433 名前:SS【一年後の誓い】:2013/12/25(水) 17:39:08.37 ID:gWGD7f7YO
「うーさむさむ・・・」

深夜1時。
俺は階段を下りながら思わずぶるりと体を震わせた。
今日は・・・もう昨日か。朝からどんよりと曇った嫌な天気で、今頃から朝にかけて雪が降るかもしれないとかテレビで言っていた。

「・・・絶対二階にも便所作るべきだよな」

増した尿意を我慢しながら少し急ぎ足で便所に駆け込む。

「・・・はあ~・・・」

思わず息が漏れる。
この解放感は本当に気持ちいいよな。
絶対皆こうやって息つくんだぜ。間違いない。
かなりどうでもいいことを考えながら部屋に戻る・・・道すがら、ふとリビングの扉が少し開いてることに気付いた。
せっかく降りてきたことだし、水の一杯でもと一瞬思ったが、また深夜にこの寒い道程を辿ることを考えて素直に閉めるだけにしようと思い直す。

「・・・漏らしたりしたらそれこそ事だしな・・・」

言うまでもないことだが別に俺は下が緩いわけではない。
そこだけは勘違いするなよ?絶対に違うからな?

「・・・ん?」

ドアを閉めようとして気付いたのだが、部屋の中から空気が流れていた。

「・・・冷たい?」

そう。
締め切った家の中のものとは明らかに違う冷たい空気。
外気がドアに隙間から廊下に漏れていたのだ。

「おいおいもしかして窓開けっぱなしかぁ?不用心にも程があんだろ」

俺はやれやれとため息をつきながら、ドアノブに手をかけ大きく開け放った。
途端に冷たい空気が全身をつつむ。
うおおおさっみー!
速いとこ窓締めて暖かい布団に・・・ん?

「・・・」

視線を向けた先。
たしかにリビングの窓は開けっぱなしになってた。
だけどそこには、意外なものが一つだけあった。

「・・・ん?」

小さな縁側の椅子の上。
俺の気配に気づいたのか、それは軽くこっちを振り返ると、曇天の明るい闇の中でもわかる輝くような笑みを浮かべる。

「あ、京介」
「・・・なにやってんだ?桐乃」

俺の意識を一瞬虜にしたことも知らず、桐乃はニッコリと艶やかに笑っていた。

『一年後の誓い』

434 名前:SS【一年後の誓い】:2013/12/25(水) 17:41:25.60 ID:gWGD7f7YO
「んー・・・ちょっとね」

そう言うと桐乃はまた外へと顔を向ける。
よく見ると桐乃は寝間着のままで上着すら羽織っていない。
この寒さの中なに考えてんだ。
俺は急ぎ足で桐乃に近づくと、今自分が羽織っていたカーディガンを桐乃の肩にかけてやる。

「風邪ひくぞバカ」
「へへ、ごめん。ありがと」

一瞬ビックリしたようにこっちを見た後、ニコッと笑いながらお礼を言ってくる桐乃。
・・・深夜のテンションなんか知らんが、妙に素直でちょっとむず痒い。
決していやなわけじゃないけどな。

「んで?なにやってたんだ?」
「んー・・・空見てた」
「空?」

桐乃の隣に座りながら、俺はスッと視線を上げた。
一面に広がる雲が、地上の光を受けて仄明るく光る、なんとも言えない空模様だった。

「・・・特に見てて楽しいもんでもねえな」
「そうだね」

クスッと苦笑を漏らしながら、桐乃はなおも空を見上げていた。
その横顔を見て一瞬どきりとした。
綺麗だったことは勿論当たり前なんだが、、そこに・・・少しだけ物悲しい表情が浮かんでいたからだ。
なんというか、泣く一歩手前というか、泣き笑いというか・・・とにかく俺の心をざわつかせる雰囲気がその表情にはあった。
途端に俺は落ち着かなくなって、内心おろおろとしだす。

「お、おい桐乃?別に今のは思わず口ついただけで別に深い意味は・・・」
「雪がね」
「え?」
「・・・降ってくるかなーって見てたんだ」

言いながら桐乃はニッコリと笑顔を形作り俺をみつめる。
でもその表情はやっぱりどこか寂しげで、俺の心をきりっと締め付ける。

435 名前:SS【一年後の誓い】:2013/12/25(水) 17:42:54.84 ID:gWGD7f7YO
「・・・なんで雪を待ってたんだ?」

ようやく絞り出した言葉。
そう。
俺は薄々桐乃の心情に気付いていた。
今夜この時期この季節。
俺たちにとって忘れられない『あの出来事』が俺の脳裏にも蘇っていたからだ。
それを知ってか知らずか、桐乃はまた空を見上げると、小さく消え入りそうな声で呟いた。

「・・・もう一年になるんだね・・・」
「・・・ああ、そうだな」

なにがとは言わない。
なにをとも聞かない。
この一年、そのことにはお互い極力触れないようにしてきた。
でもそこには俺たちにしか知ることのできない『大切な思い出』が確かに存在していた。
桐乃と・・・妹と結婚した、あの思い出が。

「・・・」
「・・・」

卒業と同時に恋人同士の関係は終わり、俺達はただの兄妹に戻った。
それは今までとてもうまくやってこれたと思う。
時折ふざけてじゃれ合うこともあったけど、あくまでそれは兄妹としてだ。
少なくとも俺はそう思ってやってきた。
桐乃も…そうだと信じていた。
・・・なのに桐乃・・・お前・・・。

「・・・降らないね、雪・・・」

なんで今そんなに泣きそうな顔してんだよ!
俺は思わず右手で顔を押さえる。
クソ・・・なんでこんなことになった。
こんなはずじゃなかったのに。
ちゃんとうまくやってきたのに。
もっと・・・

『もっとちゃんとしてからいうはずだったのに!』

でも、お前のそんな顔見たら言わずにいられねーじゃねーか!!
あーもー!台無しだよ俺計画!!畜生!
告白に続いて二度目だよかっこつかねーの!!
呪われてんのか俺っ!?
内心毒づきながら、俺は小さくため息をつく。
・・・まあ、でもなあ。
ちらりと桐乃の横顔に目を向けると、小さく笑みをこぼした。

『格好悪いのが俺だからな』

そして俺は心を決めた。

436 名前:SS【一年後の誓い】:2013/12/25(水) 17:44:14.46 ID:gWGD7f7YO
「・・・なあ桐乃」
「・・・なに?」
「俺さ、お前になんでも言うことひとつ聞いてもらえるんだよな?」

俺の言葉に、桐乃は困惑の表情を浮かべる。
まあそりゃそうか。
唐突に何の脈絡もなく言われりゃ俺だってそうなる。
まあ待ってろ。
今すぐお兄ちゃんが説明してやっから。

「俺、まだその権利つかってねーんだけど」
「・・・秋葉で傍に寄ってたじゃん。それに、その・・・キスも」
「ありゃお前兄妹のスキンシップだろ?あの時も言ったよな。兄妹なんだからいいじゃんって」
「そ、そりゃそうだけど・・・」

困ったように視線を彷徨わせる桐乃。
・・・この辺が深夜テンションだよな。
昼間ならおなじみの「バカじゃん!?」から始まる悪口雑言が並べ立てられているはずだからな。
そう考えると、今この時ってのもあながち悪くないのかもしれない。

「だろ?で、だな・・・お願い聞いて貰いたいことができたんだがいいか?」
「う・・・うん・・・」

なんでもないことのように言う俺につられて、桐乃も曖昧に頷く。

「・・・どんなこと?」

桐乃の問いかけに一瞬気持ちが怖気づく。
・・・へ。今更なに気おくれしてんだ京介?お前はあの日認めたんじゃねーのかよ?
・・・そうだ。あの日俺は自分で決めたんだ。
そう。

『俺は近親相姦上等のシスコン兄貴だってな!!』

思わずニヤリと笑みが浮かぶ。
心で再確認したことで肝が据わる。
そうして俺は、目の前で首を傾げて俺をみつめている、世界一可愛い妹の頭に手を置いた。

「俺が大学を卒業したら・・・一緒に暮らそう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」

たっぷり十秒ほども固まったのち、桐乃はそんなマヌケな声を発した。

437 名前:SS【一年後の誓い】:2013/12/25(水) 17:45:24.68 ID:gWGD7f7YO
「ななななななんなに?なにがなに?なんなんなああ・・・?」
「落ち着け」

とりあえず意味不明の言葉を発する桐乃を落ち着かせるために頭を撫でる。

「なななあんた・・・い、今なんなんなんて?」
「卒業したら一緒に暮らそう」
「んなっ!?」
「卒業したら、一緒に暮らそう」
「き、聞こえてるっつの!!」
「大事なことだから2回言いました」

おうおう、ようやくいつものテンションに戻ってきやがった。
しおらしいのも良いけどやっぱこいつはこうでなくちゃな。

「な、なにふざけたこと言ってんのよ!?そんなことできるわけないでしょ!?」
「なんでだよ?お願いなんでも聞くっつったのお前じゃん」
「で、できることとできないことがあるんだっつの!」
「そうかあ?どっちかったらできる部類に入ると思うぞこれは」
「あ、あんた約束忘れたの!?二人が卒業するまで、こここ恋人って約束だったでしょ!?」
「だからさ」
「・・・え?」

俺はそう呟くと、おもむろに桐乃を抱き寄せた。
驚いたように体勢を崩す桐乃を優しく胸で受け止める。
久しく味わってなかった腕の中の温もりに、小さく俺は囁いた。

「卒業と同時に終わった関係なら、卒業と同時に改めて始めてもいいんじゃないか?」
「!!」

438 名前:SS【一年後の誓い】:2013/12/25(水) 17:48:53.92 ID:gWGD7f7YO
桐乃は小さく身じろぎした後、そのまま俺の胸の中に大人しく収まっていた。

「・・・そんなん出来るわけないじゃん」
「なんでだ?就職したらもう一人前だ。堂々と一人暮らし始めるさ。そこで一緒にいようぜ」
「・・・お父さんとかどうすんの?」
「お前のことは俺が任されたからな。俺が面倒見るのは当然だろ?それに親元離れたらわかりゃしねーって」
「・・・ばれたりしたら・・・」
「そんときゃそん時だ。俺ももう何もできない高校生じゃねえ。お前の手を取ってどっか遠いところに駆け落ちでもするさ。そうだな。誰も知らないところに行きゃ同じ苗字の男と女だ。幸い似てない兄妹だし、夫婦ってことにして暮らそうぜ」
「・・・バカじゃん?」
「ああ知ってる」
「シスコン」
「それも今更だな」

交し合う軽口。
正直内容はものすごくヘビーだってのに、気持ちはこの上なく浮かれている。
・・・そうだな。
もうずっと前から覚悟は決まってたんだもんな。
一年前のあの日から。
そうして桐乃は顔をあげる。
大泣きの、この上なく綺麗な笑顔で。 

「幸せに・・・しなさいよね?」
「ああ。俺にまかせろ」

そうしてふと気が付くと、空から落ちてくる白い祝福の結晶。

「あ、雪」
「ほんとだ」

それを見上げながら、お互いの心に蘇る一年前の思い出。

「・・・今度はずっと一緒なんだよね?」
「ああ。お前を一生離さない」

期間の区切られた、楽しくも切ない思い出。
・・・もうあんな思いはしない。
ずっとお前と添い遂げる。
おれは決意も新たに、桐乃の目を真っ直ぐみつめる。

「愛してる、桐乃」
「・・・愛してる・・・京介」

小さくはにかんだ桐乃の頬に手を当て、俺は約一年ぶりの誓いの証を刻む。
手のひらに桐乃の涙の感触を味わいつつふと見上げた空からは、あたかも祝福のライスシャワーのように、とめどなく雪が降り続いていた。

END

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最終更新:2014年02月08日 02:19