SS『夏の祭典の後に』


「あーーーっ、マジ疲れたーーー」
「お疲れ様です、きりりん氏」
「フッ・・・わ、我が妖力をもってすれば、こ、このくら・・・い」

 夏コミ二日目も無事に終わり、あたしたちは今、帰途についた所だ。

「ていうか、あんた、顔真っ赤じゃない?」
「ふむぅ・・・黒猫氏、軽い熱中症でござるな?」
「だ、大丈夫よ。わ、我が妖気の膜は・・・」
「あー、はいはい。とりあえず、肩貸してあげるから」
「ほら、黒猫氏。ちゃんとつかまるでござるよ」
「わ、わかったわ・・・」

 あたしは、黒猫に肩を貸し、駅まで引きずっていく。
 でも、黒猫が悪いわけじゃない。今年の夏コミが暑すぎるのが原因なのだ。
 風もほとんど吹かないし、気温も過去最高クラス。しかも来場者も最高クラス。
 ・・・それと・・・

「あ、あのな?桐乃?」
「・・・・・・・・・」
「もうそろそろ、許してくれないか?」
「はぁ?許すわけないじゃん?黒猫が死にかけてんの、全部あんたのせいでしょ?」
「ぐっ・・・」

 そうなのだ。今回黒猫が死にかけてるのは、京介のせいでもあるのだ。

「だいたい、あんたが『メルル完売』を真に受けて一旦列を離れることになったりさあ?
 挙句に2回目とか列間違えるし、もー最悪っ!」
「だ、だけどよ?結局買えたんだし・・・」
「結局2時間も余計に外で並ばされたんですけどー」
「くっ・・・」
「ていうかぁ、あんたのせいで壁サークルのメルル本も半分は買えなかったしぃ?
 島中の本もさあ、いっちばん欲しかった所、売り切れてるしー
 何より、時間がなくなっちゃったから、沙織や黒猫と一緒に回れなかったしー」
「め、面目もない・・・」

 しょげ返ってしまう京介に、ちょっと言い過ぎたかな、とも思うけど、
 でも、これはオタクとして譲れない問題なのだ。

「つーかよ、おまえらも何か言ってくれよ」
「ふむ・・・京介氏、きりりん氏。痴話ゲンカは犬も喰いませぬぞ?」
「「はぁ?」」

 沙織、目と耳がおかしいんじゃないの!?

「つかっ、今のやり取り見てて、どうしてそうなるのよっ!」
「そうだぜ?俺たちは普通の兄妹だぜ?痴話ゲンカとかありえねーだろっ!?」
「・・・手をつなぎながら、そう言われましても、拙者、どんな顔をしていいか分からないでござる」
「っ!!」

 あわてて掴んでいた手を離す。
 だいたい、これだって京介が悪いのだ。
 あたしの目の前に手を差し出して来たりするのだから!

「それに待ち時間の間、合計で100回以上口づけを目の前でされましては・・・」

 !?

「な、な・・・なんで100回以上とか中途半端なの!?」
「突っ込むのそこかよっ!?」
「うふふ・・・途中までは数えておりましたのよ?
 でも、京介氏もきりりん氏も、周りも気にせず二人だけの世界に入ってしまわれたじゃないですか・・・
 初めてですよ・・・ここまで私をコケにしたおバカさん達は・・・」

 沙織!?もしかして、ちょっと怒ってる!?

「も、もしかして、あたしたち、そんなに周りが見えてなかった?」
「ええ、そうですわね。アツアツなお二人と、周囲からの嫉妬の炎で、間違いなく気温が10℃は上がってましたわ」
「え、ええと・・・す、すまん?沙織」
「ええ、仕方ないですわ。あんなにきりりん氏に夢中なら、列を間違えるくらい当たり前ですわ」

 や、やばい・・・沙織、マジ切れ?

「く、黒猫も、何とか言ってくれ」
「ククク・・・今の私はメギドの火さえも操れるはずよ・・・」
「はぁ?あんた何言ってんの?熱中症で頭おかしくなった?」
「黒猫氏はこういいたいでござるよ。ねたましい、ああねたましい、ねたましい。と」

 あ、ござる言葉に戻った。

「何にしても、今日は本当にすまんかった・・・」
「あ、あたしも・・・ちょっとはしゃぎすぎてごめんなさい」

 本当に、今日はごめんね。
 沙織も黒猫も、久しぶりにみんなで遊べる機会だったのに。

「・・・ふふっ。ええ、いいですのよ」
「そ、そうか・・・」
「だって、わたくし、心配しておりましたの。『普通の兄妹』に戻った、なんて言われてたものですから。
 京介氏ときりりん氏、もしかして、不仲になってしまわれたのではないかって」
「そっか、そっちもごめんね。あたしたちの事、説明するのも難しいし、見てもらった方が早いかなって」
「ああ、見ての通り、おれ達は『普通の兄妹』に戻ったんだ」
「ええ、よく分かりましたわ。『普通の兄妹』がどういうものなのか」

 ちょっと言外に含みを持たせながら、沙織は優しげに微笑んでくれる。
 あれからも色んなことがあったけど、今日こうして一緒に居られることが、
 あたし達にとっては何よりも幸せな事だと感じられる。

 京介に目を向けると、京介もあたしのことを見つめ返してきた。
 二人で、この幸せを共有できる。そのこと自体、とっても素敵なことだって思うんだ。



 駅について、二人と別れたあとは、コミケでの待ち時間と同じように何事も無く家にたどり着く。
 さっきまでは黒猫や沙織が相手だからよかったけど、ここからはお父さんとお母さんが居る空間だ。
 あいつらに見られたような失態は避けなければいけない。
 とりあえず、ただいまと一言告げて、京介の部屋に荷物を運びこむ。

 それにしても・・・

「開場前からずっと言おうと思ってたんだけどさ、あんた臭すぎ」
「・・・やっぱりか。汗びっしょりだから、そうだろうとは思ってたんだが・・・」
「あんたの匂いがあまりにも強烈すぎるから、沙織と黒猫もいつもよりあんたに近づけないでいたじゃん」
「・・・マジかよ」

 ちょっとショックを受けた様子の京介だけど、黒猫も沙織も汗の匂いしてたし、
 自分の匂いを気にしてただけなのかもしれないけど・・・
 それに、あいつらの匂いが京介にあんまりつかなかったのはむしろ好都ご・・・
 じゃなくって、お互い嫌な思いをしないですんでよかったよね!

「とにかくっ!あんた、臭すぎるからさっさとシャワー浴びてきてよね」
「わかったわかった。つか、おまえ、後でいいのか?」
「シャワーの後であんたの臭い匂いとかかぎたくないし」
「・・・わかった」



 京介を浴室に追いやった後、あたしはすぐに京介の後をつける。
 京介が脱衣所に消えた後、脱衣所の音が消え、浴室の扉が閉じた瞬間。
 あたしは脱衣所に忍び込み、京介の下着を盗み去り、自室に持ち帰ったのだった。

 こうして、あたしは、たった今脱ぎたての、
 しかも、汗の滴るほどに兄汁に濡れた兄ぱんと兄シャツを手に入れたのだった!

 それにしたって、これはヤバい。
 何がヤバいって、この脳の奥まで染み込むようなこの臭さ。
 鼻を近づけるまでもなく、いつもの兄パンの数倍の匂いがあたしの鼻腔に染みわたる。

 コレを直接嗅いじゃったら、あたしいったいどうなっちゃうんだろう・・・
 一度そう思うともう止まらない。
 あたしは、兄ぱんを鼻に押し当て・・・



 気が付くと、あたしはベッドの上で眠っていた。
 隣には、あたしのパンツを手にとった京介が、パンツを鼻に押し当てるようにして眠っている。
 慌てて身の回りを確認するけど・・・どうやら、パンツを脱がされただけらしい。

 あまりのヘタレさに、妹として悲しくなってくる所もあるんだけど・・・

「でも、あたしの事、本当に大切だから、手を出さないでいてくれるんだよね」

 きっと、京介が手をだしてくれるのは、あたしが高校を卒業して、独り立ちできるようになってから。
 現実はエロゲーとは違うのだ。普通の兄妹であるあたしたちは、それまでは我慢しないといけないのだ。

 それに、ちょっと嬉しい部分もある。
 京介も、あたしのパンツに興奮してくれるような変態だってこと。
 あたしをそれだけ求めてくれてるってこと。

「やっぱり、兄妹だもんね」

 本質的に、よく似ているんだろう。
 求め合う心も、大切だからこそ先に進めないでいる所も。

「でも、大丈夫」

 きっと、3年間なんて一瞬だ。
 それに・・・あの時誓った愛は、死が二人を分かつまで、続いていくのだから。
 だから今は、強がりじゃなく、隣に眠る最愛の人の温もりと匂いで満足なのだ。

 そして、あたしは京介の頭を抱きかかえるようにして、再び眠りにつくのだった。
 
「大好きだよ、京介」



End.

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最終更新:2013年09月14日 02:00