「おい」
「なに?」

ピリピリとした険悪なムードで、一触即発の空気が部屋に満ちている。
こいつが何を考えているのか……いまだに全部はわからない。
付き合ってるのにね。

「おまえ……俺の……!俺のきりたんのデータ消しやがったな!?」
「うん、消したけど?」
「テメー!ふざけんなよ!?いくら彼女でもやっていいことと悪いことがあるだろ!」
「はあ?」

―――えと、現在の状況を軽く説明しておくと、こんな感じ。
少し前に流行った『ラブタッチ』っていうゲームの続編にあたる『ラブタッチ2』っていうゲームがあって、それが喧嘩の原因。
それに登場する新ヒロイン『きりたん』って妹キャラに、こいつはドハマリしてた。ていうか――画面にキスしてた。
ありえなくない?どう考えても浮気じゃん?たしかに、きりたんはチョー可愛いよ?
ぶっちゃけ、あたしも画面にキスしたよ!でも、それはそれ。これはこれなの。
このバカがこれ以上浮気できないように、データを消してあげたってワケ。
で、いまの状況に至る、と。

「はあ?……じゃねーよっ!なんでこんなことしたのか説明しろ!」
「ちっ……わかんないわけ?」
「わかるか、んなもん!」
「あのさー、あんたがきりたんにしたこと考えてみ?」
「俺がきりたんに?普通にデートして愛でてただけだぞ」
「その時点で有り得ないんだけど、まあいいや。その次は?」
「え?……次って、なんかしたかな……」

どうやら京介は本気で分かっていない様子。
ったく、やれやれ……しょーがねーなあ。
誰かさんの口癖を心の中でぼやいて、あたしは京介に告げる。

「あんた、きりたんにキスしたでしょ」
「!な、なぜそれを……!?」
「あんたのゲーム機の画面にキモい唇のアトがついてた」
「ぐぁああああああああああああああああーーーーーっっっ!」
「ヨダレもついてたし」
「ぐぬぅっ……殺せ!いっそ殺してくれ!」

悶絶してる京介。……ちょっとは反省したかな?

「で……何か言うことは?」
「……えーと、恥ずかしい」
「そうじゃないでしょ!」
「な、なにが?それ以外に言うことなんて……ってか!そもそも、おまえが俺のきりたんを消した理由を聞いてねえんだけど!」
「ばかじゃん?いまの流れでわかんないの?」
「わかんねーよ!理由があんならはっきり言え!」

ぜんぜん反省してないしっ!てか、逆ギレしてるしっ!
ここまで鈍いとは…………まあ、知ってたケドさ。
もう……ほんっと、しょーがないやつ。

「……あたしが怒ってるのは、あんたがきりたんにキスしたこと」
「え――それだけ?」
「それだけって…………あ、あんたねぇ!」
「いや、待て待て!ちょっと待て……えっと、だな。つまり、だ」

あたしが怒鳴ろうとした瞬間、京介は「どう、どう!」という仕草であたしを宥めてから考えはじめた。
…………なんか猛獣扱いされたみたいでむかつくんですけど。
とりあえず、あたしは京介の答えを待つことに。
そして、しばらく待つと京介はいきなり頭を下げてきた。

「桐乃、すまん!俺が悪かった!」
「え、えっと……あたしが怒ってた理由わかったの?」
「おう……わかったよ。ほんと、俺はどうしようもないやつだな。彼女がいるのに浮気みたいなことしちまって……マジで反省してる」
「……ふ、ふうん。わかってんじゃん……なら、いい、けどさ」

なんと、京介はあたしの怒りの理由をピッタリ当てたのだ!
正直言って、驚いた。普段は鈍いくせに、たまにこういう鋭さを見せるところがドキッとしてしまう。
…………絶対、口には出さないけどね。

「えっと、桐乃?許してくれるか?」
「……しょーがない、許したげる」
「……いや、マジでごめんな」
「いいってば。反省してるんでしょ?」
「もちろんだ。二度とああいうことはしない」
「ん……ならよし」

こいつも反省してるみたいだし、そろそろ種明かしをしてあげようかな。
そこで――あたしはポケットからひとつのメモリーカードを取り出した。

「はい、これ――返してあげる」
「え?なにこれ……え、もしかして……」
「あんたの『きりたん』のデータ」
「おまっ、消したんじゃなかったのかよ!?」
「消すわけないじゃん。そんなことしたら、きりたんが可哀相でしょ?」
「…………冷静に考えてみれば、おまえが妹ヒロインのデータを消すわけなんてないよな」
「気付くのが遅いっての」

あたしからきりたんのデータを返してもらった京介は喜ぶかと思いきや………。
そのメモリーカードをあたしに返してきた。

「なに、いらないの?」
「おう。それはもう受け取らない。今回のことでさ、俺、分かったんだよ」
「なにが?」
「俺の恋人はおまえなわけよ」
「うん」
「だから、いちゃいちゃしたい時はおまえとすればいい――って、結論が出た」
「………そ、そう」
「おい桐乃、まさか嫌とはいうまいな?」
「……なんか目つきがエロいんですケド……」

この後「恋人だからいいだろ」―――とか言いながら迫ってくるエロ兄貴をなんとか撃退するあたしなのであった。
ったく、油断も隙もないんだから…………。
まあ、ちゃんとやっつけたし?何もなかったから安心してね。…………いや、マジでマジで!

こほんっ……えと、話の続き。
この『きりたん事件』が付き合い始めてまだ数日くらいのことで、正確にはお正月明けくらいのことだったかな。

それから数日が経ったある日、両親が一日、家を空けることになった。
うちはお父さんとお母さんが揃って家を空けることがままある。
だいたいは法事とかの理由でなんだけど、多分デートもしてると思う。
うちのお父さんとお母さんは結構アツアツなのだ。


――そして当日、お父さんから夕食のお金を貰い、玄関で両親をお見送りする京介とあたし。

「では、行ってくる」
「あんたたち出かけるなら戸締りと火の用心はしっかりしてね」
「はいよ」
「大丈夫だってお母さん。京介がマヌケでもあたしがついてるから」
「じゃあ桐乃、お兄ちゃんをお願いね」
「うん、任せて!」
「……言いたい放題言ってくれるなあ、おい」
「ふふふ、じゃあ行ってくるわね」
「「いってらっしゃい」」

パタン――と玄関が閉じられる。と、そこで京介が話しかけてきた。

「さて、今日はどうするよ」
「デートのこと?」
「おう、どっか行きたいとこあるか?」
「んー……」

どうしようかな……現在の時刻は夕方には少し早い時間。
デートもしたいんだけど……実は、昨日やったエロゲーで手料理を作ってあげるシチュに萌えたんだよね。
だから今日は、天才料理人であるきりりんの手料理を京介に奮ってあげようかなーって、ね。
あたしがそう考えていると、京介がこんな提案をしてきた。

「出かけんのもいいけど、今日は家でデートするってのはどうだ?」
「え?家で?あんたエロゲーしたいの?」
「なんでそうなる!……家でデートっつったらさ、他にも色々あるだろ?」
「ん~……エロゲ以外の家デートかあ……」

なんかあるかな?
…………うーむ、思い付かない。

「たとえばどんなの?」
「ふっ、よく聞いてくれた。たとえばだな、布団でいちゃいちゃしたり、ソファでいちゃいちゃしたり」
「…………」
「あとは、一緒に洗いっこなんてのもいいな!泡々デートってとっても素晴らしいっ!どうだ桐乃、魅力的な提案だと思わないか?」
「却下に決まってんでしょ!?このエロっ!ヘンタイ!死ね!」

案の定エッチな提案をしてくる京介。
まったく……どうして、こいつの思考回路はエッチな方向にしか働かないの?

「なぜだっ!?どう考えても完璧なデートプランだろう!?なあなあ、あったかいお風呂で泡々デートしようよ~?」
「あんたがしたがってるのは、デートじゃなくて泡々プレイの間違いでしょ!?どんだけケダモノなわけ!?」
「……チッ」
「舌打ちされたぁ!?」
「んなら、お布団デートでいいよ。これなら文句ないだろ」
「全然わかってないしっ!ダメに決まってんでしょ!」

もうっ!あたしがしたいイチャイチャはそういうことじゃないのに!
きっと京介の頭の中には煩悩しか詰まっていないのだ。…………まあ、正直あたしも家デートはしたいけどさ。
今日はそれよりも手料理を作ってあげたいのだ――彼女らしく。

「くそぉっ……お布団も駄目だというのか……!俺の情熱が伝わらないとはっ……!」
「あんたがあたしにエッチなことがしたいってのはよく伝わった」
「誤解を招くような言い方はよせ。その言い方だと、まるで俺が親のいない日を狙っておまえにエッチなことをしようとしてたみたいじゃねーか」
「キモッ!親のいない日狙うとか、そんなこと考えてたの!?」
「考えてねぇーよ!」

嘘乙ッ!絶対考えてましたぁー!
…………と、言ってやりたいところだけど、話がややこしくなりそうなので我慢する。

「……ったく、ほんっとスケベなんだから。……まあいいや、あんたは伝説級の変態ってことで」
「おい、勝手に納得してんじゃねえよ」
「はいはい――それよりさ、あたし行きたいとこあんの」
「……行きたいとこあるなら最初から言えよ」
「なに?なんか言った?」
「いえいえ、なにも。桐乃様のお望みとあらばどこへでもお伴させていただきますよ」
「ん。ならよし」

―――それから一時間後、スーパーで買い物を済ませ、我が家へ到着。
迷ったんだけど、今日は肉じゃがにすることに決定。京介の好物でもあるしね。
ドサッ……と、スーパーの袋を、床に下ろす京介。

「よっと……」
「ご苦労さま」
「へへっ、まさかおまえが手料理を作ってくれるなんてなあ」
「楽しみ?」
「そりゃあな、彼女の手料理が楽しみじゃない男なんてこの世に存在しないって」
「そか……なら頑張っちゃおっかなぁ~」
「期待してるぜ、桐乃」
「ふひひっ!任せときなさいって!」

さて、京介の期待に応えるためにも頑張って作るとしますかね。
まずは―――皮を剥いて。
……………うーん、調味料?
みりん?お酒?お醤油?
……………お塩だっけ?お砂糖だっけ?
よくわかんなくなってきたケド――愛情たっぷり入ってるし何とかなるよね♪
あたしの肉じゃが食べたら京介悶絶するんじゃね?ふひひ~っ。

そして二時間後―――

「……ゲホッ!ゴホッ!」

京介が悶絶していた。

「えっと、むせるほど美味しいってこと?」
「んなわけねーだろ!毒物かと思ったわ!」
「うっそだあ……あたしが作ったんだよ?」
「なら……食ってみろよ」
「う、うん」

ぱくっと一口、お肉を放り込む……と。

「まっずぅぅ――――ッッッ!」

―――食後、あたしと京介はリビングのソファでくつろいでいた。

「うぅ~……まだ舌がピリピリする……」
「まさか、おまえにこんな弱点があるとはな」
「……悪かったわね、ろくに料理も作れない彼女で」
「んなこと言ってねーだろ?おまえが一生懸命作ってくれたのは分かってるって」
「ふんっ……」

京介はあんなに不味い肉じゃがを全部食べてくれた。
無理してんのがバレバレだっての…………嬉しかったけどさ。
……ちゃんと練習して、今度こそ美味しい手料理を食べてもらわなきゃ。
このままじゃ、悔しいもんね。

「あの、さ、美味しく作れるようになったら……また食べてくれる?」
「おう!もちろん!てか、俺が練習台になってやるからさ。いつでも作ってくれていいんだぜ?」
「ん……がんばる」
「楽しみにしてるからさ、頑張れよ」

そう言って、あたしの頭を撫でてくる京介。
なでなでなでなで――とても穏やかな時間が流れる。
今はもうそんなことはしないけど、以前はこうされると、恥ずかしくて手でパチンとはたいたりしてたっけ。

「さらさらだな、おまえの髪」
「…………きも」

こうしていられる時間を幸せっていうんだと思う。
京介はどうだろう…………いま幸せって感じてくれてるんだろうか?
ちょっと、不安になってしまった。こういうところはあたしの悪い癖だと自覚がある。
でも、一度気になりだすと確認せずにはいられない。聞きたい……でも、ちょっぴり怖い。
そう思いながら京介を見ると―――

「どうした?」
「あのさ……えっと」
「――桐乃、もうちょっとこっち来い」
「な、なによ……」
「いいから」

まったく、こいつはあたしの気も知らないでニコニコしちゃって、こっちは聞きたいことがあるんだっての。
頭の中には『京介もいま幸せなのか』その不安がグルグルと渦巻いたまま、あたしがおずおずと京介に近づいていくと――

ぎゅっ――と、抱きしめられた。

「あ、あんたなに……」
「付き合ってるんだから別にいいだろ?」
「そ、そういうことじゃなくてっ!なんでこのタイミングで……ってこと」
「いい匂いすんな、おまえ」
「……質問の答えになってないんですケド」

いい匂いとか……!キモッ!こいつキモすぎっ!そういうこと口に出して言う!?うぅ~……汗くさいとか思われてないかな。
てかっ!あんまりくっつかれると心臓の音がバレそうで恥ずかしいっつうのっ!
いま、チョードキドキしてんのに…………!ああ~、京介の匂いで頭がくらくらしてきた……。
だめだ――抱きしめられてることと、こいつの匂いのせいで考えがまとまらない。
あたしが悶絶していると、京介がこんなことを聞いてきた。

「桐乃――いま、幸せか?」
「………決まってんでしょ」

…………なんだ、同じこと考えてたんだ。あたしはくすっと笑いながら応える。

「あんたと同じ」

―――リビングで幸せな時間を過ごした後、京介が食器を洗っている間、あたしはお風呂に入ることに。
実は、ドキドキしすぎて汗かいちゃったから気持ち悪かったんだよね。サッパリするとしよう。
あたしはお気に入りのメルルの入浴剤を浴槽に入れ、肩までゆっくりと浸かる。

「はあ~~~ッ……いいお湯~~♪」

そういえば、今日は夜から雨降るってニュースで言ってたっけ。もう、降ってるのかな?
そんなことを考えているときだった―――

フッ――っと、電気が消え、一瞬でお風呂場が暗闇に包まれた。

「ひゃっ……!な、なに!?停電……?」

視界が奪われ、聴覚に集中するとすごい豪雨の音が聞こえてきた。
…………雷、鳴るのかな…………。
あたしは、苦手な雷が鳴ることを想定してカラダを強張らせる。
すると、案の定ものすごい轟音が鳴り響き、あたしは小さく悲鳴をあげる。

「きゃっ!」

怖い………。
カラダが緊張して石みたいに固まってしまい、湯船から動けない。
あたしが震えていると、すぐにドタドタという足音が聞こえてきた。

「桐乃ッ!大丈夫か!?」

京介の声が聞こえた瞬間、すう―っと、緊張が解けていく。

「だ、だだだ、だいじょぶに決まってんじゃん!?」
「なるほど、全然大丈夫じゃなかったんだな」
「なッ―――なわけないっしょ!」
「へいへい、そういうことにしといてやるよ」

なんか既視感。……ずいぶん前に、こんなやり取りをしたような気がする…………そうだ。
たしか、あの日も雷雨の夜で、京介が来てくれたっけ。
あの時はまだ仲が悪くて……でも、兄貴はずっとそばにいてくれた。
懐かしい想い出。

「ねぇ――」
「なんだ?電気が点くまでここにいてやるから心配しなくていいぞ」
「……そばにきてよ」
「?おう、だからここにいる……って、えっ!?」
「お風呂デート、したいんでしょ?」
「ま、マジで……!?」
「懐中電灯消して……あくまでも、そばにきていいだけだから。……さわったりしたら殺す」
「お、おう……。んじゃ、入るぞ……」

懐中電灯の頼りない灯りが消え、ガチャ―っと、扉を開ける音が暗闇の中に響く。
絶対見えてないだろうけど、今さら恥ずかしくなってきて、あたしは湯船の中で体育座りをする。

「真っ暗だな。……なんも見えねぇわ」
「もし、見えてたとしたら殺すからね」
「おっかねえやつだなぁ……俺はおまえにハダカ見られたって気にしないぞ?」
「あたしは気にするの!こっち見ないでよね!」

真っ暗だからまだ耐えられるけど……もし―は、ハダカなんて見られたら死んじゃうじゃん……あたしが。

「んじゃあ、俺は何してりゃいいんだよ。泡々デートするんじゃなかったの?」
「あんたはここにいるだけでいいの。……つーか、泡々デートじゃなくてお風呂デートだし」
「どう違うんだよ」
「お風呂デートはおさわり禁止だから」
「……それは俺の求めていたものと少し違うんだが」
「ぜーたくいうな」

京介のおかげで雷が気にならなくなった。
うん、もう怖くない。

「ねえ、覚えてる?」
「なにを?」
「前にもさ、こんなことあったでしょ」
「んー、ああ……あったな。ありゃたしか、おまえとまだ仲悪かった頃だな」
「そうそう。あの頃はあんたとこんな関係になるなんて、思ってなかった」
「ははっ、俺も」

懐かしいよなぁ――と、京介は笑う。
今日のこともいつか思い出として懐かしむ日が来るのかな。
その時も幸せでいられたらいい……できれば、二人で一緒にいられたら――

「……なあ桐乃、あのさ――」
「!な、なにっ!?」

妄想中に声をかけられ、あたしは立ち上がってしまう―――と、その時、急に視界が明るくなった。
どうやら電力が回復したらしい……。
一安心したのもつかの間、はっ―とあたしは現在の状況を思い出す。
前を見ると、鼻血を垂らしてる京介と目が合った。

「あ……」
「お、落ち着け、桐乃……これが事故だということはおまえにも分かっているはず……」
「―――――」
「よし、オーケー、とりあえず深呼吸をしろ……はい、ひっひっふー」
「!そ、そそそ、それは赤ちゃん産む時のでしょっ!?」
「そ、そうか……おまえ、まだ妊娠してないもんな」
「な、ななな、な………っ!な、なに言ってんの!シャレにならないこと言うなァ――!」
「ぶえっ……!」

あたしは京介に洗面器を炸裂させ、なんとか貞操の危機から回避したのだった。
ちなみに、この日の晩も一緒に寝たんだけど…………。
気まずくてろくに顔も合わせられない二人なのであった――


そして、冬休みが終わり、新学期が始まった。
今日は、三学期が始まってから最初の日曜日。休日を二人きりでデート―――ではなく、いつもの仲間たちと遊んでいる。

「……美味しい」
「さっすがきりりん氏、料理も簡単にこなしてしまうとは拙者驚きましたぞ」
「ふふん♪そうでしょ?」
「そうね、さすがはクイーンオブビッチと言ったところかしら」
「……あれから毎日、俺がおまえの練習台になったんだがな……思い出すだけでよく今日まで生きてたと思うよ」

初めての手料理を作った日から、京介は毎日あたしの料理を食べて感想を言ってくれた。
……何度か顔を真っ青にしてたことは、この際忘れることにしよう。
そして、ようやくまともなものを作れるようになったので、今日は黒猫と沙織たちを呼んで腕を振舞っているという場面。

「フッ……いい様ね、先輩。愛する者の手料理で死ねるなら本望でしょう?」
「……アンタ、性格暗くなってない?」
「クックック……勘違いしないで欲しいわね。――私の性格が暗いのは前からよ」
「いや、最近のあんたは完全にヤバイ電波受信しちゃってるって」
「ふ、ふんっ……放っておいて頂戴」
「まあまあ……しかし、京介氏は意外と辛口コメントをおっしゃられるようで」

そう、京介はマズイものはハッキリとマズイと言う信念があるらしく、この数日あたしも料理をマズイと言われ続けたのである。
ぶっちゃけ、チョームカいた!
ただ、絶対に残さないことも信念らしく、あたしの出来そこないの料理をいつも残さず食べてくれた。

「まあな、でもそれが相手への礼儀ってもんだと俺は思うんだよ」
「そして、文句を言いつつも残さず食べる、と……ふふ、さすが京介氏」
「へっ、そりゃあ、愛する彼女の手料理を残すわけにはいかねぇからなあ」
「おやおや?また、惚気が始まるのですかな?」
「いや、惚気っつうか、不満がないわけじゃねえよ?桐乃のやつも草ばっかり食わせてくるしさぁ」

こいつ……また同じこと言ってる。
だいたい草ってなによ。草じゃなくて野菜でしょ?あたしは京介と沙織の会話に口を挟む。

「あたしはヘルシー志向なの。お肉ばっかり食べられないの。売れっ子モデルなわけ。オーケー?」
「いや、わかってるけどよ。……もうちょっと何とかしてほしいっつうか」
「京介氏ぃ、きりりん氏はこうおっしゃりたいのですよ」
「あん?」
「大好きなお兄ちゃんにはお肉じゃなくて、あたしのカラダを食べてほしいの~、とまあ、こんな感じでしょうか?」
「なぁ……っ!?」
「なん……だと……?」

なに言ってんだ!このグルグル眼鏡はぁぁあぁーーーーーッッ!
あたしが混乱していると、京介は「そうかそうか」と頷きながらあたしの頭に手を乗せて、優しく撫でる。

「なるほどな、桐乃は俺に食べられたいから、草ばっかり食わせてきてたんだな」
「な、ななな、ななっ……ななっ!なわけないでしょ!?キモッ!まじきんもーっ!へ、変な勘違いすんなッ!」
「おい沙織、おまえの桐乃語翻訳ではなんて言ってると思う?ちなみに、俺の翻訳によれば――」

は、はあ!?な、なに?桐乃語翻訳ってなんなのっ!?
しかも、なんか超ニヤニヤしてるしっ!
一方で、沙織は呆れた顔をしている。

「京介氏……ずいぶん変わられましたなぁ。色々な意味で」
「ふっ、まあな」
「いやいや、あんた……いまの絶対褒められてないからね?」

付き合ってからの京介はたぶん、頭のネジが何本か抜けてしまったんだと思う。
前はこんなに、エッチ……だった。うん、エッチなのは前からだった。
……アレ?……実はあんまり変わってないカモ。

「ふう……実の妹に対して性欲を全開にするなんて、やっぱり最低の雄ね」
「作為的な表現はやめていただきたい。俺は、純粋に桐乃の可愛さを愛でていただけだ」

苦しい言い訳をする京介。
と、その時、ピンポーン――と、チャイムが鳴る。

「あ、来たのかな?」
「おし、俺が出てくるわ」

京介が玄関に出迎えにいく――

「ふふふっ……我が同胞である闇天使がついに来たのね……。これで役者は揃ったわ――闇の宴の始まりね」
「あんたいい加減に厨二病卒業しなさいよ」
「いやーはははっ、今日は騒がしくなりそうですなあ」

ガチャ―
ドアが開き、見慣れた顔があらわれる。
京介の後ろにはあたしの表の友達である、あやせと加奈子の姿。

「さあ、入ってくれ」
「はい、おじゃまします」
「いらっしゃーいあやせ。待ってたよ」
「あっ、桐乃、久しぶりだね!」
「えっ?……いや、あやせとはガッコで毎日会ってるじゃん?」
「ええ~?だって、学校で会うのとはまた違うし、最近の桐乃なかなか遊んでくれないんだもん……」

……うん。たしかに、京介とデートばっかりしてるからあやせと遊ぶ機会は減っちゃってる。
今度ショッピングにでも誘って、一緒に遊ぶとしよう。

「おいあやせ、立ち止まってねーで早く入れよ。後ろがつっかえてんだよ」
「あ、ごめんね。わたしったら、すっかり加奈子の存在自体忘れちゃってた。……テヘッ♪」
「うへぇ……デビルあやせ降臨してるよ……」
「うん?なにか言った、加奈子?」
「いえいえ!なんでもないッス!」

あやせと恒例のやり取りをする加奈子。
この二人は、見ていて飽きない。

「加奈子いらっしゃい」
「おう。なんかー、桐乃がご馳走してくれるってゆーから、来てやったぜぇ」
「ひひっ、期待してていいよ!」
「お、自信満々じゃねーの。ゆっとくケドぉ、師匠のおかげで味にはうるさくなってんだゼ?」
「へっへっへー、だいじょーぶだって!」
「桐乃がそういう顔するってことは、マジで美味いんだろうなァ……」
「まっかせなさーい」
「チクショー!なんか、もう食う前から負けた気分だぜ~~~ッ!」

どうやら加奈子は、料理のウデで負けたくないらしい。
まあでも、残念ながらあたしの方が絶対に上だけどねっ!
加奈子とあやせをリビングへ招きいれ、あたしはキッチンへ。

「さーてと、あやせたちの分も用意しなきゃ」
「桐乃、俺も手伝うぜ」
「ん、サンキュ」

大人数が押しかけ、手狭になった高坂家のリビングは、こんな感じで賑やかな時間が流れていく。
明日も、そのまた明日も、京介と一緒に友達と楽しくいられたらいい。
あたしは心からそう願うのだった。


―――それから、時は流れ、春になった。

あっという間だった、たった三ヶ月の恋人期間。
今日、あたしたちは卒業式を迎え、そして―――二人きりの結婚式を挙げた。

「はあ…………」

自然と溜息が出てしまう。この溜息も、もう何度目か分からない。
あたしと京介は結婚式の後『普通の兄妹』に戻り、今夜からは別々。
部屋に一人でいることがとても、寂く感じてしまう。

………あたしの部屋ってこんなに広かったっけ?
いますぐ京介の部屋を訪れたい衝動を必死で我慢する。

「…………もう寝てるのかな」

そんな独り言をつぶやきながら、ふと、壁を見る。
すると、あるものが目に留まった。

「あ……そうだ」

あたしは壁にかかっているそれを手に取り、抱きしめる。

「……着てみよ、っかな」

京介から貰った大切な宝物に袖を通す。

「うわっ、ブカブカ。あいつこんなに大きかったんだ」
「……へへっ……ばかじゃん」

あたしは宝物をパジャマ代わりにしてベッドに倒れこむ。
―――まるで、京介に抱きしめられているような感覚。

「…………っ」
「……うっ……うぅ……っ!」

熱いものがこみ上げてきて頬を伝う。
泣かないって決めてたのに、感情を抑えることができなかった。
もう、大好きな人はそばにいてくれない……これからずっとひとりなんだ……。


―――この日あたしは、夢を見た。
まどろみの中……あたたかいものを感じる。
目を開けると、あいつがいつものように、あたしを優しく抱きしめてくれている。

「……京介?」
「……ん?どうした?目ぇ覚めちまったのか?」

そう言いながら、京介はあたしの頭を優しく撫でる。

「心配しなくても俺はずっとおまえのそばにいるよ。――ずっと一緒だ」
「……ん」

あたしはその言葉に安心して目を閉じる。
きっと、これは夢。
優しい夢を見ているだけ―――

翌日、あたしが目を覚ますと、隣に京介はいなかった。

「……だよね」

たぶん、パジャマの代わりにしたものに染み付いた匂いのせいで、変な夢を見てしまったっぽい。
アイツの匂いがあたしのベッドからするのも、きっとそのせいだよね?

「―――よしっ!」

今日は、アキバのメイド喫茶で『オタクっ娘あつまれー』のオフ会がある。
あたしたちはちょっと特殊なメンバーなんだけど……そこに新しい仲間が加わるみたい。
新人さんも来ることだし、気持ちを切り替えて思いきり楽しまないとね!

「よーっし!気合入れて、あいつを起こしにいくとするかーッ!」

なんだか、今日はとっても良いことが起こりそうな予感。
そんな確信めいた何かを感じながら、あたしは京介の部屋に向かうのだった。

そして――この予感は現実のものとなる。
この日、あたしと京介は新たな人生相談を始めることになるのだが、それはまた別のお話―――

―おしまい―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年07月16日 02:22