178 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/07/23(火) 05:20:24.92 ID:JgjQr+Eb0
「あっちぃーなぁ……」
「夏ですからね」
夏休みに入って、本格的な暑さになってきた七月の下旬──
降り注ぐ陽光の中、俺は愛する妹──ではなく、友人である天使と一緒に海に来ている。
ジリジリと熱せられた白い砂浜には、どういうわけか俺たち以外に姿はない。まるで、二人きりの世界のようだ。
…………いや!いやいやいやいやっ!勘違いするなよ!これは、断っじてっ!浮気とかじゃないぞ!?
これには、海より深いわけがあってだな―――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―──お兄さんが語り部だと、こんなふうに物語が始まるんでしょうか。
わたし、新垣あやせは高坂京介さんと海に来ています。
彼は、桐乃のお兄さんであり、桐乃の恋人(本人たちは、名目上『普通の兄妹』と言い張ってますが……)であり―――そして、わたしの初恋だった人。
今回お兄さんと海へ来たことには理由があって……そうですね、お兄さんの名誉のために少しフォローしておくとしましょうか。
事の発端は、数日前、お兄さんから相談を受けたのが始まりでした。相談の内容はもちろん桐乃のこと。
簡単に説明すると『桐乃と喧嘩したのでなんとかしてくれ』──こんな感じの電話があったことが原因でした。
情けない人ですよね。というより、わたしに相談してくる神経がさっぱり理解できません。
一時の気の迷いとはいえ、わたしはこの人に告白したことがありまして…………まぁ、見事に振られてしまったわけです。
そんな相手に、恋愛相談をするというこの理不尽な仕打ち!…………ほんっ――――――――とう、にっ!無神経ですよね!?
……ということで、わたしはお兄さんのためなんかじゃなく、桐乃のために一肌脱ごうと決めたわけです。勘違いしないでくださいね?
―――もう少しフォローしておくと、お兄さんは桐乃に秘密にして二人きりで会うのには抵抗があるらしく、わたしたちは現地集合で海に来たというわけです。
二人きりで会うのには抵抗があるということで、わたしたちの他にもう一人いたんですが―――調子に乗った発言をしたためビーチから『失踪』してしまいました。
「──で、わざわざ海まで来たわけだが……桐乃と仲直りすることに必要なことなんだろうな?」
「当たり前じゃないですか。そうじゃなければ、あなたと海に来る意味なんてありませんから」
「……以前、俺に告白してきたやつと同一人物とは思えない発言っすね」
「あれは忘れてください。わたしの人生で最大の汚点ですから」
「おまえって、サラッと酷いことを言うやつだよな」
「お兄さんにだけは言われたくありません!」
あいかわらず失礼な人ですね!……そんなに殺されたいんでしょうか?
……まあ、桐乃が悲しむから我慢してあげますけど。
「あの、あやせさん……その眼力だけで人を殺そうとするのをやめていただけませんかね……」
「えっ、なんのことです?そんなことより、そろそろ今日の作戦について説明しますよ」
「……お手柔らかに頼むぜ」
なぜかわたしと距離を取るお兄さんに、桐乃と仲直りする作戦を説明しようとした時、視界に一台のクルマが映った。
―――どうやら作戦開始のようです。
「説明する手間が省けました。お兄さん、あそこを見てください」
「あそこ?……うおっ!?な、なんだ……あの異様に痛いジープは……!?」
「まぁ、見ててください」
「お、おう…………って、ん?いま降りてきたのって……桐乃じゃねぇか!」
「予定より早く到着したみたいですね」
メルルのプリントがされたジープは、わたしたちから少し離れた場所に停車し、中から桐乃が降りてくる。
お兄さんは驚いた様子でわたしに尋ねてきた。
「おい、あやせ……どういうことか説明してくれ」
「うーん、そうですね……名付けて『桐乃と仲直り大作戦』と、言ったところでしょうか?」
「そのまんまじゃねぇーか!」
「では、そろそろ種明かしをするとしましょうか」
―――そして、わたしはお兄さんにネタバラシをする。
実は、今回お兄さんがわたしに相談してきた裏で、桐乃が黒猫さんに『京介と仲直りしたいんだケド……』という相談を持ちかけていたんです。
ふふっ――――笑っちゃいますよね?同じ日に、同じ内容の相談をしてるなんて。
うん……やっぱり、この二人は似たもの兄妹です。
「――えーっと、それってつまり、桐乃も俺と仲直りしたいと思ってるってこと?で、みんなが協力してくれたってわけか?」
「まあ、簡単に言うとそういうことになります」
「そっかそっか。へへっ……悪い、あやせ――俺ちょっと行ってくるわ!」
そう言って、お兄さんは桐乃の下へと駆け出した。
まったく、せっかちな人ですね―――わたしはいつかのように呟く。
「――いってらっしゃい、お兄さん」
わたしにお伝えできる物語はどうやらここまでのようです。お話の続きを綴るのは、わたしの大嫌いな親友に任せるとしましょう―――
※
「てかさぁー、なんでアンタたちと海に行かなきゃいけないワケェ?」
「あなたね……何度同じ話題をループするの?」
「だって、あんた泳げないじゃん?潮干狩りでもするの?」
「フッ――その情報は古いわ。泳げないことなど既に克服済みよ」
「えっ、マジで?泳げるようになったの?」
「ええ、もちろんよ。浮き輪を装備していれば、水に顔を浸けてバタ足することが可能になったわ」
「ってことは、やっぱり潮干狩りかぁ~~~!」
「話を聞いていたの?泳げると言ってるでしょう」
「あんたが言ってるそれは泳げるうちに入らないから。オーケー?」
「……なん、ですって……」
――いつものやり取りが交わされる賑やかな車内。
沙織の姉である香織さんが運転する痛ジープに揺られながら、私たちは貸し切りの海へと向かっている。
私たちが海を目指している理由は、数日前、桐乃から恋愛相談を受けたのが始まりだった。
『京介のやつチョーうざいんだよねー。マジありえなくない?今回ばかりは愛想が尽きた』
『――そう、じゃあ別れたら?』
『むっ』
この一連のやり取りを要約すると『京介と喧嘩したのでなんとかして』――こうなる。
痴話喧嘩の愚痴という名目の惚気話が、少なくとも一ヶ月に一度はある。
どうせすぐに仲直りするから放っておいても良かったのだけれど、同胞である新垣あやせから連絡がきたことで、私も仲直り作戦に参加すると決めたのだ。
理由はもちろん、面白そうだったから。実はこの二人、未だに海やプールでデートをしたことがないらしい。
恐らく――『桐乃の肌を他の男に見られたくない』という京介の独占欲が原因で、海やプールデートができないのだろう。
そこで私は沙織に相談をしたところ―――
『まあ、それでは一生海でデートができないじゃありませんの!黒猫さん――わたくしにお任せください!』
沙織の『二人のために貸し切りで豪華な海デートをプレゼントいたしますわ!』というブルジョワ発言から今回のような計画を立てたのである。
さすが沙織。スケールが違う。……というか、貸し切るならプールで良かったと思うんだけど……。
――そして、桐乃を誘って現在に至るというわけだ。
オタクっ娘メンバーで遊ぶ時は基本的にオタク趣味を前提にして集まるため、こういう遊びはかなり新鮮である。
桐乃と海に遊びに行くなんて、実は結構ドキドキしている私であった。
「しょーがないなぁ~、あんたが泳げるようになるまであたしが特訓してあげるよ」
「そ、そう……そうね、じゃあ……お願いしようかしら」
「へっへーん!まっかせなさい!」
こういうお節介なところは本当に誰かさんとよく似ている。
まったく、相変わらず似たもの兄妹だ。
「そうそう、それよりさ、ちゃんと考えてくれた?」
「なにを?」
「だ~か~ら~!京介と仲直りする方法のこと」
「ああ、そのことね。ちゃんと考えてあるから安心なさい」
「ちょっと、なにそのテキトーな感じ」
「大丈夫ですわよ、きりりんさん」
そこで、助手席に座っている沙織が会話に混じってきた。
「沙織も協力してくれるの?」
「ええ、もちろんですわ。京介さんのことは、ちゃんと計画を練っておりますから安心してください」
「……ならいいケド」
「ふふふ――ですから仲直りの件はひとまず置いておいて、今日は貸し切りの海でパーッと遊ぼうではありませんか」
「うーん……でもなぁ~、もう三日くらい口利いてないんだよねぇ~」
「あら、今回は長いのですね」
「そうなのぉ~!三日も経つとさすがに心配になってきちゃって……」
「たったの三日で大袈裟ね」
私は呆れ混じりに溜息を吐く。
まあ、この兄妹にとっての三日というのは、実際の感覚の三日よりもずっと長いのだろうけれど。
「むっ、たったの三日で悪かったわね」
「それで、あなたたちはせっかく夏休みが始まったというのに、口も利かずに険悪に過ごしていたの?」
「うん、そうだよ。一緒のベッドでぇ、頭なでなでしてもらってぇ、ぎゅーってしてもらって寝るのはいつも通りだったけどぉ、マジでチョー険悪!」
「そう…………はぁ」
「ちょ!さっきからなによ、その溜息は!」
「なんでもないわ」
いつものことではあるけど、どこが喧嘩なのかと小一時間ほど問い詰めたくなる内容である。
……これが毎回なのだから堪らない。
「ふふっ、それはきりりんさんが心配になるわけですわね」
「でしょ?ふへへ、沙織は分かってくれると思ってた」
「ふむ―――なあ、我が妹よ。たまにはお姉ちゃんと一緒に寝てくれないか?」
「結構です」
――そんな会話を楽しみつつ、ほどなく一行は目的地に到着した。
香織さんの運転する痛ジープは、遠慮なく貸し切りのビーチに侵入する。
辺りを見渡すと――少し離れた場所にマヌケな顔をした先輩と、新垣あやせの姿を発見した。
どうやら、向こうもこちらに気付いているようだ。沙織がこっそり話しかけてくる。
「黒猫さん、そろそろネタバラシしますか?」
「そうね、そうしましょう」
私は隣にいるはずの桐乃に「この貸し切りの海は、あなたたちが仲直りするために用意したサプライズ企画なのよ」と言おうとしたが――
「あっつーい!てか、この海マジで貸し切りなんだ!ほらぁ、あんたたちも早く降りてきなよ!」
「……まったく、相変わらず落ち着きのない女ね」
しかし、相変わらずなのは桐乃だけではなかったようで――暑苦しい男がビーチを走ってやってくる。
「――桐乃!」
「えっ……きょ、京介!?な、なんであんたがここに!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「その水着……超似合ってるぞ」
「……あっそ」
思ったとおり、すぐに仲直りをした兄妹。
……波打ち際で二人だけの世界を創っている。やっぱり放っておけば良かったかしら。
私が二人を見守っていると、隣から新垣あやせが話しかけてくる。
「結局すぐに仲直りしましたね」
「この二人はいつものことよ」
「喧嘩の原因って知ってます?」
「桐乃が買ってきた水着を褒めなかったからと聞いたわ」
「お兄さんは、桐乃がまた水着の仕事を始めたのかと思って、それで不機嫌になったらしいですね」
「あの女は元から家で着るつもりで買ってきたみたいだけれどね。……まったく、つまらない喧嘩の原因よ」
「でも嬉しそうじゃないですか」
「そうね」
あれだけ嬉しそうな二人を見ていると、サプライズを企画した甲斐があったというものだ。
そう思っていると隣から突っ込みが入る。
「わたしが言ったのは黒猫さんのことですよ?」
「私?」
「はい。さっきからずーっと、ニヤニヤしてるじゃないですか」
「ふんっ……あなたの方こそ人のことを言えない顔をしてるわよ」
「ふふっ、お互い様ですね」
「そうね――」
これからもこの兄妹に振り回される日々が続いていくのだろう。
私は――今年の夏も忘れられない想い出がたくさんできることを心から願う。
「みなさーん!スイカ割りでもしませんかー?」
沙織がスイカ割りの準備をしてくれたようで、みんな嬉々とした表情で沙織の下に集まっていく。
……今年の夏も、きっと忘れられない想い出がたくさんできると『新・運命の記述』に記しておこう―――
『ちょ、あやせー!埋めたまま忘れてんじゃねーよ!あたしはスイカじゃねーぞ、コラァ――ッ!』
―おしまい―
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最終更新:2013年08月18日 08:03