28 名前:【SS】:2014/06/07(土) 21:36:19.88 ID:2XB0fwUKI

SS『後日譚 雷雨の留守番』



大学に入って初めての春も終わりに近づき、着々と夏が近づいてきたある日。

家族全員が揃う夜の食卓にて、お袋がこんなことを言い出した。

「京介、明後日からお父さんと二人で、福島の叔父さんのところへ法事に行ってくるわね。」

「え、何日くらい?」

「お父さんの仕事もあるし、一泊してすぐ戻ってくるつもりだけど。」

「ふーん、その間の飯とかどうすんの?」

「桐乃がいるでしょ?」

「へ?」

桐乃が驚いて顔をあげる。

「あたし?」

「あんたたち、親がいないときくらい協力しなさいよ。」

「、、、いや、それ、答えになってねーし。」

俺たちはさらにごねようとしたのだが、そこで親父が威厳のある声で言った。

「京介、留守を頼むぞ。」

親父にこう言われてしまっては仕方がない。

「、、、ああ、分かったよ。」

俺は素直にそう答えるしかなかった。

「そういうことだから、二日間、お兄ちゃんのことよろしくね、桐乃。なにかお土産買ってくるから。」

いや、お袋よ、そういうのは普通、長男に言うべきことじゃないのか?

「しょうがないなぁ、分かった。任せといて。」

そして妹よ、おまえもあたりまえのように納得するんじゃない。

「行ってらっしゃい。お父さん、お母さん。気をつけてね。」

「ありがと。」「うむ。」

ひとり不満げな長男を他所に、にこやかに微笑む器量よしの娘の言葉に、満足そうに頷く親父とお袋だった。



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そして日曜日の朝。

俺と桐乃は玄関で、出かけていく両親を見送っている。

「では行ってくる。」

「お土産買ってくるからね!」

バタン。

扉が閉まったあと。

「さてと、おまえはこれから」

「ひゃっほう、今日は一日中、リビングの大画面を使い放題!」

「、、、どうするか、なんて聞くまでも無かったな。」

相変わらずの妹である。

「んじゃ、俺はどうすっかな、、、。」

「は?なに言ってんの?」

「へ?」

「メルルとシスカリ、どっちがいい?」

「俺の選択肢、そんだけ!?しかも、その二択かよ!」

「あったりまえじゃん。」

さも当然のごとく言い切る桐乃。

「、、、じゃあ、シスカリで。」

仕方なくゲームを選ぶ俺。

というのも、こないだ一緒にメルルを見ていたときに、俺は途中で寝てしまって、後で散々文句を言われたのだ。

だいたい何でこいつはわざわざ後で文句を言うんだか。もたれ掛かって寝ちまったんだから、すぐ起こしてくれればいいのによ。

「じゃあ、ちょっと待ってて。」

そう言って桐乃は二階に上がっていき、自分の部屋からノーパソを持って降りてくる。

いつものとおりコントローラを2つ付けた状態だ。

やれやれ、今日は余計な気を使わずに対戦できそうだな。

最近は桐乃の部屋で、このノーパソ1台を使って対戦してたから、いつも狭くて仕方がなかったのである。

早速、リビングのテレビにノーパソを繋ぐと、大画面に「シスカリ猛将伝」のタイトルが表示される。

おお、やっぱ大画面だと迫力が違うな。エロゲーだけど。



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で、対戦を始めたものの、、、勝てねぇ、、、。

「きゃはは、弱っわ!」

嬉しそうにはしゃぐ桐乃。

だいたい俺、受験勉強でゲームが出来なかったから、前より腕がおちてるんだよな、、、。

まぁ、そういうだけの腕もなかったのだが、やっぱり出せていたワザが出せなくてもどかしい、と感じるのは、腕が落ちたってことなんだろう。

そういうわけで、、、

「てりゃっ」

「くぬっ!」

「ほいっ」

「ぬぐっ!」

「ていやっ」

「くっそ、、、!」

「へっへー、またあたしの勝ちぃー♪」

「ちくしょー!おまえ動きよすぎだろう!」

「あんたがトロすぎるだけだっての♪」

「ぐぬぬ、、、。」

「よーし、これでシスカリ30連勝!」

え、そんなに負けてんの!?俺?てか、わざわざそれを数えてたの?こいつ。

「ふひひー、あんたさー、別の強いキャラを選んでもいいよ?」

「くっそ、、、。」

そう言われても、違うキャラだと操作が分かんねぇんだよ、ちくしょう。

「ひひひ。」

うーむ、、、なんとか、一泡吹かせられないものだろうか、、、。

キャラ選択画面をにらみつけながら考える。

う~ん、、、あ、そうだ!

「、、、別のキャラでもいいんだな?」

「勝てるもんならね~♪」

余裕たっぷりの台詞だな。

「よし、、、じゃあ、絶対勝てるキャラにすっか。」

「ほー、なに?その自信?」

「まぁ見てな、、、。」

俺は自分専用の持ちキャラリストを開き、その中にあるユーザーキャラリストを選択する。

このリストには、プレイヤーが作成したキャラクターデータが入っていて、この中からもキャラを選択できるのだ。

そして、その中から俺が選んだのは---

「なっ!それって!」

そう、俺が選んだのは、以前沙織が作ってくれた、桐乃そっくりのキャラクター、『きりりん』だ。

「ふっふっふっ、前に沙織が作ったデータをもらってたんだよ。」

「な、なに勝手なコトしてくれちゃってるワケ!?あたしの許可は!?」

「いや、これ、沙織が作ったキャラだし。」

「ぐぅ、、、。」

「へへ、さあ、勝負しようか。」

「ちっ。」

渋々対戦を始める桐乃。だが、案の定、なかなか手を出せずにいる。

まぁ、そりゃそうだろう。なんせ自分そっくりのキャラに攻撃なんてしたくないし、負けてほしくもないだろうしな。

そして遂に相手をK.O.して勝利する『きりりん』。

「勝ちぃー♪」

「ぎにに、、、。」

「ふはは、どーよ?」

「いばんな!えっらそーに!ちょームカつく~っ!」

「ひひひ。」

「う~~~っ。」

してやったりだぜ。まぁ、ちょっとズルいかもしれないが、いちおう、勝ちは勝ちだ。

「!ところであんた!」

悔しがっていた桐乃が、はっと何かに気付いたように、突然、顔を上げる。

「な、なんだ?」

「、、、このあたしそっくりのキャラを、変なことに使ってないでしょうね?」

「な!」

「その反応、、、まさか!?」

「使ってねぇ!そもそも選ぶのも初めてだっての!前にPCをセットアップしたときに、沙織のやつが勝手に入れてったんだよ!」

そのとき沙織に聞いた話だが、クラウドとかいうやつで、一度登録すると、別のPCでもキャラを呼び出せると聞いていたのだ。仕組みはよく分からん。

「そ、そう?だったらいいんだケド。」

それを聞いて納得したのかしてないのか、ホッとしたような、不満なような、複雑そうな表情になる桐乃。

「、、、でも、その発想はなかったな、、、なるほど。」

俺がそうつぶやくと、

「な、なに一人で納得しちゃってんのよ!てか、没収するに決まってんでしょ!さっさとよこせ!」

そう言って、俺からコントローラを奪い取り、俺のユーザーキャラリストからデータを取り出して自分のリストにキャラを移動させる。

「、、、よーし。これでもう変なことはできないっしょ。」

そう言いながら、移動した「きりりん」を早速、自分で選択する。

「って、おまえが使うのかよ!」

「あたし似のキャラなんだから、あたしが使うべきに決まってんじゃん!」

「そういうもんか?」

「あったりまえじゃん!ほら、グチグチ言わずにさっさと選べっての!」

仕方なく俺はいつもの電撃使いの妹を選択した。

そして再び対戦が始まったのだが。

そこで俺はふと思いつく。

「でもさ、、、。」

「なに?」

「これって、おまえを倒したら、それがご褒美になるんだよな、、、。それはそれでアリかもな。」

「な!」

あからさまに動揺する桐乃。

「よっしゃ!気合入った!」

「ちょ!い、妹そっくりのキャラを裸にするために気合入れんな!この変態!」

「ばーか、冗談だよ。」

「とか言ってるわりに、さっきより反応が早いんですケド!?」

「気のせいだ。」

、、、結局その後、一回も勝てなかった。ちくしょう。

、、、、、念のため言っておくが、今の『ちくしょう』は、純粋に勝負に勝てなかったことに対してのものであって、決して、他意はないからな。



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そして俺たちがゲームを切り上げようとしていたとき、スカイプで瀬菜から着信がかかってきた。

桐乃が通話ボタンをクリックすると、画面上に瀬菜が現れる。

『どーもー、桐乃ちゃん。あれ?高坂せんぱいも。お久しぶりです。』

「ああ、久しぶり。元気そうだな。」

『はい。せんぱいもお元気そうで。今日はどうしたんですか?二人揃って?』

「ちょうど今、二人でゲームしてたんだよ。」

『へー、一緒にゲームですかー。あいかわらず仲が良いですねーw』

「「ほっとけ!」」

桐乃と声がハモる。

『あはっ、やっぱり仲がいいですねーw』

「ご、ごほん。それはそうと、なんの用?せなちー?」

『あ!そうそう、実はー、すぐにお見せしたいものがあって連絡したんですけどー。ティヒヒヒヒ♪』

「い、嫌な予感しかしないんですケド、、、。」

同感だな、俺もだ。

『とりあえずコレを見てください!』

同時にチャットでURLが送られてきた。

「すっごく見たくないんだケド、、、。」

桐乃がマウスから手を離す。

『まぁまぁ、そう言わずにーw』

どうやら、どうしても見せたくて仕方がないらしい。

「まぁ、ちょっと見るくらいならいいんじゃねぇか?」

俺はそう言って、桐乃の代わりにマウスを手にして、瀬菜が送ってきたURLをクリックする。

「あ゛」

桐乃がなにやら抗議の声を上げようとしたが、時すでに遅く、すぐに画像が表示される。

「「げ!」」

『どうです!?遂に念願の同人誌が完成したんですよ!その名もズバリ、『桐乃くんとお兄ちゃん』!』

「「そんなもん、作ってんじゃねぇっ(ないっ)!」」

またも声がハモる。

『いやー、この前、バイクで二人乗りしてる写真を見せてもらったときー、桐乃ちゃん、珍しくボーイッシュなカッコしてたじゃないですかー?』

それってこの前のツーリングの写真のこと?もしかして、また、どっちの兄貴がシスコンかで対決してたのか?飽きねーな、おまえら。

「そ、それが?」

『でゅふふふふ、その桐乃くんコスプレのおかげで、あたし、すっごく創作意欲がわいちゃって!』

「こ、コスプレってゆーな!」

『やっぱ実際に見ると違いますよねー♪で、早速また、凄腕絵師さんに連絡したんですよ!』

「おい!桐乃!『また』ってなんだ!?」

「あ、あたしに聞かないでよ!」

『うへへへへ、、、あたしが一生懸命、懇切丁寧に具体的な説明をした甲斐もあって、凄腕絵師さんによる超濃厚なホ(ぶち)』

、、、。

「と、とりあえず、見なかったことにするか。」

「う、うん、そだね。」



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それから俺たちは、気を取り直して、一緒に夕食の買い物に出かけた。

二人でスーパーに来るなんて、いったい、いつ以来のことだろう?

「これと、、、これと、、、あと、、、あ、これも。」

買い物かごにどんどん材料を入れていく桐乃。

「なぁ、おまえ、いったい何を作るつもりなんだ?」

「ん?カレーだけど?」

「、、、これ、いつも俺がお袋に買い物を頼まれるときの材料とえらく違う気がするんだが、大丈夫なのか?」

俺が不安げにそう問いかけると、

「ふん、任せとけっての。」

と、自信満々で答えてくる。

こいつが最近、お袋に料理を教えてもらってたのは知ってるんだが、そのお袋が使ったことがないような材料が増えていくのが恐ろしい。

そんなことを考えながらも、二人でスーパーを歩き回っていると、突然、横から声を掛けられた。

『はい、そこの可愛い奥さん!これ、いかがっすか?』

「へっ?」

商品の実演販売をやっていたおっちゃんが、ウインナーを爪楊枝に指して桐乃に渡してくる。

「お、お、お、」

完全に硬直してしまった桐乃にかわって、俺はおっちゃんからウインナーを受け取り、自分の口に放り込む。

「お、美味いっすね。もひとつ、もらえますか?」

『はいよ、だんなさん。』

「ども。ほら、行くぞ。」

そう言っておっちゃんからウインナーをひとつもらったあと、硬直したままになっている桐乃の背中を押して、その場を離れる。

「あ、あ、あ、あんた、、、」

ようやく正気を取り戻して文句を言いかけた桐乃の口に、

「ほれ。」

と、俺はさっきもらったウインナーを放り込む。

「むぐ。」

「、、、どうだ?」

「、、、んぐ。へぇ、美味しい、、、じゃなくて!」

「んじゃ、ちょっと買ってくるわ。」

「ちょ!ま、待てっての!は、話を聞けぇ~っ!」

、、、こんな感じで、つつがなく買い物を済ませた俺たちは、スーパーを後にして、帰宅の徒についたのだった。



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「じゃあ、今からご飯作るから。」

「なんか手伝うか?」

「んー、じゃあ、先にお風呂の掃除してきて。終わったら食器出すの手伝ってよ。」

「りょーかい。」

ってなわけで、風呂掃除を始める俺。

、、、そういえば、前にも二人で留守番することになったことがあったな、確か。

最初のころはまだ、すっげー仲が悪くて、ろくに口もきかなかったってのにな。

それが、だんだんと少しずつ変わってきて。

今ではこうやって一緒に協力しながら家のことをしてるんだもんな。

そしてそれが、いつの間にやら、俺にとっての普通の日常になっている。不思議なもんだ。

そんなことを考えながら、洗い終わった浴槽にお湯を溜めつつ、棚の奥に隠してある桐乃お気に入りのメルルの入浴剤を出して入れてやる。

「俺がこれを妹のために入れてやるようになるとはなぁ、、、。」

その空になったメルルの袋を眺めつつ、思わず俺は、ふっと笑みを浮かべるのだった。



「風呂掃除、終わったぞ。」

リビングに戻ると、既にカレーのいい香りがしていた。

「あっそ。じゃ、食器並べてよ。」

「ああ。」

かちゃかちゃ。

食器を並べながら聞いてみる。

「出来はどうだ?」

「あたしを誰だと思ってんの?」

「、、、だよな。」

バレンタインチョコレートの一件以来、ちゃんと味見をするようになって、「メシマズ妹」の汚名を返上したんだもんな、おまえ。

「ひひひ、まー、期待して待っとけってーの。もーちょっとだかんね。」

「おう。楽しみにしてっかんな。」



そして---。

夜の七時。俺は妹と一緒に食卓についた。いつもの習慣ってやつだ。

少しだけいつもと違っているのは、桐乃が正面に座ってるってことくらいか。

それがやけに新鮮な感じで、、、そして、なんていうか、、、

「へへ、、、向かい合わせに座るってのも、なんか変な感じだよね。」

桐乃が照れくさそうに、そんな言葉を口にする。

だよな、やっぱり。

「ねぇ、なんで、こんなふうに並べたワケ?」

え?いや、なんでって聞かれても、、、なんでだろうな?

「ま、まぁ、別にいいじゃねえか。」

「ひひひ。まぁ、別にいいけどぉ。」

「じゃあ、た、食べるか。」

「うん。」

テーブルの上に並ぶのは、桐乃の手作りカレーと、さっきスーパーで買ったウインナーとサラダ、そしてインスタントのみそ汁という献立。

まだまだレパートリーは少ないけれども、こいつのことだ。ひとつひとつ完璧に身につけていくことだろう。

「いただきます。」

「いただきます。」

一緒に手を合わせてから、カレーを一口。

「ど、どう?」

と、恐る恐る俺の顔を覗き込みながら、桐乃がそう聞いてくる。

俺は感じたままの感想を、そのまま素直に口にした。

「うん、美味い!」

「ほ、ほんと?」

「ああ、ホントだ。すっげえ美味い!」

「ん、そっか。よかった、、、じゃなくてっ!」

ちょっとだけホッとした表情を見せたあと、妹は大きく胸を張ってこう答えた。

「妹の手作りカレーなんだから、当然っしょ!」

「、、、だな。」

桐乃が作ったのは、超本格派のシーフードカレーだった。

いつぞやのアキバで食べたレトルトの『妹の手作りカレー(ざらき味)』なんて足元にも及ばない。

これぞ正真正銘、本物の『妹の手作りカレー』というやつだ。

「てか、お袋のより美味いんじゃね?」

「そ、そんなに美味しい?」

「ああ。すごくな。」

「へへ、、、そか。」

そう言って、嬉しそうに、はにかんだ笑顔を見せる桐乃。

へへ、、、幸せそうな顔しやがって。

ま、そう言う俺も、たぶん同じような顔してるんだろうけどな、きっと。



そして、おかわりを食べ終わったあと。

「ごちそうさま。」

俺は心から、そう口にしたのだった。



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「後片付けは俺がやっておくからよ、先に風呂に入れば?」

「ん?そう?じゃあ、お願いしよっかな。」

「ああ。ゆっくりしてきな。」

「ん。」

桐乃はそう言って、いったん自分の部屋に戻ったあと、着替えを持って降りてきた。

「んじゃ、先に入るから。のぞかないでよ?」

にひひ、と笑いながらそんな言葉を口にする。

「ばーか。さっさと入ってこい。」

「はーい。」



そしてようやく後片付けも終わったころ。

窓の外がピカッと光ったと思いきや---。

「!」

バリバリバリバリ、と、もの凄い雷鳴が轟いた。

次いで、バチッ!という音とともに、世界が暗闇に包まれる。

「うおッ、、、!近いな!?」

どうやらいまの雷で、ブレーカーが落ちてしまったらしい。

バシーンと、もう一発でかいのが落ちる。

次いで、ザーッという強い風雨が窓を叩き始めた。

「おいおいおい、、、まいったなこりゃあ。」

天気予報で雷雨だなんて言ってたっけ?

「えっと、懐中電灯は、、、っと。」

俺はリビングに備え付けてある非常用の懐中電灯を取り外して、手際よく明かりを確保した。

そしてリビングを出て、玄関脇にあるブレーカーを上げる。

かちん。

「ありゃ。」

しかし、家の電気が点く様子はない。どうやら、さっきの雷で停電になっちまったようだ。

そうしている間も、あいかわらず強いままの風雨が、ががん、ががん、と、窓を叩き続ける。

「やば。」

俺は慌てて、雨戸を閉めていく。おかげで服はびしょびしょだ。

しかたない、風呂にタオルを取りに行くか、、、。

そこで俺は思い出す。

「そういや、桐乃、大丈夫かな、、、。」



俺は脱衣所の扉を叩く、、、が、返事がない。

「は、入るぞ、、、?」

そう言って、ゆっくりと、扉を開く。

「桐乃、、、?」

懐中電灯の明かりで脱衣所の中を照らすと。

「お、おっそい!さっさと来いってーの!」

風呂の中から扉越しに怒鳴り声が響く。

「すまん、でも仕方ないだろ?急いで雨戸閉めたりしてたんだからよ。」

桐乃が風呂の中にいることを確認し、脱衣所に入った俺は、棚から新しいタオルを出して、頭を拭きながら、そう答える。

「、、、ったくもう。外、風すごいけど、、、大丈夫だったの?」

「まぁ、雨戸も閉めたし、もう大丈夫だろ?」

「じゃなくて。」

窓のことじゃないのか?とすると、、、ああ、そういうことか。

「ああ、俺は大丈夫だ。ありがとよ、桐乃。」

「ふん。あっそ。」

こいつらしい、そんなやり取りに、思わず頬が緩んじまう。

「それで?電気は?点かないの?」

「ああ。停電になっちまったみたいだ。」

「またぁ?」

「、、、また。」

まぁ、その気持ちはよく分かる。なんたって、まんま、昔あったシチュエーションとほとんど同じ状況だからな。

「、、、あんた、ワザと電気消したりしてんじゃないでしょーね?」

「?なんでそんなことする必要があるんだ?」

「入浴中の妹に近づくための計画的な犯行とか?」

「どんな変態だよ!俺は!」

「ひひひ。」

「ったく、、、。」

ま、この調子なら大丈夫だろう。

「じゃあ、懐中電灯つけっぱで、ここ置いとくからな。」

「え?あんたは?」

「部屋に自分の懐中電灯があるからな。それを取りに行くよ。」

「、、、。」

「ん?どした?」

「、、、、てよ。」

「え?なんだって?」

「、、、そ、そばにいてよ、っつったの!」

「おまえの?」

「そ、そう!」

、、、そっか。

もしかして前のときも、そう言おうとしてたのかもな、こいつ。

俺は昔の出来事を思い出す。

なんだかんだ言っても、やっぱり怖かったんだろうな、きっと。

その辺は、昔とちっとも変わってないのな、おまえ。

「やれやれ、しょーがねーなー。」

俺は頭をかきながら、こう伝える。

「分かったよ、桐乃。ちゃんとここで、おまえのそばにいるから。心配すんな。」

「、、、うん。」



前は、震えていて、かき消されちまうような小さな声だったけれど。

前は、気付いてやれなかった、分かってやれなかった、そんな気持ちだけど。

今ではもう、こうしてお互いに、ちゃんと伝えることができる。分かり合うことができる。

そんなあたりまえのことが、なんだかとても嬉しくて。

俺は気付かれないように、そっと小さく呟くのだった。

「、、、これからも、ずっと、な。」



---そして。

しばらくして、ぱちぱちと蛍光灯が瞬き、室内が明るさを取り戻した。

「お、やっと点いたな。」

「てことは、ホントに停電だったんだ。」

「あたりまえだ!」

「ひひひ。」

ったくこいつは。

「んじゃ、リビングに戻っとくからな。」

「ん。」

そしてドアノブを回そうとして、俺は手を止める。

「あ、そうだ、桐乃。」

「なに?」

「へへ、背中、流してやろうか?」

俺は、ちょっとだけからかうつもりで、そう言ってやった。

「、、、いいの?」

「ぶっ!!!」

予期せぬ返事に、盛大に噴き出す。

「は!?え???はぁっ!?」

ど、ど、ど、どういうことだ!?

「きゃはは、ばーか、冗談に決まってんじゃん!」

ぐっ、、、!ち、ちくしょー!からかうつもりが、逆にからかわれちまってんじゃねーか!

「あ、あのなぁ、、、。」

「ひひひ。んじゃー、そろそろお風呂あがるから。さっさと出てってくんない?」

「、、、ったく。はいはい。」

「出てったフリってのはナシだかんね?」

「おまえはいったい俺をなんだと思ってんの?」

「んー?どスケベの変態シスコンバカ兄貴?」

「断じて違う!」

しかも、『バカ』を付けたな!

「えー?だって前にあたしの着替え中に部屋に入ってきたときも、なかなか出て行かなかったよねー?あんた?」

、、、いかん、否定できない前科がありやがった。

「あ、あんときはあせって気が動転してたんだっつったろ!」

必死になって弁明する俺。

「はいはいw」

そんな俺とは対照的に、軽口で答えてくる桐乃。

「、、、ほ、ホントに分かってくれたんだろうな?」

「だから、分かったってば。そーやって、お風呂に入ってる妹のそばに居続けたい気持ちは分かるんだけどさー、いーかげん、ホントに上がりたいんだけど?」

「ぜんぜん分かってねぇぇぇぇーーーっ!」



そうやって、二年ぶりの嵐の夜は、文字どおり、嵐のように過ぎていったのだった。



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ちなみに、余談ではあるのだが。

そのひと月後、いつものメンバーでのアキバ散策中に。

とあるショップの店頭で販売されている『桐乃くんとお兄ちゃん』を発見して。

『いやぁ、ある意味、もはや有名人ですなぁ、お二人とも。』

沙織のこんな台詞を聞きながら、二人で愕然とする俺たちなのだった。



Fin



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最終更新:2014年10月04日 13:55