983 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/07/15(月) 20:26:50.91 ID:7TWLNG9C0

俺、高坂京介は現在―――人生最大のピンチを迎えている。
『なんだ、いつものことじゃねーか』というツッコミが聞こえてきた気がするが、今回のピンチはいままでの比じゃない。
例えるなら、そうだな……昔、桐乃のために親父と対決した時よりも、あやせと対決した時よりも、卒業式の日に麻奈実と対決した時よりも――ずっとヤバイ。
いまの例えで俺がどれだけ危険な状況に立たされているかがわかってもらえたと思う。

『へへっ……こりゃあ――土下座じゃ済まねぇだろうな』

さて……さっそく物語を語っていきたいところだが、この人生最大級にヤバイ話をする前に俺がいまどんな生活を送っているのか少し説明しておこう。

数年前の春――俺は高校を卒業し、大学生になった。
季節が巡るのは早いもので、今年ももうすぐクリスマスがやってくる。

大学に通い始めて、周りの人間関係や生活環境にも変化が訪れた。
変わったものの一例を挙げると、俺がいま寝床にしているのは自分の部屋のベッドではない。
覚えてるやつもいるかもしれないが、俺は大学受験前の秋――とある理由で数ヶ月の間一人暮らしをさせられたことがある。
今年の春、俺はとある理由により一人暮らしすることを決心し、現在はその時のアパートに住んでいるというわけだ。

そして―――桐乃との関係にも、少し変化がある。

俺の妹は、来年受験を控える高校三年生。
女子高生となった桐乃の美貌はとどまることを知らず、まさしく女神と言っても過言ではない。
街を歩けば誰もが振り返り、並んで歩けば嫉妬の目を向けられる。ぶっちゃけ超美人。
そんな可愛い妹が、俺のために甲斐甲斐しく通い妻をしてくれている。簡単にいうと半同棲状態だ。
天国のように思えるだろ?俺もさ…………最初はそう思ってたんだよ。
だけど、あいつの目的は俺の世話をするだけじゃなかったのさ。

ああ……くそっ、思い出したらムカついてきたぜ…………!
悪いけど、少しだけその時の話をさせてくれ。



―――俺が一人暮らしを始めてから、ひと月ほど経ったある日。

「おい桐乃、なんだそれは」
「え?フィギュアだけど?」
「いや、それは見ればわかる」
「じゃあなによ?他に聞きたいことでもあるの?」

愛しの妹が晩飯の材料をぶら下げて俺の家にやってきたのは、夕方を少し回った頃だった。
平日は学校が終わってから来るので、いつもこのくらいの時間になる。
だがしかし、今日は晩飯の材料だけじゃなく、異様な物体を大量の紙袋に入れて持ってきてやがる。

……こいつ……まさか。

「そうだな……では、あえて聞いてやる。なぜそれを持ってきた?」
「あんたの部屋に飾るために決まってんじゃーん!」
「断る!」
「えー!?せっかく持ってきたのにぃ……ひどくない?」
「……聞くのも恐ろしいが、俺の部屋はいったいどうなってるんだ……?」
「もち、妹天国になってるよ!」
「そんなこったろうと思ったわ!」

軽く目眩がして目頭を押さえる俺。
かつて、俺の部屋だった場所は、妹の手により魔改造の餌食になってしまったらしい……。
部屋の大きさは変わらないのに、エロゲーやらモノは増える一方なもんで、当然いつかは納まりきらなくなる。
実際、俺が高校三年の頃から、俺の部屋も徐々にフィギュアやエロゲーに侵食されてたからな。

簡単に説明すると『桐乃がブツを俺の部屋に持ってくる代わりに、俺の部屋から衣類を持っていく』
――とまあ、こんな感じの理不尽な物々交換を何度もさせられたのだ。

しかし、まさか……実家の俺の部屋だけでは飽き足らず、俺のアパートまでをも魔改造しようと企んでいるとは……。
……さすがにこれはハッキリと言っておくべきだな……そう思って、俺は顔を上げる。

「あのな、桐乃――って、おいッ!」
「えっ?どうしたの?」
「おまえなに、しれっとフィギュア配置してんの!?」
「エヘ?」
「…………」
「えとっ……ダメ?」

くそっ……あざとい!実にあざとい!それは反則だろう!
断固反対するつもりだったのに、こんな可愛い仕草を見せられたら俺に勝ち目があるはずもなく―――

「……今回だけだからな」
「えへへ……サンキュ」

――結局、妹と二人でフィギュアを並べる俺なのであった。

「よし、今日はこんなもんかなぁ~」
「おい桐乃、おまえいま『今日は』っつったか?」
「え、言ってないよ?」
「……いや、たしかにそう聞こえたんだが」
「気のせい気のせい、細かいこと気にすんなっつーの!」
「まあ、気のせいならいいんだけどよ」

あまり物の入ってない本棚に、妹フィギュアがズラリと陳列された。
部屋の一角だけが完全に異空間である。

「さてと、そろそろ晩ご飯作るね」
「なに作ってくれんの?」
「今日はハンバーグだよ。どう?うれしいっしょ?」

「ふふんっ!」と、胸を張る桐乃。……おおっ、揺れてる。
つつましく揺れる妹の胸を見ながら、俺はこう言った。

「今日は肉か、楽しみだな」
「……なーんか目つきがエロいんですケド……」
「んなことねーって、気のせい気のせい」
「ふうん……まあ、いいけど」

そう言い残し、台所へと向かう桐乃。
かつては地獄のようなマズさだった桐乃の料理も、この数年で鍛え上げられ、いまやプロ級といってもいいだろう。
味付け自体は違うが、麻奈実と比べても遜色ない―――いや、もしかしたら麻奈実以上かもしれん。
桐乃の手料理は、実家に住んでる頃から俺が毎日心待ちにしている楽しみのひとつだ。

「――――♪」
「…………」

ケツを振りながら下ごしらえをしているエプロン姿の桐乃を見ていて、最近いつも思うことがある。
―――なんで裸エプロンじゃないんだろう?

…………いやいや!言っとくけど、別に俺が変態的な趣味を持っているわけじゃないぞ!
これには深いわけがあってだな……以前、桐乃が押し付けてきたエロゲー『おしかけ妹妻~禁断の二人暮らし~』を覚えているだろうか?
俺がアパートに引っ越した時に、そのおしかけ妹妻の続編を桐乃に無理矢理押し付けられたわけですよ。
んで、とりあえず一回くらいはプレイしとかないとうるせえからさ、渋々やったんだよね。
そしたらそのエロゲーのシチュエーションに―――裸エプロンがあったってわけだ。

「ふん――ふふーん♪」
「…………」

…………男なら、期待せずにはいられないだろ?

「?どうしたの京介?」
「気にするな」
「いや、後ろに立たれてると気になるんですケド……」
「なら、しゃがんどけばいいか?」
「そーいう問題じゃないから。てか、さっきからどこ見てるわけ?」
「ケツ」
「は、はあ――ッッ!?」

桐乃の顔が一瞬で真っ赤に茹で上がる。
あいかわらずウブな俺の妹である。ったく、ケツ見られたぐらいで大げさなやつだぜ。

「うーん、やっぱいいケツしてるよなおまえ」
「き、キモッ!マジキンモーッ!勝手に人のお尻見んなぁっ!」
「てことは、許可を取れば見てていいんスかね?」
「いいわけないでしょ!てゆーか、今日のアンタはいつにも増してエロすぎ!いったいなんなの?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれたな、桐乃。俺がいつもよりエロいのには理由がある」
「うわっ、自覚あるんだ……嫌な予感しかしない……」

腕で身体を抱く仕草をする妹。
そんなに身構えなくていいのに。まるで俺が変質者みたいじゃないか。

「まあ、聞けよ。おまえがこの前貸してきたエロゲーを覚えてるだろう」
「えと……妹妻の続編のこと?」
「その通り!おまえも知っているだろう……あのエロゲーにとんでもないシチュエーションがあったことをな!」
「………………はっ!」
「どうやら、俺の言いたいことが理解できたようだな」
「し、しんない!……全然わかんないっ!」

むっ……こいつ、シラを切るつもりのようだ。
こうなったら仕方ない、ハッキリと言ってやるか。

「なら教えてやろう。おまえはなぜ、裸エプロンにならないんだ?」
「あ、あんな格好……あたしがするわけないっしょ?ったく……なに期待してるんだか……」
「あれ?おまえが俺にエロゲーをやらせる時はそういうシチュをしたいからじゃなかったの?」
「そんなわけあるかぁ―――っ!このヘンタイ!」

――それからしばらく食い下がってみたものの、桐乃が裸エプロンになってくれることはなかった。
健闘むなしく俺は台所から追い出され、おとなしく勉強をさせられている。

おかしいなあ……こいつはそういう願望をエロゲーを通じて俺に伝えてきてると思うんだけど、照れてんのかな?
……仕方ないから今日のところは一旦引き下がってやるが、俺は諦めたわけじゃないからな。
そのうち絶対に裸エプロンを装備させてやるぜ!ククク――覚悟しておけよ桐乃!
勉強そっちの気でそんな妄想をしてると、桐乃が声をかけてくる。

「お待たせ。ご飯できたよ」
「おっ、待ってました!」

テーブルに並べられる妹の手作りハンバーグと味噌汁。
食欲をそそる美味そうな匂いが漂っている。

「美味そうだなあ、桐乃の手ごねハンバーグ」
「言い方がキモいっての……そこは手作りって言ってくれない?」
「じゃあ、桐乃の手作りハンバーグいただきまーす」
「はいはい、めしあがれ」

俺は桐乃の手ごねハンバーグをパクッと一口ほおばる。

「どう?」
「うめぇーっ!」
「へへっ……よかったぁ」
「美味い美味い、お袋のハンバーグとは別物だな。なんかコツでもあんの?」
「うん、いろいろあるんだけど、一番の秘訣はすりおろしたジャガイモを入れてるところかなあ」
「へぇー……凝ってんだな」

素直に感心してしまう。
苦手だったはずの料理も、いまや得意分野のひとつとして腕を磨いている桐乃。
誰のために――なんて、今さら俺が口にするわけもない。

「まあね。こう見えて、いちおー頑張ってますから」
「まったく、自慢の妹だよおまえは」
「ありがと」

駆け出しの妹妻としては、十分すぎるスキルを備えている俺の妹であった。

―――食後、俺が風呂から上がると桐乃が誰かと電話していた。
俺はそばに座り、電話が終わるのを待つ。話の内容からすると、相手は親父か?
やがて会話が終わり、桐乃はスマホを操作し通話を終える。そして、頬を染めながらこんなことを言い出した。

「ねぇ、今日泊まってもいい?」
「……なっ!?え……ま、マジで?」
「なに?まさか、イヤなわけ?」
「い、いやいや!そういう問題じゃなくて!」

しれっと、とんでもないことを言いやがった!……俺のアパートに布団は一式しかないわけですよ?
これが、どういうことを示しているのか――俺が動揺している意味をわかっていただけるだろう。

「なによ、なにか問題ある?」
「……いや、おまえが帰ってこないと親父たちが心配するんじゃないかなぁ……って、思ったんだが」
「それなら大丈夫。いま電話でお父さんに確認したらオッケーだって」

まさかさっきの電話がお泊りの確認だったとは……!読めなかった……この俺の目をもってしても!
しかし、親父が俺の家にお泊りを許可するとは思えないんだけど……あやせんちに泊まるとでも言ったのだろうか?

「……そっか、なら泊まってくか?」
「うん!……あっ、言っとくけど……エッチなことはなしだからね」
「しねぇーよッ!おまえは俺をなんだと思ってやがる!……オオカミかなんかっすか?」
「うーん、歩くわいせつ物かな?」
「いくらなんでも酷すぎだろ!それぐらいにしないと俺が泣くぞ……っ!」
「あはは――っ!」

ケラケラと笑う桐乃。ふむ……どうやら、ご機嫌のご様子。
桐乃の笑顔はいつも俺の心を満たしてくれる―――きっと、こいつの笑顔を見るたびに、俺は死ぬまで同じことを思い続けるんだろうな。
ったく…………こいつはどこまで俺を惚れさせりゃ気が済むんだよ。

ひとしきり笑った桐乃は「じゃあ、お風呂入ってくるね」と言い残し、風呂場に向かう。
例のごとく、なぜか明日着る分の着替えを持参していたようだ。
まあ、パジャマは持ってきてなかったので、俺のを貸してやったが。

そして……現在、俺がなにをしているかというと……きっちり敷かれた布団の上で正座している。

「…………ふう」

落ち着け、俺……まずはこのそわそわした気分を克服するところから始めるんだ。
もちろん、風呂を覗こうなんて思っちゃいないぞ?
むしろ、この後にやってくる添い寝イベントに対してそわそわしているだけだ。そこは勘違いしないでほしい。

―――ここで、俺の物語を知ってるやつなら『いままでに何度も一緒に寝てるだろ!』と、ツッコミたくなる場面だろう。
だが、待ってくれ…………たしかに、桐乃とは何度も寝てるよ?(変な意味ではないからな!)
けどさ、今日は俺のアパートという新しいシチュエーションなわけで……変に意識してしまうというか、ドキドキしてるわけだ。
…………まあ、ぶっちゃけなにかあるんじゃないかと超期待している!

そんな感じで俺が煩悩と戦っていると、ガチャ―っと、風呂場のほうから音が聞こえてきた。

「はぁ~~~ッ!サッパリしたぁーっ」
「そりゃあよかったな」
「へへっ……お・ま・た・せ♪」
「お、おう……」

パジャマに着替えた桐乃がバスタオル片手にこっちにやってくる。そして、ちょこんと俺の隣に腰を下ろす桐乃。
ふわりと石鹸のいい匂いが漂ってくる。まだ、しっとりと濡れた髪がやけに艶っぽい。
誘ってる…………こいつ絶対誘ってるって!つうか、エロすぎだろこいつ……!
俺はさりげなく距離をつめる―――すると。

「ちょ、あんまそば寄んないで」
「…………そっすか」

なんすかねぇ、この理不尽?おかしくね?
さんざん期待させといてこの仕打ち、男の純情を弄ぶなんて、やっぱ俺の妹はクソだわ。これは揺るぎない事実。異論はないよな?
ったく、女神じゃなくて、悪女(ビッチ)の間違いなんじゃねーの?

「そーいうのは、あたしの髪乾かしてからにして」
「……お、おう!気合入れて乾かすぜ!」
「……ばーか」

――どう、見た?俺の妹の天使っぷり。……いや、天使どころではない。これはまさしく女神そのもの。

奴隷根性丸出しで、俺は桐乃のサラサラの髪をドライヤーで丁寧に乾かしていく。
最後の仕上げに特徴的なクセ毛を乾かしてやる。すると、ぴょこんと重力に逆らう桐乃のクセ毛。
…………ふと、疑問に思ったことを桐乃に聞いてみる。

「なあ桐乃、これ動かせねーの?」
「はあ?動くわけないでしょ?」
「ふーん、そっか」

桐乃はそう言うけど、なんか動きそうな気がするんだよね。嬉しい時とかさ。
俺の気のせいだろうか?……まあ、深く考えてもしょうがないか。
よし、とにかく……髪は乾かした、あとは寝るだけだ……。うひひっ……夢が膨らむぜ!
そして、俺はごく自然に切り出す。

「ごほんっ……桐乃、髪も乾かしたことだし、そろそろ――」
「ねぇ、あたし喉かわいたんだけど」
「…………へいへい」

―――桐乃が麦茶を飲み終えたあと、二人並んで布団に寝転ぶ。
ちなみに枕は俺が使い、桐乃は俺の腕を枕代わりにしている。一緒に寝る時はこういう体勢になることが多い。
そして……あれだけ期待していた俺の気持ちとは裏腹に、腕の中の桐乃はすでにうとうとしている……。
頭を撫でてやれば、このまますぐにでも眠ってしまうだろう。…………ったく、しょうがねえなあ。
俺はゆっくりと桐乃の頭を撫でてやる。

「………ん」
「桐乃、おやすみ」
「ん…………」

やれやれ……こいつは何年経っても、俺の可愛い妹なのだ。
まったくもって、色気のあるイベントじゃあないよな。
……でも、俺はいまとても幸せな顔をしているんだろうさ。

「すぅ……すぅ……」
「でも、まあ……これくらいならいいよな」

そして俺は、すやすや眠る桐乃に唇を重ねた―――

――翌日の朝。

「ふあ……」
「あ、起きた」

目を覚ますと、桐乃はすでに朝飯の準備に取り掛かっていた。
休日だってのに、あいかわらず朝が早い女である。

「おはよう、桐乃」
「ん、おはよ。今日バイトでしょ?」
「おう、午前だけだけどな。帰ってきたらどっかでかけるか?」
「……んー、そだね。久しぶりにカラオケでも行く?みんなも誘ってさ」
「おっ、そりゃいいアイデア」
「へっへっへー!たまに息抜きするのが努力を続けるコツだよ!」
「ははっ、おまえがそう言うとすげえ説得力あるよ」

そう、俺が一人暮らしを始めたのには理由がある―――それは、俺が桐乃を幸せにできる男だと親父たちに認めさせるためだ。
いくら口で『桐乃を幸せにする』と言ったところで、行動を伴わなければ意味がない。
うちの親父はそういう考えの人だし、俺もそう思う。親父は溺愛してる娘の相手を真剣に見定めるだろう。

…………だけど、よりによってその相手が娘の兄貴だなんて知ったら卒倒しちまうんじゃねーかな。
しかしそういう性格だからこそ、俺の評価も色眼鏡なしで真摯に受け止めてくれる可能性が高い。
とにかく行動あるのみということで、大学に入ってからバイトを始めたし、勉強もおろそかにしていない。
そして……現在は一人暮らしをして、できるだけ親の力を頼らずに頑張っている最中――というわけだ。

…………まあ見ての通り、身の回りの世話は桐乃がやってくれてるんだけどさ。
一人暮らしが始まる前に、親父に駄目元で食事なんかの世話を桐乃に頼みたいとお願いしてみたところ、意外にあっさりと了承してくれた。
正直言って、桐乃が俺の家に通い妻することを認めてくれただけでも奇跡のようなもんだと俺は思っている。

「ちょっと、なにボーっとしてんの?朝ご飯もうすぐできるから、顔でも洗ってくれば?」
「へいへい」

――朝飯を食った後、バイトに向かう時間になった。
せっかくなので、新妻っぽくお見送りをしてもらっているところだ。

「じゃあ、行ってくるな」
「ん、じゃーね」
「おいおい……そこは『いってらっしゃい、お兄ちゃん♪お仕事頑張ってね!』って、可愛くお見送りするところだろ?」
「あ、そうだ。帰りにヨーグルト買ってきて」
「……スルーかよ」

可愛い新妻なんて幻想だ。現実なんてこんなもんさ。この先こいつと一緒に暮らすなんて不可能じゃないの?
バイトに行く前からやる気が超絶ダウンである。
理想の新妻と、現実の差に俺がガッカリしていると…………。

「ったく……もう、しょーがないなぁ」
「えっ?」
「こほん――いってらっしゃい、京介。お仕事がんばれ」
「――――」
「どう?気合入った?」
「……おう!行ってくるぜ!」

現実はやばい。エロゲーを越えてる。
エロゲーの中にこれほど可愛い妹がいただろうか―――いやいない!
一瞬でやる気が超絶アップした俺は、意気揚々とバイト先へと向かうのであった。

―――そして、数時間後。
みっちりと業務をこなし、ヨーグルト片手に帰宅中である。
さっき桐乃に電話で確認したところ、今日のカラオケには黒猫、あやせ、加奈子が来るようだ。残念ながら、沙織は欠席らしい。
カラオケは大人数で行ったほうが楽しいしな、というか……ぶっちゃけ桐乃と二人でカラオケに行くと大変な目に遭う。犠牲者は多いほうがいい。
そんなことを考えている間に、俺と桐乃の愛の巣が見えてきた。

「ただいまー」
「あ、お帰り」

バイトから帰ってきた俺が目にしたものは―――

「……おい桐乃、なんだこれは……」
「ふひひ~っ!超妹天国!」
「即刻撤去しろッ!」
「え~?」

この瞬間から、俺のアパートは魔窟と化したのだった…………。



――――どうよ、ひでぇ話だろ?
あいつは、自分の部屋に納まりきらなくなったエロゲーやら、フィギュアやらで俺のアパートまで魔改造しやがったのさ。
撤去するように言ったものの、例のごとくあざとい笑顔にやられて結局許してしまったってわけだ。
こんな妹専用人生を歩んでる兄貴なんて、俺くらいなもんじゃないかなーって、我ながら思うぜ。
まあ、なにを隠そう人生相談継続中なもんでこればかりは仕方ない。

少しと言った割には、かなり長い話になっちまったな。どうやら、俺が妹の話をするといつも長くなってしまうらしい。
実はこの後、妹たちと遊びに行ってからちょっとしたエピソードがあったんだが…………これも話すと長くなりそうだな。
少しだけ説明しておくと、カラオケボックスでこんな会話が交わされた。

『――おい、京介』
『あん?なんだ?』
『オマエさー、もう桐乃と●●●●したのかよ?』
『ブッ―――!?』

こんな感じ。かなりぶっ飛んでるだろう?
まあ、このカラオケの出来事はまた機会があれば語ることにしよう。

……さて、ずいぶん待たせちまって悪かったな。回想という名目の現実逃避をしてたけど、そろそろ本題に入るとしよう。
この話をするには、今日の朝から一日を振り返っていく必要がある。
人生最大級のピンチはこんな朝の一幕から始まった―――


ピピピピピピ!

俺が今朝目を覚ましたのは時計のアラームではなく、携帯の着信音だった。
寝ぼけた頭のまま電話に出る。

「はい……もしもし?」
『あ、京介?おはよう』
「お袋?……おはよう」
『あんたまだ寝てたの?一人暮らしだからってだらしない生活してたらダメよ?』
「わーってるよ……んで、朝からなんか用?」

もう少し惰眠を貪りたいってのに、うるせーババアだぜ。
バイトがない日くらいゆっくりさせてくれ。

『あ、そうそう!昨日特売だったからマグロのお刺身いっぱい買っちゃって、あんたにもおすそ分けしてあげようと思ってね』
「……へぇ、マグロか」

マグロという言葉に、俺はなぜか桐乃を連想してしまった。
特に深い意味はない。

『あんたも好きでしょ?昨日買ったやつだけどまだまだ新鮮よ』
「ほう……」

マグロ……新鮮……女体盛り。
これも特に深い意味はない。

『あんた、いやらしいこと考えてたでしょ』
「なっ!なことねーよっ!」
『はぁ……まったく、どうしてこんなに変態に育っちゃったのかしらねぇ……』
「ぐ………!」

呆れられてしまったが、返す言葉がないぜ。
お袋が俺に抱くイメージは『変態息子』で確定してしまっているようだ。
たまにお袋が来る日もあるんだけど、おかげで俺のアパートが異空間と化していることもバレちまってるしな!
つうか、うちのお袋ってこういうところが鋭くて困るんだよね……実家にいるころからエロ本の隠し場所を変えてもすぐに見つけやがるしさ。

『まあ、いいわ。とにかく夕方持ってってあげるから、ちゃんと家に居なさいよ』
「へいへい、じゃあ大学から帰ったら連絡するわ」

――そして、夕方。

「あ……」
「……お、おまっ!」

俺が帰宅すると、バスタオル一枚の桐乃が家で待っていた。

目が合い、硬直してしまう俺たち。
たしかに、桐乃がだいたいこの時間に来てるのはいつものことだし、予想もついてた。
……だがな、さすがにバスタオル一枚で待ってるとは思わなかったぜ。さすが風呂好き……って、そうじゃねーだろ!
俺が桐乃になにかを言おうとしたその時、ガチャリ―という音が聞こえ、玄関を向くと。

「京介ー、持ってきたわよ…………って、あんたたちなにやってるの!」
「げっ――!?」
「えっ……?……お、お母さん!」

おいおいおいおい……連絡してから来るんじゃねーのかよ!?ってか、お袋のやつよりにもよってなんつータイミングで入ってきやがる!
桐乃も固まっちまってるし……やべえ……絶対変な誤解されてるよ。くそっ…………なんとか、乗り切らねえと。
最悪のタイミングで現れたお袋をごまかすために、頭をフル回転させ必死に言い訳の台詞を考る俺。
しかし……俺が言い訳を思いつくヒマもなく、お袋は携帯を取り出して誰かと話し始めてしまう。
誰に電話してんだ……って、どう考えても相手は一人しかいねぇわな。

――――こうして、俺は実家へと強制連行されることになった。

高坂家のリビングには俺、桐乃、お袋―――そして、親父が揃っていて、いつかの家族会議の様相。
現在、お袋が親父にさっきのアパートでの出来事を説明していて、親父はそれを黙って聞いている。
固唾を飲んで待っていると、隣の桐乃が小声で聞いてくる。

「ねぇ……絶対ヤバイよね……?」
「……まぁ、俺の土下座くらいじゃ済まねぇだろうな」

ここでようやく冒頭に繋がるわけだ。……どうだい?ヤバイだろ?
……まさか、このタイミングで俺たちの関係が親バレするハメになるなんてな。
いつぞやの時とは違い、今回は後ろ暗いことがあるわけで…………まさしく、人生最大級のピンチってやつだ。

「どうするの?……あたしたち、離されちゃうのかな……」
「心配すんな。絶対なんとかするから――俺に任せろ」
「京介……うん、任せる」
「おうよ」

どう考えても勝ち目のない戦いだが……久しぶりの決め台詞を口にした途端、俺のテンションは限界突破する。
スーパーモードってやつだ。親父だろうがなんだろうが、負ける気がしねえぜ!
ここで、俺の脳裏に親父と戦うための選択肢が出現する。

『1、親父と戦う(物理的な意味で)』
『2、親父を説得する(土下座的な意味で)』
『3、一人で逃げる』
『4、桐乃を連れて逃げる』

……ふむ、こんなところだろうか。まあ、考えるまでもなく『3、一人で逃げる』は論外だ。実質三択だな。
俺が脳内で選択肢を選ぼうとした時、親父から声がかけられる。

「おい、聞いているのか京介」
「は、はい!?な、なんすか!?」
「母さんが言ってることは本当のことなんだな?」
「まあ、だいたいは……そんな感じっす」
「そうか……今回ばかりは大目に見すぎたようだな」

ビキビキしてる血管を揉む親父。…………無理無理無理無理――ッ!なにこの威圧感!?
血迷って『1、親父と戦う(物理的な意味で)』とか選んだ日にゃ、ソッコーでミンチになる未来しかねぇよ!
あっぶねぇ~!……もう少しで桐乃を未亡人にしてしまうところだったぜ……。
落ち着いて考えると最初から二択だったな、うん。……気付いたかもしれないが、高坂京介という男は高校生の頃からなにも成長していないのである。

桐乃とお袋は、口を挟まない。実質、俺と親父だけの戦いだ。
さて、この二択……どちらを選択するべきか。俺が悩んでいると、親父が静かに切り出した。

「京介、おまえに大事な話がある。今後のことだ」
「……おう」
「おまえももう大人だ。お互い、腹を割って話せるはずだな」
「……ああ、そうだな」

俺たちの関係がいつまでも隠し通せるわけがない。どうせ、いつかはやらなくちゃいけないことだったんだ。
もしかすると親父たちは最初から気付いてて、俺が子どもだったから見逃してくれていたのかもしれない。
俺が大人になるまで待っててくれたのかもしれない。…………対等に話せる時がくるまで。
なら、俺の選ぶべき選択肢は土下座して見逃してもらうことでも、桐乃と一緒に駆け落ちすることでもない。

『5、親父を認めさせる』―――これしかないだろ。

結局のところ、俺にできることはいつだって変わらない。愚直に地雷原へと突き進むしかないんだ。
その結果両親が反対しても、桐乃を守り抜くと誓っている――――とっくの昔にな。
俺は、親父の目を真っ直ぐ見据えて覚悟を決める。

「親父、話がある」
「……言ってみろ、京介」
「俺は――俺は、桐乃のことが大っ好きだぁ―――――――――――っ!だから、ずっと一緒にいると決めた!」
「…………」
「きょう、すけ……」

隣に座る桐乃から、惚けたような声が聞こえる。へっ……惚れ直すのはまだだぜ、桐乃。
おまえは知らないだろうけど、俺と親父の対決はこれからが本番なのさ。
無言で俺の告白を聞いている親父に、さらに畳み掛ける。

「よっく聞けよ、親父!俺はなあ、妹が、桐乃が、超・大・好き・だぁ―――――っ!愛してると言ってもいいね!こいつと引き離されるくらいなら、俺は桐乃と駆け落ちするぜ!命をかけても守り抜くって決めたからなあ!」

そして、俺はいつかのように叫ぶ。

「分かったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!」

どうだ…………へへっ、言ってやったぜ。ぶっ飛ばされるんだろうなあ。
チラッと桐乃の様子を窺うと「ばかじゃん……」と、呟きながらポロポロと涙を零していた。
一方、お袋は俺の奇行にさして驚いた風でもなく、黙って親父のほうを見ている。
そして親父は口を動かす。

「言いたいことは、それだけか?」
「ああ、それだけだ」
「そうか…………」

長い沈黙。
親父も考えを纏めているようだ。
しばらくすると、親父は立ち上がり―――ゴチン!

「痛ってぇぇっ!」

案の定、ゲンコツ落とされちまったよ!

「この馬鹿息子が!よりによって自分の妹に手を出すやつがいるか!」
「しょ、しょうがねえだろ!好きなんだから!」
「好きだから仕方ないで通せると思っているのか!兄妹で恋愛など世間体もある。常識を考えろ!」
「そ、それくらい……わかってるよ」
「わかっておらんだろう!桐乃がおまえの世話をすることを許してやったのも、いかがわしいことを助長するためではない!」
「く……っ!」

予想はしてたけど、超正論だぜ。真っ向勝負じゃ勝ち目がねぇ。
……仕方がない、こうなったらアレしかないな。追い詰められた俺は、とっておきの切り札を叫ぶ。

「……じゃあ親父は、仮に桐乃がよその男に取られてもいいってのかよ!?」
「なにを言っている?むろん反対だっ!桐乃を嫁に出すなど断固反対に決まってるだろう!常識で考えろ!」
「もちろん俺だって反対だぜ!俺も親父と同じ気持ちだ!」
「そうだろう!桐乃が嫁に行くなど……ぐぬぬ……考えるだけでも相手を殺したくなる!」
「お父さん……ちょっと、落ち着いて」

反対を力説する親父と、完全に呆れてるお袋。
シリアスな展開なんて吹っ飛ぶほどのグダグダな展開。
シラフでこれだぜ?うちの親父も相当やばいって!俺ほどじゃないけど、どんだけ桐乃を愛してるんだっつー話だよな。
こんな人から愛する娘を奪おうってんだから、簡単じゃないのは分かってるさ。

――――ただ、グダグダになってきてからが、高坂京介の本領発揮ってわけだ。

「親父、落ち着いて聞いてくれ」
「なんだ!俺は落ち着いている!」
「俺が桐乃とくっつけば、桐乃は嫁に行かないんだぜ」
「むっ……そ、そんな提案を俺が飲むと思っているのか……?」
「ふっ、飲むね……いや、飲まざるを得ないはずだ」
「むう……」

冷静に考えれば俺と桐乃がくっつくのを認めてもらえなくても、桐乃は嫁に行かないだろうけど……あえて親父には黙っておく。
親父には俺と桐乃を認めないと、桐乃が嫁に行ってしまうぞ――という、脅しをかけなければいけないからな。
ご存知の通り、いつものハッタリだ―――だがしかし、親父には効果バツグンの模様。
へっへっへ……効いてる効いてる。

「ねぇ……あんた自分で無茶苦茶なこと言ってるって自覚ある?」
「うっせ、ちょっと静かにしてろ」

桐乃のツッコミを無視する俺。。
しばらく考え込んでいた親父は、真面目な顔つきになり俺に問いかける。

「京介、おまえの覚悟は本物なのか?」
「ああ、もちろんだ」
「おまえは桐乃の兄だぞ」
「わかってるよ」
「そうか…………京介」
「なんだ、親父」
「いま、おまえが口にした覚悟を生涯忘れるな」
「当たり前だ。言われるまでもない――俺は桐乃を、必ず幸せにするよ」
「ふっ――」

笑みを零す親父。
……どうなんだ?……認めてくれたのか?

「親父、俺たちのこと……認めてくれるのか?」
「勘違いするな。おまえは頑張っているつもりなんだろうが、全然努力が足りん」
「そっすか……」

そんなに甘くはないらしい。

「俺を認めさせたければ、口だけじゃないということを証明してみせろ」
「……わかったよ、親父。いつか、絶対に認めさせてやるからな」
「ああ。やれるものならやってみろ」

どうやら、親父を安心させるにはまだまだ努力が足りなかったようだ。……当然だよな。
だけど証明してみせろということは、生涯をかけて証明し続けてみせろということだ。
……もしかしなくても、これが親父なりの落としどころなんだって、鈍い俺でも察したよ。
親父との会話が一段落し、お袋が声をかけてくる。

「頑張りなさいよ、お兄ちゃん」
「おうよ、任せとけって」
「ありがとう……お父さん、お母さん」
「ふふふ――でもあんたたち、あんまりエッチなことばっかりしてちゃダメよ?」
「「なあ――ッ!」」

――その後、久しぶりに我が家で夕飯を食べた後、お袋たちと話していると、親父が声をかけてきた。
親父は俺と二人で話したいことがあるということで、桐乃とお袋は席を外すことになり、いまリビングには親父と二人きり。

親父は、近親相姦の問題やら色々な資料を用意しており、長い時間をかけて説明してくれた。
この人は本当に俺たちのことを心配してくれているのだ―――まったく、ありがたい話だよな。
そして、最後に親父はこんなことを言い出した。

「――ということでだ、おまえにはこれを渡しておく」
「えーと、これって……」
「以前にも渡したことがあるだろう」
「いや、それはわかるけどさ……」

親父が手渡してきたのは、いつぞやの調書の用紙だ。
なにを書かせるつもりなのかさっぱり見当がつかん。
今回は桐乃以外には世話になってないしな。

「なにを報告すればいいのか、さっぱりわからんという顔だな」
「まあ、その通りだよ」
「おまえ、桐乃に手を出しているそうだな」
「えっ!?い、いやいや……それは誤解だって説明しただろ!?帰ったときに、たまたま桐乃が風呂上りだっただけだよ!」
「では、これまでにやましいことは一度もないと言うんだな?」
「そ、それは……ですねぇ」

ない――とは言えない。
……ちょっと過激なスキンシップっていうか?コミュニケーションっていうか?そういうことはありましたからね、ええ。
とはいえ、さすがに親父には言いづらいっていうか、言いたくないというか。

「あるんだろう?」
「…………はい」
「まったく……せっかく紹介してやったアパートをホテル代わりに使うなど情けない」
「…………」

……なにも言い返せねえ。

「おまえはこれから毎日、この紙に桐乃とした行いを書け」
「は、はぁ――ッ!?……な、なんで!」
「なんだ、不満か?」
「そ、そりゃそうだろ……!」

親にこんな詳細を書かされるやつなんて世界中探したって絶対いねぇーだろ!
もし、万が一いたとしたら、絶対そいつも俺と同じようなとんでもない物語の主人公だよ!

「そうか、嫌だというならそれでも構わん。その代わり――」
「わ、わかりました!書きます!書かせていただきます!」
「ふむ、では渡しておく」

ちっくしょう…………!こんな辱めを受けなければならんとは…………!
これも兄妹恋愛の試練なのか!?いや、絶対違うだろ!
俺が懊悩していると、親父はわかりやすい言い方をしてくれた。

「京介、ひとつ言っておくが……桐乃が未成年のうちは絶対に間違うな。言っている意味は分かるな?」
「ああ――わかった……約束する。ちゃんと報告もするよ」
「……ならいい。今日はうちに泊まっていけ」
「おう……ありがとな、親父」

親父に頭を下げてから、俺がリビングを出ると扉の向こうで桐乃が待っていた。

「なんの話してたの?」
「男と男の話し合いってやつだよ」
「ふうん、なんとかなった感じ?」
「へっ――任せろって言ったろ?」
「……ん」

こくんと頷く桐乃。
俺はそんな妹の頭を撫でてやろうとすると――いきなり頬をギュッとつねられた。

「……おい、痛いぞ」
「うっさい」
「なんで怒ってんだよ?」
「……さっき、あんたが言ったこと思い出してみなさいよ」
「え……?」

……なんか言ったかな?
暴走して、色々と口走ったけど……桐乃を怒らせるようなことは言った覚えがないぞ。

「もしかして、わかんないの?」
「すまん、わからん」
「ちっ……『俺が桐乃とくっつけば、桐乃は嫁に行かない』とかなんとか……言ったでしょ」
「あ……ああ、言ったな」

あれは親父をごまかすための切り札だったわけだが、なぜか桐乃はご立腹らしい。
桐乃は俺の頬から指を離し、もじもじしながらこう言った。

「……あたしが京介以外を好きになるとか、有り得ないし……あんなこと二度とゆーな」
「――――」

なんだこの可愛い生き物。
俺が悶絶していると――桐乃は「わかった?」と、首を傾げながら聞いてくる。

「……わかった。もう二度と言わねぇよ」
「ん……ならいい」
「よっし、桐乃。一緒に寝るか」
「ちょっ……!いきなり変なとこさわんなぁっ!」
『おい、京介!さっきから全部聞こえているぞ!そういうことは自分のアパートでやれ!』

こうして、俺の人生で最もキツイ一日は幕を閉じた。
いやあ――マジできつかったよ。……ぶっちゃけ、何度か死にそうになったぜ。
でもきつかった分、親父は俺たち兄妹にとって最も頼りになる人となってくれるはずだ。
…………まあ、完勝ってわけにはいかなかったけど、いまの段階では十分な結果だろう。

後から聞いた話によると、親父たちは俺と桐乃の関係のことをとっくの昔に気付いてたらしい。
バレてるわけがないと思っていたんだが……さすが本職ってところだろうか?
気付いてないフリをしてたのには色々と理由があるみたいだけど、中でも一番の理由は俺たちが駆け落ちしてしまうことを避けたかったからのようだ。
親父もまた、俺たちと同じように悩んで、常に俺たちのことを考えてくれていて、一番良い方法を選んでくれてたんだな。
俺ってやつは、親父を安心させるどころか心配ばかりかけちまってた。
やれやれ…………長い道のりになりそうだ。


―――そして、今年もクリスマスイブがやってきた。

「うわぁ……綺麗」
「はは――神様も粋なことしやがる」

現在俺たちが居る場所は、俺が妹に告白した時と同じスカイツリーの展望デッキだ。
なんの奇跡か、今年もあの日と同じくホワイトクリスマスとなっている。

「あの日から色々あったな」
「うん」
「いろんなことが変わったよな」
「うん」
「でもさ、あの頃と変わってないこともある」
「うん」

隣を見ると、桐乃は景色を眺めていた。
桐乃の耳にはハート型のピアスが付けられていて、左手の薬指にはオモチャの指輪が嵌められている。
俺はジャケットのポケットに入れてある小さな箱からあるモノを取り出し、右手に握り締め――彼女にこう告げた。

「俺はあの頃と変わらずおまえのことが好きだ」

そこで、桐乃はこちらを振り向き、尋ねてくる。

「恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味で」

懐かしいやり取りを交わす俺たち。たぶん、俺たち以外にはわからないやり取りだろうな。
嬉しそうな顔を隠そうともせず「へへっ……知ってる」と言いながら抱きついてくる桐乃。
……そろそろいいだろう。

「……手、貸してみな」
「えっ、なにすんの?」
「いいから」

俺は桐乃の左手を取ると、薬指からオモチャの指輪を外す。
その代わりに隠し持っていた指輪を嵌めてやる。

「あ……これって」
「受け取ってくれるか?」
「……うん……嬉しい」
「あのさ、桐乃」

そして――俺はもう一度、妹にプロポーズした。

「――俺と、結婚してくれ」

俺のプロポーズを受けた妹は、とびきりの笑顔であの時と同じ返事をしてくれた―――



―――あれから数年の歳月が流れ、俺たちはいま想い出の教会でささやかな式を挙げている。
兄妹のことを心から祝福してくれる人は決して多くない。それでも、俺はいま最高に幸せだ。
俺は、純白の花嫁を抱きかかえ―――耳元でそっとささやく。

「桐乃――愛してる」
「……あたしも」

―おしまい―



----------

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年08月07日 17:57