312 名前:無題【SS】[sage] 投稿日:2011/04/23(土) 12:12:46.32 ID:of8W76e/0
新刊発売とか配信版とかで色々不安になってるところ、そんな気分を払拭できればなーと思い、短いですがSS書いてみました。
楽しんでいただければ幸いです。





 今、俺の一番近い場所には、桐乃がいる。
 もちろんそれは、物理的な意味だけじゃない。俺の妹である桐乃は、今や俺にとって、妹としてではなく女性として大切な存在だ。
 もちろん、ここまでくるのに色々な葛藤があった。障害もあった。紆余曲折もあった。一言では語りつくせないほど、多くの出来事があった。
 だって、俺たちは血の繋がった兄妹なんだから。普通に男と女がくっつくのとは、わけが違う。
 だが俺たちはそれを乗り越えた。その果てに手に入れた今の生活に、不満などあるわけがない。

「ちょっとー。いつまで待たせるの? モタモタしすぎ」
「うっせー。買ったばかりなんだぞ、これ。説明書読みながらなんだから、少しは大目に見やがれ」
「はいはい、言い訳はいいからさっさとやる」
「ったく……」

 カメラを前に四苦八苦する俺にぶつくさ文句を言う桐乃だが、その顔はほころんでいて傍目にも幸せそうであることがわかる。それに言い返す俺も、きっと似たような表情なんだろう。

 結局、俺たちの関係は両親には認められず、勘当を言い渡された。幼い頃から育った場所を離れ、知り合いのいない場所に二人で住んでいる。
 二人きりの生活は、しかしそれほど苦しいわけではない。学生ながら、桐乃の収入もけっこう……というかかなりあるからだ。読モの収入だけでなく、携帯小説の印税もいまだに入ってきているのだ。
 対して俺の収入は、コンビニのバイトだけなので微々たるものだ。収入面で彼女に頼りきりというのが彼氏としてあまりに情けないので、バイトを辞めるということだけは意地でもやらないが……くそ、いつか逆転してやる。

「あら、高坂さん。お写真ですか? 仲いいわねぇ」
「あ、山田さんこんにちは」
「こんにちはー」

 頭の片隅で自らの収入について秘かな決意を決めていると、横合いからご近所の山田さんが声をかけてきた。俺は手を止めて挨拶を返し、桐乃もそれに倣う。
 そして二言三言と言葉を交わしてから、山田さんは去って行った。始終柔和な笑みを崩さず、とても優しいおばちゃんである。

 この町では俺たちは、兄妹ではなく夫婦という扱いだ。新しく付き合いを始めたご近所さんたちに、桐乃がいきなり「あたしたち、夫婦なんです」とか言い出したのが原因だ。
 二人で同じ苗字を名乗る理由としては、俺は嘘を交えずに兄妹だと言うつもりだったが、今ではそれを言わずに正解だったと思う。その後で俺たちの関係が近所にバレてしまえば、白い目で見られるのは確実だからだ。
 そんなリスクを考えれば、多少無理があっても夫婦と言ってしまった方が面倒がなくなる。「学生結婚なんて大変でしょう?」とか「幼な妻テラウラヤマシス」とか言われ、なんだかんだでもう馴染んでいることだし。
 周囲に兄妹と言って恋人であることを隠すのと、周囲に夫婦と言って兄妹であることを隠すのと、どちらが気が楽なのか――そんなこと、改めて考えるまでもないことだった。そこに思い至らなかったかつての自分の浅慮には、失笑しか沸かない。
 思えば、親父たちが俺たちを二人とも勘当したのは、このためだったかもしれない。俺たちを引き裂こうとするならば、俺だけを遠ざければいいだけなのだから。
 あの素直じゃない親父のことだから、真実がどうあれ絶対否定するだろうことを考え、クスッと笑みがこぼれた。

「どうしたのよ、いきなり笑って。キモいんですけど」
「いや、この写真を親父に送ったら、どんな顔するかと思ってな」

 そう言うと、桐乃は数秒だけ考え込み、おもむろに含み笑いをこぼした。
 そんなことをしているうちに、ようやっとカメラのタイマーセットが完了した。俺は急いで桐乃の隣に駆け寄り、二人寄り添ってカメラに向けて微笑んだ。
 パシャリ、と音が鳴って俺たち“三人”の姿がフレームに収まる。

「ほんと、これ送ったら親父もお袋も腰抜かすぜ」
「ふふ……そうだね。兄貴……ううん、京介」
「ん?」
「あたし、今……幸せ、だよ?」
「俺もだ」

 言って、俺たち二人は笑い合う。
 そんな桐乃の腕の中では、生まれたばかりの俺たちの赤ん坊が、すやすやと眠っていた。



        END



-------------

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年04月23日 20:14