112 名前:【SS】壁の話:2013/03/19(火) 01:49:09.13 ID:phViplJw0

◯高坂家 桐乃の部屋(夜)

   桐乃、京介と並んでゲーム対戦をしている。
   時計表示23:14。

桐乃「ふひひっ、あんたあれだけあたしが教えてあげたのに
   こぉーーーんな弱いのぉ?」
京介「ぐ…… お、おまえが教えてくれた連携…全っ然決まらねえんだが」
桐乃「あったりまえじゃん? ちょっとは自分で考えなさいよねー」
京介「くっ、よく考えりゃ騙された! これ完全に練習台ですよね?」
桐乃「きゃははははは! これであんのクソ猫もフルボッコよ!」
京介「いい性格してやがんな… ん? もうこんな時間か… って、あ!」
桐乃「ハイ1、2、3、飛ばして56789~からのー… ドーーン!
   で Kっ!Oーーー! よっっっっわーーー!」
京介「ぐぅぅぅーーーっ! ぜ、ゼロ勝かよ…!」
桐乃「はー、怖いわー。 こんだけやって無敗なんてー。 マジ怖いわー」
京介「うっせ! はぁ… しゃーねぇ、今日はここまで、だな…」
桐乃「……うわっ! あんた負けっぱなしでいいわけ? 根性死んでるね」
京介「あー、はいはい。 まあいずれリベンジ決めてやんよ」
桐乃「負け犬の常套句だよねー」
京介「あーうるせーうるせー。 …(立ち上がりながら)そろそろ寝るわ。
   んじゃな」

   京介、そう言ってドアを開けて部屋を出る。
   ドアが閉まっていく。

桐乃「…ハンっ、情けないやつ!」

   ドアが閉まる音。
   桐乃、閉まったドアを見てる。

桐乃「…………………」

   桐乃、まだ閉まったドアを見てる。

桐乃「……………はぁっ」

   桐乃、PCを落として立ち上がり、照明のスイッチの場所へ移動。
   数秒間、部屋を眺めた後に、消灯。
   ベッドへ移動し、目覚まし時計を確認した後、布団に潜り込む。

桐乃(今日は結構長いことやってたかな… 3時間近く、かな)
桐乃(……ぷくくっ あいつのあの顔! 超ウケる!)
桐乃(何かコンボ仕掛けて全然当たらない時の顔!)
桐乃(ちょ~悔しそうな! くくっ)
桐乃(それに何かたまに肩とか当たった時? 超うろたえて)
桐乃(「わ、わりぃ…」とかって! 意識しすぎだっつーの!)
桐乃(マジシスコン! そん時の顔も… くくっ 何回思い出してもウケるって!)
桐乃(あ~楽しかった。 あ、ヤバいヤバい寝なきゃ)
桐乃(はぁー………。 3時間、か)
桐乃(…………早い、な)

   桐乃、目を瞑る。
   しばらくした後目を開き、寝返りを打つ。
   ベッドの中で何やらもぞもぞ動く。
   少しして、体を起こし、中座する。
   俯いていて表情は見えない。
   壁の方を向いてから、頭をそっと壁に当てる。

桐乃(……今、向こうに…)

   桐乃、再び目を瞑る。
   しばらくして、壁に手を当てる。
   そのまま数分間、動かない。

桐乃(……………)

桐乃(…………………………)

桐乃(…………………………………………)

桐乃(…………………………………………………………)

桐乃(もし、)

   桐乃、頭と手が、がくっと動く。
   そのままベッドのヘッドボードに手をつく。

桐乃(っ!?)

   桐乃、目を開ける。
   何かが違っていることに気付く。
   空間の変化に、戸惑う。

桐乃(…………夢?)

   壁が消えている。
   桐乃の目の前に広がる京介の部屋。
   奥の窓、その手前に机、コンポ。
   桐乃の部屋と違い、物が少ない。
   ふと見下ろすと、京介の寝顔が見える。
   桐乃、ふいっと振り返り、座り込む。

桐乃(……えっ?………は)
桐乃(………なに?)
桐乃(…まさか………うそ……)

   桐乃、再度ゆっくり腰を上げ、京介の寝顔を見る。

桐乃(……早っ… もう熟睡してやんの)

   桐乃、そのまま動かない。
   5分が経つ。まだ動かない。
   10分が経つ。まだ動かない。

桐乃(………………………)

   桐乃、一瞬立ち上がろうとし、やめる。
   手が微かに震えている。
   それを振り払うように顔を上げ、
   手に力を入れ、しかし静かに立ち上がる。
   そして移動を始める。



◯どこかはわからない、路上(夕方)

   京介、道を走っている。目の前には、ただ道と、夕日がある。
   余裕がなく、ただひたすら走っている。

京介「はっ… はっ… はっ… はっ…」
京介「はっ… はっ… …んぐっ はっ…」

   目を凝らすと、道の先に、誰かがいる。
   かなり離れていて、その誰かには光が当たり反射していて
   誰かはっきり判らない。

京介「待っ… て… くれ」

   京介は少しずつ加速する。が、
   視線の先の誰かとの距離は、広がらないが
   決して縮まらない。或は、縮まらないように感じる。

京介(何っ……でっ、 俺……はっ)
京介(……いつ………から?)
京介(………こりゃ……っ… キツい…わ…)

? 「じゃ、なんでやめないの?」
京介「……やめたく、ないから、だ」
? 「離れるのが、怖い?」
京介「……さあ、な」
? 「ほっとけない?」
京介「……かも、な」
? 「それとも、罪悪感?」
京介「……じゃ、ねーよ」
? 「もし、追いついたら?」
京介「……追いついた、ら…」
? 「何を、追いかけてるの?」
京介「……大事な、もの…」
? 「ほんとに?」
京介「……間違いねえ」
? 「ほんとに?」
京介「……しつけえな、」

? 「ほんとに今、追いかけてるのか? 違うんじゃないか?
   こんなにも距離が縮まないなんて、おかしいじゃないか。
   見ろよ、あれは本当におまえが追いかけてるものか。
   一回立ち止まってみろよ」

京介「……な、何を言って…」

? 「おまえは追いかけてないんだよ。いやそれも違うな。
   おまえは走らせてるんだ。走らせて、離れさせてるんだよ。
   見ろ、おまえは今、立ち止まったのに、まだ疲労し続ける」

京介「……!! そんな、こと…」

? 「そう……そしておまえはもう、気付いてるんだ。
   それがそんなに遠くに離れているものじゃないってことに。
   あれは、おまえが作り出した、幻だ」

京介「…あ………」

? 「分かったな? 今。 あれは、もういらない。
   幻だから。 幻じゃないものを、おまえはもう知ってる」

京介「うっ……でも…でもっ」

? 「おいおい、まだ言うのかよ? もういいだろ?
   俺が消してやるよ」

京介「ちょ! 待っ…」

   道の先を走っていた、誰かが、ふっ、と消える。

京介「あ……」

? 「ほーら、おまえはもう知ってる。 だから、何てことない。
   あれを追うのも、走らせるのも、終わりだ。
   ……もっと相応しい場所に行け」

京介「ま、待ってくれ! ど、どう走っていいか、
   前がどっちか…分かんねえんだ! 急には…… 
   それに、今、疲れてて…」

? 「ははっ …疲れてる?」

? 「嘘だね」

? 「だってこれは」

? 「夢だからな」

? 「それに…」

? 「前ばかりとも、限らねえぜ?」



◯京介のベッドの中(夜)

   京介、目を覚ます。
   長い夢を思い出し、長い溜め息をする。
   そして安堵する。時計を眺める。1時過ぎ。
   首を振り、体の向きを変えようとする。

   そこで、異変に気付く。
   背中に何かが触れてる。

   何かではなく、人だと、すぐに気付く。
   一瞬にして戦慄が走った後、すぐ過ぎ去る。
   その息の音と、背に当たる感触、
   体を巻く腕と、服を掴む手、
   そして微かな香水の匂いに覚えがある。

京介(桐……乃…?) 

   京介、振り返ろうとするが、桐乃の腕で途中で止まる。
   そこで辛うじて横目で見えた風景に驚く。
   桐乃の部屋の窓のカーテンが見える。
   あったはずの壁がない。

京介(は……?)

   そのカーテンの隙間から見える窓の外、
   月が見える。

京介(…………)
京介(あれ、何て言うんだっけな、何とか日月、満月の手前くらいの)
京介(…っ!)

   丁度そう思った直後、もやのようなものが現れ、
   それはそんなに時間をかけることなく、壁となる。
   部屋はあっさり元に戻る。

京介(……………夢か? ……いや)

   京介、顔を自然な向きに直す。

京介(……例えば、壁が消えたとして、
   俺は桐乃の部屋に行こうと考えるだろうか)
京介(……今、こいつは、ここにいる)

   桐乃、手を動かす。京介から顔は確認できない。

京介(………!)

   桐乃、何かを探すように手を動かす。

京介(…そうだ、そうなんだよ)

   京介は、その手を、そっと掴む。

京介(…ははっ、もう逃げらんねえな)

   京介、掴んだ手を緩め、手の平を合わせるようにし、
   その後、互いの指を交互に挟み合わせ、握る。

桐乃「ぅぁ…」
京介(っ!!)

   堰を切ったように、二人とも顔を赤くする。
   互いの表情は見えず、ただ自分の顔の熱を感じる。
   そのまま、手を握り合ったまま、しばらく固まる。

京介(…………)
京介(いや… 可能性として、まさかとは、思ったけど)
京介(……こいつ、想定外のことに弱いんだよな)
京介(俺も、もう「何で」なんて訊く気はねえけど)
京介(…ははっ こいつも…… くくっ…)
京介「……っく……くふっ」

   京介、耐えられずに笑い、体が震動する。
   桐乃、耐えられずに手を強く握る。

桐乃「…な、何、笑って…」
京介(………なあ、前とは限らない、だっけ?)
桐乃「だっ ……京介、が…」
京介(そうかもな、でもな、やっぱり俺はさ)
桐乃「……~~~ち、違うから」
京介(前から、行こうと思うよ。 …だってさ)
桐乃「…ちょ、何か」
京介「桐乃」
桐乃「えっ」

   京介、握った桐乃の手を持ち上げ、体から外し、
   体の向きを、変える。

桐乃「~~~~~~~っ」
京介「…! ……桐乃…」

   京介、桐乃と顔を向かい合わせる。
   薄暗い中、二人とも顔が赤いのが見える。



                              END



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最終更新:2013年04月13日 19:33