冬も近付く秋の某日。
無事に模試を乗り越え実家へと帰ってきた俺は、日課になった勉強をするために机へと向かっていたんだが・・・・・・。
「う~む・・・・・・。ダメだな。調子がでねえ」
朝から勉強をしているものの、まったく頭に入ってる気がしない。
いつもならスラスラ解けそうな問題も妙に詰まってしまったりと、どうにも本調子じゃないようだ。
「スランプ、って言うほどでもないんだろうが・・・・・・」
さて、どうしたもんかね。
机の前で腕を組んで考えてみるも、いい考えは浮かばない。
時計に目を向ければ丁度正午よりもちょい前の時間帯。
「・・・とりあえず飯食ってから考えるか」
腹が減ってはなんとやら。。
胃が満たされれば何かいい考えも浮かぶかもしれん。
そうと決まれば部屋に篭ってる理由もない。
早速部屋を出た俺はトントンと階段を下りていく。
ガチャリ、とリビングのドアを開ける。
「♪~♪~」
そこには鼻歌を歌う桐乃の姿が。
休日だからだろう。いつもの制服姿ではなく、桐乃らしいオシャレな洋服を着込んだ姿でソファに座っていた。
気分よさそうに足を組んで雑誌を読んでいる。
いつもながら無防備なやつである。そんな短いスカートはいて足なんて組んでたらパンツ見えるぞ。
どういう理屈か、俺の角度からは見えてはいないのだが。いや、別に見たいわけじゃないけどね。
「よう」
よく考えてみれば、桐乃と顔を合わせるのも朝飯の時以来だ。
朝とは違い、しっかり髪のセットもされている。化粧もしてるか?
いつも思うんだが、桐乃に化粧なんて必要ないと思うんだがどうだろう。
返事を期待して声をかけたものの、桐乃といえばチラッとこっちに視線を向けただけ。
『なんでここにいるワケ?』
『うっせ、そんなの俺の勝手だろ』
視線で交わされる会話はいつも通り不毛極まりない。
コレがなければ素直に可愛いと思えると言うのに。
「ねえ」
「なんだよ?」
何か食うもんねえかなと台所へと足を踏み入れようとして、桐乃から声がかかる。
振り向くと、桐乃は足を組むのをやめていた。・・・・・・見れなかったか。
「あんた、勉強は?」
「ああ・・・・・・。なんか調子でなくてな。ちょいと休憩ついでに飯食いにきたんだよ」
「ふ~ん・・・・・・」
なにやら言いたげな態度だが、何かあったのか。
台所を見るとコンロには鍋が鎮座していた。鍋の端にこびりついたものが鍋の中身を物語っている。
カレーか。
「桐乃。お前も食うか?」
「さっき食べた」
「そうかい」
鍋が温まってるのはそのせいか。
おかげで直ぐに飯にありつけるのはありがたい限りだ。
「あんた、午後はどうすんの?」
「勉強してると思うが」
午前のことを考えると、あんまり捗るとも思えないけどな。
「勉強、捗ってないんでしょ?」
「まあ、そうなんだが」
「あたしの経験上、そういう日ってどれだけやっても頭に入らないのよね」
「つってもやらないよりマシなんじゃねえの?」
「効率が悪いって言ってんの。そんな日は下手に勉強するより、何か別のことで気晴らししたほうがいいよ。
そのほうが次の日調子良かったりするしね」
経験者は語るってやつか。桐乃が言うと妙に説得力があるな。
「別のことって言ってもな」
「エロゲーとか」
「しねえよ!」
確かに気はまぎれるかもしれないけどね!? 別のことで頭を悩ましそうだよ!
それなら公園に散歩とかの方がましだっつの。
「冗談だってば。何そんなにムキになっちゃってるわけ?」
「お前が変なこと言うからだろうが!」
「んじゃさ」
どうやら話はまだ終わらないらしい。
「ちょっと付き合ってよ」
「あん?」
「あたしがあんたを気晴らしに連れてってあげる。
どうせあんたじゃ、公園に散歩とかじじくさいことしてそうだし」
「余計なお世話だよ!」
今まさに考えてたことを言い当てるとか。なに、俺ってそんなにわかりやすいの?
「なによ。それとも何かいい案でもあるの?」
「それは・・・・・・」
「決まりね。じゃあちゃっちゃと着替えてきて。あんまり時間ないから」
相変わらず強引なやつだな。
しかしまあ、桐乃とお出かけ、ね・・・・・・。
「へいへい。わーったよ。んで? どこに連れてってくれるんだ?」
「仕事」
「は?」
「どうしてこうなった」
俺の目の前に広がる光景。
数々の機材が並び、それの中心でカメラのフラッシュに照らされる着飾った女の子達。
俺の首に下がる、関係者を証明するカード。
俺は今まさに、桐乃の仕事の現場にいた。
「桐乃のやつ、何考えてんだ」
桐乃と一緒にタクシーに乗って連れられてきたのは、冗談でもなんでもなく桐乃の仕事場だった。
桐乃からの簡単な紹介をスタッフにしてもらい、俺は晴れて現場に足を踏み入れることに。
その時に「ああ、君があの・・・」と誰が呟いたかそんな声が聞こえたが、俺がなんだと言うのか。
仕事の仲間の中では一番に着いたらしく、桐乃以外のモデルの子はいなかった。
連れてきたのはいいものの、やはりというか、俺がいることをあまりおおっぴらにはしたくないらしく、桐乃が仕事の
準備に行く際に、あまり目立つようなことはするなと釘を刺されてしまった。。
そんなこというぐらいなら連れてこなけりゃいいのによ
現場の空気になれない俺は、離れたところから桐乃の仕事ぶりを眺めていた。
「・・・すげえ、な」
なんとも情けない話だが、それ以外の言葉がみつからない。
一言で言えば真剣そのもの。カメラマンに言われるポーズを次々ととっていく桐乃に淀みはない。
そこにはプロとしての風格が見える気がした。
もちろん、そこにいるモデルは桐乃だけじゃない。それでも、桐乃はその中でも飛びぬけて輝いて見えた。
「コレがアイツの仕事、か」
自分のことだけじゃない。他のモデルの子のことも気にかけているのがわかる。
休憩の合間に、うまくいかない仲間に声をかけているのは偶然じゃないだろう。
面倒見がいいというあやせの言に偽りはなかったということか。
「・・・・・・」
しかしなんだな、あのカメラマン桐乃に馴れ馴れしすぎね?
顔見知りかどうかしらねえけど、いちいち桐乃に際どいポーズをとらせるのはどういう了見だ。
コレ雑誌の撮影だよね? そんなポーズとらせる必要ねえだろうが!
「あれ? もしかして京介くんかい?」
「あぁん!?」
誰だ? 俺は今スゲー機嫌が悪いんだが。
「ど、どうしたんだい京介くん。まるで鬼のような形相をしてるよ?」
「なんだ、御鏡か」
振り向いた先にはイケメンきのこの御鏡がいた。
言葉が悪いのは俺の機嫌が悪いせいなので許してほしい。
「なんだとはつれないなあ」
「うっせ。それよりなんでお前ここにいんの?」
「仕事だよ。京介くんは・・・・・・ああ、なるほど。どうりで」
「何がなるほどなんだよ」
「桐乃さんの付き添いだよね?」
何が嬉しいのか、ニコニコとした表情の御鏡。
遠くから『お待たせしましたー』との声が聞こえてきた。
目を向けると、新しいスタッフと思われる人たちと、数人の男子の姿が見える。
恐らくあいつらもモデルなんだろう。御鏡に負けず劣らずのイケメンばかりである。
「桐乃さんが気になるのは仕方ないけど、僕のほうにも構ってほしいなあ」
「お前に構ってる暇はない」
ああ!? そこのクソ野郎! 桐乃の肩に手なんてかけてるんじゃねえよ! てめえは何様だ!
お、桐乃が離れた。いいぞ桐乃、そのままそんなやつに近付くんじゃねえぞ。
「相変わらず京介くんは桐乃さんのことで頭が一杯のようだね」
「んなワケねえだろうが」
仕方のない人だなあと御鏡の呟きが聞こえるが、そんなものはどうでもいい。
仕事中だというのにこりもせず桐乃にちょっかいをかけるその男モデルに、桐乃も辟易としているらしい。
遠目でもそれぐらいはわかる。
クソ、場所が場所なら割って入るところだが、それで桐乃の仕事を台無しにしてしまってはしかたがない。。
「あ~・・・また彼、桐乃さんに声かけてるのか」
「知ってるのか、御鏡」
「うん。ちょっと前からちょくちょく桐乃さんに声かけてるんだよね、彼。
そんなことしても無駄だよって言っても聞かなくてね。向こうとしても扱いに困ってるみたい」
おいおい、なんでそんなやつをいつまでも放置してるんだよ。
んなやつさっさとクビにでもしてやればいいのに。
「う~~ん・・・・・・そうだ! 京介くん、ちょっとこっちにきてくれないかい? 丁度今美咲さんも来てるんだ」
げ、あの社長も来てるのかよ。
「来てくれたら、もしかしたら彼をどうにかできるかもしれないよ?」
「さあ御鏡、さっさと案内しろ」
「ゲンキンだなあ」
苦笑しつつも、そんなのも君らしいけどね、と俺を連れ立って歩き出す御鏡。
少し離れたところに車があり、そこに美咲社長はいた。
「美咲さん」
「あら御鏡くん。そっちは・・・・・・京介君、だったかしら?」
「は、はい。その節はどうも」
この人苦手なんだよな。何考えてるかわからないし。
「美咲さん、実は折り入って話があるんですけど」
「何? 何か面白いことでも思いついたの?」
面白いことってあんた、社長としてそれってどうなんだ。
「はい。えっとですね・・・・・・」
ゴニョゴニョと俺には聞こえない声量で話し始める二人。
話しながらチラチラとこっちを見るその様子に、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「なるほど。それはいい考えかもしれないわね」
「でしょ?」
まるで友達のようなやり取りである。
「ちょっといいかしら?」
話が終わったのか、こっちへと近付いてくる社長。
ジロジロと間近で俺の顔を見てくるのに居心地の悪いものを感じる。
「へぇ、似てなくても兄妹ってことかしら。素材は悪くない。これなら・・・・・・」
俺から離れたかと思うと、近くに待機してた人に一言二言伝え、再びこっちに歩いてきた。
御鏡といえばさっきから笑顔を崩してない。何を企んでやがるんだ。
「ちょっと来て貰える?」
「どうしてこうなった」
繰り返すようで悪いが、こう言う以外にどうしろというのか。
「カッコイイじゃないか京介くん。見違えたよ」
「手を加えれば光るとは思ったけど、ココまでとは思わなかったわね」
鏡に映るのは、メイクさんやらスタイリストによって手に手を加えられた俺が写っている。
何でこんなことになってんの?
「それじゃあ行きましょうか」
「行くってどこへ」
「もちろん、現場に決まってるでしょう?」
まてマテmate待て! それはまずいって!
俺今日は目立つようなことするなって桐乃に言われてるんだぞ!?
「ほら京介くん、現場はあっちだよ」
「ちょ、押すんじゃねえよ御鏡!」
「大丈夫だって。美咲さんのお墨付きなんだから何も心配いらないよ」
「そういう問題じゃねえ!」
何とか抵抗しようとするものの御鏡の野郎意外に力が強い。
あれよあれよという間に現場へと連れ出されてしまった。
俺がその場に着いた瞬間、現場がちょっとざわついた気がしたが気のせいだろう。
そんなことを気にしている場合ではないのだ。
き、桐乃のやつは・・・・・・ぎゃーーー!? スッゴイ目でこっち見てんじゃねえか!
目見開いて顔真っ赤してるし! あれ絶対怒ってるって!
ってこっち近付いてくる!?
「桐乃さんもお気に召したみたいだね」
「んなわけねえ!」
こいつの目は節穴か?
「ちょっと」
「な、なんでせうか?」
いつの間にか目の前にまで桐乃は辿り着いていた。
ふるふると震えるからだが恐怖を煽る。
俯いて表情が見えないのが尚恐ろしい。
「あんた、何してるわけ?」
「い、いや、俺にもどうしてこんなことになっってるかよくわからん」
「わかんないって―――っ!」
「桐乃さん」
「あ、美咲さん」
爆発寸前というところで美咲社長が割って入ってきた。
正直、助かった。今だけはあなたが天使に見えるぜ。桐乃にはおよばねえけど。
「彼ね、ちょっとそこでスカウトしてみたの」
「えぇ!?」
「今日のサプライズってとこかしら」
「美咲さん好きですもんね」
「あら、今日の首謀者は御鏡君でしょ?」
「ごもっともです」
桐乃と俺を置いてけぼりにしていく二人。
スカウトって、あれがか。
「ということで、ちょっとだけ面倒お願いね」
「あ、あたしがですか?」
「ええ。あ、それとついでに今日は彼とツーショット撮るから」
「そ、そんなの聞いてませんよ!?」
「今思いついたから当然ね。桐乃さんなかなかそういうの撮らせてくれないんだもの。
今日のテーマもデート服だし、丁度いいでしょ? それとも、彼と撮るのはいや?」
「そ、それは・・・・・・」
そこで言いよどむ桐乃におや? となる。
桐乃なら即答で嫌だというかと思ったんだが。
考えること約1分。桐乃が出した答えは
「わ、わかりました」
「そう。無理言ってごめんなさいね。ということで京介くん、あなたは桐乃さんと一緒に行動してね」
「は、はあ」
そう言い残して美咲社長はスタッフとの打ち合わせに行ったようだった。
御鏡も一緒についていったので必然的にその場には俺と桐乃だけになる。
「はあ・・・・・・ホント、なんでこうなっちゃうわけ?」
「むしろそれは俺が聞きたい」
見てるだけのはずがどうしてこうなってしまったのか。
「しょうがない。いい? やるからには徹底的にやるかんね。あたしの足引っ張ったら承知しないから」
「お、お手柔らかに頼む」
何せこちとらこんなことは初めてなのである。
コスプレの写真を撮るのとはわけが違う。
「何? 緊張してんの?」
「わ、悪いかよ」
「別に? でもそんなに緊張する必要なんてないよ」
「な、何で」
「あたしがいるじゃん」
自信満々の顔でそういいきる桐乃。
その顔に不安はない。むしろどこか生き生きとしているようにすら見えるのは気のせいだろうか。
「あたしが一緒にいるんだから何も心配しなくていいの。
あんたはただ、いつものようにしてればいいよ。後はあたしがなんとかするから」
「それでいいのか?」
「うん」
桐乃がそういうのなら、俺はそれに従うしかない。
そういったことに関しては完全に桐乃が先輩だ。桐乃には何か秘策があるのかもしれない。
「ま、あんたにはそれも難しいかもしれないけどね~。あんたチキンだし」
「いったなてめえ。後でほえ面かくんじゃねえぞ」
「言ってなさいよ」
そんなやり取りをしてると、撮影場から準備できました~との声が聞こえてきた。
桐乃と話してるうちにいい感じに緊張もほぐれた気もする。あとは出たとこ勝負か。
「んじゃ行くか」
「ちょっと待った」
「あん?」
「襟曲がってる」
着慣れないせいか少しだけ着崩れかけていた格好を桐乃が整えてくれる。
少しだけ照れくさいが、桐乃の自由にさせてやることにする。
「これでおっけ」
「ありがとな」
満足そうに頷く桐乃にお礼を言う。
今日はこいつに迷惑かけてばっかだな。
「じゃあ、いこっか」
「おう」
桐乃に手を引かれて現場へと赴く。
桐乃に恥をかかせないようにしないとな。
「「おまたせしました」」
桐乃の誘いから始まった、予想外の一日。
当初の目的はどこへやらといったようだったものの、結果としてその目的は果たされ、翌日からの勉強は
その日が嘘のように捗るようになっていたというのを付け加えておく。
そうそう、あの時桐乃にちょっかいを出していた男モデルは桐乃のことをやっと諦めたらしい。
何故か帰り際に「お幸せに・・・」と言われたのだが、御鏡またよくわからないことを吹き込んだのかもしれない。
ちなみに、その時に撮られた写真はうまく加工され、俺の顔だけが不自然じゃないように隠されたそうだ。
ああいった雑誌ではそういうのも珍しくないんだとか。
その雑誌は御鏡経由で俺の手元にもあるのだが、その際に「これはバイト代だって」と、加工される前の写真を
一緒にもらうことが出来た。
写真には、ぎこちなく笑う俺と、そんな俺と腕を組んで輝かんばかりの満円の笑顔を見せる桐乃が写っていた。
その写真は小さな写真立てに納められ、今も俺の机の片隅を彩っている。
その後、大学に進学した俺に度々桐乃と一緒でという条件で美咲社長や御鏡から声がかかるようになるのだが、それは
また別の話である。
最終更新:2013年01月30日 03:19