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SS『ほらいずむ』



段々と冷え込みが厳しくなり、日々、早まってゆく道行く人たちの足取りが、師走の訪れを告げている。

その一方で、日増しに増えてゆく街のイルミネーションが、着々と近づいてくる恋人たちの記念日を彩ってゆく。

そんな中で迎えた、その当日。

そして今、俺が何をやっているかというと---。



エロゲーである。繰り返す。エロゲーである。



さんざん街の様子を語っておいて、それかよ!と言われちまいそうだが、、、。

いや、さっきまでは、ちゃんと街にいたんだよ、確かに。

というのも、話は少し前に遡るのだが、、、。



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「ただいまー、う~、寒み~。」

講義を終えて大学から帰ってきた俺は、震える体を両手で擦りつつ、そのまま自分の部屋へと上がっていく。

そして手早く着替えを済ませたあと、冷えた体を温めるため、温かい飲み物でもいれようと、階段を下りてリビングの扉をひらく。

かちゃり。

中に入ると、桐乃がソファーに寝転がって雑誌を読みながらくつろいでいた。



「あ、おかえり。」

「ああ、ただいま。」



なんてことのない、普通のあいさつ。

でも前とは全然違う、普通のあいさつ。



気づいたやつはいるだろうか?

今のが、桐乃から声をかけてきたものだってことに。



あの最初の人生相談から始まった、兄妹二人の物語。

あの頃は二人とも、あいさつどころか、視線すら合わせようとしないでいたってのによ。

、、、変われば変わるもんだな。



そんなことを考えながら、俺はキッチンに向かいつつ、ちらりと件の妹に目を向ける。

と、そこで、雑誌からわずかに視線を外して、こっちを見ていた桐乃と視線がぶつかる。

慌てて、雑誌で顔を隠す桐乃。

「?」

不可解な妹の態度に首を傾げつつ、俺はキッチンの中に回り込む。

あれ?

そこにあったのは、湯気を立てているティーポット。

、、、もしかして。

「桐乃、これ、、、?」

「ん?ああ、それ?さっき飲もうと思って入れたんだけど、余っちゃったからさ。あんた、飲んでいいよ。」

「そか。さんきゅ。」

「ん。」

ティーカップを食器棚から取り出して、紅茶を注いでいく。

立ち上る湯気と、ポット一杯に入った紅茶が、どう見ても、さっき入れて余ったものではないことをハッキリと物語っていた。

かちゃん。

その紅茶を注いだティーカップを、俺はテーブルに二つ並べ置く。

「、、、さんきゅ。」

「ああ。ありがとよ、桐乃。」

「ん。」

自然と出てくる、お互いの感謝の言葉。

『要らない。太るし。』

用意してやった飲み物に、そんなことを言われたこともあったっけな。

そんなことを思い出しながら、紅茶を一口、飲みこむ。

その一口が、冷えていた体だけでなく、じんわりと心まで温めていくのを感じながら、俺は手にしたティーカップの中に映っているそいつを、ぼんやりと眺める。

へっ、幸せそうな面してやがんなぁ、こいつ。



「ねぇ、、、クリスマスと言えば?」

起き上がってソファーに座りなおし、組んだ脚の上に置いた雑誌を片手で捲りながら、俺がついだ紅茶を手に取って飲みつつ、桐乃がそんなことを口にする。

いつもの連想ゲームってやつか。

俺は思いついた答えを、そのまま素直に告げる。

「、、、プロポーズ?」

「ぶっ!げほっ、げほっ!」

「だ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫か?じゃないっ!」

けほけほと咳き込んでいた桐乃だったが、やがて、

「なんでそーなんの!」

ばんっ、と読んでいた雑誌を叩きつけるようにテーブルに置いて、桐乃が大きく声を上げる。

「違うのか?」

「たっ、確かにあたしたちにとってはそーかもしんないけどっ!世間一般的に言ってどーかって意味だっての!」

「だったら最初からそー言えっての。」

「ふ、ふつー、そー思うでしょ!」

「ふっ、あいにく、普通の人生、送ってないもんでな。」

「い、威張ってゆーな!ったくもう、、、。」



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そしてクリスマスの当日。



「、、、なあ?これが世間一般的に言う、ふつーのクリスマスってやつなのか?」

「当然っしょ!今日このときに買わないで、いつ買うってーの!」

相変わらずだな。せめーよ、おまえの世間。

桐乃と最後尾に並んだ俺は、レジまで続く行列に目を向ける。

「だいたい、毎年クリスマスにカップルでエロゲーを買いに来るやつなんて他にいるわけ、、、」

「、、、、、をください。」

、、、いた。

「?申し訳ございません、もう一度仰っていただけますか?」

「え?あ、えっと、、、その、、、。、、、けのメリークリスマス2、、、です。」

「はい?」

「真壁せんぱい、ちゃんとハッキリ言わないと、伝わってないみたいですよ?」

「うう、、、。どんな罰ゲームですか、、、?これ。」

行列の先頭で店員と話をしていたのは、俺の高校の後輩だった真壁くんと赤城瀬菜の二人だった。

「前にフィギュアのおっぱいの件で御鏡さんを怒鳴りつけた、あの迫力はどこにいっちゃったんですか?!」

「そ、それとこれとは、話が別です!」

かつて見た光景とは異なる光景が、俺たちの目の前で展開されていた。

、、、まだまだ修行が足りないようだな、真壁くん。

俺たちが後ろから声をかけようとした、ちょうどそのとき。

「ふはははは!やはりおまえごときに、俺の可愛い瀬菜ちゃんの相手は務まらないようだな!真壁よ!」

店の入口から鳴り響く、聞き覚えのある大きな声。

「お、おにいちゃん!?」

瀬菜が入口のほうを見て、驚きの声を上げる。

カツカツカツ。

軽快な足取りで店内に入ってきたそいつは、レジの前で立ち止まり、店員に向かって堂々と言い放つ。

「今日発売の新作18禁BLゲーム『男だらけのメリークリスマス2』を下さい!もちろん初回限定版特典の『俺とアイツの抱き枕カバー2枚セット』付きで!あ、店舗特典はCの『男だらけのポストカード』でお願いします!」

「「「、、、。」」」

一緒に並んでいた連中も俺たちも皆、殆どが絶句しているなかで、

「きゃ~~~~っ!」「これってまさか、伝説の『兄×彼』ってやつじゃない!?」「素敵すぎるっ!羨ましいっ!」

というような、一部の腐った、もとい、限られた連中の黄色い声だけが店内を埋め尽くす。

そんな声を全く気にする素振りも見せずに、そいつは、やおら振り向きざま、自分を親指でビッと指差し、こう告げる。

「やっぱり瀬菜ちゃんのとなりは、この俺じゃなきゃな!」

「さいてー。」

「ぐはっ!」

瀬菜の強烈なカウンターを浴びたそいつは、大きく仰け反って、よろよろと後退し、ガクッと膝をつく。

「な、、、何故だい?瀬菜ちゃん?はっ!まさか!店舗特典はCじゃなくて、Aの『アイツのシースルークリアフォルダー』のほうが良かったとか、、、!?」

「そ、そこじゃないの!あたしたちのクリスマスデートを尾行けてきてるところがキモいの!」

「ぐぅっ、、、!」

畳み掛けられるように罵声を浴びせられて、完全にノックアウト状態に落ちいっているそいつは、お察しのとおり、俺のしんゆ、、、知り合いの赤城浩平だ。

「はい、お待たせいたしました。」

そこへ、全く動じることなく、空気を読みもせずに、用意した品物を差し出す店員。さすがプロだな。

「行こ、真壁せんぱい。」

商品を受け取ったあと、真壁くんの手を取って、ダウンしている赤城の横を通り抜けていく瀬菜。

「あ、、、し、失礼します、お兄さん。」

ピクッ!

二人が店を後にした後で。

「ぉ、、、ぉ、、、俺をその名で呼ぶなぁぁぁぁっ!」

さっき受けたダメージをものともせず、叫びながら立ち上がって復活した赤城は、

「まだだ!まだ終わらんよ!」

そう残しつつ、二人の後を追って駆け出して行ったのだった。



「、、、声かけなくて正解だったな。」

「、、、そだね。」



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ひととおりのアキバめぐりで買い物を済ませたあと。

「なぁ、せっかく今日、ここまで来たんだから、スカイツリーに行ってみっか?」

ほくほく顔でとなりを歩く桐乃に、そう提案してみる。

俺たちにとっての、思い出の場所ってやつだ。

「へぇ、あんたにしては悪くない提案じゃん。いいよ、行ってみよっか。」

「おう。」



途中で少し早めの食事を済ませ、スカイツリーに辿り着いたのは、ちょうど辺りが暗くなり始めた頃だった。

しばし行列で並んだのち、展望回廊まで登ってエレベーターから外に出てみると、目の前に一面の夜景が広がっていた。



「すごー!きれー!」

桐乃が感嘆の声を上げる。

前回は曇っていたけれど、偶然、雪が降ってきてホワイトクリスマスになった。

そして今回は、冬の澄み切った夜空に瞬く星の下、眼前に広がる一面の街灯り。

「結構ツイてるよな、俺たちって。」

思わずそんな言葉が漏れる。

「あたしの日ごろの行いが良いんだから、当然っしょw」

「、、、そうかい。」

思わず苦笑する俺。

「ちなみにもし天気が悪かったら、あんたの日ごろの行いが悪いせいだかんね。」

「なんでだよ!」

「ひひひw さ、行くよ。」

そう言って桐乃が俺の手を取り、一緒に螺旋状の回廊をゆっくりと登ってゆく。

そして俺たちは最上階のフロアへと辿り着いた。



ちょうど空いていた大きなガラス窓の近くに歩み寄り、窓の向こうに広がる夜景を二人で眺める。

「あんときもホワイトクリスマスで良かったけど、やっぱ夜景も良いよねー。」

桐乃がそう言ってくる。

やっぱり考えることは一緒か。

「ああ。すげー綺麗だよな。」

「、、、あたしが?」

「言うと思ったよ。」

「ふひひーw」

イタズラっぽく笑いながら、すっと腕を組んでくる桐乃。

「お、おい。」

「こ、コレ、あんたへのクリスマスプレゼントだから。」

そう言って、頬を染めた妹が、チラリと上目づかいで俺を見る。

腕に触れる、柔らかな膨らみの感触。

俺は内心の動揺を隠しつつ、平静を装って問い返す。

「こここれが?」

どもってんじゃねえよ、俺。かっこわりぃな、ちくしょう。

「そ。こんなに可愛い妹がとなりで腕を組んであげてんだよ?シスコンのあんたには、これ以上ないプレゼントじゃん?」

「ったく、、、。」

「『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』、って、思った?」

「、、、俺の台詞を横取りするんじゃねぇよ。」

「ひひひひひw」

そして妹は、俺の肩にぽすんと寄りかかってくる。

「、、、また連れてきてよね。」

「、、、ああ。」

そのまましばらく俺たちは、静かに夜景を眺め続けたのだった。



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スカイツリーを後にした俺たちは、特に話して決めたわけでもなく、二人で同じ方向に歩いていく。

そして---。



「、、、懐かしいね、、、。」

「、、、ああ、そうだな。」



辿りついたのは、かつて俺が妹に想いの全てをぶつけ、そして、妹がそれに応えた場所。



「、、、でも、ついこないだみたいな気もするけどな。」

「、、、そだね。」



感じた想いは、きっとおんなじなのだろう。

俺たちは、どちらからともかく、手を取り合って、そして、お互いにきゅっと握りしめる。



「ひひひ、あんた、あんとき、思いっきり叫んでたよねーw」

「うっせ。」



『好きだぁーーーー!結婚してくれぇーーーー!!』



「そうそう、こんなカンジで、、、って、えっ!?!」

「ち、違うぞ、い、今のは俺じゃない!」



二人で声のしたほうを振り返ってみると、そこで一組のカップルが、今まさに、プロポーズしたばかりのところだった。

「「?!?!?」」

二人で訳も分からずそれを眺めていると、彼女がこう応える。



『、、、はい。』



途端にまわりで湧き上がる歓声。

「な、なんだ!?」

それはかつて、俺が、俺たちがやった、そのままの光景だった。

「ちょ、ちょっと待ってて、、、。」

桐乃がポケットからスマホを取り出して、たたたっと両手で操作する。そして。

「なっ!」

驚きの声を上げる。

「ど、どうした、、、?」

「、、、コレ。」

桐乃から手渡されたスマホの画面を見てみると、、、

「げ。」

聞いて驚け、、、

なんとここは、おススメの告白スポットとして紹介されていたのだ。

しかもそのあおり文句が、、、

『ここであなたの想いを全力で伝えよう!そうすれば、どんな困難な恋愛でもきっと叶う!例えそれが妹だったとしても、、、!そんな伝説の場所がココ!』

二人で絶句する俺たち。

そうしている間にも、一組、また一組と、新たなカップルが増えていく。



「こ、こんなことになっていたとはな、、、。」

「な、なんかメチャクチャ恥ずかしいんだけど、、、。」

まったくだ。

「、、、あんたも、またやってみる?」

照れたように冗談めかして、桐乃がそう言ってくる。

「、、、もう、しねぇってーの。」

「、、、ケチ。」

「ケチでも結構。」

俺は、照れを隠すようにそっぽを向いて、こう続けた。

「、、、一生に一度だけのものなんだよ、俺にとってのプロポーズは。」

「、、、そか。」

やべ、ちょう恥ずかしいぞ、これ。

ちらりと視線を戻してみると。

となりで頬を真っ赤に染めた桐乃が、満ち足りた笑顔で目の前の光景を眺めていた。

そんな妹を見て、俺は少しだけ目を閉じて考える。

、、、でも、まあ、、、あれだな。

、、、今日は記念日だしな。

、、、普段は言葉にできない想いなんだ。

今日くらい、、、今くらいは、言葉にしても、バチは当たんないだろうよ?きっと。

そして。

きゅっ。

俺は再び妹の手を取る。

「、、、それにな、、、。」

「、、、それに?」

問い返してきた妹の眼差しを見つめながら、その想いを、言葉をつなぐ。

「いちばん大切な人は、もう、となりに居るんだからよ。」

「、、、バカ。」

ぷいとそっぽを向きながら。

きゅっ。

「、、、ずっと、、、だかんね。」

繋いだ手に力を込める妹なのだった。



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「---そろそろ帰ろっか。あんまし遅くなっちゃうと、お父さんたちにまた変に怪しまれちゃうし。」

「だな。」



そして俺たちは、再び歩き始める。

それは幼いころ、一緒に歩いていたはずの道であり。

僅かなボタンの掛け違いから、段々と距離が離れ、気が付けば見失ってしまっていた道。

でも、もう見失うことはない。

ずっと失くしていた、暖かな温もりは、もう互いの手の中にあるのだから---



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そして---。



「うう、、、やっぱいいよね、、、このシナリオ、、、ぐすっ」「うっひょぉ~♪」「エロ~い!」「かわえぇ~♪」



、、、という訳だ。



ん?ああ、つまりだ。

家に帰りついて早々、

「さ、やるよ!今から!ほら、はやく!」

と、繋いでいた手をそのまま引っ張られ---



そしていつものごとく、エロゲの兄妹同時プレイの真っ最中という訳なんだよ。

もちろん、ケーキにロウソクをともして、二人で歌を歌ったあとでな。



ったく、いつまでたっても変わんねぇなぁ、こいつは。

マウスを片手に、となりで無邪気に表情をころころと変える妹。

、、、いや、変わったとも言えるか。

前に一緒にエロゲーやったときは、ここまで無邪気に楽しんでる姿なんて、見せたことなかったもんな。

、、、まぁ、壁の向こうからは、よく聞こえていたのだが。



「ねぇねぇ、あんたも可愛いと思うっしょ?」

「ああ、そうだな。」



、、、おまえが、な。



「ふひひ~、あんたも分かってきたじゃ~ん♪」

こっちの意図に気付かず、楽しそうにそう言ってはしゃぐ桐乃。

、、、やれやれ。

今さらになって御鏡の言葉が脳裏によみがえる。

『僕なんかじゃ桐乃さんの相手は務まりませんよ』

、、、確かにな。

こんなにぶっとんだ妹の相手なんて、俺くらいしかできないだろ。違うか?



こいつがありのままのこいつで、いちばんこいつらしく居られる場所。

そして、俺がいちばん俺らしく居られる場所。

誰よりも大切な妹のために。

そして、なによりも自分自身のために。

その大切な場所を、これからもずっと全力で護り続けていくという、波乱万丈でありながらも、それでいて、それがあたりまえと感じられる、日々の日常。



「なかなかいいもんだな、こーゆーのも。」

そうつぶやく。

「あったりまえじゃん!」

桐乃がそう応える。



やれやれ、おまえが言ってるのはエロゲーのことだろ?

ったくこいつは。



無邪気に笑う、その笑顔を見つめながら。

俺はいつものように、こう思うのだった。



俺の妹がこんなに可愛いわけがない。



Fin



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最終更新:2015年02月10日 22:35