SS『浜辺でのひととき』



「あちーな。」

焼けた砂浜と強い日差しに、思わずそう呟く。

「遅えなぁ、あいつ。」

一人で愚痴りながら、少し離れた更衣室のほうに目を向けてみると、ちょうど、桐乃が出てきたところだった。

ライトブラウンの髪が眩しく輝く。

こないだ買った水着姿かと思いきや、淡いブルーの夏用パーカーを上に羽織っている。

頭にはサングラス、足元はオシャレなビーチサンダル。

「ようやくお出ましか。」

あいかわらず、何を着てても、様になるやつだ。

だが、やっと出てきたのはいいが、すぐに、声を掛けられてる。

あいつ、可愛いうえに目立つしなぁ。

それを軽くあしらいながら、浜辺に向かって歩いてくるが、少し近づいては声を掛けられ、また少し近づいては声を掛けられ、なかなか近づいて来れない。

それを見ながら、誇らしくもイライラする。

我ながら変な表現になっちまったが、素直な気持ちなんだからしょーがねーだろ?

はぁ、ったく、しょーがねーなー。

荷物はあるけど、この距離なら目が届くし、取られる心配もねーだろ。

ということで、ごちゃごちゃ考えるのを止めて、こっちから迎えに行くことにした。

何組目か分からないナンパを断ろうとしてる桐乃の手を掴んで引っ張り、自分の胸元に桐乃の頭を押し付けるようにして、ぎゅっと抱きしめる。

「むぐっ!」

「こいつ、俺の彼女なんで。」

「なっ!」

俺の胸元で、バッと顔を上げて俺の顔を見る桐乃。

それを見て、超絶クールな笑顔を向ける俺。

途端に真っ赤になって、口をパクパクさせる。

「~~~~~~~っ!」

そしてそのまま、また俺の胸元に顔を隠す。

「ほら、行くぞ。」

「へっ? あっ、う、うん。」

あっけに取られている二人組みを背に、桐乃の手を引いて砂浜のほうへ歩いていく。

そして、ようやく、置いていた荷物のところにたどり着く。

「さて、と。」

「あ、あんた、さっきの、あれ、、、!?」

「あれ? ああ、さっきのか? ああいったほうが早いと思ったからな。」

「そ、それはそうかもしんないけど! い、いきなりやんないでよ! びっくりするじゃん!」

「しかたないだろ?」

「そ、それに、、、。」

「それに?」

「それ、、、。」

「へ?」

桐乃が指差したところ、つまり、自分のTシャツの胸元をに目を向ける。

な、なに、これ? 、、、も、もしかして、キスマーク、ってやつか?

「あんたが急に頭を押さえつけるから、、、口紅が付いちゃったじゃん、、、。」

げ、、、。もしかして俺、浜辺でキスマークつけて、手を繋いで歩いてたのか?

って、どんなバカップルだよ!

それで、歩いてくる途中で、まわりの人がニヤけてたのか!

「お、おまえな、、、。先に言ってくれよ、、、。」

「あ、あんたがあたしを引っ張ってどんどん先に歩いて行くから言えなかったんじゃん!」

「は、恥ずかしすぎる、、、。」

「それはあたしの台詞だっつーの! どう考えても、あたしが付けたって思われてんじゃん!」

「いや、実際お前が付けたんだし。」

「じゃなくて! あんたが付けさせたんでしょ!」



そこでハタと気付く。

ただでさえ注目を集めて歩いて来た上に、更に周囲の注目を集めまくっていることに。

これじゃ、誰がどう見ても間違いなく、絶賛痴話喧嘩中のバカップルじゃねーか!



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「さ、さあ、気を取り直して、行くか。」

そそくさとさっきの場所から移動して、少し離れた場所に持ってきたパラソルを立てて荷物を置いたあと、海に向かおうとしたところで桐乃が声を上げる。

「待てっつーの! 泳ぐ前に、最初にやることあんでしょ!」

「え? 何だっけ、、、ああ、準備体操とか?」

「ばっかじゃないの? 小学生じゃあるまいし。」

「じゃあ、何だってんだよ?」

「日焼け止め、塗ってよ。」

「は?」

「だーかーらー、日焼け止め。」

「俺が?」

「他に誰がいるっつーの。塗れるところは一通り塗ってきたんだけど、背中とか一人じゃ塗れないでしょ!」

「、、、お、おう。」

「じゃあ、お願い。」

そう言ってパーカーを脱いで、水着姿になる桐乃。

とっさに目を背ける俺。だから、その水着姿はやばいんだって。こないだのイメージを思い出しちまうから!

他のやつには普通の水着かもしんねーが、俺にとっては「あぶない水着」なんだっつーの!

、、、はあ、、、今日一日、大丈夫かな、、、俺。

「なーに照れてんの? ほら、さっさとやってよ。」

こっちの気持ちはつゆ知らず、そう言ってレジャーシートにうつ伏せになる桐乃。

まあ、知られたら死ぬけどな、俺が。

やれやれ、、、。

手渡されたボトルから日焼け止めを手に出して、そのまま背中にぺたっと塗りつける。

「ひゃん!」

「へ、変な声出すなよ!」

「あ、あんたがいきなりやるからでしょ! ちゃんと、塗るよ、とか言えばいいじゃん!」

「塗ったよ。」

「遅い! 塗ってから言うなっつーの!」

まったく、ああ言えばこう言う妹様だな。

こっちは意識しないように必死になってるっつーのに。

って、そんなことを考えると、余計に意識しちまう。

いかん、冷静になれ、俺。いろいろ考えるな、無我の境地になるんだ。

そう念じながら、悟りを開いた賢者になったような面持ちで、日焼け止めを塗り始める俺。

そこでまたも妹様からの注文が飛んでくる。

「ちょっと! 水着! ちゃんと外して塗ってよ!」

「えぇっ!」

「じゃなきゃ、ちゃんと塗れないっしょ!」

「そ、そりゃ、まあ、そうだけど、、、。」

お前は俺の煩悩を試そうとでもしてるのか?と言いたくなる。

仕方なく水着の紐に手を掛ける。

「、、、。」

「なに? 取れないの?」

「そうじゃないんだけどさ。」

俺が意識し過ぎなんだろーか?

ええい、考えてても仕方がない。

水着の紐を引っ張ると、簡単に水着がハラリとほどける。

前に桐乃から押し付けられたエロゲーでこういうシチュエーションがあった気がするが、まさか自分でやるハメになるとは、、、。

いざ自分でやってみると、すっげえヤバイのな、これって。

単に水着の紐を外しただけのことのハズなのに、心臓はばっくんばっくんいってるし、頭はクラクラするし。

ごくり。

「、、、あんた、もしかして、なんかエロいこと考えてない?」

ぎくっ!

「そ、そそ、、んなことねーよ!」

思わず、どもりまくる。

「、、、えっち。」

、、、え? え? な、なに? 空耳か? 未だかつて聞いたことがない、照れたような軽い罵倒。

う、嘘だろ、、、? 俺の妹がこんなに可愛いわけがない。

さっきまでのドキドキが、違うドキドキに変わる。

こ、これはこれでヤバイ。

まさか、海に遊びに来て、こんな精神修行をする羽目になるとはな、、、。

煩悩と戦いながら、なんとか無事にミッションをクリアしたものの。

泳ぐ前から疲れてどーするよ、ってなもんだ。ったく。

「ほら、行くよ!」

休む間もなく、浮き輪を持った桐乃が俺の手首を掴んで引っ張る。

「へいへい、、、。よっと。」

そう言って、ビーチボールを片手に抱えて、桐乃の手首を掴み返して身体を起こす。

起き上がったところで、離そうとする桐乃の手をそのまま握って、手を繋ぐ。

「へっ?」

そんなふうにされると思っていなかったのか、桐乃が間の抜けた声をあげる。

「おし、行くぞ!」

今度は俺が桐乃の手を引っ張って海に向かって走り出す。

「ちょ! そ、そんなに引っ張んなくても、ちゃんとついて行くってば!」



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ってなわけで。

久しぶりの海水浴を二人で思いっきり楽しんだ。

桐乃が乗った浮き輪を引っ張らされたり、俺が乗ってた浮き輪をひっくり返されたり、ビーチボールでマジ勝負したり。

あれって、普通、バレーみたいにして、ずっと続けて楽しむモンじゃねーのか?

なのに俺たちがやってたのは、何故かドッジボール。 まあ、最初にぶつけてきたのは桐乃なんだけどな。



「じゃ、あんたのオゴリねー。」

結局ビーチドッジボール(?)で負けた俺が、カキ氷をおごらされる羽目になった。

くそ、、、。ずるいよな、女って。

こっちは顔なんか狙えないっつーのに、向こうは容赦なく顔を狙ってくるんだから。

水面から顔を出したとたんにビーチボール顔面アタックはねーだろ!ったく。

まあ、子供みたいに楽しそうにはしゃぐ桐乃を見られたんだから、ま、いいけどよ、、、。

買ってきたカキ氷を、パラソルの下で気持ちよさそうに寝転んでいる桐乃の頬にぺたっと付けてやる。

「うひゃ!」

へへっ、顔面アタックの仕返しだぜ!

「あ、あんたね、、、。」

「ほれ、カキ氷。」

「ったくもう、、、。」

そう言いながら、カキ氷を受け取る桐乃。

「なんか、ずっと前に海に来たときも、同じコトされた気がする。」

「そうだっけ?」

だとしたら、進歩がねーな、俺も。



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ひとしきり遊び尽くしたあと、砂浜で並んで二人で夕日を眺めながら。

「ふぅーっ、今日は久しぶりに、たっぷり遊んだな。」

盛大に腕を上げて伸びをする。

こんなふうにアクティブに遊んだことって、これまであんまりなかったしな。

今までは、アキバとかコミケとか、どっちかってーと、インドア的なものばっかりだったし。

まあ、コミケは違った意味でアクティブで疲れた気もするが。

「へへっ、まーね。」

そう言って、桐乃も同じようにして腕を伸ばしながら。

「、、、あたしさ。」

「ん?」

少し間をおいて、桐乃が続ける。

「、、、ずっと前から思ってたんだ。こんなふうにあんたと一緒に海に来たいな、って、、、。」

「だから、、、今日は、、その、、、連れてきてくれて、ありがと。」

そう言った桐乃の顔は、夕日で真っ赤に染まっていた。

それを聞いた俺の顔も、きっと夕日で真っ赤に染まっていることだろう。

「へへ、俺も楽しかったよ。また来ような。」

「うん。」

そう言いながら、二人一緒に伸ばしていた手を砂浜に降ろす。そこで、軽く触れあう指先。

互いにまっすぐ夕日を見つめたまま、その触れあったお互いの指と指を、どちらからともなく重ねあわせる。

繰り返し聞こえる波の音が、心地良い。

、、、どれくらい、そうしていただろうか。

こてん、と俺の肩に寄りかかってくる桐乃。

「ねぇ、、、。もっかい。」

「へ?」

「来たときにしてくれたじゃん。こいつ、俺の彼女なんで、って言いながら、ぎゅっ、ってさ。」

「あ、ああ。」

「あれ。もっかい、してくれる?」

「えぇっ!」

「ダメ?」

「ぐっ、、、!」

そんなふうに言われたら、ダメ、だなんて言えるわけねーだろ!

、、、ったく、しょーがねーな。

「、、、ほれ。」

そう言って、寄りかかった桐乃の頭を抱き抱えるようにしてやる。

「これでいーか?」

「ん。」

、、、お互いに、ほんのちょっと素直になるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれる。

それはきっと、もうお互いに気付いてることで。

もう、言葉にする必要もないもの。

どんな些細なことでも、幸せな思い出にしていける。

二人一緒なら。



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ちなみに。

このあと、着替えて一緒に家路を辿ることになるわけだが。

二人とも、すっかり忘れてしまっていた。

Tシャツに付いてしまった、キスマークのことを、、、。



Fin



P.S.

 もしも電車で寄り添うようにして寝ている、Tシャツにキスマークをつけたバカップルを見かけた人がいたら。

 何も言わずに忘れてもらえるとありがたい。


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最終更新:2014年02月08日 02:03