590 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/10(金) 20:57:33.24 ID:Px0ojeI70

『普通の妹の朝』桐,京,あ,加,大,佳,櫻


 朝

 目覚めると、大好きな人の香りがする。
 15年、嗅ぎ続けるだけだった―――今では、あたしだけのものになった、幸せな匂い。
 本当はこのままで居たいけど、そういうわけにもいかないのだ。
 なにしろあたしは『普通の妹』なのだから。

 あたしは京介を起こさないように、そっとベッドを抜けだした。
 床に投げ出してあった服を手早く着て、静かに京介の部屋を抜け出すと―――ばったりお母さんに出くわした。

「あ、おはよう、お母さん」
「おはよう、桐乃・・・また、京介の部屋?」
「う、うん」

 これは・・・ちょっとまずかったかな?
 お母さんは疑いの眼差しでこちらを見ているような気がする。

「ほ、ほらっ、あたしってとっても兄婚・・・ブラコンじゃん?
 だから、京介の隣が一番安心して寝られるっていうか、そもそもあいつだってシスコンすぎるし、
 おまえが居ると安心できるんだよなーとか、マジで言うくらいだし」
「ええ、わかってるわ。わかってるから・・・お願いだから、外であまりはしゃがないでね?」
「う、うん?」

 ・・・よくわかんないけど、とりあえずバレてないっぽいよね?

 何故か、少し肩を落とした気がするお母さんを置いて、とりあえず自分の部屋に戻る。
 あたしは運動用の服に着替え、すぐに家の外に出る。

 庭に出ると、さっそく加奈子に出会った。

「おはよ、加奈子」
「おー」
「加奈子、今日も疲れてそうだね」
「まーなぁ」

 あたしはストレッチをしながら、加奈子に話しかける。

「つかさ、なんか、いつも以上に疲れてそうだけど・・・何かあった?」
「昨日の夜なんだけどよぉ?」
「うん」
「オメーら一緒にエロゲーでもやってたんだろぉ?」
「う、うん?・・・!そ、そうだね」
「それを見てたあやせがよぉ、一晩中歯ぎしりしてやがんの。おかげで、うるさくてぜんぜん寝られねぇしぃ」
「た、大変だったね?」

 あとで京介にメールしておこう。

「それによぉ、やっとあやせがいなくなって一眠りしたと思ったらよぉ?
 オメーのおやじさんが庭まで出てきてよぉ?朝までずっと愚痴り続けだぜぇ?」

 お父さん、何かあったのかな?少し心配になってしまう。

「つぅかぁ『娘が息子にかかりきりな件』とかぁ『娘に甘えられている息子が羨ましい』とか言われてもよぉ?」
「そ、それでどうなったの?」
「ん?『加奈子ぉ、オヤジと半年以上話してなかったんですけどぉ』とか言ったら、泣きながら戻ってった」

 お父さん、かわいそうに。
 あたしはちゃんと、お父さんの事、大切にしてあげるからね。
 京介の次くらいには。

「それじゃ、加奈子、ちょっと行ってくるね」
「おー」

 あたしは公園に向かって走りだす。
 高校入学を控えたこの時期、部活動が無い中でも力を付けていくには自主トレーニングが欠かせないのだ。

 本当は、京介も一緒なら、もっと楽しいハズなんだけど・・・
 でも、この後に待っている妹としての仕事を考えると、京介が居ないほうが集中出来る気がするのが悩ましい。

 そうこう思い悩んでいるうちに公園に到着。
 いままでのジョギングはウォーミングアップ。ここからが本番だ。
 さっそく、公園のグラウンドを使って全力疾走を繰り替えす。
 何度も何度も、今度こそ勝てるように・・・



「おーい、きりりん氏ー」

 練習を続けていると、なんとなく気の抜けたような声が聞こえてきた。
 振り向けば、今度はウサギ型のパーカーに身を包んだ櫻井さんがいた。

「おはよー、櫻井さん」
「また練習?大変だねー」
「またっていうかぁ、毎日ですけどー」
「ま、毎日!?・・・あたしには・・・ムリだ・・・」

 がっくり肩を落とす櫻井さん。
 でも、これで安心しちゃいけない。
 この人も黒猫、あやせに次ぐ、諦めが悪い同盟のメンバーなのだから。

「ところでぇ、櫻井さん、あたしに何か用?」
「なぁっ!?キ、キミが呼んだんじゃん!」
「でしたっけー?」
「『あたしの家に入るんならあたしに許可とってからにしてねー』って言ってたじゃん!
 てゆーかね?あたしは朝むちゃくちゃ弱いのにっ!無理矢理がんばって起きてきたのにっ!!!」
「あー、そうだった。すっかり忘れてたー(棒」
「キ、キミも性格悪いね。さすがに兄妹だよ!」

 ふひひ。さーせんw

「じょーだん、じょーだん。ていうか、あたしはこれから練習だから、先行っててもらえますか?」
「りょーかい。・・・?」

 あたしの横を通りすぎていこうとした櫻井さんの足がそこで止まる。

「高坂の・・・匂いがする」
「!?」
「体中に、付いてる・・・シャワーを浴びて出てきてるハズなのに・・・
 高坂の・・・匂いがするッ!きりりん氏の体中から、高坂の匂いがするよッ!!」
「あー、昨日は一緒だったからー」
「ち、ちくしょーーー!!!おぼえてろーーーーーー!!!」

 いつもの負け惜しみを残して走り去っていく櫻井さん。
 仕方ないので、あたしは追い打ちをかけておく。

「櫻井さーん。約束は守ってよねー」
「うがぁぁぁぁぁーーーーー」

 遠くから聞こえてくる獣の咆哮を背に、あたしは陸上の練習に打ち込んでいく。
 公演のグラウンドでは、さすがにウェーブ走やスタートダッシュの練習くらいしか出来ないけど・・・
 それでも、あたしは出来る限りの事はしていく。

 リアとの約束ももちろんだし、それに、好きになっちゃったからといって、簡単に京介に負けるようなことは許されない。
 黒猫やあやせ、加奈子に櫻井さん達、あたしと京介の事を認めてくれてる人達にも、腑抜けた姿なんて見せたくない。

 でもたぶん、本当は。
 京介の事が大好きだから、あいつに相応しい妹になるんだって気持ちが一番強いのかもしれない。



 30分ほど練習して、今朝の練習は切り上げる。
 当然、これだけじゃ全然足りないんだけど・・・
 妹には妹の仕事が待ってるのだ。

 家に帰り着くと、さすがに櫻井さんの方が先にたどり着いていた。
 見れば庭の加奈子と楽しくお話しているようだ。

「ってことだからよぉ、オメーもあやせには気をつけろよぉ」
「う・・・わ、わかった」

 訂正。命にかかわる深刻な話をしていたみたい。

「おー、桐乃、おかえりー」
「ただいま、加奈子」
「で、また練習かよぉ?」
「そ。やっぱり、京介の妹として、ひと通りの事は出来ないとね」
「うへぇ。ま、とにかくがんばれよぉ」

 櫻井さんを伴って家に上がる。もちろん、料理の練習の為だ。
 と言っても、準備は昨日のうちに大体終わってる。
 後は、鍋に入れて煮たり、焼いたり、炒めたりするだけだ。

 料理の腕が壊滅的だと自覚して、これでだいたい1ヶ月。
 自分で言うのも何だけど、だいぶ上達してきたように感じてる。
 ひと月前とは比べ物にならない。手際よく調理を進めていく。
 櫻井さんも、最近はあまり文句を言わなくなってきているし、加奈子にもボロクソに言われなくなってきた。
 だから、今日も半分は、一人暮らしで食生活の良くない櫻井さんに、ちゃんとしたものを食べてもらうって意味もあるんだよね。

「それにしてもさー、櫻井さんも物好きだよねー」
「いやー、きりりん氏には負けるかもねー」
「いや、そっちじゃなくって、あんなに不味い不味いって言ってたあたしの料理をわざわざ食べにくるなんてさー」
「キ、キミがっ!キミが『料理の味見しないと京介と会っちゃダメ』なんていうからじゃないか!」
「ちゃんと会わせてあげてるあたり、良心的じゃん?」
「むぐっ・・・あたしはきっと、これからも高坂兄妹に弄ばれていくんだわー」
「あー、はいはい。じゃ、まず最初の料理ね」

 あたしはさっそく、ご飯&目玉焼きon野菜炒めを机の上に準備する。

「それじゃあ、いただきまーす」

 さっそく、料理を口に運ぶ櫻井さん。
 以前は慎重に味見をしてからだったのに、最近はすぐに口に運んでくれる。
 ちょっと、自信をもっても良いのかな?

「はい、次」

 味噌汁も出来上がった。

「いやー、ほんと、きりりん氏も上達したよねー」
「マジ?」
「マジでマジで」

 さすがに、こう褒められると悪い気がしない。
 もちろん、京介も褒めてくれるんだけど、あいつ、あたしに気を使っちゃうし。
 その点、櫻井さんや加奈子って、遠慮無く本音を言ってくれるから助かるんだよね。

「ふいー、ごちそうさまでした!」
「どういたしまして」

 さて、ご飯を食べ終わってタイミングもちょうど良い。

「それじゃ、これ、デザートね」
「おおっ!スイーツまで準備してるなんて、すげーよきりりん氏。つか、これ、桜餅?けっこー手間かかってない?」

 まーね。
 今までのと違って、これは完全新作だし。

「それじゃ、いただきまー・・・・・・・・・・・・・・・zxふぃsgkぁえいgfが!?・・・・・・・・・」
「あっ!櫻井さん!!櫻井さん!?・・・」

 返事がない。ただのしかばねのようだ。

 まあ、とにかく、これは大失敗だったということで。京介には食べさせられないっと。

 ・・・それにしても、何が失敗だったのかな?
 まさか赤みをつけるために使ったハバネロパウダーが原因なわけないし・・・
 お砂糖入れすぎたのかな?

「おっ、いい匂いだな」

 そうこうしているうちに、京介が起き出してきた。

「うむ、桐乃もかあさんに負けないな」

 お父さんも匂いにつられて出てきたみたい。

「さあ、それじゃあ、みんなでいただきましょう」

 お母さんも、加奈子も、あやせも一緒。

「それじゃあ、いただきます」

 なんか不思議な感じだけど、やっぱり、自分で作り始めたからかな?
 以前とは違って、京介の妹としての自覚がしっかり出来てきた気がしている。
 
「はい、京介。あーん」
「あーん」

 妹として兄のお世話をするこの瞬間。
 心の底からの幸せに、やっぱり、あたしは妹なんだなーと強く思う。
 だって、他の人のお世話をしても、どんなに褒められても、こんなに嬉しいことはないんだもん。
 
 周りを見ると、みんないつもより笑顔だし、あやせも加奈子とじゃれあって楽しそう。
 あたしはなんだか恥ずかしくなって、京介と見つめ合ってしまう。

 あたしは、京介の目に吸い込まれるように、唇に熱いキスをした。



 これが、あたしの、普通の妹の朝だ。
 もちろん、お昼も夕方も夜も、こんな感じで普通に過ごしている。
 京介とイチャイチャなんかせず、ごく普通に、一日一日、幸せな毎日を。



End.



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最終更新:2014年11月08日 23:47