【SS】俺と桐乃とコーヒーとおにぎりと


「んん~~! ふう。お、もうこんな時間か」

 センター試験も程近くなってきた秋の終わりの夜のこと。
 今日も今日とて勉強に明け暮れていた俺である。

 夕飯を食べてから一息ついた後、受験生として机へと向かった俺だが、今日は随分集中できたら
しい。もうじき日付が変わろうとしている時間になっていた。

「どうりで体が硬いわけだな。背中や首がゴキゴキいいやがるぜ」

 ストレッチよろしく首を回したり背筋(せすじ)を伸ばす。
 ついでに肩をぐるぐる回したりと一通り体をほぐしたところできゅるると腹が鳴った。

「・・・・・・コーヒーでも飲むか」

 腹いっぱいになると眠くなるからと、少し少なめにした夕飯のツケが回ってきちまったようだ。
 空きっ腹にコーヒーってのはあんまり良くないんだろうが、夜食なんて気の利いたもんはないしな。
 勉強の進み具合は十分だし別に切り上げてもいいんだが、いい感じに集中できたし、誰かさんを
見習ってもうひと頑張りしようかね。

 チラリと壁の向こうに視線を向けたその直後、コンコンというノックとほぼ同時にドアが開き、ひょっ
こりと顔を覗かせる人物が。
 見慣れた茶髪の丸い顔。愛らしい唇に整った顔立ち。深夜ということもあり、ほぼすっぴんだという
のにその可愛さは以前保ったまま(むしろ個人的にはこっちのほうが可愛いんじゃないかと思うんだ
が)の桐乃である。

「なんだ、起きてたんだ。起きてるなら返事ぐらいしてよ」

 俺が起きているとわかると、桐乃はそのまま体を部屋へと滑り込ませそうのたまった。
 返事も聞かずにドアを開けたのはお前だろうに。もし俺がマッパだったり、その格好でエロゲとかし
たらどうするんだ。やらねえけど。

「んだよ、起きてちゃ悪いのか」
「勉強してたの?」

 こっちの言うことは無視かよ。
 しかしこんな些細なことに突っこんでも仕方がない。
 世の中仕方ないで済ませていいことなんかないとはいえ、諦めが肝心という言葉もある。
 桐乃と付き合っていくうえでは、後者が圧倒的に優先されるのである。

「・・・そうだよ。丁度キリがいいからな。ちょっとなんか飲もうと思ったところだ」
「ふ~ん・・・・・・コーヒー、飲む?」
「あん?」
「あ、たしも・・・・・・丁度そんな気分だったしさ。――あんたも飲むならついでにって。洗い物、何度も
出すの面倒でしょ」

 まさかのお誘いである。
 とはいえ、こちらとしてもそのお誘いはありがたい。
 しかし桐乃の淹れたコーヒー、ね・・・。

「んじゃ、お言葉に甘えるか」
「じゃあ早くいこ。あんまりのんびりしてると体が冷えちゃうし。・・・・・・ふぁあ」

 桐乃が俺の手を引いて部屋を出ようとしたその時、その口からあくびが漏れる。
 よくよく桐乃の顔を見てみれば、目がどことなく眠そうに見えなくもない。

「お前本当は眠いんじゃねえの? コーヒーなんて飲んで眠れなくなってもしらねえぞ」
「そんなのあたしの勝手でしょ」

 ふん、と鼻をならせて、そんなの知ったこっちゃないとズンズン階段を下りていく桐乃。
 手を引かれてる俺もそれについて行くほかない。
 リビングへ行く途中、何度もあくびをかみ殺してたようだが、こいつ本当に大丈夫か?

「じゃあコーヒーよろしく」
「って俺が淹れるのかよ!?」

 てっきり桐乃が淹れてくれると思ってた期待を返せ!
 どれだけ不味かろうと全部飲み干す覚悟をしてたってのに、全部無駄になっちまったじゃねえか!

「なによ?」
「・・・ちょっと待ってろ。すぐ淹れる」
「早くしてよね」
「へいへい」

 ソファにすわって太ももに手を挟みもぞもぞしながら桐乃が言う。
 あんまり待たすのも悪いな。ちゃっちゃと淹れるか。

 キッチンに入ると電源の入ったままのポットを手に取る。
 最近は俺がコーヒーを夜に良く飲むのを知っているのか、お袋はコレだけは用意しておいてくれ
る。それならついでに夜食も用意してくれりゃいいのに。
 なんてことを思ってても始まらないか。桐乃から文句が飛んでくる前に用意しちまわないとな。
 コーヒーの粉を探して視線をめぐらすとあるものが目に入った。

 これ、もしかして・・・・・・



「桐乃、コーヒーできた・・・ぞ?」

 自分と桐乃、二人分のコーヒーを入れて戻った俺が見たのはソファに横になり、静かに寝息をた
てる桐乃の姿だった。

「はぁ、ったく。だからしらねえぞっていったのによ」

 どうやら待ちきれずに寝てしまったらしい。
 あの数分で眠っちまうとは、一体どれだけ眠いのを我慢してのやら。バカなやつだ。

「・・・こうして寝てれば、素直に可愛いって思えるんだけどな」

 普段も憎まれ口さえなければ、と思うがそれが桐乃というのも確かだ。
 いきなりしおらしくなられても気味が悪いことこの上ないだろうな。
 でも、もう少し素直になってくれてもいいと思うんだよな。

 コーヒーを探して見つけた、キッチンに置かれた少し歪な形をしたおにぎり。
 それが誰によって作られたかなんて、考えるまでもない。

「そのまま渡してくれりゃ、お礼も言えるってのによ」

 お前が寝てたら、言っても聞こえねえじゃねえか。ま、それでも・・・・・・

「ありがとうな、桐乃」

 さらさらとした髪に包まれた頭を撫でる。いくら指を通しても絡まらない髪が手に気持ちいい。
 そうしていると、桐乃が寒そうに体をよじらせる。

「っと、このままじゃまずいか。桐乃が風邪引いちまうな。つっても、どうしたもんか・・・」

 数瞬考えて、すぐに結論をだす。

「よいせっ、と」

 桐乃の背中と膝の裏に手を回して持ち上げた。所謂お姫様抱っこである。
 しかしこいつ軽いな。本当にちゃんと食ってんだろうか。モデルってのはこうもみんな軽いものなん
だろうか。

 桐乃を起こさないように慎重に階段を上る。幸いドアはしっかりと閉まってなかったのか、半開きの
ままだったので、それを足で開けることで事なきをえた。
 部屋まで運んだ桐乃をベッドに寝かせ、布団をしっかりかぶせてやる。

「おやすみ、桐乃」

 最後に頭をもうひと撫でだけして、部屋を後にする。
 がんばれ、という声が聞こえた気がしたのは、多分気のせいだろう。



「さて、と」

 コーヒーとおにぎりを持って自分の部屋へと戻った俺は、「いただきます」と早速おにぎりにかぶりつく。

「・・・・・・しょっぱい」

 どうやら塩の配分を間違えたらしい。妙に塩見の強いおにぎりだったが、それでも腹はしっかり膨
れた。ついでになにやら胸の辺りも一杯だ。やる気も漲ってくる。コレなら大丈夫だろう。

「さて、もうひと頑張りしますかね」

 このおにぎりを作ってくれたあいつのためにもな。
 おにぎりの乗っていた皿を机の隅に寄せ、コーヒーをお供にして俺は再び参考書へと向かっていった。

 翌日、夜食の件に関してお礼を言うと

「あっそ」

 と、そっけなく顔を逸らされてしまったが、そのかすかに見える耳が真っ赤に染まっているのを俺は見逃さなかった。





 その後、日を追うごとに夜食がだんだん(主に味の面で)グレードアップしてくことになり、俺がその
夜食を楽しみにするようになるのは余談である。





―おわりー
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最終更新:2013年01月28日 05:18