SS『久しぶりの人生相談』
「ねぇ。人生相談があるんだけど。」
「お、久々に聞いたな、その台詞。」
大学に通い始めて少し経ったある日、俺の部屋にやってきた桐乃が、口にした台詞だ。
「でも、そういえば、前に、"最後の"、って言ってなかったっけ?」
「あ、あたしは最後にするつもりだったの!でも、あんたがどこにもいくな!って言ったんじゃん!だ、だから、最後じゃなくなっちゃったの!悪い!?」
「へっ、悪くなんかねーよ。」
むしろ、嬉しいくらいだ。口には出さないけどな。
「で?今度は、どんな相談なんだ?」
「ふん、当ててみれば?」
「いきなりハードル高けえな、おい。ノーヒントかよ!」
「あんた、あたしのこと好きなんでしょー?だったら可愛い妹が何を望んでるか、わかるっしょ?」
ニヤニヤしながら言ってくる。
当てて欲しい、って望んでることは分かるけど、それが何かまでは分かんねーよ!
ヒントでも無けりゃ、分かるわけねーっての。
仕方なく、何と言ってやろうかと、しばらく考え---。
「お布団デートとか?」
「なっ!ばっ!ばっかじゃないの!なんてことゆーのよ!あんたはっ!」
真っ赤になってまくしたてる。
へへっ、相変わらず予想外のことに弱い妹様だ。ちょろいもんだぜ。
「大体、あんたが望んでることでしょっ!それは!つーか、妹と何する気なの!あんたは!」
「だから、お布団デート。」
「だから、じゃないっ!」
「じゃあ、お布団添い寝?」
「じゃあ、ってなに!?てか、いっしょのことじゃん!」
「一緒に寝てるんだから、デートじゃなくて、添い寝かな?と。」
「添い寝かな?、じゃないっ!」
「そんなに興奮されると困るんだが。」
「こっ!興奮してるんじゃないっ!」
朝っぱらから元気なやつだ。
「はぁっ、はぁっ、、、、。はぁー。、、、あんたってば、つくづく、この状況を楽しんでるよねー。」
「まあな。両想いの妹といっしょの生活、ってのも、つくづく波瀾万丈の人生だと思うが、どうせなら、楽しまなくちゃ損だろ?」
「ったくもー。」
仕方ないなぁ、と言うカンジで苦笑している。こういう嬉しそうな仕草を見ることが、昔に比べてずっと増えてきた。
それにつられて、こっちも嬉しくなるってもんだ。幸せってのは、こういうことを言うのかもな。
「で、人生相談ってのは?せめて、ヒントくらい、くれないか?」
「ヒントねー、、、。」
人差し指を唇に当てて考え込む素振りを見せる。最近、こういう何気ない仕草でも、気になってしまうことがよくある。
以前は、そんなことはなかった気がするのだか、何故だろう?と考えてみて、思い当たった。
何のことはない、俺自身がただ素直になっただけのことなのだろう。
ずっと、俺の妹がこんなに可愛いわけがない、と思い込んで、それ以上考えないようにしていたことを、今では素直な気持ちで考えられるようになったってことか。
、、、なんか、だんだんと赤城のことを馬鹿にできなくなっているよーな気もするが、、、。まぁ、いいさ。
素直になって、幸せを感じられることが増えたってことは、悪くないんじゃないかと思う。
、、、こう書いていくと、惚気話っぽく聞こえるかもしれん。そんなんじゃないと思うのだが、どうだろう?
「じゃあねー、、、"夏"。」
桐乃が出してきたヒントがそれだった。
うーん、夏、、、夏ねぇ。定番で言ったら、"海"、かな。でも、泳ぐには少し早い気もするが、、、。
だが、そこで終わらないのが、今の俺だ。
泳ぐってことは、水着か。ちょうど今の時期くらいから、新作の水着とかが出ているんじゃないだろうか。てことは---。
「買い物か?」
桐乃が目をぱちくりさせる。
「当たり、、、だけど、、、なんで分かったの?」
「ふっ、、、愛の力だ。」
「、、、言ってて恥ずかしくない?」
「、、、言うなよ、恥ずかしいだろ。」
ばかじゃん、と言って、楽しそうに笑う。
「じゃあ、当てたご褒美に、いっしょに買い物に行ってあげるよ。嬉しいっしょ。」
「相談なのに、ご褒美なのか?」
「当たったのは人生相談の内容じゃなくて、望んでることのほうだったからねー。」
じゃあ、人生相談の内容は違うのか。でも、それに関連することなんだろうな、きっと。
とりあえず、頭の片隅に留めておくとしよう。
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いっしょに買い物に来たのはいいが---。
女性モノの水着コーナーに女の子といっしょに入るのは、かなり勇気が必要だ。
前にもあったことではあるが、慣れるようなものでもない。
おまけにモデルをやっている妹といっしょなもんで、周囲の視線が集まりすぎる。
周りから見たら、どう見えてるんだろうな、、、。
そう思って耳を澄ましてみると、
「見て見て、すごい可愛い娘だよねー。彼氏は冴えないけど~(笑)」
「ホントホント~(笑)」
「あいつ、冴えねーツラしてるくせに、あんな可愛い娘と、、、マジムカつく。」
、、、冴えなくて悪かったな!聞き耳なんか立てるんじゃなかったよ、、、ちくしょう。
そんな俺の思いを他所に、あっちこっちを楽しそうに見て回っている桐乃。
なんか、夏コミで、同人誌をあっちこっち見て回っていたのを思い出す。
どっちも同じように楽しいんだろうな。きっと。
男の俺としては、買い物なんて何ヶ所も回るものじゃなくて、そこにあったものを買う、って感じなんだが。
でも考えてみれば、オタクがゲームショップやアニメショップをハシゴするのと同じようなもんか。
店によって品揃えが違うのだろうが、知らない人から見たら一緒にしか見えないだろうしな。
そんな、とりとめもないことを考えていると、あちこち見て回っていた桐乃が、幾つかの水着を持って戻ってきた。
「試着するから、コッチ来て。」
言われるがままについていったはいいものの、着替えている間、ずっと待ってるのが非常に気まずい。
シャッ!
カーテンが空いて、桐乃が姿を見せる。
「どう?コレ?」
どう答えればいいんだよ、コレ。
モデルをやっているだけあって、スタイルはいいし、選んだものもすっげー似合ってる。
でも、たぶん、他に選んだものを見ても、同じように似合ってるだろうし、どれが一番良いかなんて選べそうに無い。
何より、桐乃の水着姿を目の当たりにして、前に見てしまったマッパが脳裏を駆け巡ってしまって、頭の中がそれどころじゃない。
思わず、視線を逸らしながら、
「い、良いんじゃないか?」
と無難な返事を返す。
「なにそれ、テキトー。」
しまった、これはこれで怒らせちまったか。俺は真っ赤になりながらも、なんとか視線を戻す。
「は、恥ずかしいんだよ、なんか。でも、か、可愛いんじゃないか?ほ、他のも試してみたらどうだ?」
「うん、そーする。ちゃんと見ててよ?」
とりあえずカーテンが閉まる。ほっと一息。
結局、5着ほど着替えた結果、最初のやつにすることにしたらしい。
理由を聞くと、『あんたが一番真っ赤になってたから。』とのこと。
俺が真っ赤になってたのは別の理由なんだが、そんなの言えるわけがない。
むしろ、さっきのイメージが焼き付いちゃって、いろいろとヤバイんだけどな。
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店を出たあと、おしゃれなケーキショップで一休み。
そこで俺は、ふと思い付いた質問をしてみた。
「それ、モデルの仕事とかで着たりすんの?」
「これ? これは仕事では着ないけど? つーか、仕事のときは、基本的に用意してもらったものを着るし。」
それを聞いて、何故か、モヤモヤした気分になってしまう。なんだこれ?
前に水着特集とかで、水着を着てたのは、雑誌を見て知ってんのに。
「、、、また、モデルとかの仕事なんかで、水着を着たりすんのか?」
いかん。なんか聞き方にトゲがあったかもしれん。
でも、正直に言わせてもらうと、他のやつらに自慢したいけど、他のやつらに見せたくない。
どーしろってんだ、一体。
「なーに?あんた、あたしに仕事で水着とか着てほしくないワケ?」
ニヤニヤして聞いてくる。あれ?怒ってないのか?
むしろ、上機嫌になっているよーな、、、。
「へへっ、どんだけシスコンなんだってーの。」
嬉しそうに笑う。
「でも、さ。」
「え?」
「あんたがもし、、、もし本当にイヤなんだったら、水着の仕事はやめる。」
「やめる?」
「そう。だから、正直に答えてくれる?」
首を傾げて、顔を覗き込むようにして、そう聞いてくる。
そんな不意の仕草に、ついドキッとしてしまう。
だけど、桐乃の真剣な眼差しを見て、俺は素直にありのままの気持ちを伝える。
「、、、正直に言うと、やっぱイヤなんだけどさ。でも、、、。」
「でも?」
「それでおまえの可能性を潰してしまうのは、もっとイヤなんだよな。」
「、、、。」
「前の渡米の時は、おまえが無理してると思ったから、無理やり連れ戻したけどさ。」
「今回はそうじゃねえだろ? だから、、、イヤだけど、続けて欲しい、ってのが正直なところだ。」
「、、、シスコン。」
「ほっとけ!」
「じゃあさ、これからもし、そういう仕事が入ったら、あんたに相談する。で、内容を見て、受けるか受けないか一緒に考える。それならどう?」
「、、、おまえはそれでいいのか?」
「あたしも、あんたがイヤだっていうのを、そのままやりたくないし。できれば一緒に考えて決めてほしいかな。」
「、、、そか、わかった。じゃあ、それで頼む。」
「ん。わかった。」
満足そうな笑みを見せて、ケーキを食べ始める桐乃。
なんか、俺、桐乃のマネージャーみたいだな、、、。でも、それはそれでいいのかも。
そしたら、ずっと一緒に居られるし、加奈子んときみたいなカンジで、割と俺に合ってるのかもしれん。
そんなことを考えながら、コーヒーを一口飲んで、別の質問を問いかける。
「じゃあさ、今日買った水着は、いつ着るんだ? あやせとか加奈子とかと遊びに行く時とか、か?」
「ま、まあ、そんな感じ。」
なんか、らしくないな。いつもならもっとハッキリと答えるのに。
そこで俺はさっきの件に思い当たった。そういうことか。
「桐乃。帰りにちょっと寄り道しても良いか?」
「へ?う、うん、別に良いケド?」
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帰り道で、千葉ポートパークに足を向ける。ポートタワーといっしょにオープンした海沿いの公園だ。
二人で夕日を眺めながら、海岸沿いに腰掛ける。
「あんたと、こんなところに来るなんてねー。」
「まあな。」
夕方になると、まだ少し肌寒い。
しばらくの沈黙のあと、俺は桐乃に話しかけた。
「さっきの人生相談だけどさ。」
「うん。」
「思い出作り、ってことか?」
「、、、、、、そう。よく分かったね。」
みんなで遊んだ思い出なら、この二年間でたくさん増えた。でも、二人きりで遊びに行った思い出となると、それに比べると少ない気がする。
すれ違っていた時期もあったぶん、余計にそう感じるのだろう。
「桐乃、、、。」
そして、たぶん、桐乃もそれを感じているのだろう。
俺は、桐乃の頭にポンと手を置いて、言ってやった。
「思い出なんて、これからいくらでも作れんだろ、ずっと一緒なんだからさ。」
「、、、だから、子ども扱いすんなってーの。」
ぱしっと手を払い除けられる。
「へいへい。」
やれやれ、しょうがねーな。俺はそっと手を伸ばして---。
「じゃあ、これなら、いーのか?」
桐乃の肩を優しく抱きよせた。
「!」
ビクッとして身体を硬直させる桐乃。
「これも、ひとつの思い出、だろ?」
そう言ってやる。
「ば、ばかじゃん。」
硬直していた力がふっと抜ける。
「調子にのんなってーの、、、。」
と言いながら、今度は俺の肩にもたれかかってくる。
「また二人で、海に来るか。今度は泳ぎにさ。」
「、、、うん。」
、、、へっ、素直になってみりゃ、俺の妹はこんなにも---、なんでもね。
そして、俺たちは、そのまま寄り添い合っていた。
夕日が落ちるまで、二人で、ずっと---。
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「くしゅん!」
「寒いのか?」
「んー、ちょっとね。」
俺は自分の上着を桐乃にかけてやる。
「へへ、気が利くじゃん。」
「へっ、まあな。」
こんなちょっとしたことでも、声を交わして、二人で笑い合える。
そんな些細なことが、すごく嬉しくて。
そして今、そう感じられることが、すごく幸せで。
「じゃあ、そろそろ帰るか、俺たちの家に。」
そう言って立ち上がり、すっと手を差し伸べる。
「そだね。」
その手を掴んで立ち上がる桐乃。
そしてまた、いっしょに歩き出す。繋いだその手を離さずに。
繋いだ手にきゅっと軽く力を込める。
繋いだ手がきゅっと応えてくる。
お互いの想いを確かめるように。
掴んだ幸せを離さないように---。
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そうして家に帰った次の日の朝---。
目覚めたときに、俺の布団にもぐり込んできて、となりで寝ている桐乃にビックリさせられて。
---そんでもって、また愛のあるつんつんで怒られる俺なのだった。
Fin
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最終更新:2014年01月20日 02:38