57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/12/11(金) 19:22:01.56 ID:xELWIv0J0
緑の木々に建物が包まれているように見える。
歴史を感じる学舎ははまるで大きな邸宅のようだ。
俺がはじめてこの風景を見たのは桜の季節だった。
大学の入学式。
そのときはすこし肌寒い風が吹いていた。
コートを羽織るほどではないがスーツだけではちょっと と思ったのを覚えている。
春の熱狂的に咲き乱れた桜というものいいが、個人的にはこの青々とした5月の緑のほうが好きだ。
空と建物と木々が調和している。
俺はしばらくその風景を見ている。
そよ風と太陽の日が俺の気持ちを解す。
いま俺が着てるスーツでちょうどいい気温。
振り返ると桐乃がこっちにやってきた。
高校の制服を着ている。
「待った?」
「いや。今ちょっとこの景色見とれてたところだ」
「ああ。いいね。新緑の季節って感じで」
「お前も語彙増えたなあ」
「あ 馬鹿にした!売れっ子作家さまに何言ってんの!」
二人で笑う。
「あんたのスーツ姿まだ見慣れないんだよねー」
「お前はその制服サマになってるな」
「当たり前。プロのモデルはそれがお仕事だからね」
「うらやましいよ。どうだ?俺のスーツ変なとこないか?」
「うん。大丈夫。でもあとでネクタイ締め直したほうがいいかも」
「わかった。じゃあ そろそろ行くか」
「うん」
親父とお袋に会いにいこう。
俺達はお互いの気持ちを確かめ合い、俺は桐乃に求愛をし、桐乃はそれを受け入れてくれた。
だからもう、俺達は、兄妹じゃない。
愛し合い一緒に二人で生きていく。
そう決めた。
そして、これから人生で一番世話になった人たちに、このことを伝えに行く。
このことを話したとき桐乃はすっと理解してくれた。
「あたしも考えてたんだ。
でも怖くて言えなかった。
それが良いと思う」
俺も考えたくなかった。
いや考えることを放棄していた。
自分で提案しておきながらもう悩んでる。
どう説明する?
実の妹と愛し合っているなんて。
反対されるどころの話じゃなくなるだろう。
きっと俺と桐乃は引き裂かれる。
二度と会えないだろう。
会えてもそれは誰かの影に怯えながらになる。
いまさら俺はぐらつく。
桐乃と俺は相思相愛になるべきではなかったのかもしれない と。
兄と妹のまま お互いの気持ちは隠して生きていくことが正解だったのでは。
あの選択を俺は後悔してしまっている。
桐乃は心配そうに俺を見ている。
そして力強く笑う。
「大丈夫だよ なんて言えないよね
でもあたしこのまま秘密にしておくなんてできない」
こいつの強さに何度助けられたか分からない。
一本筋を通して自分を曲げない。
なにがあっても諦めない。
「それでも大丈夫って言うよ
あたしには京介がいるし
京介にはあたしがいるんだもん」
そう。
俺には桐乃が居る。
「幸せなろ?
一緒に」
そうだ。幸せにならなければならない。
俺達が幸せになるためには祝福されなくてはならない。
桐乃の手を握りしめた。
自宅に着いた。
昼にしたのは明るい場所で話をしたかったからだ。
場所は自宅リビング。
どこかほかの人の居ない場所のほうが良かったのだが相談してやめておいた。
これは俺達、高坂家の問題だ。
この家でしておきたい。
俺たちがフォーマルな服を着ているのは、重要なことを話すということを理解してほしかったからだ。
心構えができていれば衝撃は和らぐと思う。
桐乃を見る。
桐乃が俺を見る。
何もいわないが目に力を感じる。
行こう。
リビングに俺と桐乃と親父が座っている。
食事のときと同じ位置だ。
お袋はお茶をいれている。
誰も何も話さない。
お袋はお茶の準備をしているがいつもより手際が悪い。
親父は俺の前で泰然と座っていて、いつもと違うようには見えない。
俺は座った姿勢のまま動けないのでとなりの桐乃の様子は伺えない。
4人にお茶が配られる。
そのまま空気が固まる。
二人は俺がなにを話すのか待っている。
話を切り出すのは俺だと決めていた。
こいつにはさせたくない。
俺が黙っていては進めない。
呼吸を整える。
話そうと思っていたことが飛んでしまう。
頭の中で何かを考えてみたいが真っ白だ。
浮かんでは消える思考の束だけが脳内を駆け巡る。
どうした俺。
いつもなら何も考えずにできたことじゃないか。
動いてから考える。
いつの間に臆病になってしまったのか。
自分の呼吸音だけが聞こえる。
「ねえ」
お袋の第一声。
が。
親父が手を上げてそれを制した。
「京介 桐乃 お前たちが話をするまで待っているつもりだった」
低い声で話しだした。
「このままでは無理のようだな」
いつもの威圧感は無い。
「これから聞く話だが 俺はわかっている。おそらく母さんもだ」
両親の顔を見比べる。
お袋は唇を噛み締めている。
親父は俺を見つめている。
「話せないか?ならば俺が話そう」
桐乃を幸せにすると言っておきながら声を発することすら出来ない。
だが親父の言葉で決意が固まった。
「親父 お袋 聞いてくれ」
ゆっくり息を吐き出す。
「俺と桐乃は愛し合っている
兄妹の愛情じゃない。俺は ひとりの女性として桐乃を愛してる」
「あたしも京介が好き。誰よりも 好き。愛してる」
ようやく言えた。
親父の表情は変わらなかった。
軽く目をつむり何も言わない。
お袋はテーブルを見つめている。
ため息が聞こえた。
「そうね。お父さんの言うとおり。分かってたわ」
お袋を見る。
「そもそも二人が変だと思って京介に一人暮らしさせたのもあたしだしね
分かってないわけないのに。忘れようと思っていた」
天井を仰ぐ
しばらく動かない。
「なんでかしらね。驚きも悲しみもない。もっと取り乱すかと思ってたけど。不思議ね」
考えていたことはあの告白だけだ。
そのあとのことは何も考えていなかった。
「楽になった気がする。もうあれこれ心配しないでいいんだって」
そう言って悲しそうな顔でこちらを向いた。
一瞬で歳をとったように感じる。
「酷い親ね。子供のことよりも自分の安心を取るなんて」
首を振って自嘲気味に笑う。
「聞きたいこといっぱいあるはずだけど忘れちゃった。
ねえ。
でもこれだけは聞かせて。
二人はそれで本当にいいの?」
「…ああ。後悔はしていない」
「うん」
「そう。
そうよね。今はそう言うしかないわよね。
でもね 覚えておきなさい。今は後悔しないだけよ。
今は。
いつかきっと後悔するときがくる」
そのことはさっき知った。
俺の決断は一瞬で崩れそうになった。
いまもギリギリ踏みとどまっている。
「その時どうするの?今の言葉を裏切らないでいられる自信ある?」
俺は何も言えない。
俺は目を閉じる。
これは熟考するためじゃなかった。
俺を守るため。
恐ろしい未来から目を背けるための逃げだ。
逃げ。
そのことを自覚して俺は自己嫌悪した。
心が挫ける。
俺の決断はこんなにやわなものだったのか。
「怖いよ」
桐乃の声に目が覚める。
「そのときになったときが怖い。
あたし自信ない。
京介も…そうなんじゃないかな。
後悔するってことは否定しないよ。
いつか絶対後悔する。
だからね。
私その日まで幸せに過ごしたいの。
間違った選択をしたんだって後悔するその日まで。
それは10年後、5年後、ううん明日かもしれない。
でも そのときまで積もったたくさんの幸せが。
幸せがあたし達を支えてくれると思うんだ」
ことばの力。
それは俺を後押ししてくれた。
なにか現状が変わるわけじゃない。
でもそれは俺に一歩 たった一歩だけど前にすすむ原動力になった。
「親父、お袋」
言葉を口にすると思考がクリアになった。
「俺はいままで馬鹿なことしてきたって思うよ。
自分を抑えて嘘ついて、それで上手くやってるつもりだった。
でもこいつのことを想って、動いて失敗して痛い目見て、やっと分かったんだ。
自分に素直にならなきゃ俺は生きていけないんだ。
それが無理で、死んだように生きるなんてできない」
話をしていて俺は自分に驚く。
こんなことを考えてたのが自分は。。
自分の言葉に考えがまとまっていく。
もやもやが晴れていく。
「それが周りを不幸にするとしても?」
お袋の言葉が容赦なく俺に突き刺さる。
「みんなを幸せにすることなんて俺にはできない。
せいぜい隣に座ってる桐乃一人くらいだ。
桐乃のために色々なひとの気持ちを裏切ってきた。
そうやってなんとなく分かったことがあるよ。
誰かを幸せにすることは、それ以外のひとたちを不幸にすることだって」
親父と、お袋と、桐乃が。
俺の言葉を聞いている。
「俺は弱い。
いまならそれを認めることができる。
これからそれを背負って生きていく。
弱さを知って、それに負けないように生きていく。
だから、だから俺は。
誰かを不幸にすることを恐れて、一番大切なひとと幸せになれないなんてできない。
自分のために、自分の大切なひとのために生きる。
俺と桐乃は幸せになる。」
一息つく。
「俺は自分の想いを変えない。
桐乃と未来を作っていこうと思う。
それは幸せな未来のはずだ。
でも」
両親の顔を見る。
「親父、お袋。
俺はふたりを不幸にしてしまう」
ようやく親父が目を開いた。
「謝りはしない。
許しは乞わない
罪の意識にさいなまれながら生きていく。
桐乃と二人で」
俺は目をつむる。
気付かずに椅子から乗り出していたようだ。
改めて深く座る。
「そうか…」
「…親父」
「あの時を思い出していた。
お前がはじめて桐乃を庇って俺が殴ったときを。
あのときよりずいぶん大人になったな京介」
「…」
「無茶苦茶を言っていたなあれは。
しかしどこか一本筋が通っていた。
お前のいいところだ。
これから生きていく上一番重要なこと。
それは人に信頼されることだ。
それさえ出来ればあとはなんとでもなる。
お前のさっきの言葉。
嘘偽りの無いものだと感じた」
「親父…」
「桐乃」
「はい」
「お前はどう思った。
さっきの京介の言葉を聞いて」
「嬉しい…けどちょっと違うかな
あたしも京介を幸せにしたいんだ。
ううん。あたしが京介を幸せにするんだって言いたい。
あたしね。不幸にならないように生きていく、なんて思ってないんだ。
幸せになりたい 幸せになろうって生きてく。
そんな風に考えてる。
京介が居るからこれからも大丈夫 って思ってた。さっきまで。
でもそれは無理かもしれない。
小さいころから何年もかけて、あたしの京介への気持ちが変わったみたいに
この先また気持ちが変わらないなんてないもん。
でも 幸せなろうって気持ちだけは変わらないって言えるよ絶対。絶対に。
その意思だけは絶対曲げない」
「桐乃も変わったな…。
どこか危うい感じがしていたが今は安心していられる」
深く息を吐く。
しかしため息ではない。
「お前たちが生まれてずいぶん経ったと思ったが、まだ20年も経っていないんだな。
俺の生きてきたようやく半分といったところだ。」
そして俺達ふたりを見る。
「関係が悪くなっていたお前たちが、仲良くなって俺は嬉しかったよ。
これから家族4人。
仲良くやっていこうと思った。
京介の将来。
桐乃の将来。
考えるのが楽しかった」
今度は俺が目を閉じた。
「俺はこの場でお前たちを説得する気はない」
「お父さん…」
「聞いてくれ母さん。
子供の決断だ。
何を言っても聞かないだろう。
ここに座る前はそう思っていた。
一時の迷いでこうなっているとな。
しかし言うことを聞いて理解した。
本当に二人は愛し合っているんだな。
京介、桐乃。
俺はふたりの言葉を信頼しよう。
お前たちは俺の信頼を得たのだ」
「親父…」
「お父さん…」
「今思えば桐乃、子供の頃、お前の京介に対する羨望の眼差しはこうなることの布石だったのかもな…。
いや、おそらくそうなんだろう。
避けられなかった とは思わんが可能性としてあった未来なのだな」
親父は顔を引き締めた。
父親の顔だ。
「俺はさっき信頼するといった。
信頼するというのは、結果どんなことがあってもそれを受け入れるということだ。
お前たちが不幸になってもそれをあるがまま受け止める。
それだけだ」
俺は腹に力を入れる。
「京介、桐乃。
お前たちを今まで子供として扱ってきた。
子供はやりたくなくても やらなくてはいけない事が沢山ある。
やりたくても やってはいけないことも沢山ある。
そして。
二人はやってはいけないことをやってしまった。
一線を超えたのだ。
もう子供ではない。
俺はお前たちを大人として扱う」
「…」
「そして俺と母さんも大人だ。
大人と子供の違い。
大人はやりたくないことは しなくていいというところだ。
大人とはやりたいことを していい。
なぜなら自分でその責任を取れるからな。
子供はそうはいかない。
お前たちは今まで守られて生きてきた。
しかし、これからそれは出来ない。
お前たちはやりたいことをしようとしている。
そしてその責任はお前たちが取るんだ。
親不孝な子供には責任をとってもらう」
「ああ」
「俺も大人としての態度を決めよう。
やりたくないことはしない。
俺はお前たちの関係は認めん」
胸につっかえていたものがすっと消えた。。
「京介、桐乃。
お前たちふたりの顔はもう見たくない。
俺と母さんを裏切ったからだ。
わかるな?」
お袋のほうを見る。
悲しそうな顔でこっちを見ている。
何も言わない。
「桐乃。お前はまだ高校生だ。この家に居ることを許してやろう。
卒業した後のことはお前が決めろ」
「…うん」
「京介。お前は金輪際この家に近づくことは許さん」
俺はその言葉の重さを確かめる。
「学費はもう1年分振り込んでしまったな。
それはくれてやる。
そのあとはお前がなんとかしろ。
働いて大学を卒業するのもいい。やめてしまうのもいいだろう。
しかし一切の援助はしない。
ひとりで生きてみろ」
「…」
「そしてこれから
お前たち二人が会うことは絶対に許さん。
京介。
出て行け。
今すぐにだ」
そう。
そうだな。
こうなるって分かってたことだ。
しかし諦めの気持ちではなかった。
「わかった」
いますぐというのが良い。
長く居てはまた辛くなる。
お袋は悲しそうに笑って俺を見ている。
俺も笑おうとおもったが、上手くいかなかった。
「おい京介」
「ああ」
「これは約束だ。お前と俺と母さんと、そして桐乃との約束だ」
「うん」
「そう。
約束だ。
簡単に破ることのできる薄い紙のようなものだ。
俺は言葉なんぞ信じない。
約束。
軽く危うい言葉。
しかし京介。
それがなんなのか、俺の言っていることが、お前にはわかるはずだ」
力強く頷く。
「わかる。
わかるよ」
俺は立ち上がる。
「金は必要か?」
「いや。いい。なんとかする」
そうか、と親父は言う。
「あたし 見送ってもいいかな?」
「駄目だ。ここに居ろ」
リビングのドアに向かって歩く。
家であった出来事を思い出そうとする。
しかしうまく出来なかった。
俺は振り返る。
そして頭を深く下げる。
「お父さん。
お母さん。
今までありがとうございました」
頭を下げている俺に声を掛けてくれるふたり。
「京介」
お袋だ。
「元気でな」
親父だ。
親からのはなむけの言葉だった。
これだけで十分だ。
桐乃は。
桐乃はなにも言わない。
頭を上げて桐乃の顔を見る。
それは1秒にも満たない時間だった。
こころでこうつぶやく。
さようなら。
靴を履きながら、もう ただいま を言うこともない。
おかえり と言われることもない。
不思議な感じだ。
そんなことを考えていた。
外に出ると柔らかい日差しと暖かな空気を感じた。
しかしずいぶん身軽になったな。
両手には何もない。
心に背負っていたものも無くなった。
あるのは思い出だけだ。
みんなとの思い出。
妹の、桐乃との思い出。
俺にあるのはこれだけだ。
いや違う。
こんなにもある。
桐乃が言っていたことを思い出す。
つらいときは幸せが支えてくれる。
幸せな思い出がきっと俺をささえてくれる。
桐乃との約束が俺をささえてくれる。
幸せになろ?
一緒に。
そうだ。
俺達は幸せになるんだ。
そう約束したんだ。
約束。
親父とお袋と桐乃との約束。
二度と会えないわけじゃない なんて思わない。
これで最後だってこともある。
俺と、家族との約束は、簡単に破っていいものじゃない。
親父が 約束 といった理由がわかる。
触れると簡単に破れてしまうから。
だからこそ強い言葉なのだ。
最後に見た桐乃の顔を思い出す。
何も恐れていない。
俺の全てを信じていた。
そして俺はその信頼を受け止めることが出来たと思う。
不安になったら。
幸せになれないかもしれないとおもったら。
桐乃のあの顔を思い出せばいい。
桐乃の言葉を思い出せばいい。
それが俺の揺るぎない力だ。
歩き出す。
どこに向かうか。
これからどうするかは前に進んでから決めればいい。
俺はそういう人間だ。
とりあえずどこか寝る場所を探そう。
沙織に頼むしかないか。
借りを作りたくないとか言ってる場合じゃないしな。
やれやれ。
俺は歩みを進める。
幸せな未来へと歩いて行く。
俺は思う。
幸せとはどんな道のりをたどれば良いのか。
幸せになる方法はいくらでもあることを俺は知っている。
俺は感謝する。
この季節に感謝する。
俺は願う。
幸せとは、この季節のように、柔らかく包み込んでくれるものであるようにと。
そして俺は祈る。
桐乃のゆく先に
いつも暖かな空気がありますように。
-了-
----------
最終更新:2017年08月26日 10:38