真新しい衣服を身に纏い、俺は空を仰ぎ見る。

雲ひとつない快晴。吐いた息が白く染まる刺す様な寒さの中、
降り注ぐ陽光が肌に心地よい。

年が明けて数日後の駅前である。

新しい年に胸を弾ませる人の群れが、俺の傍を横切っては
それぞれの目的地へ向かって歩いていく。

時計を見れば、針は九時半を示していた。

「お、おまたせっ」

顔を上げると、照れくさそうな微笑みを浮かべている・・・・・・
俺の彼女がそこにいた。

俺の愛しい恋人である彼女の名前は、高坂桐乃。

ライトブラウンの髪の毛、両耳には一昨年のクリスマスに渡したピアス、
長くしなやかな足、すらりと均整の取れた身体を大人っぽい冬の装いで包み、
幼さを残した顔にはしかし、肉親さえをも魅了してしまうほどの色気があった。

「別に待ってねぇよ―――行くか」

「うん」

嬉しそうに頷いて、桐乃は腕を絡めてくる。

カップル(今更だが照れくさい響きだ)なら当たり前の行為が、それだけで、
俺の胸を高鳴らせて体温を上昇させる。

「デート・・・楽しみだね」

「そうだな」

子どもっぽい笑みを交わし、俺たちは並んで歩き始める。

「最初は映画だな」

「何観るか決めてるわけ?」

「おう、ちゃんとおまえの好きそうなやつはリサーチ済みだよ」

「へー、やるじゃん」

しばらくして、映画館に到着。

「で、どれ観るの?」

俺は壁に貼られているポスターの一つを指差す。

タイトルは、

『妹めいかぁEX・お兄ちゃん大好き?』。

聞いて驚け、何とエロゲーを原作にした全年齢劇場版アニメだ。

それを新年早々に放映するのだから、世も末だぜ。

「アニメかぁ・・・」

「おまえ、こういうの好きだろ?」

「超好きだけど・・・ん~~~」

何故かテンションが低い桐乃は、意外にも難色を示す。

「デートじゃ観ないでしょ、普通・・・」

兄妹で付き合っている時点で、普通もクソもないと思うが。それにだ。

「俺たちのデートなんだから、俺たちらしくていいじゃないか」

桐乃が赤面して、目を見張る。

「た、たまにはいいこと言うじゃん。でもさ・・・」

「あん?」

桐乃はやや伏し目がちに、

「あんたは・・・あんまりアニメ興味ないじゃん。
 あたしはあんたにもちゃんと楽しんでほしいの。
 デート・・・なんだからさ」

お、おい、聞いたか!?

あの傍若無人の桐乃様のお言葉とは思えねぇぜ!

俺の妹がこんなに―――と、いかんいかん。

桐乃と付き合うことになってから俺は、この言葉は封印すると決めたのだ。

俺の彼女がこんなに可愛い、が正しいのである。

「だからだよ。俺はおまえが楽しんでる顔が見れれば楽しいんだから」

「んなっ・・・!」

真っ赤なまま固まる桐乃に、してやったりと思いきや、

「ばかじゃん!」

「ってぇ!」

照れ隠しのビンタが飛んできました。

「あ、アンタが変なこと言うからだかんね!」

前言撤回。今日も理不尽な桐乃節は好調だ。

おーいて。

「でも、おまえがこのアニメをまだ見てなくてよかったよ」

桐乃のことだから、公開初日に見終わってる可能性もあったんだよな。
もしそうだったら目も当てられないところだった。

いや、桐乃なら二度目でも十分楽しめるかもしれないが。

桐乃は顔を背けて言う。

「あたりまえじゃん。さっきはあんなこと言ったけど・・・
 本当は、京介と一緒に観たかったから」

「んなっ・・・!」

・・・完全にやり返される俺だった。



「っあ~~~~~~~~~~~~~~~~面白かった!大ッッ満足!」

映画館を出た瞬間はしゃぐ桐乃。

「なかなか面白かったな」

正直内容は全く期待してなかったのだが、いい意味で裏切られたぜ。

「ひひ、あんたもちょっとはわかるようになったじゃん」

「まーな」

誰かさんに散々エロゲーをやらされてたり、黒猫の同人活動を
ちょっと手伝った影響で、今の俺はサブカルチャーは嫌いじゃない。

ど素人なのは変わらないが、少しは興味を持っているのだ。

「やっぱヒロインのつかさちゃんがちょ~可愛かったよね!
 一途にお兄ちゃんを思い続ける妹っていいなぁ~~~~~」

放っておくと延々としゃべり続けそうだな。

「まぁ落ち着けって。こんな人の往来で喋ってたら目立っちまうぞ。
 メシ食いに移動して、そこでだべろうぜ」

「お、おっけ」

周囲の視線にようやく気づいた桐乃が恥ずかしそうに頷いた。



俺たちがやってきたのは落ち着いた佇まいのケーキショップだ。

店員さんに誘導してもらい、窓際の席に向かい合って座る。

テーブルの面積が小さいので、お互いの距離はかなり近い。

「さて、なに頼む?」

メニューを広げた桐乃は、耳まで顔を赤く染め、
無言で中央に掲載されたカップル用のパフェを指差す。

「こ、これか・・・!」

戦慄のあまり声がかすれてしまったぜ。
覚悟はしていたが、実際に提案されるとすげー恥ずかしいな。

「あ・・・やっぱり、嫌・・・?」

泣きそうな表情の桐乃。そんな顔されたら断れるわけねーじゃねぇか。

「へっ・・・桐乃、俺を侮るなよ?」

「・・・え」

実の妹と付き合ってる俺に、怖いものなんかねぇ!

一瞬だけスーパー京介になった俺は呼び鈴を鳴らして、
注文を聞きにきた店員さんにカップルパフェを注文した!

「きょ、京介・・・」

おい、そんな蕩けるような甘い声を出して俺を見るんじゃない。

急に猛烈な恥ずかしさが込み上げてきたぞ。


テーブルに置かれたパフェは、それはもう巨大という言葉がぴったりの
まるで山のような様相だった。

チョコレートやアイス、デザートでふんだんに盛り付けられたお皿と、
燦然と輝く銀色の二本のスプーンは見ているだけで
胸が甘ったるくなってくる。

こ、これを今から桐乃と食うのか・・・!

もしかしたら俺は、自ら後戻りのできない道に突撃しちまったのだろうか。

桐乃がスプーンでパフェをすくい・・・

「は、はい京介・・・」

お、おまえ俺を殺す気か!?

「は、早く・・・」

「わ、わかったよっ!」

覚悟を決めて開けた俺の口に桐乃がスプーンを押し込んでくる。

口内にチョコの味が広がるが、もちろんそれどころじゃない。

「次は・・・京介がやって」

桐乃がこんなことを仰りやがったからだ。

「すげー照れくさいんだが・・・」

「い、いいから早くやってよね。時間かけたらもっと恥ずいじゃん」

腹をくくるしかないようだ。

「行くぞ・・・」

ゆっくりとスプーンを桐乃の口腔内に入れる。

可愛らしく咥えた桐乃はパフェを笑顔で咀嚼して飲み込んだ。

「へへ・・・美味しい」

あ~顔が火照りそうだ。

再び桐乃のターン。

「は、はい」

そこで桐乃の手が滑ったのか、俺の頬にパフェが付いてしまった。

「あ、ごめん」

「いいってこれくらい」

紙ナプキンでふき取ろうとすると、桐乃に制止された。

「ま、待って」

「あん?」

立ち上がった桐乃が俺に顔を近づけ・・・


ちゅ。


「!?」

頬のパフェを、桐乃がついばんで舐め取ったのだ。

「き、綺麗になったよ・・・」

悶絶してしまいそうである。

そうやって、俺と桐乃の食べさせあいは最後の一口まで続くのだった。

後で思い返したら、羞恥のあまり死にたくなりそうだな。


『きーみとまたーもーのがぁたーりが・・・』

桐乃の携帯が鳴った。

「ごめん、仕事の電話。ちょっと席外すから」

「わかった。その間に会計済ませて外で待っとくよ」

「デートは割りカンって約束でしょ」

「たまには彼氏にかっこつけさせろよ」

「・・・ぷっ、ば~か」

言葉とは裏腹にかわゆく笑んで、席を離れてゆく。

さて、俺もさっさと料金を支払うとするか。

こんなこっぱずかしい所に男一人でいられるかってんだ。


寒さに身体を震わせながら五分ほど待っていると、

「待たせてゴメン」

「何かあったのか?」

「明日の撮影の予定が一時間遅れるってだけ。さ、デートの続きしよ」

「お、おう」

桐乃は恋人繋ぎの手を振りながら上機嫌にはにかんだ。



最後に到着したのはゲームセンターだ。

「メルルの人形見っけ!」

クレーンゲームの台に駆け寄る桐乃。

「京介、これ取ってよ!」

彼女のお願いなら、彼氏として応えてやんなくちゃならんだろう。

「うし、俺に任せろ」

こんなこともあろうかと、以前黒猫にコツを聞いていたのさ。

付け焼刃なため、さすがに一発では無理だったが、三度目で見事ゲットだぜ。

「いひひ・・・かわいいなぁ!ありがとね、京介」

「おうよ」

こんな笑顔が見られるなら、お安い御用だ。

「ほら、持ってて」

あ、やっぱり。

く~、これが入る大きな袋なんて持ってないから、
むき出しのまま持ち歩くしかないようだ。

・・・ったく、しょうがねーな。



その後はシスカリで何度か対戦し、デートの締めくくりはプリクラだ。

カップル専用台の中に入り、お金を投入し、当然の如く
ハートのフレームを選択する桐乃。

画面に二人の名前と、桐乃から俺へ線を引っ張って、



だいすき



と書き込んでいやがる・・・・!


「ちょ、おま・・・」

「何よ、悪いっての?」

「いや、悪かねーけど・・・」

「ほら、あんたも書いてよね」

ペンを桐乃が強引に渡してくる。

こうなりゃやけだ。

俺も桐乃の真似をして、俺から桐乃へと線を引いて

だいすき  と書いた。

「・・・嬉しすぎて死にそうなんだけど・・・!」

奇遇だな。桐乃。俺も気を抜くと卒倒してしまいそうである。

「・・・そうだ、いいこと思いついた」

桐乃はとろけきった表情で画面をを操作して、

「撮るよ・・・」 

そこで不意に桐乃が動き―――



ちゅっ。



ぱしゃっ。



「・・・・・・」


「えへへ・・・これでせなちーたちに勝ったでしょ?」


二度目のキス。


場所は・・・俺と桐乃だけの秘密にさせてくれ。


こんなプリクラ、絶対に誰にも見せられねぇぜ。




夕陽が恋人同士を照らして長い影法師を作っている。

家が近いため手は繋いでないが、並んで歩くくらいは許容範囲だろ。

いや、あんだけラブラブしてりゃ、知ったやつの目もあったかもしれないけどさ。

まぁ、その時のことはその時に考えるよ。

もっと大事なことがある。

「今日のデート・・・楽しかったか?」

もう言ってしまってもいいだろう。

とっくに気づかれているかもしれないが、、

このデートは、あの夏の偽装デートのやり直しだ。

グダグダになって、ケンカ別れのような形で終わってしまった
あのデート。

考えてみれば、あれが俺たちの初デートなんだよな。

本気だった桐乃と違い、俺は嫌々の偽装デートで、真剣じゃなかった。

桐乃にとって、いい思い出とはとても言えないだろう。

俺にとっても、だ。

だからこそ、今日がそのやり直しなわけだが。

「まぁまぁね。60点くらい?」

「低いな!?」

あんなに楽しんでたじゃねーか、と突っ込もうとして止めた。

隣の桐乃が、モデルにあるまじき表情をしていたからだ。

「だから、次はもっと楽しませなさいよ」

「へいへい」


素直じゃない妹様に頷いてみせる。

約束してやるよ。

この関係が終わる日が来ても、ずっと傍にいるってな。

見えてきた我が家。

玄関のドアに手をかけて、ゆっくり引いていく。

「「ただいま」」

茜色の冬空に、恋人同士の声がした。

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最終更新:2013年12月25日 23:27