちゃったんだなって」
「そうだよ。加奈子って、わたしの何百倍も凄かったんだって、尊敬もしてるんだから!」
「そ、そうかよ」

 これはあたしたちの本心。
 加奈子は本当に、あたしたちの手の届かない場所まで行ってしまった。

 それにしても、と思う。

 あたしって、本当に色々と負け続けだ。
 子供の頃は麻奈実さんに負け、
 見返すためにはじめた陸上も小学生に負け続け、
 京介争奪戦でも黒猫に先を越され、
 そして、モデル業も加奈子に負けた。

 でも、結果的に今の京介との関係が出来たと考えれば1勝くらいは出来たと考えていいんだろうか?

 ふと気が付けば、今度は加奈子の方が小悪魔めいた笑みを浮かべている。

「そっかぁ、あやせもぉ、桐乃もぉ、加奈子にィ嫉妬してるんだぁ~?」
「そ、そうだよ」
「そっかぁ~それじゃ仕方ねーべぇ?
 加奈子がぁ、テメーらの分までぇ、大人気アイドルになってやっからよぉ♪」
「・・・・・・・・・・」
「あ、あやせ、す、ストップ!」

 それにしたって凄い。
 さっきまで世界の終わりのような顔をしていたのに、今はもうあやせをからかう元気まで取り戻してる。
 加奈子、本当に凄いよ。

「とりあえず、今日のところは桐乃に免じて許してあげます」
「そ、そっか、ありがとう(?)ね」
「それにしてもよぉ、あやせぇ、これからどーすんだよぉ?」

 そういえばそうだ。
 あやせからは、モデルをやめるという事しか聞いていない。

「えっとね、それなんだけど、実は父の仕事を継ごうと思うの」
「マジ?結構それ凄くない?」
「そうかよぉ?つーかぁ、あやせの親父って何してんの?」
「・・・埋葬業だよ?」
「・・・・・・・・・」

 ・・・議員さんでしょ?
 というか、加奈子、本気で怖がってるかも・・・
 急に真っ青になって、汗まで流し始めて・・・

 それにしたって、しばらく会わなかったうちにみんな大人になっている。
 それかもしかすると、今まで近すぎて見えなかったものが見えてきたのかもしれない。
 まるであたしと京介の関係のように・・・

「ま、まぁ、あやせの近況ほーこくってやつはこれくらいにしようぜぇ?」
「そうだね、桐乃の話も聞きたいし」

 考え始めたその瞬間に話が振られるって・・・
 でも、順番だもんね。

「あたしは、ほら、普通に京介と暮らしてるだけ、かな?」
「や、ふつーってこたぁないべ?」
「うん。その『普通』って所を詳しく、ね」

 やばい、あやせの目がマジだ。

「んー、まず、家事は二人で半分こってところかな?」
「おぉ~?さっそくぅ、きょーすけとのぉ甘々新婚生活ってぇ?」
「・・・加奈子。桐乃とお兄さんは結婚なんてしてないからね?」

 ま、まあ、出来ないし、ね?・・・多分。

「あいつの担当が掃除で、あたしが料理と洗濯ってことにしてみた」
「きょーすけの担当少なくね?」
「お兄さんの担当が少ないですね」
「あいつ、バイトもしてるから、さすがにちょっと可哀想かなって・・・」
「桐乃。お兄さんを甘やかせると付け上がるよ」

 あやせ、怖いって・・・
 隣で聞いてる加奈子も、自分がターゲットじゃないのに震えてるし・・・

「でも・・・まあ、確かにそうかもね」
「思い当たる事があるの?」
「うん。聞いてよ、あやせ。
 風呂掃除が終わった後なんか、はじめのころはあたしが『先に入っていいから』って気を利かせてあげたけど、
 今じゃ何も気にすることなく一番風呂を楽しんでるしさ?
 部屋に脱ぎ散らかした下着も、あたしが洗濯担当だから仕方なく取ってあげてるのを、
 今でも気にせずに部屋に脱ぎ散らかし続けてるしさ?」
「うわ、きょーすけマジ空気よめねー」
「でしょ?」
「・・・え、えっと・・・」

 あれ?
 あいつの空気読めなさっぷりを、あやせのリクエストに答えて喋ってるのにさ、あやせの反応が悪いよね?
 むしろ加奈子の方が反応してる?

「あたしがせっかく作った料理だってさ、『普通』、『普通』ってさ?」
「うっわ、マジサイテーじゃねぇ?」
「もしかしてお兄さん、桐乃の料理、食べてくれないの?」
「ううん?作った分全部食べるよ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 あ、あれ?今度は加奈子まで黙っちゃった・・・?

「そ、そうだ、桐乃ってば、ししょーの家に習いにいってんの?
 加奈子ぉ、ししょーの家で桐乃に会った事ないからぁ」
「そ、そうだね。わたしも気になるな。桐乃、どこで練習してるの?」
「うーん、麻奈実さんは確かに料理の腕は確かなんだけど・・・」
「だけど・・・?」
「やっぱ、さすがに臆面も無く麻奈実さんに習うのは決まりが悪い・・・かな?」

 あたしは、麻奈実さん・・・京介とずっと近しかった、あたしの姉のような人の姿を思い浮かべる。
 ある意味、あたしは京介を麻奈実さんから奪ったようなものだ。
 まあ、取り返した・・・とも言えるのだけど。

 何にしても、こんな状況で―――お互いもう禍根は無いんだけど―――
 罪悪感を感じないではいられないのだ。

 そんな気持ちのまま会っても、あたしと麻奈実さんの関係はちゃんとしたものにならないだろう。
 そう考えて、麻奈実さんとはもうちょっとの冷却期間を置こうと考えたのだった。

「でぇ、結局誰にならってんだよぉ?」
「ちょっと恥ずかしいんだけど・・・お母さんに・・・」
「えぇー?それって普通だよ?」
「ん・・・ふ、普通、なんだけど・・・新婚前の、嫁入り修行・・・みたいな・・・」
「・・・う、うへぇ・・・」

 あ、ま、まずった・・・
 加奈子の声でわかったけど、これじゃまるでのろけ話じゃん!?
 ど、どうしよ!?
 あたし、ま、まだ、京介と結婚式挙げる準備も出来てないし!

「そ、そのっ!桐乃、ね?」
「う、うん?」
「桐乃の現状は良く分かったから、落ち着いて、ね?」
「わ、分かった」

 あたし、そんなに動揺してるように見えたかな?
 で、でも加奈子がいけないんだしっ!
 京介との新婚生活とか、嫁入り修行とか、結婚式とかっ、出産とかっ!

「つーかぁ、桐乃ってばぁ、二人暮らしで困ってる事とかねーの?」

 え、困る?
 普段どおりの加奈子の声に、ようやく本当に落ち着けた気がした。
 気のせいかもしれないけど『ナイスフォロー』とあやせが呟いた気がしたのも原因かもしれない。

「そっか、困ってることか・・・」

 実際のところ、兄妹の二人暮らしで困る状況なんてそうそう起こるわけがない。
 お金だって貯蓄が十分にあるし、買い物なんかも困ってない。
 昔ならいざしらず、京介との関係もずいぶん良好だ。

 と、そういえば・・・

「一つだけあるかも」
「え?困ってる事があるの?」
「んだよぉ、言ってみろよぉ」
「えっとね・・・」

 大したことじゃないんだけど、結構困ってはいるんだよね。
 これが普通の人だったら、『そんなの気にするほうが悪い』とか言われそうだけど、
 あやせや加奈子だったら真剣に考えてくれるよね!



「朝ね、京介のいびきが耳元でうるさくってさ!」



End.



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最終更新:2012年09月17日 12:09