729 名前:【SS】:2014/08/02(土) 16:27:35.72 ID:AEgRSl/I0




『闇猫の結婚祝い』





日曜日、俺高坂京介は自宅のリビングのソファーに寝転んで日々の疲れを癒やしていた。

おっと。自宅と言っても実家じゃないぜ?正真正銘俺の我が家だ。……お金を出したのは殆ど桐乃だけどな?



これだけ言えばすぐにピンと来た人もおられようが、先月、俺と桐乃は桐乃の大学卒業を機に人生二度目の結婚式を挙げ、同時に二人暮らしを始めたのだ。

そこに至るまでには様々な困難があったが、「間違っていても、これが俺達の幸せなんだ!」と言って回って周囲を説得した。もちろん全員に納得してもらうことは出来なかったけどな。

それでも結婚式には親父とお袋も含めて近しい人達が参列してくれた。あれは人生最大の幸せだったね。

もちろん実の兄妹だから籍を入れることは出来ないけどな。所謂内縁状態ってやつだ。



ところで、俺と桐乃の二人暮らしと聞いて、甘々な新婚生活を想像したかもしれない。

しかし何のことはない。桐乃は俺達が兄妹であっても恋人であっても夫婦であっても、相変わらず生意気なままなのだ。エロゲーとは違って、簡単にはデレてはくれない。

でも俺は、そんな桐乃の可愛いげのないところが可愛いと思えるのだった。





斯くして俺は二人暮らしの家で休日をぐーたら過ごしていた。これが俺が努力で勝ち取った普通の人生である。

ちなみに天下のモデル様は仕事だ。



俺が追憶に耽っていると、ピンポーンと来客を知らせるベルの音がした。



ソファーの上からインターホンのモニターを見ると、見慣れた顔が映っている。

インターホンには出ず、直接玄関に向かう。



ガチャッ



「よう黒猫。元気だったか?桐乃なら今日はいないぜ。」

「黒猫?いいえ違うわ。我が名は復讐の天使"闇猫"。あらゆる恋を否定せし者」



あちゃー、まさかの闇猫モードか。社会人にもなって何やってんだ。最近は治まっていたのにな。まぁ元気そうで何よりだ。

黒猫の姿をよく見ると、流石にゴスロリファッションではなかったが、両眼に違う色のカラーコンタクトを装着し、そして右手には大きな荷物を提げている。



「それで…闇猫さん?桐乃はいないぜ?」

闇猫さんに刺激を加えると危ないので、無難にさっきと同じことを言ってみる。



「あの女に用があるわけではないわ」

「それじゃお」

「貴方でもないわ」

おい!俺が質問する前に答えるんじゃねぇ!



「今日私がここに来たのは、貴方達に結婚祝いを渡す為よ」



そう言って右手の荷物に被さっていた布をハラリと落とす。

そして見えてきたのは、円筒型の鳥かごと、色鮮やかな1羽の鳥。かごの中でその鳥は眠っているようだ。



「これは…?」

「私の魂の一部と呪いが封じ籠められた復讐の使者よ」

「……日本語で言うと?」

「…セキセイインコよ」

なるほど。これがセキセイインコか。実物を見るのは初めてだ。

よくよく考えてみると、生き物など飼った経験などない。少し面白そうだ。



「ありがとな、黒猫。きっと桐乃も喜ぶよ」

「黒猫ではなく闇猫だと言っているでしょ。何度も言わせないで頂戴」

そう言いながらも、照れているのか頬を赤らめる黒猫。



「それに、お礼を言われるのにはまだ早いわ」

「?」

ずっと玄関口で話し続けるのもなんなので、黒猫に提案してみる。



「取り敢えず家に上がっていかないか?」

「遠慮しておくわ。ここは光に満ち過ぎている。闇の眷族たる私には、ここに留まるのは10分が限界よ」

微妙に分かり辛いやっかみを言う黒猫だったが、俺には更にその裏側にある真意を十分に読み取れた。



「忙しいのにわざわざ届けてくれたんだな。本当にありがとよ」

「ば、莫迦!何を言っているの!?」

目を白黒させて去っていく黒猫。

しかしすぐに体を反転させて仏頂面で戻ってくる。



「肝心のこれを渡し忘れていたわ」

「いっけね。俺も忘れてた」

黒猫から鳥かごを受け取る。するとセキセイインコは目を覚ましたのか、かごの中で騒ぎ始めた。



「貴方達がこのセキセイインコを大切に育てれば、やがてその努力が実を結び、貴方達に破滅と安寧をもたらすわ。そうなれば私の復讐は成功よ」

破滅と安寧?全く逆の意味のように感じるが…?



「分かった。大切に育てるよ」



俺の言葉を聞いて満足したのか、今度こそ黒猫は帰っていった。





リビングに戻って鳥かごを机の上に置くと、セキセイインコも騒ぐのをやめた。

かごに顔を近付けて眺めていると、向こうも顔を近付けてくる。愛嬌があってカワイイヤツだ。



暫くすると玄関から物音がする。



「京介ただいま~」

桐乃が帰宅したようだ。玄関へ迎えに行く。



「お帰り桐乃。さっき黒猫が来たんだけど、」

「マジで!?どこ?どこにいんの!?」

「おい桐乃。靴箱ん中覗いたっているわけねーだろ。黒猫はもう帰ったよ」

「ちぇ…。あんた、もうちょっと頑張って留めておきなさいよ」

「いやさ、あいつも忙しそうだったしよ」



そして俺は、黒猫の持ってきた結婚祝いについて説明する。



「へぇ~。なかなか可愛いじゃん」





こうして、俺と桐乃とセキセイインコの、2人と1羽の生活が始まった。



俺は毎日朝に出勤して夜に帰る。日曜日は大抵休日だ。

対して桐乃は仕事の特殊性もあり、仕事に出る時間も戻ってくる時間も休日も不定期だ。



そんな訳で俺達は、家事を分担して協力して暮らしている。

セキセイインコの世話もお互い時間を見て行っている。

インコもすぐに俺達夫婦に馴れたようで、今では俺の休日の大事な癒やしの1つとなっている。桐乃も同じようなもので、俺が仕事を終えて帰宅すると、何やらインコに向かって話し掛けていたりする。



ある日、テレビを見ながら桐乃に聞いてみる。



「お前、あのセキセイインコのこと、何て呼んでんの?」



普段セキセイインコの話をするとき、俺達はそのまま品種名で呼んでいる。

桐乃はインコに名前をつけているのか、疑問に思ったのだ。



「そ、そんなの。なんだって良いじゃん!?」

「あぁ。確かにそうかもしれないな」



元々思い付きで聞いたことだったし、その方が俺にとっても都合が良いので、敢えては追求しない。





仕事場から帰ると愛しの妻と癒やしのセキセイインコが俺の帰りを待ってくれていて、桐乃がいない日は俺とインコとで妻の帰りを待つ。

そんな毎日の繰り返し。

幸せの真っ只中で俺は考えた。



黒猫の言ってた"安寧"ってのは、こういうことなのかもしれないな………。





ところが数ヵ月後のある日、安寧の日々を打ち破る危機が俺達夫婦に迫っていた。



ことの発端はあまりよく覚えていない。

何時もならどちらかが不満を漏らせば、互いに改善案や妥協案を提示し合い、より良い解決策を探っていく。

そんな民主的な方法が俺達のやり方だった。



しかし今日は運悪く、2人とも虫の居所が悪かったのだ。

兄妹喧嘩は夫婦喧嘩へと進化し、その内容もより生々しいものへと変化していた。



「あんた!この家買えたの誰のお陰だと思ってんのよ!」

「俺がまだ家は早いって言ったのに、早く二人暮らしがしたいって駄々捏ねたのはお前だろうが!」

「うっさい!あんただって二人暮らし出来ることあんだけ喜んでた癖に!」

「そんぐらい良いだろ別に!それと前々から言いたかったんだけどよ、お前以前に比べりゃ料理の腕はかなり上達したけど、今でも食器の片付け面倒臭がって俺に押し付けてばっかじゃねーか!」

「はぁ~~?あたしがあんたを食わせてやってんだからそんくらい当たり前でしょっ!?」

「んだとコラ。確かにオメーの方が収入は多いが俺だって独りでも食っていけるわ!」

「じゃあもうこの家から出てけ!」

「へーへー分かったよ出ていってやるよ。こんな家、俺がいなくなったらすぐゴミ屋敷になるだろーさ」

「あ゛?」



まさに売り言葉に買い言葉。

不満を撒き散らせばストレス解消になるが、それによって相手のストレスが増幅し更に不満を撒き散らす。

加速度的に積もってゆく不満。お互いダメだと思いつつも、どうにも止まらないところまで来てしまった。

二人暮らしなので間に割って入ってくれる人もいない。



一触即発の空気。最早どちらかが家を飛び出すまで治まりそうにない。

セキセイインコも不穏な空気を察知したのか、リビングの隅の鳥かごの中で暴れている。



すると突然セキセイインコが何か言葉を叫び始めた。

こいつを育てるときに色々調べていたので人の言葉を覚えることは知っていたが、それは知識としてであって、普段の生活の中では忘れていた。



「キョースケ アイシテル!」

「キリノ ダイスキダ!」



こうして危機は去った。


俺達は2人仲良く悶絶し、再び"安寧の時"が訪れた。







完。



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最終更新:2014年10月04日 15:17