SS『ワシの子供たちがこんなに他人想いなわけがない』 ※サンタ
今年もクリスマスがやってきます。
クリスマスイブから、人々は踊り、歌い、楽しみながらこの日を過ごしています。
サンタさんも準備に大忙し。
この夜、子供たちにプレゼントを贈る仕事があるのです。
真っ赤な衣装に身を包み、魔法の袋をソリに積み、さあ、出発の時間がやってきました。
サンタさんがソリの乗り込むと、トナカイのルドルフの先導でソリは空に飛び出していきます。
「ホゥホゥホゥ」
サンタさんの笑い声がそらに響き渡り、星もいつもより輝きを増したようです。
さて、サンタさんが今年初めて訪れる場所は・・・?
ルドルフはソリを日本に向けます。
その中でも千葉と呼ばれる場所が、今年の始まりのようです。
ソリはぐんぐんと地上に近づき・・・一軒の家の上に止まりました。
どうやらそんなに裕福ではないようで、質素な生活が見て取れます。
それに、家の中には『仕事で遅くなります』という書き置きが残されていました。
もう日が変わるというのに、まだ帰ってきていないようです。
これではこの家の子供たちも寂しいことでしょう。
この家の子供たちは・・・奥の方に、子供部屋があるようです。
さっそく、サンタさんは気付かれないように部屋の中へと入っていきます。
中には可愛らしい三人の姉妹が並んで眠っています。
サンタさんは、枕元に置いてある三人の手紙を読んでみます。
『どうか、妹達にプレゼントが届きますように』
『ルリ姉と珠希に・・・それとあたしにもプレゼントください』
『おとうさん おかあさん おねえちゃんたちに おもちゃをとどけてください』
これにはサンタさんの顔からも笑みがこぼれてしまいます。
家族の事をとっても大切に思う姉妹の愛情を、とても心地よく思うのでした。
サンタさんは、魔法の袋に手を伸ばし、そっとプレゼントを取り出します。
この袋は、子供たちの欲しいものを出してくれる魔法の袋。
もちろんサンタさんが『良い子』だと思わないと、何も出てはきてくれません。
出てきたのは3つの大きな箱。
きっと三人の欲しいおもちゃが入っていることでしょう。
サンタさんは枕元に箱を置いて、次の家へと向かいます。
ルドルフが次にソリを止めたのは、少し離れた場所にあるマンションのベランダでした。
でも、この部屋からはなにやら邪な・・・そして鬼気迫る雰囲気が感じられます。
本当にこの部屋にサンタさんのプレゼントを待っている子供がいるのでしょうか?
サンタさんは部屋を覗き見ますが、部屋の中には必死の表情で絵を描いている女性たちが居るだけです。
確かに一人小さな子も居ましたが、なにやら卑猥な絵を描いているようです。
さすがにこんな子にプレゼントは渡せません。
・・・と、ふと奥を見ると、他にもいくつかの部屋があるようです。
その中の一つには、やはり小さな女の子が寝ているようです。
プレゼントが必要なのは、きっとこの子に違いありません。
さっそく近づいて、手紙を見てみるサンタさん。
『金くれ』
あまりの内容に驚いてしまうサンタさん。
一瞬帰ろうかと思いかけましたが、手紙に続きがあることに気が付きました。
『あと、たぶん無理だと思うけどさ、アタシの両親、仲良くさせてくれねーかな』
よくよく女の子を見てみると、手や指には切り傷や火傷があるのです。
机の上には料理の本や『親と仲良くする方法』なんて本もあるではないですか。
きっと、この子なりに必死に家族の事を思っているのでしょう。
そしてやっぱり、この子がプレゼントの必要な子だったのでしょう。
サンタさんは魔法の袋の中に手を差し入れます。
袋の中から出てきたのは、奇妙な形をした杖のような物体でした。
何故かさっき、ほんの少し前に見たようなデジャブを感じながらも、サンタさんは杖を枕元において立ち去ります。
この杖は、きっと『お話』をするための魔法の杖なのです。
これで、両親と仲良くなって、来年のクリスマスこそは親子揃って迎えて欲しい。
そう思いながら、サンタさんは次の家へと急ぎます。
さて、次の家は・・・
大きな一軒の住宅に、ルドルフはソリを止めました。
この家もまた、何か邪な空気が漂っているようです。
さっきのものとは違う。そう、権力者に特有の、あの空気です。
きっとここの親は、地元の有力者なのでしょう。
そんな背景を持つこの家の子供もまた、親への愛情に飢えているのかもしれません。
サンタさんは、さっそく子供部屋へと向かいます。
部屋の中には、長い黒髪のちょっと大人びた女の子が安らかな寝息を立てて寝ていました。
とても可憐で可愛らしく、天使を思わせるようなあどけない寝顔。
寝顔を見ているだけでは、この子に悩みも何もなさそうです。
でも、きっとこの子もサンタさんの助けを必要としているのでしょう。
枕もとの手紙を見ると、こんなことが書いてありました。
『お願いします、サンタさん。わたしの一番の親友を助けてください。
それか、わたし自身で助けられる何かをください。』
この子は自分や家族の事には何も無く、十分にうまくやっているようです。
大切な親友を思ってこんな手紙を書いたのでしょう。
サンタさんは、この女の子の強い気持ちに強い感動を覚えました。
今の時代、自分さえ良ければという人がとても多いのにもかかわらず、
この女の子は友人のため、これほど強い思いを抱いてるのです。
サンタさんはさっそく袋からプレゼントを取り出します。
今度はなにやら重く、硬い箱のようです。
年老いたサンタさんには辛い作業でしたけど、何とかプレゼントを枕元におくことが出来ました。
どうやらアルミで出来た大きな箱で、中に何か機械が入ってるようです。
表面にロシア語で『ドラグノフ』と書かれていますので、きっとロシアのおもちゃなのでしょう。
魔法の品物ではないので、サンタさんにはどんなものかは分かりません。
でも魔法の袋のチカラは絶大です。
きっと、このおもちゃがあれば願いを叶えることができるのでしょう。
サンタさんは満足げに次の家に向かいます。
さて、色々な家を回ってきましたけど、この家でこの地域は最後のようです。
今度はごくありふれた住宅の2階にルドルフはソリを止めました。
ソリの止まった部屋は明かりが消え、きっと子供がぐっすり眠っている事でしょう。
一方で隣の部屋からは明かりが漏れ、どうやら男性が一人、勉強を続けているようです。
サンタさんはさっそく家の中に入ります。
入り込んだ部屋の中には、一人の女の子が壁に身を寄せるように眠り込んでいます。
さっきの女の子に少し似ていますが、髪を染めて、化粧もバッチリしています。
それどころか、パジャマに着替える事も無く、普段着のまま眠ってしまっています。
アニメのキャラクターの絵柄がついた大きな枕を強く抱きしめて・・・
きっと、何か寂しさを紛らわすためなのでしょう。
目じりには、涙のあとが残っています。
サンタさんは、机の上に走り書きのように書かれた手紙を読んでみます。
『寂しい。受験が大事なのもわかるけど、やっぱり寂しいよ。
あたし、京介が欲しいのに・・・』
多分、隣の部屋の男性が『京介』で、お兄ちゃんなのでしょう。
クリスマスなのに、受験戦争のために勉強し続けないといけないお兄ちゃんに、
一緒に遊んで欲しいとも、一緒にお話したいとも言い出せずに、こんなに苦しんでいるのでしょう。
こんなにも家族の絆を大事にする子にプレゼントをしないわけにはいきません。
サンタさんは、魔法の袋からプレゼントを取り出します。
出てきたのは・・・赤く輝く不思議な糸でした。
糸はサンタさんの手をするするとすり抜け、一端が女の子の指に結びつきました。
そして、もう一端が壁を突き抜けていきました。
きっと、隣の部屋のお兄ちゃんの指に結びついたはずです。
そう、この糸は魔法の糸。
人には見えませんが、想い会う男女を近づけてくれる魔法の糸なのです。
はて、兄妹仲の修復には別の品物だった気がするが?と訝るサンタさんでしたが、魔法の袋は絶対のはずです。
必ずこの女の子の願いをかなえてくれる品物のはずなのです。
納得のいかないこともありましたが、とりあえずサンタさんはソリへと戻ります。
さっそく次の地域に向かおうとしましたが、突然女の子の部屋の明かりがついたのです。
見れば、さっきまで自分の部屋に居たはずの女の子のお兄ちゃんが、女の子の部屋に居るではありませんか。
きっとこれから女の子を満足させてくれる事でしょう。
それに魔法の効果は一生です。
ずっとずっと、女の子は幸せで居てくれるはずです。
サンタさんはようやく満足げに微笑み、次の家へとソリを走らせるのです。
それにしたって、今年のクリスマスは本当に素晴らしいクリスマスになりそうです。
サンタさんもルドルフも他のトナカイたちも、顔を綻ばせ、ソリを走らせます。
サンタさんはこう思うのです。
今年はどの家でも、家族の事、友人の事を大切に想う子供たちばかりだったなあ、と。
そして、きっと、こんな気持ちをたくさんもらえた自分自身が今日一番の幸せ者じゃないかって。
End.
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最終更新:2013年02月03日 20:42