「今日も寒かったな」
「そだね」
今日は12月24日。世間で言うクリスマスイブだ。
この日には色々と思い出深いことが多い。
まあ、それもここ数年のことではあるが。
その原因ともいえるのは今も俺の隣にいるわけで・・・。
「なに?」
「いや、なんでもねーよ」
「ふ~ん・・・」
桐乃は何か言いたげな顔をするが、そこまで。
かわりに繋いでいた手を離し、スルッと俺の腕に自身の腕を絡ませて身を寄せてくる。
フイに漂ういい香りにドキッとする。腕から暖かい愛おしい体温を感じる。
「な、なんだよ?」
「べっつに~? フヒヒ」
こいつのこうした不意打ちにはいまだ慣れないんだよな。ニヤニヤしやがって。
可愛いんだよこんちくしょう。
数年前の警戒心丸出しの犬のような様子はどこへやら。
ツンツンするのは変わらないが、何かと無防備な言動が増えた。
それがどういう意味を持つかなんてことはわかりきってるんだが、それでも慣れることはない。
「でもよ、この体勢歩きにくくないか」
「あんたは空気読め」
わかってて言ってんだよ。照れ隠しだよ言わせんな恥ずかしい。
「こうしてればあったかいっしょ?」
「・・・・・・まあな」
手を繋ぐのとはまた違う温もりがあるのは認めよう。
「楽しかったね」
「ああ」
アキバ巡りに映画、ウィンドウショッピングを経てレストランでの夕食。
最初にアキバ巡りが入る辺りが俺達らしいデートコースといえるかもしれない。
「まさかお前が後先考えずにエロゲーを大量に購入するとは思わなかった」
「し、しかたないでしょ! あんな可愛い妹ちゃんたちがあたしを迎えるように並んでたら、
そんなの買うしかないじゃん!」
あからさまに狙って発売された新作のエロゲー。
しかも桐乃の趣味を狙ったかのような妹妹妹と妹ものだらけ。
そんな状況に桐乃が我慢できるわけもない。あとは前言の通りである。
こいつの妹好きも変わらないよなあ。
「宅配やってて良かったな。危うく一度家に帰らないといけなくとこだったぜ」
「別にあたしは持ち歩いてもよかったんだけどね」
「どうせ俺に持たせるつもりだったんだろ」
「わかってんじゃん」
ぽふ、と桐乃が頭を俺の肩に寄せる。
「試着した服、似合ってたな」
「でしょ? アレはあたしも気に入ったんだよね」
「なんで買わなかったんだ?」
「今家にアレと合う服がないの。上下買っちゃうと結構な値段になるし」
エロゲーも買っちゃったしねーと桐乃はおかしそうに笑う。
そんなときこそ男として買ってやるべきだったんだろうが、桐乃が着るような服はそれこそ有名なブランドものの
わけで、上下となるとただの学生である俺では到底手が出ない金額になっちまう。
・・・・・・別に買いたいものもあったしな。
「あんたも結構カッコよかったよ」
「そうか? 俺はなんだか落ち着かなかったけどな」
「貧乏性が滲み出てるんじゃないの?」
「いってろ」
俺みたいな一般人がいきなりあんな高い服とか着たら落ちつかねえっての。
この辺の感性に関してはいまだ大きな隔たりがあるな。
「そういえばさ」
「? どうした?」
急に足を止めた桐乃はキョロキョロと辺りを見渡す。
繁華街から離れたせいか時間のせいか、人気はない。
「今日はしてなかったよね」
「何を」
「じゅーでん」
と言うか言うまいかのタイミングで桐乃のほうを向いていた口に柔らかな感触。
目の前に広がるのは目をつむった桐乃の顔。
自失から戻った時にはもう桐乃は元の体勢に戻っていた。
「えへへ」
「お、おま、おまえなぁ・・・・・・!」
真っ赤な顔ではにかんだ桐乃。ドクドクとうるさい鼓動。
もう数えるのもあほらしいぐらいにしてきた行為でも、このタイミングは反則だ。
「この・・・!」
「きゃっ」
「おまえなあ、こういうのは―――」
男のほうからするもんだろ、とお返しに桐乃の口を塞いでやった。
「ん・・・・・・も、もう。何ムキになってんのよ」
「うっせ」
お互いに顔を赤くしたままゆっくりと歩き出す。
「ねえ」
「ん?」
「あんたさ・・・・・・今、幸せ?」
「んなもん・・・・・・あたりまえだろ」
「そっか」
ギュッと桐乃の腕に力が篭る。
あそこの角を曲がれば、もう家だ。
「なあ桐乃」
「なに?」
「お前に渡したいものがあるんだ」
「クリスマスプレゼント?」
「そんなようなもんだ」
「なによそれ」
家の前に着く。
俺はずっとポケットにしまっていた『それ』を取り出した。
ラッピングはされてない、小さな小箱。
そこに納められた、一組のシルバーのリング。
「あんた・・・・・・コレの意味、わかってるの? あたし、『そういう』意味だって受け取るよ?」
「ああ。『そういう』つもりで渡してる。お前こそ、コレを受け取る意味、わかってんのか?」
そんなことを問うには早すぎるかもしれない。
けれど、俺達にとってはそれだけのことを聞くだけの重い意味を持つリング。
そんな意味を込めた問答。
俺の答えに、問いに、桐乃は返事をしない。
ただ、涙を瞳に溜め込んで、俺に左手を差し出した。
俺のその薬指に、その指輪を通した。
桐乃も、その震える手で俺の指にリングを通す。
同時に桐乃が俺の胸に飛び込んでくる。
手に持っていた小箱が、音を立てて落ちた。
「まだすっげえ未熟だけど、お前のこと、絶対に幸せにしてやるからな」
「バカじゃん」
俺を見上げる桐乃の顔に、言い表せない表情が浮かぶ。
ただただ、この妹が愛おしい。
「あたしは今でも、今も、すっごく幸せだっての」
幸せの涙に彩られた桐乃の笑顔は、何物にも変えがたい、そんな輝きを放っていた。
-END-
最終更新:2013年02月03日 23:56