SS『御鏡からのプレゼント』
ある日の午後、俺が部屋でくつろいでいると、御鏡から電話がかかってきた。
「やあ、京介くん。今度の土曜日は空いてるかい?」
「何だ?やぶからぼうに?」
「実は折り入って相談したいことがあるんだ。」
「お前が?俺に?」
「うん。」
「そうか。じゃあな。」
「ちょ、ちょっと。何で切ろうとするのさ!?」
「不幸の気配がするからな。」
こいつからの相談なんて、ロクなもんであるわけがない。
「なんかどこかで聞いたことがあるような台詞だね。」
「そうか?」
「で、相談なんだけど、今度の土曜日に、"ある場所"に来て欲しいんだ。」
「勝手に進めてんじゃねぇよ!」
「場所はあとでメールするから。」
「おい!内容くらい言えっつーの!」
「そこじゃないと話せないんだ。」
「む、、、。」
そう言われると、逆に気になってしまうな。
「頼むよ。京介くんにしか相談できないことなんだ。」
「、、、なんだか良く分からんが、その"ある場所"とやらに行けばいいんだな?」
「うん。ありがとう。そこできちんと説明するから。」
「ああ。」
「じゃあね。」
そう言って電話を切る。
、、、何だったんだ、いったい?
そして迎えた土曜日。メールに送られてきた住所に行ってみると、なんとそこは俺と桐乃が結婚式をあげた教会だった。
本当にここで合ってるんだろうな、、、?
敷地内を覗き込むと、中で待っていた御鏡が気付いて手を振ってくる。
「やあ、よく来てくれたね、京介くん。」
「やあ、じゃねーだろ。こんなところで何の相談なんだ?」
「うん。実はね、もう一人呼んであるんだ。」
そう言って俺の後ろに向かって手を振る。後ろを振り返ると、そこには驚いた顔をした桐乃が立っていた。
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そこから時間を遡ること、数日前---。
ある日の午後、あたしが部屋でくつろいでいると、美咲さんから電話がかかってきた。
どうやらモデルの仕事の依頼らしい。
それも、なんと結婚式場のパンフレットの撮影。しかも先方からの依頼で、あたしをご指名とのこと。
前に撮影した結婚式のドレスの写真を見て、美咲さんのところに直接連絡があったらしい。
ものすごく光栄なことなんだけど、どうしよう。それに、今回は新郎役もいるっていうし、、、。
あたしが電話口で悩んでいると、美咲さんから、とりあえず打合せにだけでも来て欲しい、との提案が。
もし断るにしても、ご指名だから、ちゃんと先方と会って直接、話を聞いてから断って欲しいらしい。
まあ、仕方ないか。美咲さんにはいつもお世話になってるしな、、、。
そういうことで、とりあえず打合せにだけは行くことになったけど、、、。
断る前提の打合せって、結構つらいんだよね、、、。
そして数日後。
連絡があった時間に、教会に行ってみると、そこに何故か、京介と御鏡さんが一緒に立っていた。
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「どーゆーこと(だ)!?」
桐乃と声がハモる。
「お、落ち着いて、二人とも。ちゃんと説明するから。」
「こほん。」
御鏡の説明を要約すると、こういうものだった。
まず式場のパンフレットの仕事で、先方が桐乃をご指名で、美咲さんのところに連絡が入った、と。
それでまず、美咲さんが桐乃と話したところ、新郎役がいることが気になっているようだった。
で、桐乃が知ってる男性なら、ってことで、美咲さんが御鏡に話を持ちかけたらしい。
そこで御鏡が、それならもっと適任者がいるから、と、代わりの新郎を推薦。
それが俺ってワケらしい。
それで、打合せの前に、御鏡が俺と桐乃を説得することになった、ということだった。
「僕なんかよりも彼のほうがずっと適任ですし、桐乃さんも安心して撮影に臨めるから、間違いなく桐乃さんの最高の笑顔が撮れると思いますよ、って説明したんですよ。」
「な!」
「それに、花婿よりも、花嫁が映えたほうが、パンフレット的には良いでしょう?って言ったら、先方も美咲さんも納得してくれましたよ。」
「おい!」
まあ、確かにそうだろうが。
「ま、あくまでパンフレットの撮影のためだからね。ここはひとつ、僕と美咲さんを助けると思って、頼まれてくれないかな?」
そう言ってウインク。
、、、こいつ、ワザとそうなるように仕向けてくれてるんだろうな、きっと。
確かにこんなチャンスはめったに無いだろう。なんせ、公然と桐乃との結婚式の写真を撮ってもらえるんだから。
ご丁寧に、言い訳まで準備してもらって。
やれやれ、とんだおせっかい野郎だな、まったく。
「わかったよ、妹の仕事のためだからな。それに、おまえにも、これまで色々世話になってるしな。せいぜい精一杯やらせてもらうよ。桐乃も俺でガマンしろよ?」
そう言って、桐乃を見る。
「ったく、ごーいんなんだから。はいはい、わかったっつーの。しょーがない。美咲さんのためだもんね。ま、あんたでガマンしてあげるよ。」
とか言いながら、そっぽを向く。
最近気付いたことだが、こいつがそっぽを向いた時って、いっつも耳まで真っ赤になってんだよな。教えてやんないけど。
「つーワケだ、御鏡。ひとつ、よろしく頼む。」
「了解。じゃあ、先方との打合せに行こうか。」
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打合せが終わって桐乃と二人での帰り道。
「またあんたと二人で結婚式の衣装を着ることになるなんてねー。しかも写真付きで。」
「まったくだ。」
そんなことを話しながら家路をたどる。
「おとーさんとおかーさん、ビックリするかも。」
「そーだな。俺は親父に半殺しにされるかもしれんが。」
「でも、知らない男の人との結婚式の写真よりもいいんじゃない?あたしもそんなのヤだしさ。てか、最初は断るつもりだったし。」
「まあな。俺だったら半殺しで済むかもしんねーけど、御鏡だったらホントに殺されかねん。」
「さ、さすがにそこまでは無いんじゃない?」
「おまえは、御鏡がウチに初めて来た時の親父をしらねーからな。」
「そ、そうなんだ、、、。」
「おう。大変だったんだからな、あの時は。」
「そ、そか。ま、とは言っても、あくまでパンフレットの撮影で、ってだけなんだけどね。」
「ああ。でも引き受けた仕事なんだから、精一杯やるんだろ?」
「まあねー。あんたもしっかりやんなさいよ?」
「任せとけって。言っとくけど、俺は本気で新郎をやってやるからな。」
そう言って、横を歩く桐乃に顔を向ける。
「あたしだって本気で新婦をやってやるんだから。」
こっちを見て桐乃がそう返してくる。
そしてお互いの目を見つめて、
「ひひひ。」
と、二人で笑いあう。
きっと、想いはおんなじだった。
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さて、日付が変わって、撮影当日。
勢いよく撮影場所に乗り込んだものの、今のところ、終始、緊張しっぱなしの俺だった。
仕方ねーだろ、スタイリストさんに衣装や髪をセットをしてもらうことなんて、そうそう無いことなんだからさ。
さすがに桐乃は慣れたもんだったが。
そしてお互いの着替えが終わったあと、撮影場所で桐乃とご対面。
「ひひ。けっこー似合ってんじゃん。」
「へへ、まあな。そういうおまえもすごく綺麗だよ。」
「な、何言っちゃってんの!」
「言っただろ、本気で新郎をやるって。だから、本気で本音の台詞だよ。」
と言い切ったものの、やっぱり恥ずかしすぎる。思わずそっぽを向いてしまう。
「、、、へへ、ありがと。嬉しい。」
、、、俺を殺す気か。
でも、おかげで緊張が少し取れた気がする。
だいたい、撮影で緊張する必要なんて俺には無かったんだな。
新郎として、桐乃のために全力を尽くせば、自ずと結果は付いてくるだろーよ、きっと。
「じゃあ、撮影を始めまーす。お二人とも、こっちにお願いしまーす。」
「((はい!))」
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「おつかれさまでしたー。」
ふう。やっと終わったか。少しでもいい写真が撮れてるといいけど。
「桐乃ちゃん、お疲れ様。」
カメラマンの人が声を掛けてくる。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「すごく良かったよー。桐乃ちゃんは勿論だけど、特に新郎さん!」
「はい?」
「すごく愛情が溢れてるのが、周りから見てても分かるくらいだったからね。それに桐乃ちゃんの笑顔も、すごく幸せに満ち溢れていたし。おかげで、とってもいい写真がたくさん撮れたよ。」
「あ、ありがとうございます。」
うーん、恥ずかしいな、こりゃ。
でも、本当にそう見えていたのなら、頑張った甲斐があったってもんだ。
そう思いながら桐乃を見る。
その視線に気付いた桐乃が、こっちを見て「へへっ」と笑う。
その幸せいっぱいの笑顔につられて、俺も自然と笑顔になる。
少し前まで、俺に向けられることは無いだろう、と考えていた、この笑顔。
でも、違ったんだな。
桐乃が俺に笑顔を向けてくれるのを待つんじゃなくて、俺が桐乃を笑顔にしてやればよかっただけのことだったんだ。
ずいぶんと遠回りしたけど、やっと気付くことができた、普通であたりまえのこと。
「出来上がったら、写真とサンプルを郵送で送るから。期待しててね。」
「((はい!ありがとうございました!))」
幸せってのは、待つものじゃなくて、育んでいくものなんだ、ってこと---。
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さて、そろそろ、着替えの時間かな。
とか、考えてると、御鏡が呼びに来た。
「さ、二人とも。次はこっちだよ。」
へ?
「まだ何かあんのか?」
「ふふふ、あとちょっとだけ、ね。さあ、急いで急いで。」
御鏡に急かされて、教会から外に出ると---。
ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!!!
クラッカーの音が鳴り響く。
「「「おめでとうございまーす!」」」
そこには、見知った顔が待ち構えていた。
「あやせ?加奈子?それに、せなちー?」
「黒猫に沙織も?」
ど、どういうこった???
「ははは。驚いたかい?せっかくだから、新垣さん経由でみんなに声を掛けておいてもらったんだよ。」
御鏡がしれっとそう言った。
「こんな風にお祝いできる機会なんて、めったにないチャンスですから。」とあやせ。
「そうそう、表向きは撮影の成功おめでとーってことですしね。」と瀬菜。
「つーか、こんな面白イベント、見逃すわけねーっての。」と加奈子。
「ふっ、確かにずっとからかい続けられる一生モノのネタよね。」と黒猫。
「まあまあ、そう仰らずに。素直にお祝いいたしましょう。」と沙織。
「みんな、、、。」
目に涙を浮かべていた桐乃が、両手で顔を隠す。
「、、、本当に、、、ありが、、、とう、、、。」
途切れ途切れになりながらも、言葉を紡ぐ。
「ほらほら、桐乃ちゃん。泣いてちゃダメですよー。」
「そうそう、桐乃には、笑顔が似合うんだからね。」
「ひひ、写メ撮っとこーかな♪」
「加奈子!」
「ジョーダンだよ、あいかわらず怖えーな、あやせサマは。」
「じゃあ、せっかくだから、みんなで記念撮影してもらおうか。サービスで撮ってくれるって。」
そう言いながら、御鏡がさっきのカメラマンを連れてきてくれた。
「マジで?やりー!おっちゃーん、加奈子もソロで撮ってくんねー?」
「加奈子!」
「痛てて、髪を引っ張るんじゃねーよ!あやせ!」
「あなたもそろそろ泣き止みなさい。せっかくの写真が台無しになるわよ。」
「そーでござるよ、きりりん氏。せっかくの晴れ舞台なんですから、しっかりと笑顔を見せて下さいな。」
「うん、、、うん。ホント、ありがとね。みんな。」
顔を上げて、みんなに笑顔を向ける桐乃。
そして---。
みんなで撮った、その写真は、俺たちにとって、生涯最高の一枚となった。
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後日---。
郵送で送られてきた写真を、桐乃の部屋で、二人で照れながら一緒に眺めつつ。
「こうやって、じっくり見ると、やっぱ恥ずかしいよね。」
「まあな。でも、やっぱ、おまえは綺麗だし、可愛いな。」
「な!」
「へへ、正直な感想だよ。」
「、、、ふん、、、あんたも、カッコよかったよ。」
「そうかい。そりゃどうも。」
「でも、こんな写真が撮れるなんて、思ってもみなかったな、、、。」
「俺もだよ。」
「へへ、楽しかったし、嬉しかったし、、、何より、ホントにあたしって幸せ者だな、って思った。」
「へへ、御鏡に感謝しねーとな。」
「うん。それと、みんなにも。」
桐乃が手にした最後の一枚には、俺たちみんなの笑顔が写し出されていた。
「じゃあ、これで全部だな。」
そう言って、桐乃が持っているアルバムに、俺たちの記念すべき日の思い出を一緒に増やしていく。
「これからも、こうやって写真を増やしていけるといいよね。」
「ああ。もちろんだ。これからも二人で一緒に増やしていこうぜ。」
「へへ、そだね。」
---これまですれ違っていた時間は、もう取り戻せない。それはどうしようもないものだ。
だけど、その時間があったからこそ、俺たちの絆は、より強いものになったのだと、今は思う。
そして何より、二人の時間と思い出は、これからずっと一緒に育んでいけるものなのだから---。
そして、その数日後。
お父さんの宝物に別冊が出来たのよ、と、お袋がこっそりと笑いながら教えてくれたのだった。
Fin
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最終更新:2014年02月01日 01:13