210 名前:【SS】:2014/03/14(金) 23:12:12.20 ID:xMc5g5OpI
SS『初めてのドライブ』
「ふはは、見ろ!桐乃!ついに免許を取ったぜ!」
「あっそ。何回落ちたの?」
リビングのソファーで、うつ伏せになって雑誌を読んでいた妹が、雑誌から目を離そうともせずに、そう聞き返してくる。
「なんで落ちたの前提の質問なんだよ!?一発で通ったっての!」
あいかわらず口の減らない妹様だ。
『あんた、大学生になったんだから、免許くらいサッサと取ればぁ?』
散々こんなことを言い続けておいて、いざ免許を取ってみたらこの台詞だよ。
冒頭からノリノリで自慢した俺がバカみたいじゃないすか。
、、、まあいいけどな。こいつのコレは、いつものことなんだから。
「ふーん。」
素っ気無い返事をしながら、足をパタパタさせ始める。
本人は全く気付いていないようなのだが、これは桐乃が機嫌のいいときによくやる仕草だ。
俺は笑いを堪えながらキッチンにいたお袋に話しかけた。
「ってことで、お袋、車の鍵貸してくんねーかな?ちょっと練習がてらにドライブしてくるからさ。」
ウチの親父は通勤に車を使っていないから、普段はいつでも車をつかえるってワケ。ちなみに親父は今日も仕事だ。
「そう?じゃあ、桐乃、一緒にお願い。」
「へ?」
突然お袋に話を振られた桐乃は、読んでいた雑誌をバサッと閉じて、起き上がってお袋のほうを見る。
「どういうこと?」
「京介と一緒に行ってやってくれないかしら?」
「え~?や、ヤだよ~。初心者の運転なんて危ないじゃん。」
「おい!」
「だからよ。」
「え?」「へ?」
桐乃と二人で、思わず間抜けな声を上げる。
「あんたが一緒に乗ってたら、このシスコンお兄ちゃんは絶対に安全運転するでしょ?だから、事故らないように見張ってあげてちょうだい。」
「そんな理由でかよ!」
「え~、、、う~ん、どっしよっかな~。ホントに、ヤなんだけど、、、。」
「そう?だったら、」
「で、でも、まぁ、事故ったりしたら色々と大変だから、しょうがないか。わかった、お母さん、あたしがちゃんと見張っててあげるよ。」
「あらそう?じゃあ、よろしくね。」
そこまで心配しなくてもよくね?てか、何気にお袋にまでシスコン認定されちまってんじゃねーか、、、俺。
てなワケで、気を取り直して、早速、車に乗り込む。
そして、当然のごとく、後部座席に座る桐乃。
「なんで助手席じゃねーの?」
「こっちのほうが安全だからに決まってんじゃん!」
ですよねー。
さながら、お嬢様とそのお抱え運転手といった状態だ。
「で?ドコに行くの?」
「いや、特に決めてはないけどよ、、、とりあえず、ドライブがてらに南房総方面に行ってみようかなと思ってたんだが?」
「えー、そっちのほうって買い物とか出来るトコなくない?せっかく車で荷物が載せられるんだから、アキバに行って思いっきり買い物したいんだけど?」
「初心者にいきなり東京のど真ん中に行けってこと?無理無理無理!」
てか、お前は普段からアキバで思いっきり買い物してますよね?いっつも俺に荷物を持たせて。あれって、思いっきりじゃなかったってこと?聞くのが怖いんだが。
「根性なし。」
「そーゆー問題じゃねーだろ!」
「ったく、しょーがないなぁ。南房総ねぇ、、、。」
スマホを見ながら考え込む。
「じゃあ、鴨川シーワールドに行ってみる?」
「、、、ちょっと遠くね?」
「そう?そんなにかかんないみたいだけど?」
「そうなのか?じゃあ、そこでもいいけどよ。俺、道わかんねーから、ちゃんとナビしろよ。」
「任せとけっての。」
親父がナビなんかに頼ると道を覚えんからな、と言ってつけようとしないため、ウチの車にはナビがついていない。
当然、地図で調べながら行くことになるのだが、桐乃が乗ってるんだから、桐乃にナビをさせればいいだろう。
、、、あとで分かったことだが、最近のスマホは、ナビも出来るんだってな。
この時点でそのことを知っていれば、これから起こる騒動にはならずに済んだのだが、それを今の俺が知る由もなかった。
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超偉そうに足を組んで、後部座席で地図を見ている桐乃なのだが、、、。
「あ、そこ曲がって。」
「どこだよ。」
「今通り過ぎたトコ。」
「おい!」
さっきからこの調子だ。全然役に立たないナビである。
「さっきも言ったけど、もうちょっと前もって言ってもらわねーと間に合わねーだろ!」
「うっさいなぁ。じゃあ、Uターンしてよ。」
「へいへい。」
Uターンしようと曲がったところで。
「あ、でも、こっちが近いみたい。やっぱ、まっすぐ行ってくんない?」
「てめぇ!おちょくってんのか!」
「あたしじゃなくて、地図に言ってよ!」
いや、地図は悪くねーだろ。それ見てナビしてんの、お前じゃねーか。
で、結局、目的地に着いたのは、夕方。
「あんたのせいで、夕方になっちゃったじゃん!どうしてくれんの!?」
「俺のせいじゃねーだろ!お前のナビのせいだろ!どう考えても!」
『なんか違くない?やっぱ戻ってよ。』ってなことを何回、繰り返したと思ってんだよ!
しかも曲がってすぐとかじゃなくて、何キロも走ってからコレだからな。
「はぁ?あんたが高速使わないって言うからでしょ!」
「し、仕方ねーだろ!初心者なんだから!」
「だいたい、こんな調子じゃ、今から帰ったら夜中になっちゃうじゃん!どうすんのよ!?」
「、、、しょーがねーな、、、お袋に電話してみるよ。」
「、、、てワケだ。」
「あんたってホント間抜けねぇ。」
「ほっとけ!で、どうしたらいいかな?」
「あんた、夜、運転したことある?」
「そういえば、ねえな、、、。」
「じゃあ、その辺で一泊して、明日の朝から戻ってきたら?」
「はぁ!?」
「だって、こっちからは迎えに行けないでしょー?」
「そりゃまぁ、そうだけどよ、、、。」
「明日は日曜日だし、その辺、観光地だから、泊まるトコくらい探せばいくらでもあるでしょ?」
あるとは思うが、、、いいのか、それで?
「お父さんにはそう言っとくから。あ、費用は当然、あんた持ちだからね。」
「、、、だとよ。」
「はぁ!?あんたと、一泊!?なんでそーなんの!?」
「文句はお袋に言ってくれ!」
「そもそも、あんたが運転ヘタだからでしょ!」
「だから違うって言ってんだろ!っていうか、いまさら言い合ったってしょーがねーだろ!」
「ったくもー。しょーがない、、、。今から泊まるトコ探してみるから、ちょっと待っててよ。」
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で。
「着いたのは、、、いいが、、、おい、、、本当にここなのか?」
「うんっ!」
うんっ!って、おまえ、、、。
桐乃が選んだのは、このあたりにあったペンションなんだが、、、その、、、名前が、、、。
『リトルシスターズ』
「なんかアニメのタイトルみたいな名前だな、、、。」
「この名前がいいんじゃん!」
こいつ、どう考えても名前だけで選びやがったな。
どうりで、泊まるトコを探し始めたら突然ノリノリになったわけだ。
意気揚々と扉に向かう桐乃。
ふと門の脇にあるポストを見てみると、、、。
『Mikagami』
いや、、、まさか、、、でも、、、まさか、、、ねぇ、、、。
がちゃ、カランコローン。
「すいませーん。」
「はーい。」
聞き覚えのある声だ。いやな予感しかしねぇ、、、。
「、、、いらっしゃいませ、、、あれ?桐乃さん?」
「やっぱりお前か!?」
「京介くんも。いらっしゃいませ。ようこそ、僕のペンション『リトルシスターズ』へ。」
桐乃もさすがに目が点になってる。
「さっき電話を取ったスタッフさんから、高坂さんって夫婦が来るって聞いて、もしかしたらとは思ってたんだけど、まさか本当に京介くんたち夫婦が来るとはね、、、。」
「おい!夫婦ってなんだ!?」
「電話でそう言ってた、ってスタッフさんが言ってたけど?」
「桐乃ぉ!」
「だ、だって、そう言っといたほうが、説明がめんどくさくなくていいじゃん!」
「だ、だからってなぁ、、、。」
しかも、御鏡のヤロウまでしれっと、京介くんたち夫婦、とか言ってやがるし。
「さ、こっちだよ。」
とりあえずフロントに荷物を預けて(とは言っても、殆ど着の身着のままだからそんなに荷物は無いのだが)、歩きながらこのペンションの説明をする御鏡について行く。
「実はここ、僕が持ってるアトリエの近くなんだ。それでこのペンションをちょくちょく利用させてもらってたんだけどね。」
「でも、ここのオーナーが海外に引っ越すことになっちゃって。それでせっかくだから僕が引き継いだってわけさ。」
「まあ、自分でやってるわけじゃないから、スタッフさんを雇って、だけどね。」
すげえな、こいつ。同い年とはとても思えん。
「はい。ここがお二人の部屋だよ。」
通された部屋にあるのはダブルベッドがひとつだけ。
「おい!御鏡!どういうことだ!これは!?」
「まあ、夫婦用だからね。」
「べ、別々の部屋にしてくんない!?」
「、、、ごめんなさい、バタバタだったから、一部屋しか準備できてないんだ。」
「え~、そんなぁ~~~、、、。」
おまえが自分で夫婦だなんて言ったからだろ。どう考えても自業自得じゃねえか。
「で、お風呂はここ。天然温泉の露天風呂だよ。こっちが男性用、そっちが女性用だからね。」
「わあ。」
「へえ。」
小さいペンションのわりに、といっては失礼だが、結構広くて立派な露天風呂だった。
「今日の泊まり客は君たちだけだから、二人で一緒に使ってもいいよ?」
「おい!どういう意味だ!それは!」
「そのままの意味だけど、、、詳しく説明したほうがいい?」
「、、、いや、もういい。」
「あと、夕食と朝食はどっちも8時くらいでいいかな?」
「ああ。」
「分かった。じゃあ、それで準備するように伝えておくね。」
「10時頃にはスタッフが引き上げて、明日の朝6時頃に朝食の準備で出てくるからさ。その間は、全部自由に使っていいよ。」
「御鏡さんは?」
女性用の露天風呂を見に行っていた桐乃が戻ってきて、そう問いかける。
「僕?僕は今からアトリエに行って、作品の仕上げをしなきゃいけないんだ。納期がギリギリでね。戻ってくるのは明日の朝になるかな。」
「ってことは、今日、ここには俺と桐乃の二人だけになる、ってこと?」
「あんた、言い方がエロい!」
「そ、そんなつもりじゃねーよ!」
「ははは、まあ、そういうことになるね。もし、何かあったら、僕の携帯の方にいつでも連絡してくれて構わないよ。」
「じゃあ、僕は今からアトリエに行くから。二人とも、ごゆっくり。」
ちなみに晩ご飯は、超ヘルシー嗜好のもので、桐乃には大好評だった。のだが、、、。
途中からえらくハイテンションではしゃいでたのって、もしかして最初に出た食前酒のせいなのか?
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食事が終わって、部屋に戻って一休み。
最低限の着替えだけは、途中のコンビニで買って来たものの、泊まりのつもりなんて無かったから、殆ど何も持ってきてない。
とりあえず部屋で椅子に座ってテレビを見ていると、コンコンとノックの音。
扉を開けて出てみると、ペンションのスタッフの人だった。
「それでは、私共はこれで失礼致します。もし何かありましたら、テーブルにある電話番号までご連絡下さい。」
「はい。」
「明日の朝6時頃には、次のスタッフが参りますので。」
「はい。」
「では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ。」
「はい。どうも。」
ぱたん。ぱたぱたぱた。からんころーん。ばたん。がちゃ。
、、、、、、、、、、。
だーーーーっ!何を意識してんだか!
家で親父とお袋が留守にするのと、なんにも変わんねーだろ!
そうそう、留守番のときと同じって考えればいいんだよ!
と、自分に言い聞かせる。
はあ、、、一人でなに意識しちまってんだか。
桐乃は、と言うと、部屋に帰ってからすぐ、ベッドにごろんと寝転がったまんまだ。
こいつ、もしかしなくても酔っ払ってんだろーな、きっと。
「、、、、ふひっ。」
、、、。
ま、具合は悪くなさそうだから、大丈夫だとは思うが。
仕方ない、風呂にでも入ってさっぱりしてくるか。
「じゃあ、風呂に行ってくるよ。」
「ま、待ってよ。」
がばっと起き上がって、こっちを見る桐乃。
「ん?どうした?」
「へへへ。あたしも入る。」
「え?え?えええええええぇっ???」
「うっさい!なんでそんなに驚いてんの!?」
「ふ、ふつー驚くだろ!ど、ど、どういうことだ!?」
「どういうことって?一緒にお風呂に入りに行くだけだけど?」
「い、一緒にって、、、おまえ、、、簡単に言うけどな、、、お、俺にも心の準備ってモンが、、、。」
「!!!だっ!誰があんたと一緒に入るなんて言ったっての!この変態!」
「え?いや、今の話の流れだと、そう聞こえるだろ!?」
「あたしはただ、一緒にお風呂まで行くっつっただけじゃん!い、妹と一緒にお風呂とか、エロゲのやり過ぎだっつーの!」
「俺がエロゲやってんのは、おまえが持ってくるからだろ!、、、ったく、紛らわしい言い方すんなってーの。」
「あんたが普段エロいことばっか考えてるから、そーゆーふうに考えるんでしょ!ったくもう、スケベなんだから。」
いや、それは、俺のせいじゃなくって、さっきの御鏡の一言のせいなんだがな、どう考えても。
「あたしはただ、こんな誰も居ないトコで一人っきりで待ってるのもつまんないから、一緒に行こうかなって思っただけなの!」
だったら、最初からちゃんとそう言えっての。
「はいはい、わかったわかった。んじゃ、行くか?」
「うん。」
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そして、、、。
「ふぅ、、、。」
身体を伸ばしながら、ゆっくりと湯船につかる。
しかし温泉なんて久しぶりだな、、、。
広い湯船が気持ちがいい。おまけに、少し高台にあるためか、夜景も見えて、眺めもいい。
がらっ。
扉が開く音がしたあとで、続いて、ぱしゃぱしゃという水音が聞こえてくる。うーん、音だけ、ってのも、なんかエロいな。
、、、いかん。桐乃の言うとおり、エロゲのやりすぎかもしれん。
ばしゃっ、と顔を洗う。
「お風呂、結構きれいだよねー。」
壁の向こうから、桐乃が話しかけてくる。
なるほど、一人っきりで待ってるのもつまんないから、ってのは、こんなふうに壁越しに話しながら入るって意味だったのか。
これはこれで風情があっていいな。誰も居ないから気兼ねなく話せるし。
「だよな。湯船も結構広いし。」
「風情もあるしね。」
「夜景も綺麗だぞ。」
「あ、ホントだ。」
ばしゃばしゃ。
夜景に近いほうに行ってんのかな?俺も行ってみるか。
ざばっ。ばしゃばしゃ。
「わー、すごい綺麗じゃん。」
風呂の端までたどり着いた俺は、岩場に片手をついて立ち上がったまま夜景を眺めつつ、
「だろ?」
得意げにそう答えて、声のする壁側に目を向け---。
「な!!!」
「ん?」
桐乃がこっちを見る。
俺と同じように、立ち上がって両手を岩場について夜景を眺めた格好のままで。
「、、、え?」
お互い、目に映っているものが認識できず、時間が止まる。
そしてそのまま、しばらく経って、、、。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ばしゃん!
二人同時に湯船に身を隠す。
「な!なななな、なんで壁がないのよっ!」
「お、俺が知るかっ!」
途中まであったはずの壁が、いちばん端っこだけなくなってる!?
これじゃ、男湯と女湯を分ける意味がないだろ!
、、、というか、よく見ると、これ、取り外されてるのか!?まさか、、、!
「、、、見たでしょ?」
湯船に身を隠したまま、真っ赤になった桐乃がそう問いかけてくる。
な、なんて答えればいいんだ?
、、、見てない、、、とは言えないな。ばっちり目が合ってたし。
あせった俺は、思わず、こう答える。
「、、、えと、、、き、綺麗だったぞ。」
ぱかーん!
答えるや否や、洗面器が飛んできた!
痛ってぇ!どこから出しやがった!そんなもん!
「か、感想を聞いたんじゃないっ!」
「、、てて、、、じゃあ、何て答えろっつーんだよ!?」
「しんない!ばか!」
、、、じゃあ、聞くなよ。
「ったく、なんだってんだ、いったい、、、。とりあえず戻るぞ。」
そう言って、湯船に身を隠したまま、洗い場のほうに戻ろうとすると。
「、、、ちょっと待って!」
「え?」
「、、、。」
「なんだ?」
「、、、えと、、、ゆ、湯船につかってれば姿は見えないからさ、、、も、もうちょっとだけ、顔が見えるトコに居てくんない?」
「え?、、、このままで、ってことか?」
「、、、うん。でも、こっちは見ないでよね。」
、、、それって、意味あんのか?とも思うが、、、ま、いいか。
「、、、ああ。わかったよ。」
そうして、湯船につかったままで、二人でぼんやりと夜景を眺め続ける。
「、、、夜景、綺麗だね。」
「ああ。そうだな。」
「結構、星も見えるね。」
「、、、ホントだな。」
夜空を見上げて、そう答える。そんなに遠くに来たわけじゃないのに、いつもの夜空と違って、星がはっきりと輝いて見えていた。
「へへ、一緒にお風呂なんて、子供の頃以来だよね。」
「ああ、あれっていつ頃だったっけ?」
「あたしが小学校に入ってすぐの頃まで、、、だったと思う。」
「よく覚えてんな。」
「あの頃はまだ、あたしがよく一緒に入るって言って、おに、、、あんたを嫌がらせてたよね。」
「そ、そうだっけ?」
「うん。あたしが一緒に入るっていったら、あんた、もう一緒に入らないって言って、お風呂から出てっちゃってさ。」
「で、あたしが連れ戻しに行ったの、覚えてない?」
「うーん、覚えてないな。しかし、ホント、よく覚えてんな、おまえ。」
「まーね。その前までは、『背中流してやるよ。』とか言って、一緒に入ってくれてたのにさ。」
「急に一緒に入ってくんなくなっちゃって、寂しかったの。も、もちろん、そんときの話だからね!」
「そんなにむきにならなくても分かってるよ。」
「そ、そか。そだよね。」
「、、、。」
「それにさ。」
「ん?」
「ゲームで、こーゆーシチュエーションって、よくあるじゃん?」
「そうなのか?」
それはおまえがいつもやってるゲームでは、じゃないのか?
「うん。だから、一度やってみたかったんだよねー。でも、普通だったら、こんなことなんて出来ないしさ。」
「そりゃそうだ。」
苦笑しながら答える。
確かに、こんなハプニングでもなきゃ、こんなこと出来るわけがない。
それからしばらく、お湯の音だけが静かに続いて、ゆっくりとした時間が流れていく。
そんな沈黙が、何故だか心地よい。
「、、、ねぇ。」
目を閉じていると、桐乃が話しかけてきた。
「なんだ?」
「、、、ううん、なんでもない。」
「そっか。」
「、、、。」
「、、、ねぇ。」
「ん?」
「、、、その、、、さっきのアレ、、、ホント?」
「アレ?」
「アレ。」
それが何のことなのか。
俺は少しだけ考えて、こう答える。
「、、、ああ、ホントだよ。」
「、、、そか。」
「、、、月も綺麗だな。」
「、、、うん。」
「、、、さて、と。髪でも洗うかね。って、一度上がってもいいか?」
「うん。いいよ。」
湯船に身を隠したまま、洗い場に戻ろうとしつつ、チラリと横を眺めると。
そこには、目を閉じて幸せそうな笑みを浮かべている妹の横顔があった。
へっ、とんだハプニングだったけど、こういうのも悪くねーな。
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風呂からあがったあと、一緒に戻ってきたのはいいのだが。
部屋の中にはベッドがひとつしかないわけで。
しかたなく、俺は椅子に無造作に腰掛けていた。
一方妹は、バスローブ姿でベッドに腰掛けている。
というのも、泊まりの予定なんてなかったから、当然、寝間着なんて持ってきてなくて、
「バスローブがあるから、これでいいじゃん。」
てなことになったのだが、、、。
なんか目のやり場に困るんだよな、コレって。
お互いにそう思ってるためか、前と同じように、両者とも、相手と視線を合わせようとしない。
「なんか、この前みたいな感じだよね、これって。」
視線を外したまま、桐乃がそう言う。
「ああ。そうだな。」
同じように視線を外したままで答える。
そしてまた沈黙。
いかん、こんな風に黙ってると、変に意識しちまう。
さっきと違うのは、なんでなんだろうな。
とりあえず、俺は話を続けるべく、思い付いたことをそのまま口にする。
「、、、そういえば、その前のクリスマスのときも入れると、三度目になるのか、おまえのバスローブ姿も。」
「キモっ!さっきもだけど、言い方がエロい!妹をエッチな目で見るの、やめてよね!エロゲのやり過ぎ!」
「だからそんなつもりはねーっつっただろ!」
セリフの選択肢はどう考えても失敗だったのだが、そのおかげで、とりあえずお互いにいつもの調子を取り戻せたようだ。
「ふん、どうだか?そう言えば、あんときのあんた、妹のバスローブ姿に欲情してたんだよね~w?」
「してねぇ!」
「ふひひー、今もしてんじゃないのーw?」
こんにゃろ。俺はワザとこう答える。
「、、、してたらどうする?」
「なっ!」
「なんてな。冗談だよ、冗談。」
「、、、ムカつく。」
「へへ、お互い様だろ?」
「、、、お互い様じゃない。」
「へ?」
「あたしは、、、その、、、。」
ほんのりと頬を染めて、うっとりとしたような眼差しで見つめてくる桐乃。
「お、おい、、、。」
そ、そんな目で見つめるんじゃない、、、ど、どんな顔すりゃいいってんだ!?
「、、、ふひっ♪」
「え?」
「きゃはは、引っかかった!」
「ぐ、、、!」
「はい。これでお互い様でしょ?」
「はいはい、ったく。」
ホント、おまえらしいよ。
「んじゃ、寝よっか?」
そう言って、ベッドにもぐりこむ桐乃。
「で、俺はどうやって寝ればいいんだ?」
「しかたないじゃん、ベッドがひとつしかないんだから。」
「ってことは、、、。」
「あんたは床ね。」
「なんでだよ!」
「え~?そんなに妹と一緒に寝たいワケ~w?」
「床で寝たくはねーんだよ!」
「ったく、しょうがないなぁ。じゃあ、今日は特別に一緒に寝るの、許してあげる。でも、変なコトしたら床に蹴り落とすかんね。」
「はいはい。」
って、前もそう言って一緒に寝ることになって、結局、コイツの寝言で眠れなかったんだが、、、。
今日こそはちゃんと眠れるのだろうか?
そんなことを考えながら、ベッドの端に入り込む。
「ちょっと!そんなに端っこに寝たら、布団が落ちちゃうじゃん!」
「じゃあ、どうしろってんだ?」
「もうちょっとだけ、近くに来てよ。でも、近づきすぎたらコロース。」
やれやれ。俺は少しだけ身体を寄せる。
「これでいいか?」
「うん。じゃあ、おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
そう言って目を閉じたものの、やっぱりなかなか寝つけない。
そうしているうちに、しばらくして、すぅすぅと桐乃の寝息が聞こえてくる。
ゆっくりと目を開けてみると。
「!!!」
一瞬にして目が冴える。
、、、やれやれ、やっぱりバスローブなんかで寝るもんじゃねーな、まったく。
「ちょっぴりえっちな添い寝デート」をしながら、そんなことを考える俺なのだった。
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そして、翌日。
「やあ、おはよう、京介くん。よく眠れたかい?」
朝食を済ませてチェックアウトしたあとで、俺が車で出発の準備をしているところに御鏡が戻ってきた。
「ああ。おかげでゆっくり休めたよ。」
桐乃は、だけどな。
俺?もちろんドキドキしながら朝まで添い寝ですよ!眠れるわけねーっての!
でもこいつにそんなこと言えるわけがない。
「なら良かった。また泊まりにおいでよ、いつだって大歓迎だからさ。」
「ああ、さんきゅな。でも、あの風呂はどうかと思うぞ?」
「あはは。やっぱり?今日はちゃんと元に戻しておくよ。」
、、、やっぱり確信犯か、こいつ。
色々と突っ込みたいところではあるのだが、薮蛇になりそうだから止めておこう。
「これから千葉に戻るのかい?」
「ああ。でも、また道に迷うかもしれないけどな。」
「だったら、スマホでナビしたら?」
「へ?」
「ほら、こんな感じでさ。」
そういって自分のスマホを操作して、ナビのルートを表示してみせる。
「すげーな、スマホってそんなことも出来んのか!?もしかして、俺のやつでも出来んの?」
「もちろん。ちょっと貸してくれるかい?、、、はい、出来た。」
「おお!これならバッチリだ!って、行き先が九十九里浜になってるんだが?」
「今日は天気も良くてドライブ日和だしね。時間的にも丁度いいと思うよ?」
「そうなのか?じゃあ、そうしてみるか。」
そんなやり取りをしていると、出発の準備を済ませた桐乃がペンションから出てきた。
「やあ、桐乃さん。おはよう。」
「あ、御鏡さん、おはよ。このペンション、なかなか良いカンジじゃん。」
「ふふふ、それはどうもありがとう。」
「でも、名前負けしてるよねー。」
おまえはいったい何を期待してたんだ?
「ははは。実はここに来るたびに色々コレクションを持ってきて飾ったりしてるんだけど、そのたびにスタッフさんに片付けられちゃうんだ。」
そう言って肩を落とす御鏡。あたりまえだ。そんなの飾ってたら、特殊なお客さんしか来なくなっちまうだろーが。
「じゃあ、いっそ専用の展示ルームを作ったら?」
「なるほど、さすが桐乃さん。早速スタッフさんに相談してみるよ。」
、、、やれやれ、スタッフさんも大変だな、と、その時は思ったのだが。
後日、聞いてみると、『部屋は作ってもらえたんだけど、何故かいつも開かずの間にされてるんだよね。』と、御鏡が肩を落としていた。
それって、スタッフさんが毎回片付ける手間を省くために、物置に直接飾らされてるだけなんじゃねーの?
とは、さすがに俺も言えなかった。オーナーなのに可哀想なヤツだ。
「じゃあ、そろそろ行くわ。」
そう言って俺は車に乗り込む。
「うん。帰り、気をつけてね。」
「ああ。ありがとな。」
「じゃあね、御鏡さん。」
助手席に座った桐乃が手を振る。
「うん。じゃあ、またね。」
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「そう言えばさ、桐乃。」
少し走り始めた後で、俺は口を開く。
「ん?なに?」
「今日は助手席なんだな?」
「あ。」
こいつ、気付かないで乗ってたのか。
「ま、まあ?あんたの運転もそんなに悪くなかったし?ちょっとくらいだったら、助手席に乗ってやってもいいかなって。」
「そうかい。」
「な、なにニヤけてんのよ!」
「別に、ニヤけてなんかねーよ?」
「ふん!だいたい、こんな可愛い娘がとなりに座ってあげてるんだから、ありがたく感謝しろっつーの!」
「はいはい。」
「だ、だから、ニヤけんなっ!」
「そう見えるか?」
「すっごいニヤニヤしてんじゃん!」
そんなことねーよ、と言いたいところなのだが、、、自分では分からないけどそんな顔をしているんだろうか?
「だとしたら、、、嬉しいんだろうな、やっぱり。」
「な、なにが?」
「おまえが助手席に座ってる、ってことがさ。」
「なっ!何言っちゃってんの!」
「へへへ。」
「っ~~~!ふんっ!」
そう言ってそっぽを向く桐乃。
「あ。」
「どうした?」
「鴨川シーワールド。あっちだって。」
「へぇ。じゃあ、せっかくここまで来たんだから、行ってみるか?」
「うん。そだね。」
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鴨川シーワールドをひととおり見て回ったあとで。
「意外と良かったじゃん。」
「ああ。てっきり普通の水族館だと思ってたんだがな。」
近場の観光名所って、意外と行くことがなかったりするよな。
かく言う俺たちも、ここに来たのは初めてだったのだ。
有名どころだし、一応行っておくか、みたいなつもりだったのだが。
単なる水槽じゃない、川辺や海中をそのまま再現したような展示物や、色とりどりの珊瑚礁。
そして沢山のショー・パフォーマンス。
中でもダイナミックだったのが、シャチのパフォーマンスだった。
「ひひひ~、あんた、すっごい楽しんでたよね?」
「う、、、そ、そうだったか?」
「うん。うおー、とか、すげー、とか、ずっと言ってたw」
し、しかたないだろ?あんなにでかいのが水中から飛び出す光景は、見てて圧巻だし、やっぱワクワクすんだよ。
「お、おまえはどうだったんだ?」
「あたし?あたしはあんたを見てるのが一番面白かったかな?」
「俺は見世物じゃねぇ!」
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鴨川シーワールドを出た俺たちは、海岸沿いを車でずっと走り続ける。
今度はスマホのナビに道を任せてな。
「風が気持ちいいね~。」
「そうだな。」
「眺めもいいし。」
「そうか?運転してるから、あんまり景色は、見れないんだよな。」
「そっか。へへ、じゃあ、写真撮っといたげる。」
ぱしゃ。
スマホで写真を撮り始める桐乃。
「ひひひ、変な顔。」
「うっせ。ちょうど眩しかったんだよ。」
「じゃあ、これ、貸したげる。」
そういってサングラスを渡してくる。
「お、さんきゅ。」
手渡されたサングラスをかける。
「へへ、似合ってんじゃん。」
「そうか?」
「もう一枚撮っとこ。」
「そんなに俺ばっか撮ってどうすんだ?」
「べ、別にどうだっていいでしょ!」
「ま、まあ、いいけどよ、、、。」
「あ、ひょっとして、あんた、あたしの写真も撮りたいとか思ってんじゃないの~w」
「べ、別にそんなんじゃねーよ!」
「ふひひ~、あんたシスコンだもんね~w」
「悪かったな!シスコンで!」
身も蓋もないが、もはや否定のしようがないから仕方がない。
「ったく、やれやれ、しょうがねえなぁ♪」
そんなことを言いつつ、助手席の窓側から自分撮りする桐乃。
「はい。一緒に撮ってやったんだから、感謝しなさいよね。」
「へいへい。」
「へへへ、今度せなちーに見せてやろーっと。」
「ふひひ~、おまえブラコンだもんな~w」
「な!、、、ふんっ!わ、悪い!?」
「へへへ、お互い様だっての。」
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そしてちょうど夕暮れ時に、九十九里浜に辿り着く。
「ビーチタワーってのが、景色が良くて人気なんだって。」
桐乃がスマホを見ながら説明する。
「もしかして、あれか?」
少し離れたところに、巻貝のようなシルエットを見つけた俺は、車の中からそれを指差す。
「あ、たぶん、そーカモ。」
近くの駐車場に車を止めて、車から降りるとすぐに、
「ほら、行ってみよ?」
と、桐乃が俺の手を取って引っ張っていく。
「すごー!」
らせん階段を登り終えて周りを見渡すと、目の前に一面、空と海と砂浜が広がっていた。
「なんか、こーゆー景色を見てるとさ、この海も空も、どこまでも続いてるんだなー、って実感するよねー。」
「ああ。千葉駅近くの海岸じゃ、こんな水平線なんて見れないもんな。」
その見渡すかぎりの景色のなか、海も空も砂浜も、全てが夕焼けの色に染められていた。
「、、、なんか、最近、おまえと一緒によく夕焼けを見てるよな。」
「そう言えばそうかも。あたしは好きだよ?夕焼けの空ってさ。今日のこのオレンジ色の空のグラデュエーションとかも、すっごい綺麗だよねー。」
空を見上げた桐乃のライトブラウンの髪が、ふいに吹いてきた海風になびき、夕焼けの光で眩しく輝く。
その光景に見とれてしまって、思わず顔が赤くなっちまう。
やれやれ、今が夕焼けでよかったぜ。
「おまえの髪とおんなじだな。」
照れ隠しでそんなことをつぶやく俺。
「へへ、まーね。綺麗っしょ♪」
そう言って髪をかきあげながら、となりで笑う桐乃を見て。
「ああ。」
水平線の彼方まで続く夕焼けに視線を移しながら俺は、こう続ける。
「この夕焼けよりも、ずっと、な。」
「っ!、、、ふん、ばーか。恥ずかしいっての。」
ぷいっとそっぽを向くようにして、夕焼けに顔を向けたあとで。
「、、、でも、、、ありがとね、兄貴。」
少しだけ視線をこっちに向けて、嬉しそうな笑顔で桐乃が微笑む。
そんな、ちょっと懐かしさを感じる、妹の感謝の言葉とその笑顔に、俺は微笑み返しながら。
どこまでも続く、この夕焼けに向かって、一生、護り続けることを誓うのだった。
自分で叶えると決めた、桐乃のしあわせを。
ずっとずっと、見ていたいと思った、その笑顔を。
この景色のように、どこまでも続く、俺たちの未来を。
いつものように、一生分のしあわせを、噛みしめながら---。
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そうして千葉まで戻ってきて。
「「ただいま~。」」
家に帰り着いて玄関を開けると、そこにお袋が待ち構えていた。
「あんたたち、夜、運転しないために泊まってきたのに、帰ってきたのが、夜って、どういうこと?」
「「あ。」」
「まったく、、、。お父さんがお待ちかねよ。」
そのあと二人で仲良く、どこまでも続く親父の長いお説教を受けることになったのだった。
Fin
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最終更新:2014年10月03日 18:38