561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/24(月) 17:17:54.71 ID:wbRD/ZoIO
「うーん・・・」

アキバの街を歩きながら、あたしは今心底悩んでいた。
頭を悩ませてるのは隣を歩く男、高坂京介。
あたしの兄であり、昨日までこ・・・恋人だった男だ。
あたしたちは色々な紆余曲折の末、お互いの卒業までという限定つきで、兄妹でありながら恋人同士になった。
数か月の短い間だったが、あたしは一生分の幸せを享受した気分だった。
昨日の卒業式をもって、あたしたちは普通の兄妹になった。
京介の心中は知らないけど、あたしは割り切ることにしてる。
京介は兄貴。
あたしの大好きな兄貴。
それ以上でもそれ以下でもない。
だから兄貴が今後誰と付き合おうが、結婚しようが・・・あたしは気にしない。
本当は心底嫌だけど。
絶対絶対嫌だけど。
それは心の奥に仕舞って、表面上は平静でいる覚悟はもうした。
それがあたしの我儘を聞いてくれた京介に対する、あたしなりのケジメのつけ方だったから。
あたしは今後誰とも付き合う気はないけど、京介がそれにつきあう必要はない。
あたしは笑って祝福してあげるのだ。
心の中で歯ぎしりをしながらでも。
・・・ああそれなのに。
それなのに・・・。

「はあ」
「ん?どした桐乃?」
「なんでもない」

何度目かのため息に、何度目かのやり取りを繰り返す。

「そうか?」

そう言って京介はまた前を向いて歩き始める。
はあ・・・そうかじゃないっつーの。
あんたの事で悩んでんのよあたしは?
思えばあれは本当に予想外だった。
あれとは、あたしがクリスマスにダメ元で京介に告白しようと思ってた時のことだ。
たしかにあそこで京介があたしに告ってくるとか、予想外過ぎて有頂天になっちゃったけど。
結婚してくれなんて、誰かれ憚らず叫んじゃってくれて超嬉しかったけど。
・・・おっといかん。にやけてる場合じゃない。
予想外だったのはそこじゃない。
それより前の・・・フラグ全折りに対してだ。

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/24(月) 17:19:38.40 ID:wbRD/ZoIO
「はあ」

また一つため息をついて空を見上げる。
好きな奴がいるんだ、だから付き合えない。
妹に告白するからお前とは付き合えない。
・・・バカじゃないの?
なにを真っ正直に全部ばらしちゃってんだか・・・。
・・・嬉しかったけどね!!
でもそれはそれこれはこれでしょ?
なに自分の将来の可能性、片っ端からぶっ潰してんだこのバカ。
あたしと別れた後、京介のことを好きな誰かとくっつくと思って覚悟してたのに。
その心配を根こそぎひっくり返す超ド級のバカだったなんて、あたしの認識はまだ甘かった。
ホントどーすんのよあんた?
今後こんなにモテることなんてあんたに・・・あるのかもしんないけどさあ、それでもここまでの美少女揃いの環境は2度と来ないよ?
黒猫あやせ加奈子櫻井さん・・・まなちゃん。
あたしだって覚悟は決めたけど、あたし並みに可愛い子じゃないと素直に祝福なんてできないよ?
あんたがとった御鏡さんへの態度以上に嫌なやつになっちゃうよ?
わかってんの?このノー天気バカ。

「・・・はあ」
「なあ、やっぱおかしくないかお前?」
「なんでもないってば」

覗き込んでくんな!顔近い!

「ちょっと考えごとしてるだけ」
「ふーん?いつもみてーに人生相談してこねーの?」

できるかっ!

「前にあれで最後って言ったっしょ。もうしないっつの」
「ふーんそっか」

ふーんそっか、じゃない!!
なんでこんなに平然としてんだかこいつは!
今の自分の立ち位置を、ぜんっぜんわかってない絶対に!
今のあんたは『告白してきた子全員ガン振りして実妹と付き合った挙げ句昨日別れた男』なんだよ?
うわ・・・考えただけで涙出てきた。
三重苦にも程がある。
にもかかわらずこいつは・・・鼻歌なんて歌いながらメイド喫茶への足取りも軽く歩きやがって。
悩んでるあたしがバカみた・・・

「あ。おい桐乃」
「あ?なに?」

チュ。

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/24(月) 17:24:11.13 ID:wbRD/ZoIO
「・・・」

え?
・・・・・・えーっ!?
思わずズサリと後ずさる。
今のなに?今のなに今のなに今のなに!?いいいい今の・・・今のはーっ!!

「ああああんたキスしたな!?」
「したけど?」

なにしれっと言ってんだーっ!

「な、なんなに、なにすんのよっ!?き、昨日別れたでしょ!?や、約束はっ!?」
「別にいいじゃねーか」
「い、いいわけあるかっ!け、ケジメつけなきゃっ・・・ダメじゃん」

そう。ケジメをつけなきゃなんだよ。
もうこれ以上はおままごとじゃ済まないんだよ。あたしも・・・あんたも・・・。

「あーなんだ。難しい顔してると思ったらやっぱそのこと考えてたのか」

そんなあたしの胸の裡を読んだのか、やれやれといった風情で京介が首を振る。

「いいか桐乃?」

京介はいつものように優しい笑顔を浮かべたまま、あたしの両肩に手を置いた。

「いい言葉を教えてやる。人生相談並みにいい言葉だ」

そうしてあたしを抱きしめると、耳元でこう囁いた。

「いいんだよ。兄妹なんだから」

・・・これが魔法の言葉。

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/24(月) 17:25:12.57 ID:wbRD/ZoIO
「兄妹仲良くしてて問題はない」

あたしの覚悟を根こそぎ吹き飛ばした軽やかな突風。

「一生一緒に暮らしてもいいんだ。兄妹なんだから」

そしてあたしをこの後ずっと縛り続ける・・・優しい鎖。

『兄妹だから』

これはあたしたち二人だけにしか使えない言葉。
他の人がどんなに欲しがっても絶対に手に入れられない二人だけの絆。
そっか。
あたしたちはもうかけがえのない絆をもってたんだ。

「・・・それだけで全部済ますつもり・・・?」
「おう」

力強い言葉と抱きしめる腕に、あたしは知らず涙を流していた。

「・・・今夜人生相談していい?・・・兄妹の為の・・・」
「ああいいぞ。なぜなら俺は、妹にぞっこんのバカ兄貴だからな」

その言葉に、グズッと鼻を鳴らしながら、それでもあたしは笑顔で言ったのだ。

「シスコン」
「うっせーブラコン」

そうしてあたしたちは歩き出した。
この後も続いていく、兄妹の物語の第一歩を。

END

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最終更新:2013年06月26日 02:34