340 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/04/09(土) 12:43:10.60 ID:G+jtU5eZ0 [1/10]
たすたす……たすたす
「んー……?」
控えめに扉を蹴る音で目が覚めた。
気だるく体を起こし、時計を探る。どうやらちょっと横になっている隙に睡魔に襲われたようだ。目覚し時計の短針は11を指している。
たすたす……だんだん!
痺れを切らしてきたのか、足ノックが激しい音に変わりつつある。
「っとと……おう。なんだ?入れよー」
最低限の体裁だけを整えて、我ながら面倒くさそうな声で招いた。
すると、言い終わるか否かの速さでドアが開き、我が傍若無人の妹様……高坂桐乃が体を滑り込ませてくる。
後ろ手にドアを閉めると、整った眉目でキッとばかりにこちらを睨み付ける。
……って、なんでちょっと涙目なんですか?桐乃さん……?
「この、馬鹿!変態!ノロマ!グズ!!何でもっと速く返事しないのよ!?あんたシスコンでしょ?シスコン兄貴が可愛い妹を暗い廊下に長い時間放置して、良く平気でいられるわね!?信じらんない!マジ信じらんないっ!!」
「お、おい!何をそんなにいきり立ってるんだお前……!つか大声出すなっ!親父が起き出すだろ!」
「うるさいキモイ!」
取り付く島もなく言い放つと、先ほどまで俺の寝ていた布団をベッドから引き摺り下ろし、包まり出す。
そしてキョロキョロと周りを伺うと、寄る辺を探すようにふらふらと彷徨い出す。
「あのなぁ……なんでお前はひとの部屋に怒鳴り込んできて幽霊の真似事してるんだ?」
幽霊、という単語が出た瞬間、クラゲよろしく彷徨っていた桐乃がビクリと固まる。
「な、ななななによ幽霊って!そんなもの居るわけないでしょー!?ああああああんた、幽霊見たことあるっての?」
「何だお前、寒いのか?すげぇ震えてるぞ……」
「るさいっ!寒くなんか無いわよ!震えても居ない!」
「どう見ても震えてんだろ……」
まったく。なんだってこいつはこんなに意固地になってるんだ?桐乃の安眠妨害は今に始まった事じゃないが、なんだか分からないままに怒鳴られ続けているのはやっぱり癪だ。
「お前、ちったあ時間とか、俺の都合とか考えてだなぁ」
「それより、早くあたしの質問に答えなさいよ……!」
「はぁ?」
俺の正当な訴えがぶった切られる。
「……っ!だから!あ、あんたは、幽霊見たことあるのかって……」
……こいつ、もしかして……。
今日の晩メシ後、1階で見ていたテレビを思い出す。
341 名前:【SS】2/5[sage] 投稿日:2011/04/09(土) 12:45:13.04 ID:G+jtU5eZ0 [2/10]
子供騙しみたいなホラードキュメントだ。
部屋で寝ていると、キシキシと、何かが歩み寄るかのような音が聞こえ出す……とかって始まりだった気がする。
あんまり真面目に見ていなかったので良く覚えては居ないが、廊下に出てもその音が家中に響き、どこから何が迫ってくるか分からない恐怖の中で、リポーター達がわざとらしく逃げ出して終わり……だったか。
「桐乃……お前、幽霊が怖いのか?」
「ばっ……!」
桐乃のにくったらしい顔が見る見る赤く染まる。
「馬っ鹿じゃないの!あたしが、このあたしが幽霊なんか怖がるわけ無いでしょ?マジキモすぎ。妹が幽霊怖がって自分を頼ってきてるーとか、ちょっと嬉しかったりするんでしょこのシスコン兄貴!!」
こ、こいつ……!なんで俺がここまで罵られなきゃならんのだ。
……良いだろう。怖くないってんなら、ちょっくら試してやろうじゃないか。
「ん……?桐乃、どっからか音が聞こえないか?」
「ふぁっ!?」
……おいおいおい、何だその言葉にならない声は?
「な、なによ……何にも聞こえないわよ……!」
「いや、なんだろう、まるで何かが歩み寄ってくるかのような、キシッ……キシッ……って音が……どこから聞こえるんだ?この音」
「う、嘘っ?嘘でしょ兄貴!?」
「嘘じゃねぇって!……こっちか?」
俺が扉の方を指差すと、桐乃は飛び退くように後ずさる。
「いや、こっちか?」
「ふぁああ!」
「お?こっちからも聞こえるような」
「ひぃぁぁ!」
桐乃は四辺をパタパタと行き来していたが、とうとう行く場所がなくなったのか、部屋の中央に座り込んだ。
そして、頭から布団を被り、うずくまってしまう。
「う、うあぁぁぁ……」
げぇっ!本気で泣かしちまった!?
「きっ桐乃!大丈夫だ、大丈夫だぞ!?もう音は聞こえないからな?」
「兄貴、あにきぃ……どこぉ……」
かぶりを振りながら(布団がもぞもぞ蠢いているようにしか見えない)、這いずるように俺を探し求める。
「ああすまん、ここにいるぞ、桐乃」
頭があるであろう膨らみの前に膝を付き、耳元で聞こえるように伝える。
声を聞くと同時に布団の下から手が生え、俺の手を握り締めた。
342 名前:【SS】3/5[sage] 投稿日:2011/04/09(土) 12:47:56.39 ID:G+jtU5eZ0 [3/10]
「兄貴、あにき……」
「……ごめんな、桐乃。幽霊なんて居ない。ここに居るのは、俺と桐乃だけだ」
慰めるように話してやると、桐乃が恐る恐る顔を出す。
その顔は、本当に久しぶりに見た桐乃の泣き顔で……火照ってピンク色に染まる頬、上目遣いで助けを求める涙目は、憎たらしかった筈の【妹】の顔を、守るべき【女の子】の顔の様に見せた。
心臓が大きく脈打ち出す。
(ば、馬鹿野郎、俺!妹だぞっ!桐乃は俺の妹じゃねぇか!何をこんなにドキドキする必要がある!?)
「ホントに?ホントに大丈夫?」
可愛らしく尋ねる桐乃の声に、またもや心臓が大きく跳ねる。
「お、おう!……ごめんな桐乃。こんなに怖がらせるつもりじゃなかったんだ。ちょっとからかってやったら、いっしょに騒げて楽しいんじゃねぇかって……すまん!この通りだ!」
俺はきょとんとする桐乃の目の前で土下座する。
そうだ。俺は桐乃を守ってやらなければならない男じゃないか。逆に桐乃を泣かせるなんて、最低だ。
「本当にすまないと思ってる。なんだってする。許してくれ、この通りだ」
暫く呆然と眺めていた桐乃だが、不意に薄く微笑む。
「本当に、なんでも?」
「ああ、本当に、なんでもだ!」
間髪居れずに俺が答えると、その従順さに満足がいったのか満面の笑みを見せる。
(ぐぁっ……!無茶苦茶可愛いじゃねぇか……!)
「じゃああんた、今日は、あたしと一緒に寝なさい!」
ビシッと指差したかと思うと、桐乃が威勢良く……。
威勢良く……?
「はあああああああああああああああ?」
「なっなによ!……あんたが幽霊の話とかするから、なんだか寒くなっちゃったの!あんたのせいなんだからね!あんたが責任とって暖めてくれないとダメでしょ!?」
「だ、だからって……一緒の布団で……く、くっついて寝るってことだろ?やばいんじゃねぇかそれは!?」
「キ、キモッ!何キモイ言い方してんの!?し、シスコン!シスコンもここまでくるとホント犯罪ね!あんた妹にどんだけ欲情してんのよ!?」
そう言う桐乃の顔は、燃え出さんばかりに真っ赤に染まっている。いや、桐乃だけじゃないか、俺の顔も耳まで熱い。これでは欲情していると言われても全く反論できない。
「キモイこと考える暇があったら、ちゃんとあたしに尽くすことを考えなさい!今日のあんたはあたしの召使なんだからね!あー兄貴のせいで寒いなー……」
ジト目でそんなことを口走る。
343 名前:【SS】4/5[sage] 投稿日:2011/04/09(土) 12:52:21.36 ID:G+jtU5eZ0 [4/10]
「だあああああああああああわあったよ!じゃあベッドに行くぞ!」
「ぬぁっ!なっ!何よベッドって!キモイキモイキモイ!あんた、あたしと何するつもり!?」
両腕で自分を抱きしめるようにして、桐乃がお尻で後ずさる。
「ば、馬鹿!寝るだけだろ!一緒に寝るんだろ?人聞きの悪い事言うんじゃねぇ!」
「あ、そ、そうね。そうだったわ……」
「寒いんだから、もっとくっつきなさいよ……!」
そんなわけで、俺と桐乃は……言うのも小っ恥ずかしいのだが……抱き合うような形で俺のベッドの上で横になっていた。
正直さっきの泣き顔を見てからというもの、俺の目はどこかおかしくなっちまったんじゃないかと思う。
今までは憎たらしくしか写らなかった桐乃の表情や仕草が、彼氏に甘えている1人の女の子……のように見えてしまう。
「な、なんでそんな腰引いてるのよ……」
「ひっ引いてなんかいねぇよ!」
嘘です引いてます。
だって仕方ないだろう!可愛い女の子と1つのベッドの上で抱き合ったら、そういう気分になるのが……反応せずに居られないのが男の性ってものだ。
桐乃の良い香りが鼻腔をくすぐる度、俺は兄妹の一線を越えんとする欲望を抑えることで精一杯だ。鎮まれ、鎮まれ俺の血流!何か、何か別のことを考えるんだ……!
「あ、そ、そういえば……」
「なによ」
「小さい頃は、良くこうして一緒に寝てたなぁ!」
「あ……」
不意に桐乃が黙り込む。
数秒の間を置いて俺の胸におでこを預けると、消え入りそうな声で言う。
「……そうだね」
……俺は、何か別の話題を探していただけだった。桐乃との、幼い頃の思い出なんか……残っては居なかった。
だけど、今俺に頭を預けている桐乃の胸中には、その頃の俺達が映っているのだろうか。
淡く、頼りなく揺れる俺の記憶の中に……その光景を求める事は出来るのだろうか。
「庭で……プールとか一緒に入ったよな」
桐乃が顔を上げる。
「あの頃は、こうやって2人、いつもくっついて回ってたな。一緒に寝て、一緒に遊んで……大好きだった」
思い出は、蘇る。
忘れたように見えたとしても、自分の中にある大事な想いに気付けば……大切なものを思い出せば。
「兄貴……?」
「なあ、俺達は、この数ヶ月の間に、大分近づいたと思わないか」
344 名前:【SS】5/5[sage] 投稿日:2011/04/09(土) 12:55:24.40 ID:G+jtU5eZ0 [5/10]
桐乃は何も言わない。
いや、いつだって文句ばっかりの桐乃だから、黙って聞いていてくれる事が答えなんだ。
「本当は、ずっとお前に頼られたかったんだ。昔みたいに、誰に憚ることなくお前の事が大好きで、誰に憚ることなくお前に大好きって言って欲しかった」
「……シスコン」
桐乃の顔は俺の胸にうずめられていて、表情は伺えない。だけど、身体が温かくなっているのが感じられる。
「シスコンでも良い。気付いちまった以上は仕方ないんだ。俺はお前を……一生、離したくない」
言ってしまった後で、頭が真っ白になるような感覚に襲われる。
実の妹に、俺はとんでもない事を言っちまったんじゃないか!?桐乃にキモイと逃げられても文句が言えない……いや、それが正常な反応だ。
「い、や、あのな!だから、つまり……!」
言い訳しようにも言葉が見つからない。当たり前だ。本心を語ったんだから。
「ばっ……!」
桐乃が俺を突き飛ばし、大きく息を吸う。
「ばっかじゃないの!シスコンにも限度があるっての。あんたみたいな変態、ちょっとやそっと役に立ったくらいで調子に乗ってんじゃないわよ!」
あああ、そうだよな……。やっぱりそうなるよな。この傍若無人の妹様が、そうそう簡単に……。
「だ、だからっ……」
「へ?」
なぜか桐乃は、もう一度俺の胸に戻ってきて、呟くのだ。
「これから一生……人生相談……聞いてよね。離したくないなら、離れんじゃないわよ……?」
桐乃はちょっとだけ顔を上げると、上目遣いで俺を見る。
その顔は真っ赤で、少し涙目で……紛れもなく、俺が一生守っていこうと思える女の子の姿だった。
その何かを期待するようなその眼差しに、俺は堪らず答える。
「離れない。その代わりお前は、俺のもんだ」
終わり
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最終更新:2011年04月12日 20:50