SS『恥ずかしくないもん!』※桐,黒,あ,加



 堕天聖たる私があの女のもとに向かうのは、今日で一体何回目だろうか?
 人間<ヒト>の身に、この身をやつしているとは言え
 魔の存在たる私が天使と語らうどころか、その棲家へと誘われるなんて!

 前世ではきっと理解しうるわけもなく、ただ漆黒の雷光と紅蓮の炎に身を焦がし
 互いの領域<テリトリー>を持ちて―――

「はいはい、妄想時間おわりー。さっさと家入って。あやせはもう来てるから」
「・・・・・・・・・」

 仕方ないわね。

 人間の言葉でいえば、そう。
 この私の仮初めの肉体は、久しぶりにこの女に誘われて、
 この女の趣味の低俗なアニメを見せられようとしている所だった。

 こんなオタクに媚びた子供だましのアニメを見るなど、私にとっては苦痛の時間でしかない・・・

 だけど、私の妹に悪影響の無い物かどうか、私がしっかりと吟味しなくてはならない。
 それに、今日は聖天使も初めて、この「鑑賞会」に参加するらしい。
 何より・・・あの女に久しぶりに会える機会だ。

 何しろ最近のあの女は、あまりにも薄情だ。
 自分のお兄さんにかかりっきりで、私たち友達の事などどうでも良いというのかしら?
 あの聖天使も不満を漏らしている。
 『桐乃があの変態シスコン野郎に取られてしまった』と。

 勿論。あの女の本心は分かってる。
 私たちの事は今までどおり・・・いや、今まで以上に大切に思ってくれてる事くらい。
 だけど、あの女にとって、自分の『兄』というのはそれ以上に・・・
 違う。比較にならないくらいに大切なものだという事も・・・

 だが、分かっていても私たちはさみし・・・もとい、不愉快なのだ。
 部屋に入って席に着き次第、あやせと一緒に問い詰めr―――!?

「あ、黒猫さん。こんにちは」
「あやせー、おまたせー」

 なんの変哲もない、ごくありふれたハズの会話。
 だけど、部屋のスミに転がっている物体<それ>を見て、私は凍り付いてしまう。

「あ、あなたたちっ、そ、それっ!?」
「それ?」
「どうしたの?アンタ、急に真っ青になっちゃってさあ?」

 私の脳に認知された物体<それ>・・・
 だけど、まるでこの二人は何もなかったかのように・・・

「はっ!?そ、そうね。そういうことね。ククク・・・」
「く、黒猫さん!?」
「あー、また厨二病発症してるだけだって、放置推奨ー」
「んっふ。ただの人間にはわからないでしょうね。
 ついに、この私の肉体に、我が魂が適合<リンク>し始めたわ」
「え、えーと、何を言ってるのかさっぱりですけど・・・」
「だからぁ、こいつ厨二病発症しただけだから、気にしなくっていいって」

 非道い事言ってくれるのね。
 でも、いいわ。私だけに見えてるのだから。

「勝手に言ってなさい。人間風情が。だけど、私には視えるのよ。
 部屋の隅で簀巻きにされたメルルもどきの姿が!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 言った瞬間、微妙そうな顔をする二人。
 ・・・いいじゃない!少なくとも私には見えてるのよ!

「よかったね。加奈子。ちゃんと見えてるって」
「うん・・・まあ、アンタの言いたい事はわかった。
 けど、触れないであげて・・・」
「・・・・・・・・・」

 今度は私が絶句する番だった。
 この二人にとって、人が簀巻きにされている位の事は日常に過ぎないのだろうか?
 だとしたら、なんて恐ろしいリア充の世界・・・

「で、でもさ、さすがにそろそろ反省しただろうし、そろそろ・・・出してあげたら?」
「桐乃、優しいね。本当は黒猫さんが帰るまでこのままにしようと思ったけど
 仕方ないから出してあげるね、加奈子?」

 一体何があったというのかしら。
 やはり、この女<悪魔>だけは怒らせてはいけないと言う事かしら。

「た、助かったぜぇ、桐乃ぉ、さんきゅー」
「う、うん。でも、次にやったら命の保障はできないよ?」
「わ、わかってるってーの!」
「それじゃあ、早速、アニメ鑑賞会にしよっか!」

 ・・・結局、タイミングを逃してしまったわね。
 ここで妙な事を言い出して、機嫌を損ねても何だし・・・

「桐乃?そういえば、今日は何を見せてくれるの?」

 満面の笑みで、桐乃が語った言葉―――

「『ストライク・シスターズ』だよっ!」




 それから、4時間・・・
 私たちは延々と、あの女オススメのアニメを見せられているわ・・・

 それにしても、これは、とても珠希には見せられないわ・・・
 2次大戦をモチーフとした魔法少女の物語なのは我慢するとして、
 いつ見てもパンツしか見えないこの変態設定。
 各種銃と航空機動の映像は、なるほどバトル物として面白い
 だけど、相変わらず執拗なまでにパンツを見せてくるカメラワーク・・・

 そしてなにより、この現実世界の、微妙な空気・・・

 桐乃が画面などに夢中なのを見計らって、そっと、小声であやせに呟く。

(な、なんとかしなさいよ)
(な、なんとかって言われても・・・)
(だって、今回ばかりはあなたが原因でしょう?)
(で、でもっ、黒猫さんだっておかしいと思いません!?
 出てくる女の子がみんなパンツ見せてるなんて!)

 そう・・・この女、スイーツ2号が発した不用意な言葉。
『なんでみんな、パンツまる見えなの?』
『なんで妹しかいないの?』
『なんでわざわざパンツの見える体勢になるの?』
 ・・・こんな事を言ったら、不機嫌になるに決まってるじゃないの!

(だよねー。あやせってばぁ、桐乃の親友って言ってるクセにぃ)
(か、加奈子っ!というか、だったらどうすれば良かったんですかっ!)
(ふっ、私だったら、こう質問したわね。
 『そもそもこの作品の魔導概念はおかしいわ』とか
 『ユニットがあれだけ強力なら、そもそも一般兵器の意味がないわ』とかね)
(うっわ、こいつマジパネェ。桐乃の事1テラも理解してなくね?)
(加奈子・・・『テラ』の意味分かってる?)
(知ってんにきまってんじゃんかよぉ、黙示録とかぁ、破戒録とかぁ、堕天録みてぇな意味だろぉ?)
(黙示に破戒、堕天?んっふ。最高の賛辞よ)
(こっちも分かってない・・・)

「つか、なに?あたしだけ除け者?」

 気が付けば、桐乃はこちらをすごい目で見ていた。
 手に持ってるモノと合わせ、凄まじいまでの威圧感を放っている。
 お願いだから、こ、怖いから、やめて・・・

「そ、そうじゃないの。その・・・ごめんね、桐乃」
「そうそう。桐乃ってばぁ、機嫌わりーからぁ
 加奈子たちぃ、どーやって機嫌直してもらおうかって相談してたんだって」

 こ、このメルルもどきっ!
 本人に直截言う事じゃないでしょうに!

「そ、そっか・・・こっちもごめんね、加奈子」

 ・・・・・・・・・
 どういう事かしら?
 意外にも素直な返事に驚いてしまう。
 またこじれて面倒な事になると危惧していたのに・・・

 もしかして、桐乃の事を本当に分かってあげているのは
 あやせでも、私でもなく、このメルルもどきなのだろうか?

 そう思うと、息が詰まりそうな位・・・悔しい・・・

「うひひ。加奈子ぉ、桐乃のトモダチだしぃー、トーゼンっしょ?」
「そうだね。加奈子『も』友達だよね」

 あやせ・・・目が笑ってないわ・・・
 でも良かったわ。あと少しでこのパンツアニメも終わるようだし、気分良く帰れそうね。
 ・・・珠希には見せられないけれども。

「そういやよぉ、さっきから桐乃の持ってる布切れってぇ、何?」

 あやせと顔を見合わせる。
 気付いていたけど・・・以心伝心、突っ込まなかったものだ。

 そして、さっきまでのメルルもどきへの評価は撤回するわ。
 この子、やっぱり唯の馬鹿ね。

「え、えっと・・・兄パン・・・かな?」
「あ、兄パン?って桐乃ぉ、兄貴のパンツ嗅いでんのかよぉ・・・つーか、はずかしくね?」

 天を仰いで嘆息する。
 今日半日の間会ってないだけで、ごらんの有様なんてね。

 目の前でいちゃいちゃしても何でもいいわ。
 さっさと帰ってきなさい。
 そして、存分に充電してあげなさい・・・

 そうしないと―――

「こっ、これは兄パン!パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」

 そういって、私たちの前で存分に『兄パン』を味わう桐乃。
 私もあやせも加奈子も、ただただ目の前の光景に引く事しかできない。

 多分・・・これが禁断の果実を食した天使に与えられた罰なのね。
 最愛のものを手に入れたのと引き換えに、最愛のものから片時も離れえなくなる。
 あなたの魂は鎖に繋がれ、離されるたびに激痛に苛まれる・・・

 ただ・・・
 これでいいんだと、私は思う。
 あなたが手に入れたものは、そんな対価を支払っても余りあるものだったのでしょうから。

 同じものを私やあやせ、加奈子・・・それに麻奈実先輩が手に入れたところで得られない喜び。

 そんな喜びに包まれた『親友』を、傍から眺め続けるのも
 人間<ヒト>としての私に許された幸せではないかと感じている。

 ふとテレビの画面に目を向けると、主人公らしき犬耳少女が最後の一撃を決めようとしている。



「妹に不可能はありませんっ!」



End.
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最終更新:2013年01月24日 00:36