39 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/05/02(月) 16:52:12.02 ID:fERFB06V0 [1/3]
これはいつだったか。本当にあった現実なのか夢なのか分からない、――そんな話だ。
どうやらその時の俺はリビングで眠りこけていたらしい。
GWで連休が続いていたせいも手伝ってか、ソファにダラっと腰掛けてテレビを見てたんだわ。
お袋にゃ「ダラけてないで妹を見習って勉強したら?」なーんて嫌味も言われちまったが、
逆にそれで沸き上がったしょぼい反発心もあって、気づいた頃にゃ深夜になっちまってた。
いや気づいたってのは正確じゃねえな。なんせまだ眠ってたんだから。
アイツがリビングに入ってくるまでは――。
カチャリとドアが開く音で俺の意識は少し眠りから覚醒した。
部屋はテレビが点いてるだけで薄暗いが、誰かが入ってきた気配は分かった。
ん~? お袋か親父か? 2階に戻って寝ろとか言われんだろうが、起きるのめんどくせえなぁ。
なんてことを薄ぼんやりと思っていると、
「……な、なんでコイツがいんのよ」
俺の最も敬遠する相手の声が聞こえてくる。
そ、俺の妹の桐乃だ。
何の用かは知らないがこんな夜中に2階から下りてきたらしい。
んで、目ざとく俺を見つけたんだろう。実に嫌そうな声で言いやがる。
けっ。居て悪かったな。
どうせ喉が乾いたとかで麦茶でも飲みに下りてきたんだろうが、オマエこそとっとと部屋に戻りやがれ。
大嫌いな相手に心の中で悪態をつきながら、俺は半覚醒の脳をまた無理やり休ませようとした。
普段からお互いを無視しあう間柄だ。気にしなきゃさっさと居なくなってくれるだろうよ。
ところが。
桐乃は俺の予想に反して意外な行動に出た。
「っく、もう……。せっかくGW特番があるってのに…………」
なにやらブツクサ言いながらも、そろそろと俺の近くへと忍び寄ってくる。
「邪魔……。コイツ、…………マジで……寝てんの?」
足のスネ辺りにツンツンんとした感触が伝わってくる。どうやら俺が本当に寝ているかを確かめているらしい。
なんだ? なにしようってんだコイツ?
妹の不審な行動が気になったが、今更起きるわけにもいかず、俺は眠ったままの状態を余儀なくされた。
たぶん目を開けて起きちまったら余計な会話をしなきゃならない面倒くささもあったんだろう。
で、俺が起きないことを確認した桐乃は、
「だ、大丈夫だよね……? テレビついてても起きないし……」と一人合点を決め、ポスッと俺の真横へと座った。
すぐ傍から甘い匂いが幽かに漂う。
ちょぉ!? な、ななななんだよコイツ? な、なにが大丈夫なんだ!?
俺の狼狽など全く知らない桐乃は、次いでテーブルの上においてあったリモコンでチャンネルをカチャカチャ変えている。
「よしっ、ちょうど始まったばっかし♪」
なにやらテンション高い声でテレビを見始めた。
は、は~ん。
ちぃと焦りはしたが、なんとなく分かったぜ。
どうやら桐乃のやつはお目当てのテレビ番組を観るためにここへとやってきたんだろう。んで、俺が居るから寝てるのか確かめて――。
なーるほどね。分かってみりゃなんてことない理由だ。
が、次の疑問が当然のように浮かんできた。
桐乃のやつ、こんな深夜に一体なんの番組を見ようとしてんだ? 俺がすぐ隣に寝てるってのによ。
嫌っている兄貴の横に座ってでも観たいくらいなものって……。 ひょっとして――エッチな番組とか?
なんてアホなことを考えていると、一応俺が起きないようにボリュームを下げられているが、テレビから音声が耳に届いてきた。
なにやら少女らしきアニメチックな声やドラマなどでは使われることなど無いであろう何かしらの効果音。
「くぅぅ~~可愛いなぁ。アルちゃんサイコー!」
隣の桐乃はテレビにひっきりなしに盛り上がっている。
おいおい、俺を起こしたくないから寝てるの確かめたりボリューム下げたりしてたんじゃねえのかよ?
まるで俺がいるのを忘れたみたいに楽しげな声が至近距離から耳朶に響く。
うーん、分からん。いったいどんな番組を観てこんなにはしゃいでんだか。
気になった俺はそぅっと瞼を上げてみた。
しかし背もたれにクビを預けて寝ていた関係上、俺の顔はテレビ画面とは別方向へと向いており、代わりに眼に写りこんだのは――、桐乃の横顔だった。
40 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/05/02(月) 16:52:59.95 ID:fERFB06V0 [2/3]
テレビに集中しているのか、俺が見ていることには気づいていない。
その桐乃は、登場人物のセリフに一挙手一投足、まるで全身で楽しんでいるように表情をコロコロと変えていた。
心配そうに眉根を寄せたり、口を尖らせたり、怒ったり、笑ったり。時には「そうじゃないよぉ」とかなにやらテレビに向かって話しかけてもいる。
こいつって……こんな顔すんだな…………。
テレビの灯りが照らしだしている桐乃は、俺には絶対に向けられることが無い顔を見せていた。
おそらくきっとこの先も、俺へと向けられることは無いであろう表情。
別に、だからどうしたよ。
嫌っている妹がどんな顔してようが、俺にその顔を見せなかろうが関係ねえ。
――はずなのに、胸が締め付けられるような感覚がしたのは気のせいだろうか。
俺は誰かに言い訳しながら、桐乃の横顔をずっと見つめていた。
やがて番組は終了を迎えた。
結局テレビを一瞥することなく、どんな番組を観ていたかを俺が知ることが無いままとなっちまったが。
どうやら桐乃にとって納得がいかない結末だったらしい。
「……あんなの絶対おかしい」とかなんとか呟いている。
深夜に起きだしてきて、大嫌いな兄貴の隣で我慢してまで観たっていうのに、残念なこったな。
それからテレビを消したのか、リビングに暗闇と静寂が訪れた。
自分の部屋へ戻るかと思ったが、桐乃は立ち去ろうとしない。
俺の隣に座ったままで、暗闇のなかで、
「…………分かってるし……んなのおかしいってさ……」
か細く漏れ聞こえるような声を発する。
理由は分からないが、どうやらいま俺の妹は落ち込んじまっているらしい。
それから一秒なのか一分なのか沈黙が続き、
「…………キモ……あんたなんて……」
となにやら俺に向かって文句を言い出している。至近から発せられた声と吐息が俺へと届く。
いや、届けられたのはそれだけじゃない気もする。
子供の頃、雷雨のなかで留守番していたときにコイツは「雷が怖い、なんとかして」と俺に泣きながら文句を言っていたっけ。
それと同じなのかもな。
なんとかしろって桐乃は俺に文句を言う。出来るわけねえだろって理不尽なことでも、とにかく『俺に』文句を言う。
はぁ。
心のなかで軽くため息をつく。
あーあー分かってるよ。
何を分かっているのか分からないままに、俺はそっと、桐乃の頭へ手を乗せた。
「……ッ!?……」
小さく驚きの声があがったが、構うことなくゆっくりと頭を撫でる。
「………………」
暗闇で桐乃の顔は視認できない。
どんな表情をしているんだろな? さっきテレビに向けていたような顔を、ほんの少しでも俺にも向けているんだろうか?
やがて、
「………………バカじゃん?」
そんな罵倒の言葉が小さく聞こえたかと思うと、俺の意識はまた眠りへと沈みこんでいっていた。
41 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/05/02(月) 16:53:50.30 ID:fERFB06V0 [3/3]
次に目覚めたときは仕事へ出かける親父に頭を叩かれてだ。
朝食の席にいるお袋は呆れたような言葉を投げかけ、桐乃は俺など居ないかのように一瞥もくれずに朝食を食べている。
その様子から、リビングなんかで寝ちまったせいでくだらねえ夢を見たんだなって思ったよ。
眠気覚ましに顔を洗って洗面所から出てくると、どこかへ出かけるのか朝食を終えた桐乃が玄関にいた。
相変わらず俺には見きもしない。
俺がそばに立っているのは知っているはずなのに顔は無表情そのものだ。
それが昨夜のことを夢だと一層確信させる。
「いってきます」
靴を履いた桐乃は最低限の挨拶をして玄関の扉を開ける。
「ああ」
それを横目に見送った俺は最低限の相槌をうって、部屋へと戻ろうとする。
閉まりゆく扉の向こうから、昨夜の夢で桐乃が口にした罵倒の言葉が聞こえた気がしたのは、まだ俺が寝ぼけているからなんだろう。
――で、時間は進んで、またあるGWの一日。
深夜に俺と桐乃はこっそりリビングへ下りてきてアニメ番組を観ている。
桐乃が前からお目当てにしていた特番らしい。
なんで俺まで観なきゃならんのよ? とゴチつつも付き合っているのは桐乃と過ごすうちに俺自身にもオタク的なもんが出てきたせいなのかね。
それとも――。
「あのなー、たかがアニメでそこまで泣くか普通?」
「うっさいハゲ! たかがって言うな! あたしの応援していた子がこんな悲しい展開にされるなんて……、うぅ、グス」
「ハゲってひでぇなおい! あ~~、マジ泣きしてるよこの妹……」
はぁ。
俺は心のなかで軽くため息をつき、そっと桐乃の頭へと手を乗せた。
すぐにバシッと手を払われる。
「………………バカじゃん?」
「へーへー」
「なにニヤついてんの? きんも~、あんた妹に馬鹿にされんのがそんな嬉しいわけ? キャハハ」
あーウザ! 可愛くねぇぇ! せっかく慰めてやろうとしてたんじゃねえかよ!
悪態をつきまくる態度にムカつきながら、俺はもう一度桐乃の頭に手を乗せた――。
以上
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最終更新:2011年05月04日 01:23