CASE 1

 俺の名前は高坂京介。自分でいうのもなんだが、ごく平凡な男子高校生である。
 去年のクリスマスイブ――俺は妹に告白し、恋人になった。
 あの大告白から、一週間ほど時が流れたある日のこと。
 彼女が俺の部屋にやってきて、こんなことを言い出した。

「あのさー、今日って一月一日なんだけどぉ。あんた知ってた?」
「はあ? さっき『あけましておめでとう』って言っただろ?」
「ふーん、へぇー、知ってたんだ」
「……………………」
「んで?」

 この、遠回しな言い方!
 これは桐乃が俺に対してのみよくやる、ちょっとしたクイズみたいなもんだ。
 早く『正解』を言わないと、段々と桐乃が不機嫌になっていくというもので俺はこの二年間、何度も何度も『このクソ女、マジでめんどくせぇな』とイラだったものだ。

「今日はお正月だけど――んで?」

 しかし今となっては、こういうめんどくさいところが、可愛いんだよなって思えるようになってきた。ちょっとだけな。

「桐乃」
「ん?」

『1. お年玉、欲しいのか?』
『2. 初詣、行くぞ』
『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』

 俺の脳裏に出現した、三つの選択肢。
 こいつと付き合いだしてから、まだ数日しか経ってないが、『妹の人生相談』で数多くの難問をクリアしてきたこの俺が――選択肢を間違えるわけがない。
 というわけで、クイズだ。しっかし……簡単だな。完全にサービス問題だぞコレ。分かるかい?
 まあ、ここまで俺の話に付き合ってくれたおまえらには、簡単だと思う。でも万が一にも、分からないやつがいるかもしれないので、念のために解説を交えて考察していくぞ。

『1. お年玉、欲しいのか?』

 まずこいつからだが、説明するまでもなく『ない』よな。
 仮にお年玉をあげたとしても、『はあ? これだけ?』とか言われちまって、逆に好感度を下げてしまう。
 つまりこれは却下だ。

『2. 初詣、行くぞ』

 問題はこいつだな。
 一見、正解のように見えるこの選択肢、実は高度な引っかけになっている。
 少しシミュレーションしてみたらこんな感じになった。



『初詣、行くぞ』
『……………………』

 桐乃は少し戸惑ったような表情になり、『二人で?』と聞いてきた。
 不安そうな妹に俺は、『おう、二人で』と答えた。



 あれ…………?
 意外といい雰囲気じゃね? ……やっぱりこれが正解か?
 俺は脳内で『2. 初詣、行くぞ』を選ぼうと――
 いやっ…………! 待て、待て、待て、待て! 早まるな、俺! 浮き足立つな! まだ考察していない選択があるじゃないか! もし残った答えが正解だったらどうする!?
 もっとよく考えて、ケアレスミスをなくすべきじゃないのか? 俺の幼馴染みも、『きょうちゃんは、けあれすみすはしない』って言ってたもん!
 ……………………。
 世界の外側から白い目で見られている気がするけど、俺の自我を保つために気付かなかったことにしておこう。
 さあ、次だ、次!

『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』

 大本命だよな。どう考えても。
 場面にそぐわないと思ったか? 残念ながら、そう判断したやつは素人だ。
 考えてもみろよ。今までにも桐乃は妹モノのエロゲーを参考にして、俺にクイズを出してきたことが多々あっただろ? ということは今回もエロゲーっぽい選択をするのが正解ってことなのサ。
 やれやれ…………まったく、困った妹だぜ。
 …………なんだよ、何か言いたそうだなおまえら。
 知らん! なんと言われようが、俺は俺の道を行く!
 ということで『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』を選択。
 頭の中でクリック音が響く――

「桐乃、ちょっとこっち来い」
「? ……なに?」

 無防備に近づいてきた桐乃を、がばっ――と抱きしめた。

「な…………っ!」
「あったかいなあ、おまえの身体」

 こういうことができるのって彼氏の特権だよな。リア充万歳!
 しかし妹の反応は…………。

「き、きゃあーっ!」
「うわああああああっ!?」

 このやろう、暴漢に襲われた乙女のような声を出しやがった! 俺はおまえの彼氏だろうが!

「バカ桐乃っ! 大声あげてんじゃねぇ! 親父たちがいるんだぞ!」
「むぐっ……!?」

 咄嗟に妹の口をふさいで、脅迫じみた台詞を吐く兄貴はここに存在する。
 図らずも去年の夏の夜、妹の部屋に押しかけた時の再現となってしまった。
 こんな場面を親父に見られたら、完全に俺の人生ジエンドである。

「むーっ! むーむーむー!」
「静かにしろ……!」

 このままでは親父が来てしまいかねない。勘違いされそうなこの状況を打破しなければマジでヤバイ。
 焦った俺はそのまま桐乃をベッドに押し倒し(押し倒す必要はまったくなかったのだが)、

「大人しくしろ、この……!」

 と――更なる鬼畜発言を重ねるのだった。
 もはや釈明の余地なし。
 こんな場面をあやせに見られたら、完全に俺の生命ジエンドである。

「むー!」

 目に涙を浮かべながら抵抗する桐乃。
 だから泣くなって…………いよいよ犯罪チックな絵になってきたところでギブアップ。

「い、いいか? いまからおまえを解放するが、前みたいに大声を出すなよ? 絶対だぞ?」
「むう! むう!」

 こくこく頷いた桐乃を見て、俺はゆっくりと手を離してやった。

「いっ、妹を白昼堂々襲うとか――!?」
「セーブポイントからやり直してぇ――ッ!」


 CASE 2


 さっきのやり取りのせいで、何か大切なイベントを回収し損なった気がする。
 例えるなら、まるで『バレンタイン編』のフラグが折れたような。
 セーブはこまめにしておいた方がいいぞ。

 ともあれ、ちょっとしたアクシデントはあったものの、無事初詣を済ませた俺たち兄妹は、羽子板で熱い闘いを繰り広げていた。
 まあ熱い闘いとか言っても、実際には一方的にボコボコにされているだけなのだが。

「――くっそ、覚えてろよ……絶対に一回くらいは勝ってやるからなっ」
「そ、そんなに妹の顔に恥ずかしいらくがきしたいんだ。キモッ」
「いや、普通に○とか×とか書いてやるつもりだったんだが……」

 なんだこのリアクションは。

「おまえ……いったい俺の顔に何を書いてるんだ?」

 激しく不安になってきたぞ。

「えっ? あ、別にたいしたことじゃないですケド?」
「嘘つけ! 俺の目を見て言ってみろ! もしくは鏡を寄越せ!」
「な、なんでもないっての! てかっ、そろそろ家に帰んないと! お父さんと晴れ着姿の写真撮ってもらう約束してるし」
「確かにおまえの晴れ着姿写真を撮るのを、親父は超楽しみにしていたが! 明らかに話をそらそうとしてやがるな!」

 ちなみに桐乃はピンクの晴れ着姿だ。俺の感想が気になるやつは、アニメ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』8巻を視聴してくれ。
 と――兄妹で言い合いをしていたときだ。

「あれ? 桐乃と、お兄さん?」
「あっ、やっほーあやせ。あけおめー」
「うん、桐乃あけましておめでとう」

 意外な声が――って…………あやせだと!?

「おいっ、あやせ! ここで登場するのはおまえじゃねぇだろ! このシーンは櫻井の仕事のはずだ!」

 アイツが出てこないと、桐乃のイベントCGのフラグが……!

「えっ、お兄さん知らないんですか? 櫻井さんなら来ませんよ?」
「なっ…………! まさか貴様…………自分の出番を得るため櫻井を亡き者に!?」
「してませんっ!」
「そうか……驚かせやがって」

 どうやらどこかでルートが分岐してしまったらしい。仕方がない、気持ちを切り替えていこう。
 ということで、青い晴れ着がよく似合う美少女あやせに新年の挨拶。

「あやせ、あけましておめでとう」
「はい、あけまして……って、お、おおお、お兄さんっ!?」
「ん? なに?」

 あやせは驚愕した様子のまま顔を真っ赤にし、

「なんですかその顔は! この変態! 通報しますよ!」
「……あいかわらずひどいことを言うやつだなおまえは」

 変態みたいな顔と罵られる高校生は貴重だぞ。このドS女め。

「何を勘違いしているのか知りませんが、わたしが言っているのはあなたの顔に書かれた、そのいかがわしいらくがきのことです」
「…………なんだと」

 こいついまなんつった? 俺の顔に書かれたらくがきが……いかがわしい、だと。

「――――専用だなんて、は、破廉恥です!」
「おい桐乃……どういうことか説明しろ……」
「やば…………っ」

 さっ、とあやせの後ろに隠れる桐乃。

「あやせー、京介がいじめる~」
「安心して桐乃。あの変態からわたしが護ってあげるからね」
「うん、えへへ、ありがとあやせ」
「うふふ、よしよし」

 …………こいつら。

「というわけでお兄さん、覚悟はいいですか?」
「なんの覚悟だ」
「もちろん……死ぬ覚悟です!」

 あやせがまるでバトル漫画の宿敵のような台詞を吐いた。
 言うまでもなく恐ろしいけど、なんだかわくわくしてきたぞ!

「ふっ……いいかあやせ」
「命乞いですか?」
「違う、そうじゃない――この顔のらくがき、これはな」

『1. 全部、桐乃のせいなんだ!』
『2. 羽子板で書かれた、罰ゲームだ』
『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』

 突然だが、ここでクエスチョン。
 この窮地を乗り切るために、俺がとるべき行動を選べ。
 なんか変な選択肢が混じってるけど気にするな。
 …………大丈夫だって、もう選ばないから。
 さて――

『1. 全部、桐乃のせいなんだ!』

 誤解を簡単に解く方法としては最適だな。
 しかし結果として、妹の好感度を大きく下げてしまう可能性がある。
 却下だ。

『2. 羽子板で書かれた、罰ゲームだ』

 これが正解。
 どう考えてもこれが、この場を上手く乗り切る答えだよな。
 はい、終わり終わり。
 ……………………。
 いや、分かってるよ? これが正解だってさ。
 でも残された選択肢にも、議論する余地はあると思うんだ、うん。

『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』

 ……さすがにこれはないよな。
 常識的に考えて彼女の目の前で、彼女の親友を抱きしめるとかアタマおかしいもん。
 よし、満足した……今回は間違えない。
 俺は『2. 羽子板で書かれた、罰ゲームだ』をクリックし――…………って、危ねぇ――――ッ! いま気付いた! 気付いちゃった!
 ふう…………クリック寸前だったけどぎりぎりセーフ。
 いやこれさ、正解は『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』だわ。超むずかしいひっかけ問題。
 どこにも『あやせを』って書いてないだろ? つまりこれって、『桐乃を』抱きしめるのが正解ってことになるはずだ。
 俺がぎりぎりで閃いたシミュレーションはこう。



 俺は優しく桐乃を包み込み、あやせに向かって微笑みながら叫ぶ。

『こいつはなぁ、俺と桐乃の愛の証なんだよ!』
『え、ええっ――!?』
『きょう……すけ』『桐乃』
『こ、公衆の面前でラブシーンを演じないでくださいっ!』



 完璧すぎる。
 そういうわけで、俺は『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』を選ぶ!

「こいつはなぁ――――」
「なんなんです?」
「………………」

 ここで問題が発生した。
 よく考えてみるとシミュレーションと違って、桐乃はあやせの後ろに隠れているのだ。

「桐乃、ちょっと」
「? なに?」
「いいから、ちょっとだけこっち来いって」

 俺は手招きしながら妹を呼び寄せる。
 怪訝な顔をしながら、とことこと近寄ってきたところを――

「…………なによ――むぐっ」

 がっしりとホールド。
 余計なことを口走ってあやせが混乱しないよう、口もふさぐ。
 なんかデジャブな気はしてるけど、シミュレーションと少し違う気もしてるけど、ここまできたらあとは勢いだ!

「いいかあやせ……こいつはなぁ、俺と桐乃の愛の証なんだよ!」
「え、ええっ――!? って、そんなわけあるか死ねぇええええええええぇッ!」

 メキメキィッ――! という音と共に、恐るべき威力と精度のリバーブローが、俺のわき腹をえぐっていった。
 あやせのやつキックだと桐乃にも被害が及ぶから、ピンポイントに俺のボディを狙ったな…………さすがだぜ。
 薄れゆく意識の中、こんな会話が聞こえてくる。

「桐乃、大丈夫だった?」
「う、うん…………」
「この公園たまに変質者が出るみたい。一人じゃ危ないから、わたしと一緒に帰ろ?」
「そ、そだね」


 CASE 3


 日が傾いてきた頃、俺はようやく帰宅することができた。

「いちち…………おー痛」

 ったく…………あのバーサーカーめ、天使の笑顔で殴りやがって。
 ところで、ちょっと変なことを言ってもいいだろうか。
 いま、妙な違和感を覚えたのだ。
 そう、まるで――『桐乃とちょっぴりえっちな添い寝デート』CGを取り逃してしまったかのような、じんわりとした不安感。
 どんなイベントCGかって?
 想像してみてくれ。

 ある日の夜……ベッドで眠っていた俺は寝苦しさに目を覚ます――するとそこにはパジャマ姿の桐乃が、すぅすぅと寝息を立てていた。
 状況を確認するためベッドの下に目をやると、そこには俺の服が散乱している。
 となりで眠る彼女の胸元を見ると、パジャマのボタンが――――

 ……もしも少し前のセーブデータが残っているのなら、ロードした方がいいんじゃないか?
 ………………はっ、俺はいま、いったい何を考えていたんだ。
 かぶりを振ってリビングのドアを開ける。

「ただいま」
「あら、京介おかえり。桐乃があやせちゃんと一緒に帰ってきたけど、あんた何してたの?」
「ちょっと、な……」

 妹に置き去りにされて、公園で失神してました――なんて言えるわけがない。

「桐乃はどこいんの?」
「さっきお風呂入ってたから、いまは部屋にいるんじゃないかしら? ああ、そうそう! お父さんったら娘の晴れ着姿写真を、今日中に現像したいからってさっき出かけちゃったのよ!」
「はーん、親バカここに極まれりって感じだな」
「そういうあんたは妹バカじゃない」
「何を言う」

 失敬な。

「どうでもいいけど、あんたもお風呂入ってきなさい」
「へーい」

 湯にゆっくり浸かって温まろう。冬の公園に長時間放置されてたから、身体も冷え切ってるし。
 脱衣所に向かおうとしたら、

「お父さんが帰ってくる前に、顔のらくがきもちゃんと落としなさいよ?」
「げっ…………!」

 ミステ――――――イクッ! これは恥ずかしいっ! お袋の目が、完全に痛い人を見るまなざしになってるよ!

「……はあ……」

 ため息はやめて! 心が折れそう!
 いや…………俺自身は何が書かれているのか知らないけれども、あやせ様がブチキレて、お袋が呆れてしまう内容が俺の頬やおでこに書かれていることだけは確かである。くっそぉ……桐乃のやつ覚えてろよ。
 俺はお袋から逃げるように、脱衣所へと駆け込んだ。

「ふう…………ぎりぎりアウトだったな」

 親父に見られなかっただけまだマシかもしれないが、俺のハートはすでにズタズタだ。
 洗面台の鏡を覗いてみる。
 ………………なるほど、これはひどい。桐乃さんマジひどい。完全に内容がアウト。
 もし、こんな内容を顔面に書いてる赤城が、瀬菜を抱きしめてる場面に遭遇したら、俺だって間違いなく赤城をぶん殴るわ。

 …………はぁ。

 げんなりしつつ服を脱いでる途中で、着替えを持ってきていないことに気付く。
 脱いだシャツを着直すのは億劫だったので、半裸のまま俺は自分の部屋へと駆け上がった。
 そして勢いよく扉を開ける。

「うぅー、さみー…………っておい!」
「……っ……!?」

 ビクビクゥ! と、桐乃の肩が飛び跳ねた。
 なにやってんだこいつ……俺のタンスの前で……。
 桐乃は青ざめた表情をしているが、対照的に俺の顔は一瞬で真っ赤になった。
 なぜなら――俺の目の前で硬直している彼女の姿が、バスタオル一枚というとんでもない状況だったからだ。

「な…………何をしている?」
「……なんのこと?」
「そんなあられもない格好で、兄貴の部屋に無断で入り、何をしていると聞いている!」
「あんただって上半身ハダカじゃん!」

 桐乃は鋭いツッコミを入れた直後、さっ――と何かを後ろ手に隠した。
 こいつ……いったい何が目的だ。

「ここにおまえの着替えはないはずだが」
「そっ、そそそそそそ、そうかもしんないけど! 開けてみないことには……わかんないじゃん?」
「俺のタンスに、おまえが装備できるお宝は入ってねぇ!」
「はあ!? なことないしっ! あんたのタンスから、あたしのパンツが出てくる可能性も十分あるっての!」
「ないわっ!」

 真っ赤な顔で威嚇してくる桐乃。バスタオル一枚で。
 どうやら俺の妹は混乱しているらしい。メダパニってやがる。
 …………ん? パンツだと? …………ちょっと待てよ。
 そういえば俺のパンツが日に日に減ってる件の犯人は、まだ特定されていなかった。
 ま、まさか…………いやいやいやいや、まさか。さすがにそれはないって。
 いくらエロゲーマスターを自称しているとはいえ、桐乃は兄貴の下着を盗むような変態じゃ――――



『おにーちゃんのぱんつなんか、ぜったい盗んでないんだからねっ!!』
『おにぱんとカス妹、深夜販売に並んで買ってきて欲しいの』



「桐乃」
「な、なに?」

『1. ごめん、実は俺も……』
『2. いますぐ、後ろのブツを見せろ』
『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』

 ………………。
 いや、おかしいだろ。薄々そうなんじゃないかなー、って感じてはいたけれども。明らかにこの状況と一致しない選択肢が混じってやがる。
 ああ、分かった。もう、分かった。全部分かった。…………バグだな、これは。
 あらかじめ言っておくぞ。間違っても俺と妹のいちゃラブや、ちょっぴりえっちな展開に期待しないでくれよ? 最後くらいはガチで『正解』狙いにいくからさ。
 というわけで、最終問題だ。

『1. ごめん、実は俺も……』

 ない。以上。
 ………………。
 いや! マジマジ!
 妹のパンツを盗ったことはないから、変に勘ぐらないでくれ。

『2. いますぐ、後ろのブツを見せろ』

 まぁ、これしかないわな。スパッといくぞ、準備はいいか? ――よし、やってやるぜ。
 ――――あれ? ちょっと待ってくれ。ひょっとしたら、ひょっとするんだけど、『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』が正解の可能性もあるんじゃないか?
 ついさっきまでは、バグだと決めつけて選択肢から外してたけどさ、三の三で不正解ってことはなくないか? これだけしつこく出てきてるんだし、そろそろ当たるんじゃねぇ?
 しかも、根拠はそれだけじゃない。いま、圧倒的閃きが降りてきたんだ。
 いいか? これ以上桐乃を追いつめて、正月早々喧嘩になってもつまらない。
 ――で、だ。
 こういう展開なら桐乃を怒らせず、傷付けず、かつ白状させることが可能だと思うんだ。



 俺はバスタオル姿の桐乃を優しく抱きしめる。

『桐乃』
『な、なに……いきなり……妹、抱きしめてんのよ』
『なんかさ、おまえ、いい匂いだよな』
『………………ばかじゃん』

 林檎のように頬を染めた妹は、いつものように俺を罵り、こてん――と頭を預けてきた。
 俺は腕の中で少し緊張している、可愛い生き物の頭をゆっくり撫でながら、

『後ろに隠してるパンツ、俺のなんだろ?』
『…………うん』

 妹に白状させる。

『そっか……怒ってないよ』
『ほんと? ……絶対?』
『おう、当たり前だ。だって、おまえは俺の彼女なんだからさ』
『京介…………大好き――ちゅ』



 ――と、まぁ、こうなる。
 あ~、やばいなぁ。困ったなぁ。これだと兄妹でラブシーン突入しちゃうよなあ! まいったなあ! いやあ、こまったこまった。じゃあ、いい加減半裸だと寒いから、選んじゃって……いいんですか? いいんです! くぅ~ッ!!
 最終問題のセレクトは『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』! キミに決めた!

「桐乃」
「な、なに……? てか、なんで近づいてくるワケ……?」

 三度目ともなるとさすがに警戒しているのか、じりじり後ずさる桐乃。俺はゆっくりと距離を詰める。
 何度かそのやり取りを繰り返した結果、ついに壁際まで追い詰めた。

「…………っ!?」
「くっくっく……もう逃げ場はないぞ。さぁ、どうする?」
「あっ、あんた、正気……!?」

 追い詰められて焦ったのか、桐乃は両手でバスタオルの胸の辺りをがっしり掴む。
 妹よ、おまえは気付いていないのかもしれないが、そういう恥じらいのポーズは逆にエロいだけだぞ――てかっ、その手に持ってるのって!

「俺のパンツじゃねぇかっ」
「し、しまった!」

 俺が優しく抱きしめて篭絡するまでもなく、自らバラしやがったこの女。
 選択肢の意味なし。…………まぁいいさ。ほんのちょっぴり残念だが、まぁいい。
 ここからはアドリブでなんとかするしかない。

「……おまえが犯人だったんだな」
「こ、これはちがくて……っ!」
「言い訳は後からいくらでも聞いてやる。とりあえず返せ」

 絶滅危惧種に指定されかねない勢いで減少傾向にある俺の貴重なパンツは、理由はどうあれ返してもらわなければならない。
 パンツさえ返してくれれば、今日見たことは忘れてやってもいい。
 ところが桐乃は、なかなかパンツを手放そうとはしなかった。

「おい、往生際が悪いぞ。さっさとそいつを寄越せよ」
「…………このパンツに、名前でも書いてあるワケ?」
「………………」
「あ、書いてないんだぁ? ひひ、そりゃ書いてないよねぇ~。だってー、実はこのパンツってさー、あたしのなんだもん」
「………………」
「ほら、これちょっと見た目が男物っぽいでしょ? だからたまーに、あんたんとこに紛れ込んだりするんだよね。ったく、お母さんってば、そそっかしいんだからぁ! えっへっへっへー」

 盗人猛々しいとは、こいつのことだな。
 よくもまぁ……口からでまかせをペラペラペラペラと。

「じゃ、そういうコトで……」
「待てぃ、この変態妹。俺におまえの嘘は通用せん!」

 部屋から出て行こうとしていた桐乃は、まるで錆付いたロボットのように、ギギギッ――と振り向き、

「バカな……なぜ、バレた……」

 驚愕の表情を浮かべていた。

「お兄ちゃんは、たまに本気でおまえが心配になるよ……」
「……証拠はあんの?」
「あん?」
「あたしが犯人っていう証拠を見せて」

 この期に及んでこいつは……これ以上、茶番に付き合ってられるか。

「おまえが犯人だって、もう分かってんだよっ」

 がばぁっ――俺は妹に掴みかかる。

「きゃっ! や……っ」
「この、さっさとそれを寄越――」

 ――ガチャ。

「京介、いるか? 桐乃の晴れ着姿写真を現像してきたんだが――」
「せ…………」
「……あ……」
「……………………」

 俯瞰してみよう。
 部屋には上半身裸の兄がいて、バスタオル姿の妹がいる。
 半裸の兄はいまにも、妹のバスタオルを剥ぎ取ろうとしているように見えた。
 妹の方はバスタオルを取られまいと、必死に抵抗しているように見える。
 しかもよく見れば、兄の顔にはいかがわしいらくがきが書いてある。
 さて、問題だ。
 こんな状況の中、部屋に厳格な親父が入ってきたらどうなるか?
 分かるかい? 俺はもう分かっちゃったよ。


 LAST


「うわぁ、大ピンチじゃん」

 ギャルゲーのテキストに集中していた妹の第一声である。
 俺はクリックしていた手を止め、身震いをひとつ。

「……まるで自分のことのように思えて、血の気が引いたわ」
「あたしも…………てかっ! この兄妹マジでキモイ! ありえないって!」
「残念だが桐乃、このゲームの登場人物は俺たち兄妹だぞ」
「うぅ~……」

 現在妹の部屋でプレイ中のギャルゲーは、高坂京介が妹である高坂桐乃を攻略する内容となっている。
 ちょっぴりえっちな展開が用意されていて、ちまたでは神ゲーとして噂されているほどだ。
 この前、あやせに――『禁断の百合ルートへ行くには、どうやって進めればいいんですか!?』と聞かれたのだが、もちろんそんなものは存在しない。
 その後、黒猫に――『この生意気そうな茶髪女を孕ませて、子供を二人ほど産ませたいのだけれど、どうやって進めればいいのかしら?』と聞かれてしまったのだが、もちろんそんなルートも存在しない!
 これは全年齢対象の健全なギャルゲーです!

「ちなみに真ルートは、アニメ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』8巻の特典に収録されているぞ」
「ちょっと、何いきなり宣伝始めてんの? もしかしてアニプレからお金もらってるワケ?」
「そのような事実は一切ない」

 気になるやつはよろしくな。マジで神ゲーだから。

「それにしても選択肢を全部間違えることが、バスタオルCGの解放条件ってのは盲点だったな」

 普通は、あんな答え選ばねぇって。

「ん~……とりあえずこれでイベントCGはコンプできたのはよかったけどさー」
「なんだよ?」
「あんたが普段、何を考えてるのかよぉくわかった」

 目を細めて見つめてくる。
 これはまずい…………思わぬ形で、妹に弱みを握られてしまった。

「ずーっと、おんなじ選択肢出てくるし」
「やめて」
「そんなにあたしのこと抱きしめたいわけ? キモッ」
「桐乃、誤解だ。これはCGをコンプするために仕方なくだな……」
「はいはい言い訳乙ぅ~。これからは、あんたのことハグリストって呼ぶから」

 ハグっていうか、バグだよね。
 いつもならここで言い負かされてしまうのは、間違いなく俺なのだが今回は違った。
 なぜなら、俺の手札にも反撃の切り札があるからだ。
 とびっきりのやつがな。

「……ああそうかよ、好きにするがいいさ。だがな桐乃、覚えとけよ? おまえがその蔑称で俺を呼ぶというのなら、俺はこれからおまえのことを下着泥棒と呼ぶことになるぜ」
「や、やめてよ! あれは違うってばっ! あ、あれは、ええと……そう! ゲームの脚色であって……」
「へいへい、そういうことにしといてやるよ」
「ちょ……聞いて。ちゃんと聞いて」

 必死に抗議してくる桐乃。
 最近の俺たちは、毎日――

『1. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』
『2. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』
『3. ぎゅっ、と優しく抱きしめてあげた』

 と、締めようとしてるところで俺の脳裏に選択肢が現れた。
 何をどう間違えたのか一択である。プログラマーさんにはしっかり仕事をしていただきたい。

 ちなみに今、俺たちの体勢はこんな状態。
 テーブルにはノーパソが置いてあって、俺がマウスを操作している。
 あぐらをかいた膝の上には彼女がちょこんと乗っかっており、俺の胸にもたれかかっている。

 二年前、いがみあっていた俺たちが、並んでエロゲーの兄妹同時プレイという奇妙な関係から始まって、一緒にベッドに寝そべってプレイする仲になり、今では密着しながら自分たちのギャルゲーをプレイしている……喧嘩は絶えないけどな。
 思えば遠くまで来たもんだ――選択肢を選ぶまでもない。
 
 俺はそっと腕を回し、妹を優しく抱きしめる――

「…………キモ」

 桐乃は振り向かずに、そう呟いた。

「このシスコン…………何いきなり、妹抱きしめてんのよ」
「付き合ってんだから別にいいだろ」
「そうだけどさぁ……へへっ」

 嬉しそうにしやがって。どうせ振り向かないのは、真っ赤に染まった顔を見られるのが恥ずかしいんだろうよ。
 そんなことを考えていたら、今度は妹からの反撃がきた。
 俺の手を掴み、自分の手で包み込む。
 兄妹なのに、まるで恋人同士のようだ――いや恋人なんだけれども。
 あったけぇなぁこいつの手…………いかん、なんだか照れくさくなってきたぞ。
 俺はごまかすように桐乃を強く抱きしめ、

「何いきなり、兄貴の手、握りしめてんだよ」

 同じ台詞を返すのだった。

「べっつにー? なんだっていーじゃん」
「そーかよ」
「ふひひ」
「へっ」

 ――とまあ、最近の俺たちは、毎日こんな感じ。

「ねぇ」
「ん?」
「あのさ……さっきからあたしのお尻に、硬いモノが当たってるんですケド」
「桐乃よ、それは俺のくるぶしだ」

 まったく色気なんてありゃしないが、俺はこの日常を中々気に入っている。
 二年前の俺が、今こうしている俺たちの関係を見たら――なんて言うだろう。
 いや、そんなの、決まってるか。

 ――俺の妹がこんなに可愛いわけがない――



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最終更新:2014年04月18日 22:32