600 名前:【SS】儀典:黒の預言書『真実の吐露』[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 10:35:53.81 ID:i67vvIgx0
儀典:黒の預言書『真実の吐露』/SS
【前半】
とある真夏の下校時刻、俺は後輩に校舎裏へ呼び出された――
「私と付き合ってください」
「――えっと――」
少しばかり予感していたが、『人生で初めてのマジ告白』を受けた。さて、どう返事していいものかね…。
「だめ…、かしら?」
「―――いや、俺は嬉しいんだけどさ」
――今の俺にとって、これ程バツの悪いお願い事はない。
本当に嬉しんだよ、こんなに可愛い後輩に告白されて…。
ようやく色恋沙汰に無縁だった俺の人生に花が咲いて、初めての彼女ができるチャンスが舞い込んできたんだからよ。
でもな、偽物だったとはいえ、桐乃に彼氏ができて、ムカついて、暴走して…。
今日は、そんな人生で一番と言っても良い大恥を晒した翌日なわけだ。流石の俺も告白を受け容れて彼女を作るなんて、とてもできないぜ…。
――ありえない話だが、立場が逆だったら、桐乃はとても傷付くだろうし。
「答えに窮しているようね?もしかして、妹とその偽彼氏の面前で『お前に桐乃はやらん!!』、と啖呵を切ったからかしら?」
「おま…、何で俺の黒歴史ベスト3に入る言葉を知ってんの!?」
「その場に居た当人から電話で教えてもらったわ」
あんのアマ、どれだけ恥を掻かせれば気が済むんだ…。
すべてをブチ壊した腹いせか?なぁ、そうなのか、桐乃!?
「先輩は、あの女がそんな話をどうして私にしたと思う?」
「大嫌いな奴に大恥かかせて、笑いものにするために決まってんだろ!!」
黒猫が『答えが決まりきっている事』を質問してきたんで、少し声を荒げて反論してやった。
「あなたの羞恥心を掻きむしって楽しむだけ…!?――――あなたは…、あなたって人は!!」
――黒猫も、きっと乗ってくると思っていたんだが…。
意外にも凄い剣幕で俺を睨みつけてきたため、内心、少しビビった。
「考えてみなさい。あなたなら、相手を笑いものにしたいからって、大嫌いな女の為に偽物の恋人を目の前に連れて来れるの?そして、わざわざ両親にまで紹介出来るかしら?」
「――――」
立場を逆にして発想してみると、やっぱり合点がいかない。俺をバカにするだけだったら、そこまでする必要はない。第一、あそこまでは怒らないし、俺に涙を見せるはずがない―――よな…。
―――だったら、何で、わざわざあの野郎に頼み込んで偽彼氏役やらせて、家に呼んだんだよ?
「今の反応で確信したわ。先輩、あなたはあの女の気持ちが分らなくて焦燥しているのでしょう」
「何を言ってんの、お前は?別に俺を嫌っている桐乃の気持ちなんて知りたくもねぇ」
「――そう…」
「なぁ、もしかして、お前は俺に桐乃の気持ちを理解させるために付き合おうって言ってんの?」
「あら、少しは頭が回るみたいね。あなたの彼女になりたいっていう気持ちも本当だけど、それも私の狙いのひとつ。あの女の真意を知るには良い機会になるわ」
普通の告白かと思ったら、桐乃の本当の気持ちを知るチャンスもついてお得です、って事か!?おいおい、全然お得じゃねーし!
そんなサービスお断りだぜ!お前が俺を好きで付き合ってくれ、って話だけでいいじゃねーか。それなのに、なんで桐乃が出てくんの?
意味不明だし、別にあいつの気持ちなんか知りたくもない。
うぅ、マジで気持ち悪りぃ、ぺっぺっ!!いい加減止めてくれ、シスコン扱いするのはよ…。
どうせ、想像している以上に俺を嫌っている事実を突きつけられてガックリと肩を落とすに決まってる!!
「そんなの知りたくもねぇ、何度も言わせんな!!」
「あきれた、本当に似たもの同士ね…。」
さっきより少しきつく言ったのに、黒猫は全く引かず、毅然とした姿勢をとった。
そして、今まで何度も見てきた、そう桐乃と同じ絶対に曲げない信念を秘めた目で俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「先輩は、このまま逃げ続けて、一生、悶々とした思念を抱き続けるつもりなの?」
「――――――」
思いがけない言葉を聞いた俺は、心臓の真芯にトゲが刺さったみたいな痛みが全身を支配し、一切身動きが取れなくなっちまった。
「この程度の事に回答出来もしないなんて、どうしようもない位のヘタレね」
「何で、告白した奴を罵ってんの、お前は?」
「きっと、私と付き合えば判るわ。だから、もう一度言うわね、私と付き合いなさい。」
ありきたりな返事をして、肝心なことから逃げようとしたんだが、捕まってしまった。どうやら、今の黒猫はどうしても俺を逃がしたくないらしい。
―――解かってるよ。黒猫の言う事は魅力的だ、俺にとっても悪い話じゃない。
桐乃が俺に彼氏役を頼んだ事と偽デート時の言動や、その後に当てつけのように偽彼氏騒動で家族と友人たちを大混乱させた事…。
悔しいけれど、俺が一人で頑張っても答えなんて出ない。桐乃に直接聞いても絶対に答えてはくれない。
正に八方塞がりの状態だったわけだ。
でも―――、でもだ。やっぱり直ぐには返事できない。
脳裏をあいつの涙でグチャグチャにした顔が過って、言葉が詰まっちまう。
俺だって、そこまで鈍感じゃない。
黒猫の言いたいことは解かる気がするんだが、どうしても解かってはいけない気がする…。
だってよ、もう後に引くことが絶対に出来なくなる、そんな予感がするんだよ…。
――クソがっ…。俺は、何でこんなに…っ!!
「良いわ、少し時間をあげましょう。あなた程度のサルでは即答できないことも想定済みよ」
そう言うと黒猫は何事もなかったかのように立ち去り、俺は体育館の裏にポツリと残されてしまった。
ここで立ち尽くしてても仕方ねぇし…、家に帰ってから考えるとしようかね。
コンコン。非常に気まずくはあったが、報告しないわけにはいかないと思い、俺は桐乃の部屋のトビラをビクビクしながらノックしたわけだ。
「桐乃、いるか?」
「―――何?」
扉越しに、凄く不機嫌そうな声で桐乃が返事をしてきた。
「俺さ今日、黒猫に告白された」
「―――!!本当にやったんだ、あいつ…」
「知ってたのか?」
黒猫とはどんなに喧嘩し合っていても兄に告白することが言えるほど仲が良いんだな。あいつは、もしかして俺が知らない桐乃の秘密を知ってんのかね。たとえば、本当に好きな奴とか…。
いかん、偽彼氏の一件があってからというもの、妹の恋愛話を考えるとムカムカするぜ…。
「まぁ…ね。で、あんたはどう応えたの?」
「いや、まだ、返事しない」
「――何で?」
「それはよ…」
気まずいだろ。色んな意味で、な…。
妹の体裁をメチャクチャにして、そんで『俺は彼女を作ったぜ、しかもお前の親友だ』なんて言えるかよ!!
「あいつの事が嫌いなわけ?」
「んなことはない、好きだぜ。でもな…」
「まさか、あたしに気を使ってんの?」
いきなり図星をつかれた。こんな時だけ鋭いじゃねーか、いつもは俺の気持ちがわかんないって言ってるくせによ。
うーん、困ったぜ。正直に言ったら怒りそうだし、嘘を言っても怒られそうだし、どうすればいいんだよ。
「…わかんねぇ」
――キィ・・・。俺がはぐらかした回答をした後、ゆっくり扉が開いて、あの時以来、初めて妹の顔をまじまじと見ることになった。
それは、最近よく見せる顔を真っ赤にする怒りとは全然違った。
桐乃は、目を真っ赤にして、腕を組み仁王立ちをして反論は絶対に許さない、といった感じで佇んでいた。
「あたしは…、あんたに同情なんかされたくない!!」
「桐乃?」
「偽彼氏つれてきて、みんなを引っ掻き回して、超ウザいやつには憐みの目で見られて…。そんで、そいつは、せっかく告白されたのに気が引けるからって即答しなくて…。その恋愛相談を受けされられて…。あんたはあたしに自慢したいワケ?それとも、当てつけのつもり!?」
「――!!俺は、そんなつもりで…」
「ふざけんな!!もう、ホントに死ねっ、バカッ、二度とあたしに付きまとうな!!」
バゴン!!桐乃は、一方的に俺を罵った後、ぶっ壊れるんじゃねーかって位の勢いで扉を閉めやがった。
ちぇ…、何だよ。あんなに怒る事ないじゃないか…。
お前が怒らない様に、事前に相談してやったってのによ…。
それにしても、気にしていないわけが無いと思っていたが、俺の予想していた反応とは全然違った…。やっぱり俺には分からない、あのときの涙も、さっきの涙の意味も。アメリカから帰ってきてからの、意味深で意味不明なあいつの反応すべてが…。
一番身近にいるやつの気持ちが分らずに、これ以上、イライラし続けるのは精神衛生上も良くないだろう。へっ、ここらで腹を括るかね。もう、後には引かねぇ、可愛い後輩と付き合えるチャンスだし、それにおまけとはいえ桐乃の本当の気持ちを知れるキッカケになるらしいし。
告白されてから3日が経ち、その放課後、雨の降る中ではあったけど、俺は後輩を体育館裏へ呼び出し、暫しの沈黙の後…。
黒猫からの告白に返事をした。
「―――わかった、付き合おう瑠璃」
そして、俺と黒猫は恋人になった。
「俺、黒猫と付き合う事にした」
「――あっそ」
「…、あれ?」
黒猫へ返事をした当日、付き合うことになったとリビングで寛いでいた桐乃へ伝えたが、あっけない言葉が返ってきっただけだった。すんげぇ罵声を浴びせられると思って身構えていたのに拍子抜けだぜ。
「何?おめでとう、とでも言ってほしいの?」
「いや…、そんなんじゃねーけど…。気にしねーのか?」
「別に…」
「だってよ」
「…ウザッ。キモイの同士でお似合いですね。これで満足でしょ?それじゃ、もう部屋に戻るから…」
―――ムカムカムカムカムカムカムカムカ!
何だよ!それぽっちのイヤミかよ。もっと向かって来いよな。お前の親友を取っちまったんだぜ。
もっと、こうガツンと来るもんだろうが、高坂桐乃っていう奴は!!
それに…。さっきの桐乃はいつもとは態度だけじゃなくて、別の何かにも違和感があったような…。
そうだ!!あいつ、スッピンだった。たとえ自宅でも、家で会うのが俺しか居ない状況であろうとも風呂上り以外は絶対にしているはずの化粧をしてねぇ。
――桐乃のやつ、ニキビでも出来たのか?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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【後編】
黒猫から訳あり告白を受けてから6日がたった木曜日。
その放課後、黒猫と俺は桐乃に付き合う事になったと二人で報告する事になった。
「この人がヘタレだから私から告白してあげたの」
「おい、恋人にヘタレとか言うなよ」
「ふーん」
何日か前に告白を受け容れた事を伝えた時と同じく、桐乃はそっけない態度をとっていた。ただし、今日は1週間ぶりに化粧をしているみたいだが…。
「クスクス、ごめんなさい、京介。嬉しくて、つい少しあなたをからかいたくなったの」
妖艶な表情を浮かべて俺を見つめてくる黒猫は、顔だけじゃなく、肢体を俺に預けるように近づいてきた。
「別に謝んなくても良いって。それより、あんまり引っつくなって。ほら…、見てるぞ、こっちを」
「気のせいよ。でも、前方から殺意の波動を感じなくはないわね」
「ここはあたしの部屋なんですケド」
「そうだったわね、忘れていたわ。この人といると空間が歪むのよ、私の都合の良い様にね…」
そんな事を言いつつ腕を絡めてくる黒猫。おい、普段はそんなことしないくせに、桐乃の前だからってふざけすぎだろーが。
「いい加減、あたしの前でイチャつくの止めてくんない。幾ら恋人同士だって分かっていても、面前でやられると超ウザいんですけど」
腕を組み、ひょっこり出した右手の人差し指で二の腕を小刻みに強く叩いてイライラしていることを隠さない桐乃。まぁ、俺も水鏡とこいつが
「わかったわ。それなら、これから私の家へ行きましょうか?きっと妹たちもあなたを気に入ってくれるでしょうし、それに小姑の邪魔は入らなくなって良いことばかりだと思うわ」
「ちょ…、こいつはシスコンでロリコンの超変態だから、アンタん家に連れて行くと危険だって!!」
「そんなことないわ、この人は意外に紳士的よ。それに肝心なところでヘタレだから身の危険も感じないし」
「こいつ、あたしをイヤらしい目で見る変態だから!!あたしがミニスカ穿いてる時なんてパンツを見ようと必死だし」
「そんなことは断じて無ぇ、おめぇが自意識過剰なだけだろ!!」
「うっさい、この嘘付き。彼女の前だからってカッコつけんな」
「!!おまっ、バカな事言ってんじゃねーよ!」
「嘘付きね…。あなたが『そんな事』を言えるのかしら。この人以上の大嘘付きさん」
力なく顔を下に向けて表情を隠し、震える声でそう言った黒猫。見えなくても分る、こいつは今、最高にキレている!!
「そんな事無い!あたしは、いつだってあたし、偽ったりしてない。どんな時も本当のあたしだし」
「そう…。あなたは、この期に及んでもそういう態度を取る気なのね。フフフ、良いわ、なら、京介?」
「なんだよ黒猫?」
「瑠璃でいいわよ京介」
「いやぁ、なんか照れるぜ、桐乃の前だとよ」
いっつも学校では名前で呼んでいるんだが、な。最近じゃ麻奈美の前だって普通にそう呼んでる。なのに、妹の前だと、口が裂けても言える気がしない。名前を呼ぶだけなのに、俺はどうしてこんなに後ろめたい気持ちになってんの!?
「ふふふ、変なの。いつもは名前で呼んでくれるのに…。でも、今はどうでも良いことだけれど」
「じゃあ、何なんだよ?」
「キスをしましょうか?」
「ブッーー!」
桐乃と俺は同時に吹き出してしまった。『いつも』じゃねーだろ!!お前と俺は付き合い始めて、未だキスどころか腕を組んで歩いたことすらねーだろーが!!
「私とこの人は恋人同士、妹の前で愛を誓い合いましょう。さぁ、いつもみたいにキスをしましょう?」
「な…、あんた…、あたしには、あの時…。超サイテー、死んでよ、もう…」
「誘っているのは私なのに、どうして兄さんに当たるのかしらね?」
「それは…、そうだケド…」
「…」
「何度もしたから平気よね、あなたも?」
「おい、る…、黒猫よぉ」
「あなたは黙ってなさい」
「あたしは…。あたし…は…」
全くもってイライラするぜ。黒猫め、桐乃に何かを言わせたいらしいが、もうちっとやりかたを考えろよ。これ以上耐えるのは、マジで無理くさいぜ。
シスコン云々の問題じゃねー。妹が眼前で追い詰められて平然としていられる兄などいるわけないだろ…。
そんな奴がいたら、妹の代わりにぶん殴ってから『てめーは兄貴失格だぜ』って科白を聞かせてやるぜ!!
焦点が定まらず、心なしか体もフラフラとしていて立っているのがつらそうな桐乃。
「もう…、嫌だよ…。あたしは…、二度と兄貴を失いたくないよ。やっと、帰ってきてくれたんだよ。小学校3年生の時から、ずっと何処かに行っちゃって、5年ぶりに逢えたのに…。ねぇ、また何処かに行っちゃうの?」
「桐乃…?」
「――兄貴。ねぇ、私は、また一人ぼっちになっちゃうのかな…」
「――――――!!」
プツッ…。
弱々しく俺を上目使いで見てくる妹を見ているうちに、記憶の隅っこに封印していた記憶が溢れ出してきた。
―――俺が小学6年生、妹が小学3年生の頃、ありきたりな放課後、ありきたりな会話。
恐らく『冷戦』のキッカケとなった事件。
「いってきまーす!!」
「ねぇ、今日も、まなちゃんと遊ぶの?」
「…そうだよ、麻奈美と遊ぶ」
「おにいちゃん。どうして、まなちゃんとばかり遊ぶの?きりのの事きらいになったの?」
「そんな事ねーよ。だけど、お前と遊んでるより、麻奈美と遊んだ方が楽しいし」
「えっ……」
「それに、お前でもできる鬼ごっことかケイドロやると、足おそいから、俺がいっつも鬼になっちまうんだ。いいかげんウンザリだぜ」
「そんな……。あたしはおじゃま虫なの?」
「ああ、そうだ」
「―――!!」
「それに友達から『いっつも妹とべったりくっついて遊んでいて気持ち悪い』って言われたし」
「…もういい!!あたしは、おにいちゃんになんかたよらない。ひとりでなんだってやるもん!!」
「おうおう、勝手にやれ。おれは麻奈美と遊ぶからよ」
「うそつき、ずっといっしょに居てくれるっていったのに…。おにいちゃんなんて、大っきらい!!」
その日以来、俺とあいつは同じ屋根の下で暮らす『他人』になった―――。
「桐乃…、桐乃ォォォ!!!!!!!!!!!」
「えっ!?」
「ごめんな、ずっと淋しい思いをさせてきて。にいちゃんバカだった、自分のことばっかりかんがえて妹の事をずっとほったらかしにしてきて。お前があんなに怒るの無理ないわ…」
―――俺は、第三者がいるのも忘れて夢中で愛しいそいつを強く抱きしめた。
「ちょっと…、くるしいよ」
「わりぃ、つい。でもな、思い出したんだよ。全部、俺が悪いことを思い出した!!」
「えっ!?」
「それが最近のお前の態度の原因とは関係してないと思うけどさ」
「バカ兄貴…。関係してないとは言えないケド…」
「桐乃…?」
「あんたが全部悪い。勝手にいなくなって、勝手に戻ってきて。あたしを引っ掻き回して、このまま兄貴にひっついてちゃダメだって思ってアメリカ留学して…。せっかく決めた『独り立ち』も勝手に来て超ワガママであたしを日本へ引き摺り戻して…」
「流石にやり過ぎだよな…。マジでゴメンな、桐乃」
あの時の俺は必死だった。妹を何とかして傍に連れ戻そうとして、正直すぎるほどに感情を吐露してしまったわけだ。正直、思い出すだけで顔面から火が噴きでそうだし、もどかしい気持ちになるぜ…。
「今更謝らなくって良いての。前にも言ったけど、もう、遅いんだよ。『普通』の仲のいい兄妹に戻る事なんて…」
「おい、どういう意味だよ!?ずっとギクシャクしてて仲が悪かったけど、最近はちっと仲良くなれたじゃねーか」
「違うっての。ホントにバカだね、あんたは」
溜息をつきつつ答える桐乃だが、その表情はとても穏やかなものだった。ここ数日のピリピリムードから解放された、そんな安堵感を俺も感じたわけだが…。
「もう否定しない。あたしは、あんたが本当に好きなんだもん…。黒いのなんかより、ずっと、ずーっと大好き」
「なっ………。って、ぇえーーー!!!」
一瞬で吹っ飛ぶ、俺の穏やかな時間。落ち着け京介、桐乃が俺を隙、犂、鋤、鍬…。
違う、ちがーう!!感じが違う…、おい、その感じも漢字違いだ!!!
ダメだ、落ち付けねぇ。お前らにも分かり易く例えるならば、晴天が青く見えていたのは自分だけで本当は真っ赤だった、なんて言われるもんだよ!!マジでありえねーーー!!
「もう、驚き過ぎだっての。どーせ言わなきゃわかんないだろうから、この際、ハッキリ言っておくね」
「おう…」
「あのさ…、あたしは、ちゃんと『女の子』として見てほしかったワケ。でもあんたは、いつまでたっても『妹』としか見てくれなくて、それが凄っごく悔しかった。だから恥を忍んであの人に偽彼氏役をお願いしたんだよ」
「そっか…」
俺の中にあったモヤモヤがどんどん解消されていくのを感じる。そうか、あの2度目の告白はマジだったんだ。
こいつが偽デート中に黒猫や麻奈美と合って喜んでいたのは、俺たちがそういう関係になったことを見せつけたかって事かよ?
加奈子とブリジットとの会話で怒ったのも、俺があくまで『兄貴』としての『妹』への謝辞だったからなのか…。
そんで、あの騒動の時の涙は、…やべぇ、考えただけで痛いぜ…。
「本当にごめんな桐乃。俺は自分でも引くくらいのニブチンだったんだな…」
「今更謝んなっての…。このシスコン、マジでキモ過ぎなんですケド…」
そんな言葉とは裏腹に嬉しそうに整った顔を歪ませる桐乃。
まったく素直に『気にしなくて良いよ、お兄ちゃん』とか言えねーのかね?
「ククク、これで我が儀典:黒の預言書『真実の吐露』を書き終えることができたようね。これで、ようやく対等に戦えるわ」
黒猫は沈黙を破って、突然、発言した。自分の思い通りに事が運んだかのような嬉しそうな笑みを浮かべて。
「黒の…、運命の…、記述?」
「そう、これは運命。『運命の記述』序章の末尾にはこう記述してあるわ」
黒猫は黒々とした分厚い本を鞄から出して、とある一ページを俺たちに見せてきた。
「『天使界の二人は罪に気付き堕天するであろう。その罪が、唯一神への背信行為であろうとも、それを貫かん』」
「あんた…。まさか、全部、あたちたちの…」
「勘違いしないで頂戴。私は自分が幸せになるための障壁を取り払うためにしただけの事。あなたが考えている様な邪心はないわ」
「そっか…。まっ、変に気を使われて『そうだ』って言われても、あたしの気が収まらないケドね!!」
「良いわ、ようやく戻ってきたようね」
「そうだな、桐乃らしさが…」
「何を静観しているの?私が付き合いたいって言った思いには、あなたのこの女への思いが『妹』してなのか『女』としてなのかをハッキリさせかったという事もあるわ」
「…俺も、っすか!?」
「例の一件で、第三者の介入がなければ、あなたたちが破滅してしまうと思ったの。流石にお節介過ぎるとも思ったけれど、『大好きな人たち』との関係が壊れてしまうのは耐えられなかったのよ」
すまんな、二人とも。不甲斐なすぎて笑えてくるぜ、実際は死刑ものだとしてもよ。なんせ、『大事な人』の思いを踏みにじったんだからな…。
「桐乃、黒猫、すまん。俺は本当にバカだった」
「バカなのは知っているわ。今更、謝る必要も無いことよ」
「俺には、どうすればベストな答えが出せるか分かんねーけど。でも、ひとつ決めたぜ、俺は桐乃が『兄離れ』するまでは、妹の傍にずっといる。」
「――じゃあさ、あたしがずっと『京介』と一緒に居たいっていったら?」
「そん時は、ずっと一緒に居てやるさ。世界でたった一人の大切な『妹』なんだからな」
「へぇー…。未だ、そういう風にあたしを先ず妹として見るってわけね。へへへ、やってやろーじゃん!絶対に妹としては見れない位の超完璧美人になってやるから!!」
「そうはいかねーぜ。なぜならば、俺の桐乃嫌いっていう壁は強靭だからな!」
「そんなの、本気になったあたしにかかればイチコロっしょ」
「あらあら、見ているこっちの方が恥ずかしくなる位のブラコンシスコン兄妹ね」
「まだ居たんだ…。今更だけど、ハッキリ言っておくかんね!!あんたなんかに絶対、兄貴を譲る気はないから!!」
「ふふふ、それで良いわ、我が宿敵ウリエルよ」
「何よ、あたしの事を言ってんの?」
「そうよ、せっかくの最終戦争≪ハルマゲドン≫がワンサイドでは面白くないもの。これでようやく、我が霊装たる聖なる槍≪ロンギヌス≫を使用するための真名を開放できるわ。」
「宣言しましょう、今、この瞬間、「黒猫」は堕天聖王の導きにより深淵へと還った。」
「そして生まれ変わった私が真名は『五更瑠璃』!!ウリエルよ、私は決して逃げも隠れもしない、闇の世界においても、常世においても。必ず、あなたからルシファーの魂を取り戻し、彼と共に千年王国≪ミレニアム≫を築いて見せるわ!!」
「ふん!!そんな厨二病な言葉を並べたって、『京介』への思いの強さなら絶対に負けない。世界中のどんな奴にだって!!」
「フフフ、兄として好きだった時間は長かったでしょうけど、男として意識した時間は私と同程度でしょう?なら、勝利を宣言するには早計過ぎすわね」
「あんたとは濃度が違うっての!!京介への思いは誰にも負けない!!」
「思いの強さなんて曖昧なもので勝てるつもりかしら…。それに、フフフ、あなたは重要な事実を忘れているわ。先輩と私は恋人同士であり、解呪もされていないわ。」
「あっそ。先制パンチかましたつもり?そんなんで有利だって言えるなんて笑えるんですケド」
「お前ら、俺はモノじゃねーんだから、どっちのものなんて言うなよ…」
「先輩は黙ってなさい!」「京介は黙ってて!」
「すいませんでした!!」
男としてハーレム的展開は嬉しかったけどよ、それ以上に、何だかほっとしたんだ。こいつら、桐乃の偽彼氏騒動以前の関係に戻ってやがる…。
好きなものは絶対に譲らない、だからしょっちゅう喧嘩する。変わったのは、その対象が『一番好きなアニメ』から『俺』になったってこと。
へっへっへ、モテる男はつらいぜ…。まぁ、ただ対象が『実の妹』と『邪気眼電波女』だってことだが、二人とも超美人だぜ!!
おい、そこ、作り笑いすんじゃねー!!別に俺は強がってなんかいねーよ!!
順風満帆な恋愛より、障害が一杯あったほうが乗り越え甲斐があるってもんだろ。
でもな、定石通り、これから先の高校生活を二人の間でフラフラするなんてありきたりな事に使う気は更々ねーよ。俺はもう迷わない、おかげで向き合えたんだ、『本当の気持ち』に。
時は流れ、高校の卒業式後。俺は本当に大切な女性へ告白をした。
「俺とずっと一緒にいてほしい。結婚はできないし、世界中から冷たい目で見られることは解かっているけど、俺はお前無しの人生なんて考えられない」
「京介…」
「もう何処にも行くな。ずっと俺の傍に居ろ、桐乃」
「……、頼まれるまでもないし。京介、絶対あたしを離さないでね。今度こそ、ずーっと一緒だよ」
「当たり前だ。お前が笑顔で居られるように、努力し続ける。今度こそ、絶対に!!」
そこには瞳に涙を浮かばせながらも最高の笑顔を見せる天使の姿があった。これから先、何があっても、どんな敵が現れても俺が絶対に守ってやるからな。もう、迷わないぜ、桐乃。
おうおう、恥ずかしくって、ずっと言えなかった『本当の気持ち』を今なら言えるぜ!
『俺の桐乃なんだからこんなに可愛いに決まっている』、ってな!!
FIN
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最終更新:2011年04月11日 14:00