SS『俺の親父がこんなに可愛いわけがない』京,大
俺と桐乃が二人だけの結婚式を挙げてから10年が経過した。
俺も桐乃も、あれ以来『普通の兄妹』として生活を続けている。
もちろん、お互いに彼氏彼女なんて持つわけがない。
そして、親父達にもバレないよう、自重しながら暮らしてきた。
二人暮らしも一度は考えた。
だけど、やっぱり親父達に心配をかけそうで、相変わらずの実家暮らし。
きっと、俺たち兄妹は死ぬまでこんな『普通の兄妹』を演じ続けるんだな。
そう思ってたんだ。今朝までは・・・
「京介、話がある。後で部屋に来なさい」
親父にそう言われたのはお昼過ぎ、ちょうど俺と桐乃が食後のキスをしていた最中だった。
・・・いや、これまでも普通に兄妹の食後のキスは毎日していたし、おはようおやすみのキスも、
食前のキスも、いってらっしゃいのキスだって何度も見られてるし、あたりまえにしている。
だからまあ、兄妹のキスに問題が無い事は明らかだ。
・・・ただ、今日の昼食後のはちょっとやばかったんだよな。
桐乃が舌を入れてくるもんだからよ?
つい10分くらいキスし続けてたんだよなあ。親父達の目の前で・・・
ついに来るべきものが来たと思ったよ。
俺と桐乃の関係が親父達にバレちまう日がよ。
これまで頑張って隠してきたけど、もう10年だもんな・・・
我ながらよく持ったもんだと思う。
何しろ、俺も桐乃も『子供が出来るような事』だけは我慢してきたから、
お互いを想い合う気持ちが際限なく膨らんできてしまっていたわけだ。
そんな状況でだ。
健康で若い男女が25年も同棲してきたわけだぜ?
普通、無理に決まってんだろ!?
悩む俺たちをよそに、親父は部屋に戻っていってしまった。
もう、逃げる事は出来ない。
親父とも決着をつける時が来たのだ。
目の前には不安で身体を震わせる愛しい妹。
俺は桐乃の頭に手をやり、いつものように、こう言ったのだった。
「桐乃。俺に任せろ」
そしていま、俺は両親の部屋の前にいる。
俺たちの『ちょっと激しい』兄妹のキスを見て、部屋に閉じこもっちまった親父。
真面目な人であるから、桐乃と俺の仲について、相談しても、もう聞き入れてくれないのかもしれない。
だが、腹を割って話す必要がある。桐乃への気持ちは、もう割り切る事のできるものじゃあない。
こればかりは他人任せにはしていられない。なりふりかまってもいられない。
俺は扉をドンドンと強くノックする。
「親父―――いるんだろ。開けてくれ」
呼びかけると、ほどなく、
「・・・・・・・・・入れ」
と、重々しい返事が来た。
俺は緊張した声で「失礼します」と断りを入れてから、扉を開いた。
相変わらずお袋の趣味が強く出ている部屋なのだが・・・
ふと、この部屋に入ったのはいつ以来だろうかと懐かしさを感じるのだった。
そしてこれまた懐かしいことに、俺の目の前にはふて腐れて酒を飲んでいた親父の姿があった。
すでに焼酎1瓶は開けているな・・・?
あれからほとんど時間が経ってないと思っていたが、もしかすると桐乃とのキスが長引いたのかもしれない。
その間一人で黙々と酒を消費していたと想像すると、たまの休日に、なんともかわいそうな話である。
いや、ひとごとじゃないんだけど・・・
「そこに座れ」
「・・・ああ」
俺は、テーブルを挟んで親父と向かい合う形で座った。
「・・・理由は、分かっているな?」
く・・・暗い。十歳くらい老けて見えるぞ親父。
・・・事情は分かりすぎるほど分かってるから冗談じゃすまないんだが・・・
「桐乃の事、だよな」
「・・・おまえは何をやっとるんだ」
呆れたようにため息を吐く親父。
あまりにもその通りで、泣きたくなる。だけど・・・
意を決して口を開く。
「親父・・・桐乃をお―――」
「あーあーあー聞こえない聞こえないっ!」
「親父・・・?」
突然俺の発言を遮る親父。
これほど取り乱す親父を見るのは初めてのことだ。
「京介。お前はこう言いたいのだろう『桐乃をお嫁に出そうか』などと!
俺はお前が俺とした約束を守ろうとしてくれるのは嬉しい。嬉しいぞ?
好きあっていてもこれまで10年間桐乃にいかがわしい事をしなかったのはそういう事なのだろう?
桐乃の幸せのために、桐乃を綺麗なままにしておいたのだろう?
だがな?これまで25年間手塩にかけて育ててきた娘を家の外に出すという父親の気持ちがお前にわかるか?ええ!?
そもそもどこの誰とも分からぬ馬の骨相手に俺の大切な娘をやれるものか!」
親父、俺たちのこと分かって・・・
当然か。この人の前で隠し事などできるわけがないのだった。
ただ、その理由を少々勘違いして、最悪の想像をし続けてきていたらしい・・・
すまん、親父。
「親父、落ち着いて聞いてくれ」
「・・・・・・・・・」
「俺は、桐乃を俺のものにしたい」
「・・・・・・・・・?」
「桐乃を、俺に下さい」
「・・・・・・・・・?」
何を言ってるか分からないといった感じの親父。
土下座までして頼み込んでいる俺が、ものすごく滑稽に感じられる瞬間だ。
1分ほど考え込んでいた親父だったが、徐々に顔がにやけていくのがわかる。
正直、マジキモイ。
というか拍子抜けである。
てっきり親子の縁を切られる事も想定していたんだが・・・
「ほう、そうかそうか。おまえは実の妹を自分のものにしようというわけか?」
頑張って恐ろしい声を出そうとしている親父だが、あまりに顔とつりあってねえ。
よっぽど桐乃を手元に置いておきたいんだろう・・・
ホントは桐乃と二人だけで生きていこうと決意してたなんて、
ぜったい言い出せない雰囲気ってヤツだ。
「ああ!超欲しいぜ!文句あっか!」
いつぞやの親父に切った啖呵を思い出す言葉を口にして。
だけど、あの時とは違い、親父からの鉄拳は飛んでこなかった。
親父は口をすぼめて(必死の努力の末に)渋面を作った。
「文句ならある」
一体何だってんだよ・・・
「俺はもう十年もすれば定年だ。仕事一筋の俺には老後の楽しみなど殆どない」
まあ、そうだな。
親父はこれまで本当に仕事一筋だった。
けど、それとこれとどんな関係が・・・
「ところで俺の同期には、孫が生まれた連中も多い。
孫というものは良いものだ。実に可愛らしい。俺も孫をもてたらどんなに良かった事か。
それなのに、俺の息子と娘ときたら、結婚などする気も無いらしい。
ああ、不満だ。実に不満だ」
おい・・・これって・・・
さすがは父娘ってことか・・・
「それどころか桐乃はもう25歳。俺たちの頃ならとっくに結婚して子供も2人くらい居てもいい頃だ。
おまえのせいで、桐乃が行き遅れなどと言われるのも不満だし、
何より桐乃が子供を産めないまま生涯を終えることがあっていいと思うのか!?」
酒が十分に入った親父は言いたい放題である。
ていうかいいのか警察官!?
仕方がないので、一応は―――面白くはないが―――提案してみる。
「そんなら・・・本当に桐乃を嫁に出すのかよ?」
「イヤだ!」
こ、このオッサン!すねた駄々っ子かよ!?
椅子に座りながら手足をバタつかせ、「イヤだイヤだ」とわめき散らす中年男性約一名。
実にみっともない話である。
「じゃ、じゃあ、孫が生まれなくてもいいよな?」
「イヤだ!」
もう、このオッサンが何いってんのかわからねー
「とにかく!俺は反対だっ!反対っ!反対っ!反対っ!」
もはや何に対して反対してるかもわからない酔っ払い。完全に子供である。
ったくこの親バカめ、どんだけ娘を溺愛してんだよ。
あーあ。はーああ。・・・なんか、力抜けちまったぜ。
・・・だが、この両方を満たす道が、無いでもない。
俺は、さっぱりとした心持ちで、深い息を吐いた。
「分かった」
「な、何が分かったというのだ?」
「俺が孕ませる。桐乃を孕ませて、2、3人孫をつくってやるぜ」
「それで俺の気が済むと思うのか?」
「ああ」
俺は親父を見習って、ハッキリと即答してやった。
「俺は桐乃を愛しているからな」
さて、この話には本当は続きがあるんだが・・・
子供には聞かせられない話とだけ言っておくぜ。
つか、語り部だからって、おまえらに全部教えなくたっていいだろっ!
End.
最終更新:2013年06月26日 02:16