493 名前:【SS】或る日の想い出M  ◆ebJORrWVuo :2012/09/10(月) 20:11:39.90 ID:MzFX7+VKP
ついでなので、麻奈実サイドも書いてみました
或る日の想い出の補完シナリオ
麻奈実、黒モードの目覚めです

※11巻ネタバレを大いに含むのと、白麻奈実を汚されたくない方は非推奨




「兄貴を返して!」

 これは幼き日のお話。
 正直、そこまで強烈に覚えている場面でもなくて、わたしにとってはとある日常の一コマだった。
 というより出来れば忘れていたかった想い出。
 きょうちゃんが望む、自分でいる為に。
 
 幼き日の桐乃ちゃんが、突然、わたしの家に来て、わたしを呼び出して。
 なぜだか怒りながら、わたしに桐乃ちゃんはそう言ってきた。
 
 ただ、その一言で、わたしは桐乃ちゃんが何を言っているのかを察する事が出来た。
 何を言いたいのかが分かった。
 それでもわたしは、気付かない振りをして桐乃ちゃんに言葉を返す。
 
「……どうしたのかな、桐乃ちゃん?」

 わたしがそうやってとぼけてみせると、桐乃ちゃんはキッとわたしを睨みつけてきた。

「兄貴を返して、って言ったの!」
「兄貴って……きょうちゃんの事だよね。きょうちゃんなら家に居ると思うよ?」
「違う、あんなのはあたしの兄貴じゃない!」
「桐乃ちゃん。お兄ちゃんに対して、あんなの、とか言っちゃ駄目だよ?」

 それにきょうちゃんは、あんなのじゃないよ。
 今のきょうちゃんだって良いところは沢山あるしね。
 何より、怪我もしないし無理をしない分、ずっとずっと安心できる。
 
 わたしが指を立てて、桐乃ちゃんにそう怒ってみせると、桐乃ちゃんはしゅんとした感じで凹んでみせた。
 
「うっ、で、でも、あいつはあたしの兄貴じゃない、あたしの兄貴は、……お兄ちゃんは……」
「お兄ちゃんは?」
「……凄く格好良くて、何でも出来て、完璧で、頭も良くて、足も早い……そういう凄い人なのっ!」
「…………」
「でも今のあいつは……、凄くだらけてて、ヘラヘラしてて、目が全然いきいきとしてしてなくて……なんか、変なの」
「……それも、またきょうちゃんだと思うよ?」

 わたしは、はっきりとそう言ってみせる。
 わたしからすれば、どちらかというとこれが本来のきょうちゃんだと思う。
 お兄ちゃんであろうとしなければ、きっときょうちゃんがこれが自然なんだ。
 
 無理して、意地を貼って、怪我して、無茶して、精一杯に背伸びして。
 きょうちゃんはずっとずっと無理をしてきた。
 だから、今は休ませてあげるべきだとわたしは思う。
 ううん、これからずっと休んでていい。きょうちゃんはずっと頑張ってきたんだから。
 
「嘘を言うなっ! あいつはあたしのお兄ちゃんじゃない! まなちゃんが、まなちゃんがなにかしたんでしょっ!」

 けど桐乃ちゃんにはそれが受け入れられないらしい。
 あの格好良い振りをしていたきょうちゃんでしか、受け入れられないらしい。
 
 この事を知ったら、きょうちゃん、凹むだろうな。
 ……仕方ないから、わたしが悪役になっておいてあげよう。
 
「……なにかしたかと言われればしたかな」
「やっぱり……! なら戻して! お兄ちゃん返して!」
「それは駄目」
「なんで!」

 でも、なんで、桐乃ちゃんはここまで必死なんだろう。
 お兄ちゃんが、好きだから?
 うん、好きだよね?
 でも本当にそれだけ?

「ねえ、桐乃ちゃん」

 わたしは気になって桐乃ちゃんへと話しかける。
 その時、心の中に何かが渦巻きはじめてたのを実感する。
 
「……なによ」
「桐乃ちゃんは、おにいちゃんが好き?」

 うん、好きだよ、と簡単に返ってくるのをわたしは期待していた。
 けど、返した桐乃ちゃんの言葉は……。

「…………!」
「それとも嫌い?」
「……き、嫌いに決まってんじゃん」

 ……なんて、分かりやすい。
 でも少し安心した。ただの反抗心で、ただ好きなんだな、と。

「なら、嫌いなお兄ちゃんなんてどうなってもいいじゃない」

 だからこれは少し意地悪をしただけのつもりだった。
 素直になれないだけの女の子を少し、からかってやりたくて。
 
 そして、直ぐに後悔した。

「……きなの」

 目に涙を溜めて、言葉を絞りだすその姿は、

「お兄ちゃんが……好きなの」

 とても小学生とは思えない、深い重さを持っていて、

「だから……返して」

 怖い、とわたしは思った。
 この子が、怖いと。
 真っ直ぐで、とても純粋。
 それでいながら、その純粋さを一心に兄へと注ぐ。

 なぜ、小学生の妹が、泣きながら兄が好きな事を呟くのか。
 その涙の意味を、本質で理解しているのだろう。
 無自覚でありながら、本物の愛。

「…………そっか」

 人は、ここまで冷静になれるのかと、わたしは実感した。
 自分の中に急速に育っていく、黒い感情。
 今なら、その感情の名を言う事が出来る。

 それは、嫉妬だ。
 
 同時にきょうちゃんの中にある感情と合わさる。
 きょうちゃんが気付いてない強い感情。
 本来、そこまで頑張り屋じゃないきょうちゃんを、支えていたもの。
 
「…でもね、桐乃ちゃん」

 気付いたら口が動き出していた。
 感情なく、機械のように。
 ただはじめての強い感情に突き動かされるように。

「そういう風な意味で、お兄ちゃんのことが好きだなんて、おかしいと思うな」

 酷いことを言っているという自覚はある。
 けど、仕方ないよね。
 
「普通じゃないと思う。異常だと思う。たくさんの人が、気持ち悪いって感じると思う」

 そう、駄目だから。
 そんなのは駄目だから。

「当たり前だけど、兄妹では結婚なんてできないし、ご両親だって反対するに決まってるよ」

 皆が反対するよ。
 わたしだけじゃない、皆が。

「桐乃ちゃんの気持ちが本物であればあるほど、大人になって変わらないものであればあるほど、
誰かが不幸になる」

 少なくとも、わたしが不幸になる。
 大人たちだって、皆、不幸になる。 

「それはもうどうしようもないことで、誰にだって、たとえきょうちゃんにだって、どうにもならないことなんだよ」

 だから、仕方ない、よね。

「いまのきょうちゃんじゃなくて――桐乃ちゃんが好きだった頃のきょうちゃんでも、同じ」

 世の中には、仕方ない事って沢山あるんだから。

「だって、桐乃ちゃんが憧れてた「凄いお兄ちゃん」なんて、最初からいないんだから」

 さあ、諦めなよ。

「だからね、桐乃ちゃん」

 そして、
 
「その気持ちは、誰にも言っちゃだめだよ」

 絶対にその感情はきょうちゃんに話さないで。
 
「早く忘れて、諦めて、ありのままのお兄ちゃんと仲直りして――」

 今まで通りに、その感情なんて無かったように、
 
「普通の兄妹に―――――なりなさい」

 普通の兄妹に戻りなさい。
 
 
 このあと、桐乃ちゃんはお兄ちゃんと敬遠になった。
 わたしの言ったとおりに誰にも言わずに、それでも、気持ちを忘れる事は出来ないんだろう。
 
 正直に言えば、後ろめたかった。
 だから、出来る限り思い出さないように、忘れるようにして。
 黒い感情と共に、封じ込めておいた。
 
 ……わたしが、今まできょうちゃんに告白が出来なかったのは、この事があったからだろう。
 
 だから、次、きょうちゃんの事が好きな子が現れたら、その時は応援してあげようと心に決めていた。
 それが罪滅ぼしになるとは思わなかったけど、それでもそうしないと。
 わたしは、きょうちゃんの側にいちゃ駄目だと思うから。
 
 そう、これは自分で自分に掛けた、一つの縛りなのだ。
 
 願わくば、願わくば。
 わたしが、ずっときょうちゃんの側に居られますように。




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最終更新:2012年10月07日 20:27