SS『練習中』 桐
「それじゃあ行ってくるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
お母さんを送り出すと、家の中にはあたし一人。
京介は模試を受けに行ってるし、お父さんは急に仕事が入ったみたいだ。
家にはあたし以外、誰も居ない・・・
こんな時、これまでだったらエロゲーを自由に出来る時間が出来たと喜んだものだった。
と言っても、エロゲーをやめたわけじゃない。
今だって、攻略中のエロゲは色々残っている。
特に最近発売されたばかりの妹ゲー『ないしょのないしょ!』なんて、マジヤバイ。
ちょっと大人びた感じのはーちゃんと、天真爛漫な恋ちゃん♪
二人とも“ちょっとちっちゃな18歳以上”なんだけど、これがもう、可愛すぎて可愛すぎて!
毎日毎日、えっちなお風呂とか、えっちなおねんねとか、えっちなおゆうぎとかっ!!!
なんであたしにも妹が居なかったのかと・・・っ!!!
・・・まあ、それはそれとして・・・・
とにかくエロゲーをする時間くらいは何とか作れるわけで、今は、エロゲー以上に難しい事をしないといけない。
それは、家の中に誰かが居たら出来ない事で、あたしにとっては何よりも難しい事で・・・
はっきり言って、あたしがこんな事考えなきゃいけないのは、全部あいつが悪いからだ。
京介があんなだから、あたしがこんなに悩まないといけないわけだ。
そう考えると、とてもムカついてきて、エロゲーに逃げたくなってしまうけど・・・
でも、今は我慢だ。
せっかく、久しぶりに出来たこんなチャンス。決して無駄にはしたくない。
誰かが帰ってくるまでにしっかりと練習をしておくんだ。
だ、だから・・・
だから・・・っ!
「っ・・・す・・・き・・・!!!」
小声で・・・誰にも聞こえないくらい小さな声だったのに、あたしの心臓は、ばくばくと拍動して、
あたしの顔も、信じられないくらい熱を持ってしまう。
あいつの顔を思い浮かべて、ちょっと口にしただけなのにっ!
「~~~~~~っ!!!」
頭の中が真っ白になって、ベッドに飛び込んで毛布を被る。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!!!
ベッドの上を転げまわっても、あいつの顔が頭から離れない。
ちょっと、照れくさそうにして、あたしに微笑んで、『桐乃、大好きだよ』って!!!
だ、だめっ、死んじゃう。あいつにそんな事言われたら、あたしっ・・・!
(カチッ・・・)
「!?」
不意に聞こえてきた何かが動くような音に、あたしの心は一瞬で現実に引き戻される。
まさか、お母さん、まだ出てなかった!?
でもっ!小声だったし!『京介』なんていわなかったしっ!!!
(カチッ、カチッ・・・)
音は、冷静になった分、さっきよりはっきりと聞こえてくる。
あたしのすぐ目の前から、規則的に、ほぼ一秒刻みで・・・
(カチッ、カチッ・・・)
恐る恐る毛布から出て行くと、目の前には昔から使っているアナログ時計。
(そっか、秒針の音だったんだ・・)
安堵すると共に、やり場の無い怒りが湧き上がってくる。
(なんでこう、あたしの邪魔をするのかなあ?せっかくいい感じの想像・・・)
今度は、自分自身の言葉が突き刺さる。
そう・・・『想像』・・・
所詮、あたしのやってるのは、想像に過ぎない。
練習なんて言っていても、結局は京介次第。
あいつがあたしのこと、『妹』としか思ってなければ―――『普通に』考えれば、当然そうなんだけど―――
あたしは、単なるキモイ妹。現実と二次元を混同した、痛いだけの妹にしかならない・・・
だから、多分、こんな事をしても無駄。
そもそも、こんな事言われたら、きっと迷惑。
でも、それでも・・・
あたしがあいつのこと、京介の事を好きだってコトだけはきっと真実。
だから、そんなチャンスが無くても、練習だけはしておかないと・・・
(でも、それなら、さっきみたいな中途半端はダメじゃん?)
あいつにあたしの本心が伝わるように言わないと・・・
でも、それがあたしには難しい。
あいつ以外の人には、伝えたくなくても伝わっちゃうっていうのに・・・
「ちょっと、目先を変えてみようか」
あたしは、誰にでもなく、そう口にした。
そもそも、あたしが言葉に詰まるのは、あいつの顔を思い浮かべてしまうからなのだ。
そして、そうじゃなければ『好き』なんて言葉だって言えるはず・・・
あたしは、去年の秋の初めを思い出す。
あたしはあやせと対峙して、そして・・・
「だって好きなんだもん。好きなものは好きなんだもん。
あんたのことも、エロゲーと同じくらい好きっ!!」
ほら、簡単に言えた!
(カタッ)
また、何かが動いたような音。
今度は京介の部屋から聞こえてきた気もするけど、どうせ時計か何か。
ちゃんと片付けない京介のコトだから、物が滑り落ちた可能性もある。
とにかく、やっぱり、言える。ちゃんと『好き』っていう事が出来る。
・・・でも、京介に向けての『好き』じゃない・・・
京介の事は、エロゲーより、ずっと好き。
あやせよりも、加奈子よりも、黒猫よりも、沙織よりも、リアよりも、ランちんよりも、
お父さんよりも、お母さんよりも、あたし自身よりも、もっとずっと。
でも、どうすれば、こんな気持ちが伝えられるだろう?
『嘘を吐かずにケリを付けて欲しいな』
親友から言われた言葉を思い出す。
あやせも、黒猫も、櫻井さんも、麻奈実さんも、たぶん加奈子も・・・
自分の気持ちに嘘を付かず、京介に、その思いをぶつけてきた。
『遠慮なんてしねーぜぇ、だってぇ、ダチだもんよ!』
加奈子みたいに遠慮なんかしないで・・・
『気持ち悪いって感じると思う』
気持ち悪くたっていいんだ。
あたしが・・・高坂桐乃だっ!
目の前の布切れをつかみ、大きく息を吸い込む。
「超いー匂いっ!感動したっ!最っっ高の気分!ぜんぶ、ぜんぶ、あんたのせいっ!
高坂桐乃は!高坂京介のことが!だいっ好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
(ザクッ)
言えた・・・
やっと詰まらずに言えた・・・!
ちょっと情けない言い方だったかもしれないけど、それでもちゃんと言い切れた。
きっと、今度はもっと上手く言えるはず。本番では、もっと、ずっと。
これで・・・これで、やっと、全ての事にケリをつける準備が出来た事になる。
あたしの兄貴との物語を終え、きっとあたしと京介との物語が始められるように・・・
「京介。だいすき・・・」
End.
ところで、この後消費した兄ぱんの補充に京介の部屋に入ったんだけど・・・
なぜか、京介の机の上に包丁が突き刺さっていたんだよね。
あれ、いったい、何だったのかな?
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最終更新:2013年01月30日 02:15