「おい」
「なに?」

ピリピリとした険悪なムードで、一触即発の空気がリビングに満ちている。
こいつが何を考えているのか……俺にはさっぱりわからないし、わかりたくもない。
……兄妹じゃなかったらこいつなんかと口も利きたくないね。

「おまえ、俺が買ってきたチョコ知らねえか」
「……知らない」
「ほんとかあ?腹減って、食っちまったんじゃねーの?」
「!――は、はあ!?あんなの食べるわけないじゃんっ!てか、食べさしだったし!」
「なんで食いかけって知ってんだよ」
「そ、それは……」
「それは?なんだよ?」
「な、なんだっていいでしょ!ばか!」

そう吐き捨てて、リビングを出て行く妹。

「ちっ……なんだ、あいつ。逆ギレしやがって」

いまのやりとりを見ていただければわかるように、ウゼェことこの上ないクソ生意気な妹だ。
あいつとは(原因は覚えてないが)いつからかだったか、険悪な関係になり、現在に至る。
はっきり言っておくと、俺は妹が大っキレーだ。
向こうも俺のことが嫌いみたいだし、一緒に住んでる以上お互いできるだけ関わらないよう折り合いをつけてやっていくしかない。

「ったく、いつからこうなっちまったのかねぇ……」

俺は愚痴をこぼしながら、ソファに腰かけ読みかけの漫画雑誌を読み始める。

ここで、妹について少し説明しておこう。
俺の妹は現在中学生で、ヘアピンの似合う美少女である。
正直、見た目だけなら飛び抜けて可愛い。言っておくが、これは身内の贔屓目なんかじゃないぜ。
たぶん、世界中を探したとしても、俺の妹より可愛いやつなんていないんじゃないかと思っている。
まあ、いまのはあくまで見た目だけの話だ。
性格はわかってもらえたと思うが、クソの一言で片付けられる。

「チッ……あぁー、イラつくぜ」

さっきの妹とのやりとりのせいで、漫画に集中できなくなってしまった。
あいつはいつも、俺の平穏な人生を乱しやがる。
この前だってそうだ。
いまは寒さの残る二月の中旬で、あれはたしか、先月だったか。
俺が、勉強会から帰った日だった――――



「ただいま」
「ちっ……」
「んだよ、いきなり」
「ふんっ!誰かさんが帰ってきてからリビングがクサくなったんですケド~!」
「あん?どういう意味だよ?」
「さーねェー?ブスな女の匂いでも移っちゃったんじゃなぁい?」
「ああ!?テメー、どういう意味だそりゃ?」

このクソアマ!誰のこと言ってんだ、ぶっ飛すぞコラ!

「すぐムキになると……はいはい、ゴメンネー」
「チッ……!」

俺は妹に向かって盛大に舌打ちし、こいつを殴りたがる右腕を押さえることに集中するしかなかった。
てか、こいつはなにがそんなに気にいらねーってんだ?…………さっぱりわからん。
俺は深呼吸して落ち着きを取り戻し、こいつの兄として冷静に言ってやった。

「おまえ、あんまり好き勝手なこと言ってると親父に言いつけるぞ」
「うわー、出たよその台詞!うえーっ」
「おまえが悪いからだろ!バカじゃねーの?」

光の速さで冷静さを失う俺。
だけど、仕方ないだろ?こんな妹とまともに話すなんて、最初から無理なんだよ。

「へっ、バカって言うほうがバカなんだけど~?」
「このっ……!」

ポカッ!っと、つい手を出してしまう。

「いたっ!ぶ、ぶったねっ!」
「お、おまえが人をおちょくるようなこと言うのが悪いんだろ!?」
「うっ……ふぇっ……」
「な、泣いたって、俺は悪くねーからな……」
「うっ、うぇぇぇんっ!おかーさーん!」

さっそくチクリに行きやがった…………。
くそっ……どうせ、あることないこと言いつけるに決まってやがる。
ああー……妹なんてほんといらねえよ。



こんな感じだったか。
思い出すだけで腹の立つエピソードだぜ。

「……あいつにも可愛いころがあったのかねえ」

俺たちが仲良くなる日なんて永遠にこないだろう。
アイツも、きっとおんなじことを考えてるに違いない。

――翌日、風呂上りに俺がリビングのソファでくつろいでいると、妹がやってきた。

「…………」
「…………」

お互い完全に無視――――かと思いきや。
妹は、冷蔵庫からなにかを取り出し、俺の方へと向かってくる。
な、なんだ……?俺はただならない雰囲気の妹を見る。
顔は紅潮しており、緊張しているのか手が震えている。
なんだこいつ……変なもんでも食ったのか?
普段と違って、妙にしおらしい妹に俺は若干ビビりながら声をかける。

「な、なんか用かよ?」
「…………これ」

ボソッと答えながら、手に持ってる包みを渡してくる。
なんだコレは……まさか、爆弾でも入ってるんじゃあないだろうな?
俺が呆然としていると、妹がこんなことを言ってきやがった。

「きょ、今日バレンタインじゃん?い、いっぱい作っちゃって、余ったから……その、おすそわけ……みたいな」
「…………なんだ、チョコか」

爆弾じゃなかったらしい…………しかし、いったいどんな風の吹き回しだ?
…………こいつの考えてることがさっぱりわからない。

「な、なによ?いらなかった?」
「そんなこと言ってねーだろ。……あとで食うよ」
「あ、あっそ!」

プイッ―と、そっぽを向いて、もじもじしてるかと思ったら、落ち着きなくうろちょろし始める俺の妹。
出て行かないってことは、もしかして感想が聞きたいのか……?
俺は少し考え――

「……やっぱり、いま食ってみるかな」
「え?いま食べる!?」
「おう、一口だけな」
「ふ、ふうん……好きにすればいいんじゃん?」
「へいへい」

俺は、丁寧に包みをむいていく。すると、小さめの可愛らしい箱が出てきた。
これを開ければ中にチョコが入ってるのか。
妹の手作りチョコ……なぜだろう、俺はなんとなく石炭でも出てくるんじゃないかという妙な感覚を覚える。
――まあ、そんなわけはないのだが。
俺はゆっくりと蓋を開ける。

「へえ、結構本格的だな」
「ふふんっ、まあね。ちょっと材料が足りなかったから、どうしようかと思ったんだけどね」

なるほど……それで俺のチョコを使いやがったなこいつ。
……まあいいか。理由が分かれば怒る気にもなれん。つうか、冷静に考えればチョコ一個で喧嘩するのも馬鹿らしい。
俺は箱の中からタコ(?)のような形をしたチョコケーキを手に取る。

「んじゃ、いただきます」
「…………」
「おっ――うめぇ!」
「ほんとっ!?」

目をキラキラさせながら問うてくる妹。

「おう、マジでうまい」
「へぇー……ふひひっ……」

変な笑い方をする俺の妹。
…………そういえば、昔からこんな風に笑うやつだったっけ。
俺はなんだか懐かしい気持ちになり、普段なら口にしないような素直な気持ちを妹に伝えた。

「ありがとな」
「ん……また気が向いたらつくったげるね」

頬を染めて照れくさそうに、キッチンへと逃げていく妹。
俺はそんな妹を見て、つい――こんな風に思っちまった。

俺の妹が――――

「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」

ハッ―――と、俺は頭の中で思ったことを、つい口に出してしまったのかと混乱する。
しかし、台詞を口にしたのは俺ではなく―――

「なっ……!おっ……親父!?」
「なんて、思ったんじゃねえか?」
「な、なんで……」
「さあ?なんでかなあ?それより、あっち見てみな」

親父はキッチンの方を指さす。
言われたとおり見てみると……。

「ふひひ~っ、ママにも手作りチョコくれてありがとう!お返しにちゅっちゅしてあげるね~?んん~っ……ちゅっちゅっ!」
「ちょっ、やめてよお母さん……やめてってばあ~」

いつも通りの光景だ――いつもの日常風景。
すると、親父はこんなことを聞いてきた。

「どうだ、悪くない家族だろ?」
「へっ……違いねえ」

こうして、俺と妹の物語は幕を開けたのだった――――

―おしまい―

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最終更新:2013年07月16日 02:23