729 名前:【SS】:2014/08/02(土) 16:27:35.72 ID:AEgRSl/I0
『12巻原作補完あやせ視点』
~クリスマス十二月二十五日~
わたしは新垣あやせ。ティーン誌の読者モデルなんかもやってる、今を時めく中学三年生。
さてさて、今日は冬休み直前最後の登校日。終業式も無事終わり、クラスメイト達が「よいお年を」という言葉を残して教室を去っていく。
受験が迫りつつあるが、お正月というイベントへの期体感が教室中に漂っている。
とても和やかな雰囲気...
が!!わたしは心中穏やかでなかった。
「どうしてっ桐乃がいないのっ!?」
そう叫びながら机を強く叩いて勢いよく立ち上がる。
「ちょ。あやせ突然でっけぇ声出すなよナ?」
下の方から非難の声を挙げたのは来栖加奈子。
口が悪いのが玉に瑕だが、あと未成年なのにタバコを吸っていたこともあったが、それに立ち居振舞いが何かと下品だが、加奈子の欠点を並べ立てているうちに自信がなくなってきたが、わたしの良い友達の一人だと思っている…多分。
補足だが、その貧相な体形を活かして、とある少女向けアニメの公認コスプレイヤーなんかもやっている。
「にしてもよー。桐乃のヤツ、マジでバカじゃね?風邪ひいて学校休むとかwww確か去年も風邪で倒れてたしwwwww加奈子なんか休みなしだから皆勤賞貰えるんじゃネ?うへへへへ」
そうだね。加奈子は馬鹿だから風邪ひかないよね。
ニヤニヤしながら喜ぶ加奈子。悪ぶっているのかそうでないのかよく分からない。
「でも加奈子、遅刻ばっかりしてたよね?皆勤賞は無遅刻無欠席じゃないと貰えないよ?」
「うへぇ~…」
加奈子は机に倒れ掛かって心底残念がっている。
「それにしても桐乃、どうしちゃったのかな…」
先程から話題に出ている『桐乃』というのは、わたしの一番の親友でフルネームは高坂桐乃。
成績優秀で運動神経抜群、ファッションにも凄く気を使っていて何時も可愛い。それに真面目で努力家、みんなに優しい。
わたしはそんな桐乃を憧れと尊敬の眼差しで見つめている。愛していると言ってもいい。
しかし、桐乃にも人には言えない秘密がある。何を隠そう桐乃は妹もののエロゲーをこよなく愛する超絶ヘビーでディープなオタクなのであった。
加奈子は桐乃が休んでいるのは体調を崩しているからだと思い込んでいるようだが、そうではない。
わたしも最初は加奈子と同じように考え、先生に桐乃の容体などを聞いた。しかしその返答が予想外のものだった。
『風邪?なんのことだ?高坂からは何の連絡もないぞ』
要するに、サボり。休む何かしらの理由があるなら、真面目な桐乃はちゃんと学校に連絡するはずだ。何も言わずに学校を休むなんて、普段の桐乃じゃ有り得ない。
と言うことは、その有り得ない何かが桐乃の身に起きたに違いない。
心配になったわたしは、頭の中で考えを巡らしながら荷物を持ち、加奈子を放置して教室を出る。廊下の冷たい空気が、教室内にエアコンが効いていたことを思い出させる。
靴箱で靴を履き、校門まで歩く。校舎の外は風を遮るものがなくより寒い。校庭の桜の木もすっかり真冬の装いだ。
歩きながら考えたことだが、桐乃のことは桐乃に聞くのが手っ取り早い。校門の外に出て携帯を取り出す。電話帳から目的の名前を探しだし、コールす…
『お掛けになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため…』
コールされなかった。呆然として手に握り締められた携帯を見つめたまま立ち尽くした。
暫くして脳を再起動させる。やはり何か予期せぬことが発生しているらしいことを確信する。
あらゆる可能性を探っていると、頭の中に悪い想像が立ち籠め始めた。
まさか、事故……?
でも、桐乃に限ってそんなこと…!
頭をブンブン振り回して嫌な想像を振り払う。
と、そこで1人の人物の顔を思い出す。その人物なら桐乃のことを知っているかもしれない。
再び電話帳を開き、名前を探す。その人物の名は、さっき電話した桐乃のすぐ1つ上。
そうして見つけ出した「高坂京介」という名前。
桐乃の実の兄で桐乃とも仲が良い。優しくてお節介でシスコンなお兄さんだ。
3週間ほど前にお兄さんに告白して振られてしまったのはここだけの話。
実はその日からお兄さんとは1度も言葉を交わしておらず、少し躊躇いながら通話ボタンをプッシュした。
『お掛けにな』
.................ブチッ。
危うく脳内出血で逝きかけた。肝心な時に役に立たないお兄さんだ。
暫くして脳をクールダウンさせる。
だが、こんな偶然があるのだろうか?兄妹揃って携帯(桐乃は最近スマートフォンに買い替えたが)の充電が切れているなんて。
桐乃の無断欠席には、恐らくお兄さんも関係しているに違いない。第一、桐乃の様子が可笑しな時に、お兄さんが関わっていなかったことはないのだ。関わっていなくても自ら関わりにいくのがお兄さんなのだ。
徐々にお兄さんへの疑惑が膨らんでゆく。
しかし桐乃ともお兄さんとも連絡がつかない。
どうすべきか悩んでいると、ふと、半年ほど前のことを思い出す。お兄さんは一度、わたしと連絡を取るためにお姉さんの携帯を借りたのだ。それなら今回はその逆の経路を辿れば良い。
三度電話帳を開く。そしてお姉さんの名前「田村麻奈美」を探す。
田村麻奈美先輩はお兄さんの幼馴染みで、わたしも仲良くさせてもらっている。その料理の腕や、決して人を不快にさせない懐の深さについてはわたしも見習わなければならない。
通話ボタンを押す。その瞬間、二度あることは三度あるのではないかと不安になる。しかしすぐに呼び出し音が鳴り始めて安心する。
prrrrr.....
少し待つと呼び出し音が途切れた。
「もしもし?あやせちゃん?おはよ~」
お姉さんのふわふわした声を聞いて波立っていた心が鎮まった。
「おはようございますお姉さん。お姉さんに頼みがあるんですが、お兄さんが近くにいるなら電話を代わってもらえませんか?」
「きょうちゃんに?きょうちゃんなら今日は学校お休みだよ~」
「え?」
「今朝電話があって、『今日は待ち合わせ場所に行けないから先に行っといてくれ~』って言われたの。遅刻するって意味なのかな?って思ったけど、結局学校には来なかったよ~。一体どうしちゃったのかな~?」
あまりの事態に頭が働かない。何も言えずにいると、お姉さんが言葉を続けた。
「ところであやせちゃんは、きょうちゃんにどんな用事があったの?」
「じ、実は桐乃のことなんですけど…」
「桐乃ちゃんのこと?そういえば何日か前に、『イブの夜は俺も桐乃も麻奈美ん家にお邪魔していることにさせてくれ!』ってきょうちゃんにお願いされたけど…?」
「えええぇぇえええぇ!?!?」
「驚きすぎだよあやせちゃん」
「もしかしてそのお願い、了承しちゃったんですかっ!?」
「うん。」
今更ながら思い出す。イブの日に遊ぼうと桐乃を誘ったのだが、あっさりと断られてしまったことを。
「どっ、どうしてですか!?!?桐乃がお兄さんを本気で愛しちゃってることお姉さんも勿論知ってますよね!?」
「きょうちゃんにお願いされると断れなくて。えへへ~」
そう。さっきお兄さんのことをシスコンだと紹介したが、対する桐乃はブラコンだ。これも彼女の知られざる一面なのだ。
「イブの夜に二人きりにするなんて………。お姉さんてお兄さんに甘いですよね」
「ふふ。確かにそうかもしれないね。でも安心してあやせちゃん。わたしがあの2人を"普通の兄妹"にしてみせるから………。」
お姉さんとの通話を終えて、あの時の2人の言葉の意味を考える。
『エロゲーよりすっごいことしてやるんだから!』
『ごめんな、俺、好きなやつがいるんだ。』
イブの日、桐乃はお兄さんを連れて家を出た。お兄さんも桐乃に頼まれ、帰宅時間を延長するためにご両親に嘘までついた。
そして年に1度の聖なる夜に、桐乃はお兄さんに自らの抑圧された想いを打ち明ける…。
桐乃の想いを知ったお兄さんは何と答えたのだろうか……?
prrrrr.....
突然携帯の呼び出し音が鳴り響き、思考が中断する。お姉さんとの電話がまだ繋がっているのかと一瞬錯覚するが、そんな訳はなかった。
ディスプレイに表示されたのは、「高坂桐乃」の文字。
「…もしもし」
『もしもしあやせ?ごめんごめん。電車乗ってたから電源切ってたんだ』
電話口から親友の呑気な声が流れ出してくる。何故かその呑気さに腹が立ってくる。
「そんなことより、桐乃今大丈夫なの!?」
『うん?大丈夫だけど?』
「じゃあどうして学校に来なかったの?」
『あ、いやちょっと用事があって』
「何で学校に連絡しなかったの?」
『そ、そりゃあたしだって忘れることぐらい…』
「ねえ。今どこにいるの?誰といるの?」
『…。』
「お姉さんから聞いたんだけど、昨日、」
桐乃を取り囲む包囲網を更に狭めようとした、その時。
「おいあやせ。お前チョーおっかない顔してるぞ」
突然現れた声の方を振り向く。
いつから傍にいたのか分からないが、珍しく加奈子が怒った顔をしてこちらを睨んでくる。
「何で桐乃を苛めてんだよ」
「わたしが桐乃を?そんなこと…!」
「じゃあさっきから何してんだよ」
「それは!桐乃を心配して…」
「ならもうイイじゃんか。電話で何話してんのか詳しいことは加奈子ワカンネーけどよ、桐乃は元気なんだろ?風邪なんかひいてないんだろ?だったらそれで十分じゃネ」
そうだ。桐乃は病気だった訳でもなく、かといって想像し得る最悪の事態――事故に遭遇したわけでもなかった。
機嫌だって良さそうで、気分が落ち込んでいるような様子さえない。桐乃は元気なのだ。
「桐乃だって何か家庭のジジョーってヤツがあったんだよ。それにサ、人には誰にだって他人には言えない秘密の1つや2つ、あるんじゃねーの?加奈子だってコスプレのこと、クラスのヤツらにはあんまし知られたくねーし」
秘密の1つや2つ…。桐乃の秘密――オタク趣味。
桐乃と絶交しかけた時のことを思い出す。また、同じ過ちを繰り返すところだった。加奈子に目を醒めさせられた。
1つ、大きな深呼吸をする。無意識のうちに強張っていた顔の筋肉がそうすることで少し緩む。加奈子の言う通り、恐い顔をしていたのだろう。
もうわたしは大丈夫。そういう意味を込めて加奈子にウインクを送る。加奈子も笑い返してくれた。
「もしもし桐乃。ごめんなさい。わたし、また…」
『あやせは謝らなくて良いよ。だってあたしのことを心配して電話してくれたんでしょ?』
「でも…」
友達を心配することと、その心配を解消するために相手を問い詰めることは、全くの別物だ。
そもそも桐乃がお兄さんに告白したなんて、全てわたしの妄想でしかない。
『学校休むこと事前にあやせに伝えてなかったあたしが悪いんだって。あやせが心配しちゃうのも無理ない。それに、まだ……あやせには言えないんだ、今日のこと。それに昨日のこと。それは本当にゴメン』
「…。」
『でも、いつかきっと話すから。全部あやせに話すから。いつになるかは分からないけど、必ず。』
「うん…。分かった。それまで待ってる」
『…ありがとう。あやせ。』
しんみり空気を打ち破るため、わたしは努めて元気な声を出す。
「ところで桐乃!」
『な、なに?』
「お正月…一緒に元日に初詣行こうよ!」
『う~ん。その日は先約があって…一月二日なら』
「仕方ないなぁ~もう。じゃあ一月の二日。約束だよ?」
『うん!』
「それじゃ桐乃。よいお年を!」
『よいお年を!』
電話を切り、鞄に片付ける。無言のままの加奈子の方へ向き直る。
「加奈子、さっきはホントにありがと。もう少しでまた桐乃を傷つけるところだった。加奈子もたまには良いこと言うよね」
「だべ?だべ?うへへ」
「随分待たしちゃったね。そろそろ帰ろっか?」
ニッと笑う加奈子。わたしが歩き始めると、加奈子もヒョコヒョコと横を歩く。
「んなことよりよー。初詣、加奈子も連れて行ってくれるんだよナ?」
「もちろんだよ。加奈子」
わたしは本当に掛け替えの友達を持った。そのことを神様に感謝する。
陽が高く昇り、先程までの寒さも幾らか和らいでいた。
来年も楽しい一年になる。そんな予感がした。
追記だが、家に帰り着いた頃にお兄さんからも電話があった。
酷く緊張したような声色だったが、全て解決したとだけ伝えると、どこか拍子抜けしたようだった。
≡ ≡ ≡ ≡ ≡ ≡ ≡ ≡
~来る新年一月一日~
ここは近所のとある神社。境内には様々な出店が立ち並び、参拝客で混み合っていた。
ここにわたし新垣あやせは家族と初詣に来ていた。
本殿の前には30mほどの人の列があり、わたしたち家族もその最後尾に並ぶ。
財布の中から五円玉を探していると、人混みの中でも一際目立つライトブラウンの髪が視界の端に映りこむ。
声を掛けようと喉から言葉が出かかるが、寸前のところで呑み込んだ。
桐乃がお兄さんと歩いていたからだ。ご両親の姿は見えない。あちらはわたしの存在に気付いてないようだ。
そう知ったわたしは話し掛けずに様子を見ることにする。
2人は既に参拝を済ませたようで、お守りなどが売っている方へと歩いていく。
桐乃とお兄さんはそれぞれ高校受験と大学受験を控えているので合格祈願のお守りを買うのだろう。わたしは推薦で進学先が決まっているのでその点は心配ない。
2人は色取り取りのお守りを眺めた後、黄色いお守りを1つずつと、それに加えてお兄さんは白いお守りも買っていた。
売り場を離れると、お兄さんは桐乃に今さっき買ったばかりの白いお守りを差し出す。桐乃も予想外だったのだろう。驚いた顔をするが、すぐに相好を崩す。
それは今まで見たこともないような、最高の笑顔だった。
桐乃にあんな表情させちゃうなんて、妬けちゃうなぁ...
桐乃がお守りを受け取ると、お兄さんも照れくさそうにそっぽを向いて頭を掻いた。
2人が再び移動を始めると、わたしの並んでいた列も動き出す。慌てて間を詰めてもう一度2人を探す。
見つけた桐乃とお兄さんは、今度はおみくじを引いている。
桐乃は大喜びしているが、大吉だったのかな?お兄さんは微妙な顔をしている(お兄さんへの悪口ではない)。
一頻り喜んだ後、桐乃はおみくじに書いてある内容を熱心に読み始めた。
すると桐乃は途中でポッと頬を染め、同じところに何度も何度も目を通す。
そんな桐乃の様子にお兄さんも気付いたのか、桐乃の持つおみくじの方へ手を伸ばした。
それをいち早く察知した桐乃も素早く身を翻らせておみくじを守り、そのままの勢いで近くの木の傍まで駆け寄っていく。そしておみくじを大事そうにその木の枝に結び付けていた。
2人はその後、出店でベビーカステラを買って鳥居の外へ消えていった。
今見た桐乃とお兄さんの様子はとても仲睦まじい兄妹の様に見えた。事実2人は何だかんだ言いながらも仲が良く、今だって2人で初詣に来ていた。
しかし、長い間あの兄妹を見てきたわたしには、先程の2人が"仲睦まじい兄妹を演じている"ように感じたのだった。
~翌日一月二日~
翌日、わたしは約束通り、桐乃・加奈子と初詣に行くために待ち合わせ場所に向かっていた。
待ち合わせ場所を見通せる場所まで来ると、向こう側から桐乃が歩いて来るのが見えた。
お互いに相手の姿を認め、二人同時に駆け足になる。そして丁度待ち合わせ場所であるバス停で落ち合った。
「明けましておめでと、あやせ!今年一年よろしくね」
「桐乃。明けましておめでとう。こちらこそよろしくね!」
既に年賀状やメールで済ませていた挨拶だが、やはり直接面と向かって言うのは特別だ。
約束の時間までは15分ほどあったので、誰々ちゃんから来た年賀状がカワイイ~みたいな話をしながら加奈子を待つ。
因みに今日行く神社は、昨日の所とは別の、少し遠くにある大きな神社だ。
暫く話していると後ろから声が掛かる。
「うい~~~っす。桐乃あやせ、あけおめことよろ。……って何だよそれ!?」
待ち合わせ場所に来るなり、加奈子は何やら不満げに声を荒らげる。
「加奈子明けまして……何のこと???」
桐乃は何のことか分からず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「それだよそれ!どうしてお揃いなんだよ!」
加奈子の指差す先にはわたしたちの持つハンドバッグ。桐乃のそれには2つのお守りがついていた。
実はわたしも昨日、桐乃とお兄さんを見送ったあと、桐乃がお兄さんに貰っていた白いお守りと同じものを買っていたのだ。
「あっホントだ!あやせもあの神社に行ったんだ?お揃いだね。へへへ」
「うん。家族で行ったんだ」
「そうなんだ。わたしも家族と…ね?」
嘘は言っていないが、お兄さんと2人きりであったことはボかす桐乃。
それに、普通家族で初詣に行くことを「先約」と表現するだろうか?
「お守りのことは分かったケドよー。オメーらそれじゃ"初"詣にならねーじゃんかヨ?」
とまだ不満を漏らす加奈子。
「細っかいなー。お正月中に神社にお参りするのは全部初詣ってことで良いの良いの」
「加奈子は昨日、家族で初詣とか行かなかったの?ほら…加奈子のお姉さんとか」
「姉貴は寒がりだからコタツから動こうとしねーんだもん」
そうこう言っているうちにバスが近付いてきた。
「あっそうだ。加奈子チョー良いこと思い付いちゃった。ニヒヒヒヒ」
「なになに?あたしにも教えてよ加奈子」
わたしたちの目の前にバスが停まる。
「これから行く神社で恋愛成就のお守り買うンだよ。桐乃も買っといた方がイイんじゃねーの?」
「あ…あたしは別に…良いかな?」
「あん?どーゆー意味だよ桐乃テメー」
バスの扉が開き、桐乃と加奈子が並んでバスに乗り込む。わたしも二人の後を追う。
「深い意味はないってば」
「目が泳いでんゾ?」
バスのステップを上っていく桐乃に合わせて、2つのお守りが楽しそうに揺れている。
1つは合格祈願の黄色いお守り。
そしてもう1つの白いお守りは、お兄さんが桐乃に贈った、一年間の無病息災を願う健康祈願のお守りだった。
≡ ≡ ≡ ≡
~三月中旬~
卒業式を間近に控えたある日、わたし新垣あやせはいつもの児童公園に来ていた。もちろんお兄さんと会うためだ。
最近暖かい日が続いていたのだが、今日は真冬の寒さに戻っていた。
座っているベンチからも体温が奪われていく。
「あやせ~~!」
公園の入り口からお兄さんが小走りでやってくる。
わたしもベンチから立ち上がる。
「はあっ…はぁっ…はぁ…体がすっかり、はぁ…鈍っちまってる…」
お兄さんの吐く息が白く結露している。
「お兄さんお久し振りです。…大丈夫ですか?」
「は…ふぅ。大丈夫だ。待たしちまったな」
「待たされ過ぎたので風邪をひいたら責任取ってくださいね?」
「ハハッ。そりゃ済まねぇな。………確かに、あやせとこうして会話するのも久し振りだな」
電話をしたり、一方的に姿を見かけたりしたことはあったが、顔を合わせて会話をするのは去年の告白の日以来ということになる。
たった数ヵ月前のことだが、随分前のことのように感じる。あの時お兄さんの前で流した涙を思い出し、少し恥ずかしい。
お兄さんもあの時のことを考えていたのかは定かでないが、わたしが再び話し始めるまで黙っていた。
「ところでお兄さん、大学合格おめでとうございます」
「ありがとう。ぎりぎり滑り込みセーフだ」
冗談めかしてお兄さんは笑ったが、表情がすぐに真剣なものへと変わる。
「…そんなことより、今日は何の用だ?それを言う為だけに呼んだんじゃないだろう?」
「お兄さんは分かっているんじゃないですか?」
「さぁ…?何のことだか」
トボケるお兄さん。
「思い当たることがあるんじゃないですか?」
「……桐乃ことか」
「やっぱり分かってるじゃないですか。そう…、桐乃と、お兄さんのことです」
あの去年のクリスマスから、より注意深く桐乃を観察していたが、イブの夜を始まりに2人が付き合っていることは99%疑いようもない。
そのことについて決着をつけるため、今日お兄さんを呼び出したのだ。本当はもっと早くに呼び出したかったが、お兄さんの合格が分かるまでは邪魔できなかった。
「桐乃には手を出すな、と何度も言いましたよね」
「ああ。」
「どうしてこんなことになったんですか」
「ちょっと待ってくれ。俺が桐乃と付き合う訳ないだろ?」
お兄さんは飽くまでもシラを切り通すつもりのようだ。
「嘘は止めましょう、お兄さん。桐乃も加奈子もわたしも、何も言いませんが、みんな知っています。わたしと加奈子が振られて、桐乃がお兄さんと付き合っていることを」
わたしたちは親友だ。口に出さずとも分かるのだ。
「…どうしても、言わなくてはならないのか?」
「別に良いです」
「え、良いの!?」
「お2人が付き合うに至った経緯は……お兄さんの口じゃなくて桐乃の口から聞きたい…。桐乃と、約束しましたから。」
あの日の約束はまだ果たされていない。
「ということは、あやせは俺と桐乃とのこと、認めてくれるのか?」
「誰がそんなこと言いました?付き合い始めた経緯をお兄さんから無理矢理聞き出すことはしませんが、それと認めることとは別問題です。」
「…。」
「第一、黒猫さんのことはどうしたんですか。お兄さんは別れても尚、黒猫さんのことが好きだったんじゃないんですか。」
黒猫――五更瑠璃さんは桐乃のオタク友達で、お兄さんの元彼女。格好も喋り方も性格も一癖あるが、悪い人ではない。
「わたしも彼女と連絡を取り合うようになりました。彼女は桐乃の為に一度身を引いたらしいですけど、彼女の辛さを想像したことがあるんですか。」
「黒猫は分かってくれているはずだ。」
「黒猫さんだけじゃありません。いつも元気な加奈子だって、一時期落ち込んでて。」
「俺なんかより好い人を見付けられるさ。」
「それに、誰よりもお兄さんを良く知っていて、お兄さんのことが好きな人だっているんですよ。」
「もしそんな人がいたとしても、俺は桐乃を選ぶ。」
「このことをご両親に知られたら、お兄さんも桐乃も勘当されてしまうかもしれないんですよ。」
「覚悟はしてる。」
「兄妹で好き合っているなんて世間に知れたら、お兄さんだけでなく桐乃も傷つくことになるんですよ。お兄さん1人で、世間の冷たい目から桐乃を守れるんですか。お兄さんが桐乃と付き合うことで、桐乃をその危険に曝していることが分からないんですか。
本当に桐乃のことを愛しているなら、桐乃と付き合うべきではないんじゃないですか。そんなに妹のことが好きなら、とっとと駆け落ちでも何でもして下さいよ、このっ…変態。」
「あやせお前泣いて…」
「泣いてなんか、いません、よ…っ」
精一杯強がりを吐いたが、知らぬ間に頬を雫が伝っていた。
「認められるわけないじゃないですか!沢山の人を傷つけて…!おまけに社会的に抹殺されてしまうかもしれないようなリスクまで背負って…!赦せるわけ…っ、ないじゃないですか…っ!」
兄妹で恋愛なんて間違ってるに決まっている。桐乃の考えていることも、お兄さんの考えていることも、全く理解出来ない。
ギリリと奥歯を噛み締め、流れる涙を手で拭う。それでも涙は止まらない。
「でも…っ、あんな幸せそうな顔を見せられたら、もうわたし…っ、何も言えないじゃないですか……」
クリスマスからの桐乃の表情は、自分が幸せだということを雄弁に物語っていた。全てのリスクを承知した上で、あんなにも幸せそうにしているのだから、それ以上は何も言うべきことはなかった。
そのまま、涙が自然に流れるに身を任せる。またお兄さんの前で泣いてしまった。
お兄さんもわたしが泣き止むのを待ってくれていた。
「こほん。」
1つ咳払いをして話を再開する。
「桐乃の笑顔に免じて特別に赦してあげます。でもわたしの言ったことを忘れないで下さい。お兄さんが桐乃を笑顔にしている裏側で、何人もの女の子が泣いていることを。今でもお兄さんと桐乃は、危ない橋を渡っているということを。」
わたしは桐乃の敵にはなれない、最初からそう分かっていた。かと言って2人の関係を積極的に認めることも出来ない。
2人の世間での立場が危うくなることを承知していながら、それでも兄妹恋愛の道へ背中を押す黒猫さん。
自らが世間の代表者として、2人の前に立ち塞がろうとしているお姉さん。
二人の行動は真逆だが、どちらもとても残酷で、しかしその実は、真に桐乃とお兄さんを想ってのことなのだ。
本当に2人に対して甘いのは、お姉さんではなく、どちらにもなり切れないわたしの方だ。
「分かった。その言葉、胸に刻むよ」
ずっと溜まっていたモヤモヤを全て吐き出すと、急激に視界が広がる。公園の桜の木が、春の兆しを感じさせる。
「お兄さん、もう1つだけお話を聞いて下さい。お兄さん、"最後の"ご相談があります。」
「……何で最後なんだ?」
「桐乃もわたしも加奈子も、みんなバラバラの高校に進学します。だから…」
わたしは推薦で私立へ。桐乃と加奈子は偏差値が違い過ぎた。
それでもわたしたちは親友だ。今後もそれは変わらない。しかし今までのように何時も一緒という訳にはいかない。否応なしに疎遠になるだろう。
そうなれば自然とお兄さんと会うことも減る。場合によっては二度と会うこともないかもしれない。
「そんな寂しいこと言うなよ。俺達はもう、友達だろ?」
桐乃を介した関係だけではない、とお兄さんは言ってくれている。
友達だと言われたことと友達以上にはなれないこと、両方の意味で心に沁みる。
「いいえ。わたしも何時までもお兄さんに頼りきりではいられません」
みんな別々の道を進んでゆく。何時までも子供のままではいられない。自立しなくてはならない。
「でも、一人じゃどうしようもない時は、何時でも相談に乗るからな?」
「お兄さんってホントにお節介ですよね」
「俺が好きでやってるだけさ」
お兄さんは最後まで、誰にだって優しいのだ。
「そろそろ話を本題に戻しますね?」
最近の桐乃の様子について思い出す。
「最近の桐乃、時々物凄く泣きそうな、不安そうな顔をしてるんです。基本的には笑顔なんですけど、油断した時にほんの一瞬だけ、そんな表情を見せるんです」
「あやせもやっぱりそう感じるか?」
やはりお兄さんも同じことを感じていたようだ。
「でも、わたしにはどうしてあげることも出来ないんです。どうにか出来るのは、お兄さんだけでしょう?」
桐乃が世界で一番愛し、桐乃を世界で一番愛している、桐乃の変態彼氏に向かって語り掛ける。
「だから、桐乃のことは、お兄さんにお任せします。その代わり…」
桐乃とお兄さん、2人の行く末に思いを馳せる。
このまま茨の道を突き進むのか、それともどこかで終止符を打つのか。どちらにしても、2人はとても辛い思いをするだろう。
しかしそんなことは2人とも、付き合い始めたその時からとっくに分かっていたはずだ。
だからこそ、敢えてわたしはお兄さんに言い放つ。
「もし、桐乃を泣かせたりしたら、今度こそ絶対にお兄さんを赦しませんからね?」
お兄さんも負けじと言い返す。
「俺に任せろ。最後にゃあいつをとびっきりの笑顔にしてみせるからよ!」
寒空を見上げると、一筋の飛行機雲。
あの飛行機はどこに向かっているのだろうか。
わたし達は、そして桐乃とお兄さんは、どこに向かっているのだろうか。
風に流され消えてゆく飛行機雲を見ても、答えは1つも見付からない。
卒業の日まであと数日。
大きく膨らんだ桜の蕾が、本格的な春の到来を今か今かと待っている。
"別れ"の時は―――もうすぐそこだ。
完。
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最終更新:2014年10月04日 15:16