619 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/05/05(木) 10:39:45.79 ID:uw+f53AGP [2/2]
それはある日の晩のことだ。
寝る前に歯磨きをしようと思って洗面所に向かったらそこには桐乃がいた。
自分の前髪をつまみ上げ、んーと唸るように鏡を見つめている。何やってんだ?こいつ
「お前、何やってんの?」
「ひっ!あ、あんたか。あんまりびっくりさせないでよね!」
おいおい、勝手に驚いたのはお前だろうが。何で俺が悪者になっちまうんだよ。
「そりゃ悪かったな。で、何やってんの?」
「あんたに関係なくない?」
あーはいはい。聞いた俺が悪かったよ。
少し前に比べれば返事が帰ってくるだけましなんだろうが、
こんな返事が返ってくるなら無視されたほうがよっぽどましだと思うのは仕方ないと思うんだがどうだろうか。
「へいへい。そーだな。俺には関係ないね」
「むっ、なによその言い方。なんかムカつくんだケド」
「お前が関係ないって言ったんだろうが。こう言う以外にどう言えってんだ」
「それはそうだケド……もう少しつっこんでくれたっていいじゃん。そうすればあたしだって……」
「あん?なんだよ。聞こえねえぞ」
「……ちっ、何でもないわよ。そろそろまた染め直さなきゃって思ってただけだし」
「染め直す?」
「あ……」
つい口が滑ってしまったとでも言うように口に手を当てる桐乃。
ああ、なるほど。既にデフォルトと化していてついつい忘れそうになるが、そういえばこいつ髪染めてたんだっけ。
それで髪の毛の染まり具合を確認していたと。ご苦労なこった。
それにしても……髪、か。
「なあ」
「なに? あたしそろそろ部屋に戻りたいんですケド」
「お前、髪の色戻したりとかしねえの?」
「はあ? 何言ってんのあんた。あたしはこの色が気に入ってんの。今更戻すとかありえないし。
仕事だってこの色でやってんだから変えたら仕事できなくなるじゃん。それぐらいもわかんないの?」
くあーー! なんでこうも腹の立つもの言い方しか出来ないのかねこの妹は!
ちょっと聞いてみただけじゃねえか。なんでこうも悪し様にいわれなくちゃならんのだ。
「あ、それとも何? もしかして戻してほしいとか? うわ、キモ! 妹を自分好みにしようとか超キモイんですケド。
そういうのやめてくんない? すっごい迷惑だから」
「誰もそんなこと言ってねえだろうが!」
「はいはい、そーいうことにしといてあげるわよ。このシスコン!」
俺をあざ笑うかのようにそう言い残して桐乃は洗面所を出て行った。
はあ、とため息を一つついてから当初の目的だった歯磨きを敢行する。
シャコシャコと歯を磨きながら考えるのは、桐乃の髪の毛のこと。
別に、今更昔のような髪に戻してほしいとかそういうのは別にねえんだよな。
ただなんとなく、昔の髪のことを思い出しただけだ。
桐乃も中学に上がるまでは当然髪なんざ染めてなかった。
中学に上がって、ある日突然髪の色が変わっていた時は素直に驚いたもんだ。
その頃には既に俺達の冷戦は始まっていて、特に言及することはなかったが、今になって思えば――
「俺、わりとあいつの黒髪、好きだったんだよな……」
まあ、そんなことを今更言ったところで既に手遅れなわけだが。
もちろんあいつにそんなことを言うつもりもさらさらない。
髪を戻したところで昔が返ってくるはずもないし、仮に戻したとしてもむしろ違和感があるだけだろう。
なんだかんだというが、今のあの髪も嫌いじゃない。むしろ今のあいつには似合ってると思うし。
だから別に、どうということはないのだ。
「はっ、俺らしくもねえ。昔を懐かしむとか俺はそんなキャラじゃねえっての」
さっさとうがいしてして部屋に戻って寝るか。
ガラガラと口をゆすいで最後に口元を洗う。水を出す量が多くて少しうるさかった。
だから俺は気付かなかったのだ。洗面所の近くから、駆けるように遠ざかっていく足音に。
それから三日後のこと。
朝飯を食いにリビングに下りてきたら見知らぬ黒髪の美人がいた。
いや、見知らぬわけじゃないが、あまりの事態に俺の頭がついていかずにそう捉えてしまったらしい。
恐る恐る俺は、その黒髪の女に声をかけた。
「き、桐乃?」
「……なによ?」
「ど、どうしたんだ?その髪」
「……別にどうだっていいじゃん。あんたには関係ないでしょ」
「それは、そうだけど……」
「あら京介、おはよう。さっさと席つきなさいよ。朝御飯にするから」
「あ、おう」
お袋に言われて席につくも、どうしても桐乃の髪から目が放せない。なんだってこいつ、急にこんな…
「……キモ。何見てんのよ。鳥肌立つからそのいやらしい目やめてくんない?」
「だ、誰が!」
「言い訳すんな。さっきからずっとあたしの髪の毛ばっかり見てるくせに」
「そ、そんなことないぞ……?」
やべえ、我ながらなんて説得力のないいいわけだ。
「ああ、それ?桐乃がね、今使ってたヘアカラーないからちょっとかして欲しいって桐乃に頼まれてね。あたしが貸して上げたのよ〜」
「お袋が?」
「そうなのよ。桐乃にしては珍しいこともあるわね〜って思ったけど、たまにはいいわね。昔の桐乃思い出すみたいだわ」
そう言ってニコニコと笑うお袋。隣の親父も、なんとなく懐かしそうな顔をしているような気がしなくもない。
桐乃を見てみれば、不満そうな照れくさいような、そんな複雑な顔をしていた。
ま、その後すぐにキッとにらまれて顔をそらしちまったけどよ。そこ、ヘタレって言うんじゃねえ。
そんなちょいとしたサプライズがあった朝食も終わって今は夕方。
台所で麦茶を飲んでいたところに桐乃が帰ってきた。
「ただいま」
「おう、お帰り」
声をかけるものの、俺を一瞥するだけでそれ以上は何もない。……のがいつもの俺たちなのだが
「ねえ」
「? なんだよ」
珍しいことに桐乃のほうから声をかけてきた。
髪の毛は当然ながら朝見た黒髪のままであり、いつもとは全然違う印象を受ける。
「あんたは……」
あんたは、なんだよ? その先は?
もごもごとその先を言いづらそうにする桐乃にどことなく居心地の悪さを感じる。
なんだ、このくすぐったくなるような感じは。
「あんたは、こっちのほうがいいの?」
「は?」
「だから、あんたはこっちの……黒いほうがいいのかって聞いてんの!」
「それは、髪がってことか?」
「それ以外に何があるってのよ!」
「いや、そうだけどな……」
なんだ、この状況は。これではまるで桐乃が俺の好みを聞いてきてるみたいじゃないか。
いや、ありえん。それはないだろ。だとすればなんだ? この質問の意図は。
「な、なんでそんなこと聞くんだよ」
「なんでって、それは……」
「前にお前あの色が気に入ってるって言ってたじゃねえか。それだったらそんなこと聞く必要ねえだろ?」
「それは、そうだけど……」
どうしたって言うんだろうなこいつは。今日に限って何でこんなことを聞いてくるんだか。
「まあ、お前の質問に答えるなら……ぶっちゃけ俺はこっちのほうが好みだ」
「……そ、そりゃそうよね。あんたいっつもエロゲーでも黒髪の子とかからやってるし?」
まて、なんでお前が俺のエロゲの攻略傾向しってんの?俺そういうのみせた事ないよね!?
ていうかお前、何でそんなションボリしたようになっちゃうわけ?
「でもまあ……どっちのほうがいいかと聞かれれば…前のほうがいいんじゃね?」
「え? でもあんたさっき…」
「ありゃあくまで俺の好みって話だろ。それとこれとは別だ」
「だったら……」
「なんつーかなあ……前のほうが桐乃らしい」
「あたしらしい?」
「おう」
そうなんだよな。確かにこの黒髪の桐乃は可愛いと思う。あえて言わなかったが、ぶっちゃけ俺的にジャストミートと言っていいだろう。だって言ったら絶対にシスコン呼ばわりされるし。
でもそれとは別に、これは桐乃じゃないっていうのがあるのも確かなんだよ。
よくよく考えてみれば、桐乃と話すようになったのはあの髪の時の桐乃で、そんな桐乃とずっと過ごしてきたんだよ。兄妹として。
だからかね。いくら目の前が俺にとって好みの外見をしてても違和感を拭えないのは。
ま、そういうことだ。だから俺はたぶん、前のほうが似合うって思ったんだろうな。
「今のお前もいいけど、やっぱいつもの桐乃のほうが落ち着くわ。だからさっさと髪の色戻してくれ」
「……そっか。あーあ、あんたもったいないことしたわね。
今このままにしといてくれって言ったらあんたの願い叶ったかもしれないのに」
「うっせえよ。その気もないのに嘘ばっかりいってんじゃねえ」
「やっぱりわかる?」
「あたりまえだろ。俺を誰だと思ってんだ」
「シスコン」
「お前の兄貴だ!」
はあ、まったく。結局こうなるんじゃねえか。
ちいっとばかし残念だが、ま、仕方ねえ。それにこんな桐乃がずっと傍にいたら落ち着かないったらありゃしねえ。だからよかったんだよ。これでな。
一通り俺をからかって満足したのか、笑いながら桐乃は
「じゃあ、兄貴の要望もあったし、染料も買ったし髪の毛染めてくるから。あ、染めたら一番に見せてあげてもいいよ?」
そんな事を言った。
思わず見ほれる俺を置いて桐乃はリビングを後にする。その去り際に
「……たまにはこういうのもいいかもね」
と言い残して。
その後、定期的なスパンを置いて黒髪の桐乃が見かけられるようになるのだが、それは別の話だ。
-おわり-
-------------
最終更新:2011年05月05日 21:50