むかしむかしのある時代のある所、そこには二人の兄妹が住んでいました。
平凡な兄のキョウスケ。とても美しい容姿の妹のキリノ。
喧嘩が絶えない(他人からは痴話喧嘩にしか見えない)二人でしたが、その仲はとても良く、
キョウスケは近くの森で取れる木の実や果物を町で売り、キリノは町で絵のモデルをしたりしながら
二人はつつましく、仲良く暮らしていました。
そんなある日のこと、二人の住む家に人が尋ねてきました。
「どちら様ですか?」
「ちょっと近くを通りかかったの。道に迷ってしまってね。
町へはどのようにしていけばいいのかしら?」
「それなら・・・・・」
頭に猫耳をつけ、この辺りではほとんど見かけないゴスロリ調の服を着た女性を怪しく思うキリノでしたが、
心優しいキリノは丁寧に道を教えてあげました。
「ありがとう。おかげで町に無事にいけそうよ。これはお礼よ。受け取って頂戴」
そうして差し出されたのは真っ赤なおいしそうなりんごでした。
「あんた、そんなかっこうしてるのにまともなんだね」
「これは私の正装よ」
一言多いキリノでしたが、そのりんごを受け取り、女性は町へ向かっていきました。
「ふ~ん、結構おいしそうじゃん」
キョウスケがなかなか帰ってこないので、キリノはそのりんごを一人で食べることにしました。
「へぇ、なかなかおいし・・・い・・・?」
一口りんごをかじったキリノは、バタリと倒れてしまいました。そのまま気を失ってしまいます。
なんとそのりんごは、この辺りでは有名な魔女の、呪いのりんごだったのです。
帰ったキョウスケがキリノを見つけたときには既に手遅れでした。
声をかけてもゆすっても起きないベッドに寝たきりのキリノを前に、キョウスケは考えます。
一体誰がこんなことをしたのだろうと。
コンコン
そんな時、家に訪ねてくる人がいました。
キリノが心配で仕方ないキョウスケはとても煩わしく思いましたが、でないわけにはいきません。
「へいへい。ったく、こんな時に一体誰だ?」
戸を開けると、そこにはボロボロなローブをかぶった怪しい人がいました。
「あんた・・・なんだ?」
「妹が倒れてしまったようね」
「!? なんでそれを知ってる!?」
「あなたの妹は魔女によって触れることもできぬ永き眠りの呪いを受けた。その呪いを解く方法はただ一つ」
「なんだと?」
「それは―――王子のキス」
「んな!?」
「運命に定められた、ただ一人からのキスこそが呪いを解く唯一つの方法」
怪しい人物から語られるのは、キョウスケにとって到底信じたくない言葉でした。
キス? 王子様? キリノが、他の男と?
「ふふふ、混乱しているようね。まあ無理もないわね」
「おまえは一体・・・」
「私は魔女。千葉の魔女。人は私を黒猫と呼ぶわ」
怪しい人物はそういいながらローブを脱ぎました。
頭にネコミミをつけたゴスロリの少女。確かにこれなら黒猫と呼ばれても仕方ないかもしれません。
「なんでこんなことを・・・」
「さあ、なぜかしら?」
ふふふと意味深に笑う魔女、黒猫にキョウスケは戸惑うしかありません。
「それでは私はこれで失礼するわ」
「ま、待てよ!」
その場を去る黒猫を追うキョウスケでしたが、気がついたときには姿はありませんでした。
キョウスケはキリノを守るためと、森の奥へと家を移しました。
にもかかわらず、キョウスケの家には多くの男がキリノを求めてやってきました。
どこから噂が流れたのか、キスをさせろと言い寄る男達をキョウスケは力ずくで追い返し続けました。
そんな生活が1ヶ月続くころ、キョウスケは自分のやっていることに疑問を持ち始めていました。
もしかしたら、自分はキリノを守っているつもりで、キリノの幸せを妨害してるんじゃないだろうか、と。
このまま自分がこんなことを続けていればキリノは目を覚ますことができない。
そして兄妹はいつか別れなくてはいけないもの。
それをキョウスケも分かっていないわけではありませんでした。
でも、それでも、キョウスケはどうしてもそれを受け入れることが出来ません。
「俺はどうしたらいいんだ・・・キリノ」
それから幾日かたち、キョウスケのもとにとある人物がたずねて来ました。
「始めまして。僕はコウキ、これでもこの国の王子です」
それままごうことなきこの国の王子、コウキでした。
「あなたがキョウスケさんですか?」
「ああ、そうだ」
王子、の付き人であろう女性が聞きます。
「あなたのことはキリノからよく聞いています」
「キリノから?」
「はい。キリノにはよくお世話になってました。
申し送れました。わたし、あやせっていいます」
キョウスケはキリノの顔の広さに驚きを隠せませんでした。
まさかお城にまで仕事で言っていたとは思いもしてませんでした。
「早速ですがお兄さん。キリノを開放してください」
「それは・・・」
「お兄さんのお気持ちはわかりますけど、このままではキリノは目を覚ましませんよ」
そういわれてしまうとキョウスケは何も言い返せません。
しかし、わかっていてもキョウスケは首を縦に振ることは出来ません。
「悪い。どれだけ理屈を並べられても、俺はここをどけねえんだ」
「お兄さん」
「それにまだ、こいつがキリノの・・・運命だと決まってるわけじゃねえ」
「僕は王子ですよ。それでも、ですか?」
コウキはどうやらキリノが目を覚ます条件を知っているようでした。
なぜそんな正確なことを知っているんだ、とキョウスケが疑問をかんじていると、
「私が教えたのよ」
「黒猫」
「お久しぶりね」
キリノが倒れた原因の魔女、黒猫がコウキの後ろからあらわれました。
「キリノさんは王子である僕のキスで目覚める。そうですね」
コウキは確かめるように黒猫に問いかけました。
「まあ、そういうことになるのかしら」
「なんか投げやりですね。嘘つたりしませんよね?」
「さて、ね」
黒猫は楽しむでもなく、本当にどうでもいいと言いたげな態度をとります。
「それじゃあキョウスケくん。そこをどいてくれるかな?」
「断る」
「それがキリノさんのためにならないとしても、ですか?」
「ああ、そうだ。どうしてもキリノが欲しいなら、俺を倒してからいくんだな」
「俺は、キリノを、守る」
そういいきるキョウスケに、ほう、とコウキは息をもらしました。
「ホント、強情な人」
黒猫はそんなキョウスケに呆れてしまったようです。
「そういうことなら遠慮はしませんよ」
「やれるもんならやって見やがれ」
「そうですか。じゃあ――――いきますよ!」
戦いの結果、キョウスケはコウキを倒すことはできませんでした。
「ふう。キョウスケくん、大丈夫ですか」
「大丈夫・・・じゃねえよ」
キョウスケは負けてしまいました。
それは、一つの終わりを意味していました。
「それでは、僕はキリノさんのところに行きます」
「・・・・・・」
キョウスケは答えません。
そんなキョウスケを気にしながらも、コウキはキリノの眠る小屋へと入っていきました。
「これで、いいんだよな」
「お兄さん」
倒れたキョウスケのもとへあやせがやってきます。
「これで、アイツも幸せになれる。これで、いいんだ」
あやせに助け起こされながら、目から落ちる涙を拭いもせず、キョウスケは自分に言い聞かせるようにいいました。
そんなキョウスケに影がかかります。黒猫です。
「それはどうかしらね」
「黒猫さん。この期に及んでそれはどういう意味ですか」
「私がどういう呪いをかけたか、あなたは覚えているかしら?」
黒猫の問いかけに、キョウスケは答えます。
「当たり前だ。王子のキスでしか目覚めない、眠りの呪い。お前がそういったんだろ」
「ええ、そうね。確かにそういったわ。でもそれだけでは不完全ね」
「どういう意味だ」
「私はね、『触れることもできぬ永き眠りの呪い』、そう言ったのよ」
「何が違うって言うんだ」
「わからないかしら?」
先ほどとは違い、愉快そうにキョウスケに黒猫は問いかけます。
そんな黒猫に、キョウスケがだんだんとイライラし始めた時、コウキが戻ってきました。
何故か一人で。
「いやぁ参りました」
「おまえ・・・キリノはどうした」
「どうしたもこうしたも・・・あれじゃあ近付けませんよ」
「はあ?」
「なんかですね、触れようとするとバチッてなるんです。
何度かチャレンジしたんですけど、どれも同じ結果でした」
キョウスケはコウキの言葉が信じられませんでした。
キョウスケはいままで、眠り続けるキリノの世話をし続けてきました。
埃がかぶらないように、髪が痛まないように、時には祈るように手を握ることもありました。
その間、コウキの言うようなことは一度もなかったのです。
「本当に強情な女だこと」
「どういう意味ですか」
「『触れることもできぬ永き眠りの呪い』。そして王子のキスのみで目が覚める。
これはつまり、運命の相手以外に触れることすら許されないことを意味するわ」
黒猫の口から、真実が語られます。
「気持ちが移ろえば相手も移ろう。あの女が求めた運命の相手こそが『王子』。
決して「王子」が運命の相手ということではないわ。そして、あの女に触れられる人間はただ一人」
黒猫はまっすぐにキョウスケを見つめます。
「おいきなさい。あの女が求めた人はただの一人だけ。
女を待たせるのは、男のすることではないわ」
「キリ、ノ・・・キリノ!」
話を聞いたキョウスケはヨロヨロ立ち上がり、キリノの眠る小屋へと向かっていきました。
「ふう。まったく、やれやれだわ。ようやく私の求めたものが手に入ると思ったのに」
「黒猫さん、あなたは・・・」
「あら、なにか?」
「・・・いえ、なんでもありません。――黒猫さん」
「なにかしら?」
「あの二人、どうなるんですか?」
「さあ?」
「随分無責任ですね。あなたが原因のクセに」
「知ったことでないわ。私は私が求めるもののためにやった。それだけよ。
その結果が、私の望むものでないのなら、そんなものはどうでもいいわ」
「まるで負け惜しみですね」
「言ってなさい」
そういって黒猫は背を向けます。
「どちらへ?」
「もうここには用はないわ」
「そう、ですね。それでは僕らも帰りましょうか。あやせさん」
「はい」
「キリノ」
キリノの元へ辿り着いたキョウスケは、キリノの顔を覗き込みます。
「これが本当に正しいのか俺にはわかんねえ。でも、お前がこれで目を覚ましてくれるなら俺は・・・」
そこでキョウスケは言葉を切ります。
「いや、違うな。これは、俺がしたかったことなんだ。だから」
目を覚ましてくれ。キリノ。
キョウスケはキリノの口にキスをしました。
「ん・・・」
「キリノ!」
「・・・へへ」
「何笑ってんだよ。散々心配かけさせやがって」
「べっつに~。ただ、さ・・・」
「ん?」
「待っててよかったなってね」
「――! 待たせて、ごめんな」
「ううん。ね、キョウスケ」
「なんだ?」
「助けてくれてありがと。それと・・・」
「これからもずっと、一緒にいてよね。大好きだよ」
こうして目覚めたキリノとキョウスケは、これまで以上に仲睦まじく幸せに暮らしていったそうです。
めでたしめでたし。
-おわり-
最終更新:2013年05月21日 01:36