SS『もうひとつのバレンタイン』
「きーりのっ!はいっ!チョコレート!」
「あたしに?へへ、、、ありがと、あやせ。」
「えへへ。」
毎年恒例となった、大切な親友へのバレンタイン・チョコレート。
友チョコ、とはちょっとだけ違う、わたしにとって、特別なチョコレート。
「はい。あたしからも。」
「え?わたしに?あ、ありがとう!桐乃!」
ちょっとだけ心の中で引きつっちゃったのは内緒。
手渡されたのは、去年よりも、ずっとおしゃれに包装されたチョコレートだった。
「今年はちゃんと上手に出来てるからね。」
「え?」
桐乃のチョコレートを見つめていたわたしは、思わず声を出して顔を上げ、桐乃の顔を見つめる。
「へへ、、、去年はごめんね、あやせ。すっごいガマンして食べてくれたんでしょ?」
「そ、そんなことないよ?」
慌てて、そう口にする。
「んなワケないじゃん。今年、最初に作ってみたやつを、試しに知り合いに味見させてみたら、その場でぶっ倒れたんだよ?」
「へ、へ~、そ、そうなんだ。知り合いって?」
「ん?ああ、櫻井さんっていう、最近知り合った、ゲーセン仲間?なんだケドね。」
「も~、桐乃ってば、みずくさいなぁ。言ってくれたら、わたしがいつだって味見してあげるのに~。」
「や、あやせ、ゼッタイおいしいって言ってくれるじゃん。それはそれで嬉しいんだけど、それじゃ味見になんないでしょ?」
「それはそうかもしれないけど、、、。」
わたし以外の人が味見してあげた、っていうのが、なんか悔しいの!
「よー、また二人でいちゃついてんの?」
「だっ!誰がいちゃついてるっての!」
「おまえら。」
「あのねぇ、、、。」
「んーなに怒んなよー、桐乃。てか、それ、チョコレートだろー?へっへー、実はさー、加奈子も作ったんだよねー、チョコレート。」
そう言って、加奈子はラッピングされた袋を自慢げに見せつける。
「なー、誰のチョコが一番うめーか、勝負しようぜ!」
「勝負?」
「おう。みんなで食べ比べてみよーぜ!」
「え~~~。」
せっかく桐乃のために作ってきたのに、、、。
わたしはぷうっとチョットだけ頬を膨らませる。
「なに?あやせ?自信ねーの?」
「んなワケないじゃん!あやせのチョコって、いっつもすっごくおいしいんだから!」
「んじゃー決まりな。」
「へ?」
「き、桐乃~。」
わたしのチョコを褒めてくれるのは嬉しいんだけど、加奈子に上手くのせられちゃってるよ?
「ご、ごめん、あやせ。」
そう言って両手を合わせる桐乃。
「で、でも、まあ、一個だけだからさ。いいでしょ?」
そのままちょっと上目遣いで首をかしげながら桐乃がそう言う。
「う、うぅ、、、しかたないなぁ、、、。桐乃がいいって言うなら、、、。」
「ありがとっ!あやせっ!」
そう言って、わたしの両手をぎゅっと握りしめてくれる桐乃。
も、もう~、しょうがないなぁ♪
「んじゃー、代わりばんこに目隠しで食べさせあいっこだかんな?」
「え?なんで?」
わたしの手を握りしめたままで、桐乃が加奈子のほうに振り返って問い返す。
「だってよー、誰のか分かったら、勝負になんねーだろー?」
「どうして?」
今度はわたしが問い返す。
「や、だってよ、もし最初から誰のか分かってたらさー、桐乃はきっとあやせのが一番って言うだろーし、あやせはゼッタイ桐乃のが一番って言うだろー?」
もちろん。
「でもってー、加奈子はモチ加奈子のが一番って言うに決まってんじゃん!それじゃ勝負になんねーべ?」
桐乃とわたしは、手を繋いだまま二人で顔を見合わせる。
「言われてみれば、、、。」「確かにそうだね、、、。」
「だから、食べさせるやつ以外には、どれが誰のか分かんねーよーにしといてさー、食べたやつに何番目が一番うまかったか覚えてもらっとくワケ。」
「「うん。」」
「んで、全員食べ終えたあとで、みんなで答え合わせすんの。どーよ?」
「へぇ、面白いじゃん。」
桐乃がそう答える。
でもきっと。
きっと今年の一番は決まってるだろうな、、、。
わたしは食べる前から、そう確信していた。
ひととおり食べ終えた後で。
「んじゃー、発表な。加奈子は2番目に食べたやつ。桐乃は?」
「んー、あたしは、1番目のやつかな?あやせは?」
「わたしは、2番目の。」
「よーし、んじゃ、答え合わせな。」
そう言って、それぞれが食べた順番と答えを照らし合わせる。
結果はわたしが思っていたとおり---。
「んだよー、全員桐乃のチョコかぁー!ちくしょー!」
やっぱり。
「へへ、、、やった♪」
小声でそう口にして、嬉しそうに微笑む桐乃。
「桐乃、すっごく上手になったね。前と全然違うよ?」
「そ、そう?」
「うん。とってもおいしいよ。」
「コレ、ゼッタイ加奈子のだって思ったんだけどな~。」
「はいはい、残念だったね、加奈子。でもね、加奈子。そもそも、今年の桐乃のチョコにかなうわけないでしょ?」
「?なんでヨ?」
「だって、、、今年の桐乃のチョコは、本当に大好きで大切な人のために桐乃が頑張って作ったチョコなんだから。わたしたちの友チョコがかなうわけないでしょ?」
「うひひ、それもそっか。」
加奈子がイタズラっぽく笑う。
「あ、あやせ~、は、恥ずかしいじゃん、、、。」
「ふふふ、お兄さん、幸せものだね。」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。それに、そのおかげでわたしたちも幸せのおすそ分けしてもらえたんだから、お兄さんに感謝しないとね。」
「てかよー、コツとかあんの?桐乃?あったら加奈子にも教えてくんねー?」
「コツって言われてもなぁ、、、。」
「わたしも知りたいな~。ねぇ桐乃、お願い。」
「う~ん、、、そうだなぁ、、、えっとねぇ、、、。」
テレながら桐乃がこう答える。
「ま、月並みな台詞になっちゃうけど、愛を込めて作ること、かな?」
「うへぇ~。」「///。」
それを聞いたわたしと加奈子は二人で真っ赤になる。
「あ、あのよ~、桐乃?ふつー、そーゆーときって、愛情を込めて、っつーんじゃねーの?」
そう言われて今度は桐乃がボッと真っ赤になる。
「え、あ、や、えと、あの、い、今のは間違い!言い間違いなんだってば!!あ、あたしは、愛情って言いたかったの!」
あわてて両手をぶんぶん振って必死に言い訳をする桐乃。そんな桐乃をわたしは思わずぎゅっと抱きしめる。
「わぷっ」
「わかってるって♪桐乃ってば可愛いなぁ~もう♪」
最近の桐乃って、すっごく可愛い。
もちろん前から可愛いんだけど、なんて言うか、最近は、それに可愛らしいって雰囲気が加わって、よりいっそう魅力的になってる感じ。
ふふふ、お兄さんも大変だろうな。
お兄さんが頑張れば頑張るほど、桐乃もどんどん魅力的になっていっちゃうから、それに釣られて周りの視線もどんどん集まるようになっちゃうし。
それってつまり、お兄さんの悩みの種もどんどん増えていっちゃうことになるんだから。
まあ、桐乃が他の人を見るなんてこと自体が有り得ないことなんだけど。
でもきっと、お兄さんはいつものように「やれやれ、しょうがねぇなぁ。」って言いながら、桐乃のために一生懸命、頑張り続けるんだろう。
桐乃がずっと幸せでいられるように。
そんなお兄さんだから、わたしも好きになったのだ。
そして、そんなお兄さんだからこそ、桐乃のことをこれからもずっと大切に護り続けてくれる。そう確信したのだから。
それに、こんなに可愛い桐乃を見ることができるのも、ひとえにお兄さんのおかげなんだしね。
「なー、桐乃ー、あやせー。」
「ん?なに?加奈子?」
わたしは桐乃を抱きしめたまま振り向く。
「やっぱ、おまえらってユリってやつなワケ?」
「かーなーこー?」
「うひっ!」
まったくもう!
最近やたら逃げ足が速くなった加奈子だった。
「加奈子にも困ったものだよね?桐乃?」
「むぐぐ、、、。」
「あ、ご、ごめん、桐乃。」
「ぷはぁ!し、死ぬかと思った、、、。」
「ほ、ホントにごめんね、桐乃。だ、大丈夫だった?」
「ん?あー、平気平気。それよりありがとね、あやせ。」
「え?」
「あたしのチョコを褒めてくれて。」
そう言って、へへっと笑う桐乃を見て。
「えへへ、どういたしまして、きーりのっ♪」
わたしはまた桐乃に抱きつくのだった。
「、、、、、、、、、、、、、、、、やっぱ、ユリじゃん。」
遠くのほうで小さく呟いた加奈子を、あとでおしおきしたのは言うまでもない。
Fin
最終更新:2014年05月25日 01:59