……俺はその日、何故か寝付けなかった。
麦茶でも飲もうかと部屋のドアを開けると、
目の前の廊下を、2等身の人形らしき物体が桐乃の部屋へ進んでいくのが見えた。
「何だこりゃ、夢でも見てんのか、俺は?」
するとその人形はこっちを向いて語りかけた。
「やあ、こんばんは」
「こ、こんばんは…って、あんた何者?」
「わしか、わしの名は『月下老人』じゃよ」
「月下老人???」
「わしの知名度もまだいまひとつじゃな。まあよい。わしは、現世の人々の縁結びを司る神じゃよ」
「神様ってわりには、その、なんと言うか、ゆるキャラみたいでイマイチ威厳を感じないんだが」
「近頃はリアルな姿で現れるとすぐに『この不審者!通報しますよ!!』って言われる時代じゃからな」
俺は妙に納得してしまった。
「それはともかく、縁結びの神様が、ウチに何の用だ?」
「そうそう。この家の若い娘さんの運命の相手が決まったのでな。糸を結びにきたんじゃよ」
「それって桐乃のことかよ?」
「いかにも。高坂桐乃さん、おぬしの妹さんじゃ」
おいおい、桐乃の運命の相手が決まっただと?
「ちょうどよい、せっかくだからわしの作業を手伝ってくれないか」
「…断る」
「どうしてじゃ?」
「誰が桐乃の運命の相手か知らねえが、いきなりやってきたあんたが有無を言わさず結びつける相手を
はいそうですかって簡単に認められるわけがないだろ!」
「まるで娘さんが彼氏と結婚するのを認めたくない父親みたいな発言じゃな」
「大きなお世話だ。とにかく俺は妹を他の男に取られたくないんだよ!」
「なるほど、これが異国の言葉でシスコンという重い病なのだな」
「うるせえ!!とにかくあんたの好きにはさせないからな!!」
「落ち着きなさい。ともかくあんたの気持ちは理解した。じゃあ作業を進めることにしよう」
「俺の話を聞けよ!!」

しかし月下老人は構わず桐乃の部屋の扉を開けた。
何も知らずにベッドですやすや眠る桐乃
「こんな可愛い妹さんをもったおぬしは幸せものじゃな」
「…だったら、俺から妹を奪わないでくれよ…」
「そうか、おぬしは心得違いをしておるようじゃな。まあよい、見てなさい」
月下老人はそう言うと、袋から何かを取り出そうとしていたが
「やれやれ、先程の家で糸を落としてきたか」
「先程の家って?」
「話したじゃろ。長い黒髪の娘さんの家を訪れたら、やれ通報するだの拘束するだの
防犯ブザーや手錠を持ち出されて大変じゃったわい」
あやせの家にも言ったのか。てか、仮にも神様を撃退してしまうラブリーマイエンジェルって一体……
「てことは、あんたは糸がなくて縁結びの作業ができないんだな。
残念だが、お引取願うとしようか」
俺はホッとした。
「いやいや、せっかく来たのだから作業はしていくよ。ほれ、ちょうど使える材料があるぞ」
月下老人が指差す先には、桐乃がいつも身につけてるシュシュがあった。
「じいさん、残念だったな。どうみてもそのシュシュは紫色だ。赤い糸にはならないぜ!」
「まったく、おぬしもケツの穴が小さいようじゃな。親父様をとやかく言う資格はないぞ」

月下老人はニヤニヤしながら何やら呪文を唱えると、桐乃のシュシュがほつれていく。
そしてほつれた先端が桐乃の指に絡まる。
「さて、あとはこれを桐乃さんの相手に結ぶだけじゃな」
「頼む、待ってくれ」
「ん、なんじゃおぬし、頭など下げおってからに」
「あんたが神様なのは理解した。運命と言われれば、それまでなのかもしれない。
だかな、運命で相手を結びつけるにしても、桐乃本人と、
それに俺が納得できる相手じゃないと駄目なんだよ…せめて結びつける前に、桐乃の意志を見られるようにしてくれよ。
桐乃が反対するなら…俺もあやせみたいにあんたを力づくで追い返すからな!!」
「…なんじゃ、あの娘さんはおぬしの知り合いか。世間は狭いのう。
それはそうと、おぬしのシスコン、もとい妹を思う気持ちの強さには恐れいった。
特別に、おぬしの願いを聞き入れることにした。
……桐乃さん、起きなさい、起きなさいな」
「うーん、あ、兄貴?と、月下老人さん?」
「桐乃、なんでこのゆるキャラじいさんの名前知ってんの?」
「ゆるキャラと言うな!で、何故知ってるかって?それは先程からのわしとおぬしのやり取りを
桐乃さんは夢という形でずっと見ておったのだよ」
この時俺の顔は恐らく瞬間的に真っ赤になったに違いない。
「てことは、俺の魂の叫びが全部……」
「…うん、兄貴の思いが、あたしにも伝わって…」
そういう桐乃の顔も紅くなってた。って、怒ってるんじゃないよな、これ…
「ごほん、それでは作業を進めよう。なあに、糸を運命の相手に結びつけるだけの簡単なお仕事なんじゃがね」
どこまでも軽いノリの月下老人は、また呪文を唱えた。すると糸は、俺の指に絡みついた。

「え、ええっ!!!!」

「なんじゃ騒々しい。これが運命の答えじゃよ。桐乃さんの相手は、おぬしじゃ、高坂京介!」
「ちょっと待ってくれ、混乱してきた……」
俺が頭を抱えてる間に月下老人は桐乃に話しかける。
「見ての通り、あの男は脳みそがフットーするとわけがわからなくなるが、
それでも、あんたのことを一番に想ってくれてるのは分かったと思う。
まったく度し難いシスコンじゃ」
「はい、でも、あたしの…大好きな兄貴なんです…」

桐乃???

「桐乃さんは、運命の相手があの男というのを受け入れるかね?」
「はい、兄貴なら大丈夫です。運命とか、すごく嬉しいんですケド」

桐乃……

「さあ、おぬしの願い通りに、桐乃さんの意志を確認したぞ。あとはおぬしの番じゃな。
まあ、おぬしが仮に拒絶しても定まった運命は変えられないからな。
あとは若い者に任せて、年寄りは帰ることにしよう。では、あの黒髪の娘さんにもよろしくな」
そう言い残して、月下老人は姿を消した……

「桐乃……これは夢じゃないんだよな」
「夢じゃないよ、兄貴」
「桐乃、すまないが、俺をひっぱたいてくれないか。ホントに夢じゃないのを確かめたい」
「馬鹿じゃん、大好きな兄貴を、叩けるわけないじゃん」
「でもなあ……」
「じゃあこれで確かめて」
そう言うと桐乃は俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
桐乃の甘い匂い、唇の柔らかな感触、そして、キスの味……
確かに、夢じゃなかった。

キスが終わって、桐乃が言う。
「あたし、京介の、お嫁さんになってあげる…いいかな?」
俺の答えはもう決まっていた。
「駄目なわけないだろ。大好きだ。桐乃……」

こうして俺と桐乃は、神様公認の恋人になった。






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最終更新:2011年04月19日 20:32