206 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/05/13(金) 13:34:05.85 ID:bIvFQ20sP [3/4]

 最近気になることがある。

「ねえ京介」
「ん? なんだよ桐乃」

 桐乃が俺を呼ぶときの、名前だ。


 あの夏に起きた出来事から、桐乃は俺のことを「京介」と呼ぶようになった。
 まあ、相変わらず「あんた」とまともに呼んでもらえないことのほうが多いんだが。
 それでも、俺に呼びかける第一声のほとんどは名前で呼んでくれる。
 それが桐乃にとってどういう意味を持つのかは俺にはさっぱりわからない。
 ただ、そうやって呼んでくれるのが嬉しくて……照れくさかった。
 シスコンを自覚してしまった今となっては、もう誤魔化す必要はないとはいえ俺も随分変わっちまったもんだ。

「ちょっと、聞いてる? 人の話」
「すまん。ちょっとぼーっとしてた」
「あんたねえ、せっかくあたしが話してあげてるんだからしっかり1回で聞いときなさいよね」
「悪かったって。だからもう一回話してくれよ」
「む……やっぱあんた最近キモい。なにその態度。なんか悪いものでも食べた?」
「ひでぇ言いようだなぁおい」

 人がちょっと下手に出ればこれである。呼び方が変わったとはいえ基本的な扱いは前とそんなに変わらない。
 とはいえ、

「ちっ、なんか調子狂うなぁ……まあいいわ。じゃあもう一回話すから今度はちゃんと聞いてなさいよ」
「おう」

 時には周りが見えてない程に嬉しそうに、時には人をからかうように話をする桐乃の顔は見てて飽きない。
 エロゲの話や、黒猫やあやせ達と遊んだことなんかを話しながらコロコロと表情を変える桐乃は――可愛い。
 時々興奮したまま思いっきり顔を近付けてきたりするとドキドキしてしまう。
 ……こりゃ俺も重症だな。当分妹離れなんてできそうもないわ。―――する気もねえけど。

「なあ桐乃」
「なによ?」
「……なんでもねえ。呼んでみただけだ」
「……何それ? 意味わかんないんだケド。人の話遮って何言っちゃってるわけ?」
「いや、悪かったって。なんとなく呼びたくなっちまってだな」
「ふーん……」

 どうやら怒らせてしまったようで、顔を赤くしてムスッとした様子で黙り込む桐乃。
 やっちまった。別に怒らせるつもりはなかったんだけどな。
 しょうがねーじゃん。呼びたくなっちまったんだし。我慢できなかったんだって。

「……京介」
「ん?」
「……なんでもない」

 おいおい、なんだそりゃ。人を呼んでおいて何を……ってこれ俺がさっきやったことか。
 しかしまあ、なんつーか、何度聞いても桐乃の口から「京介」って呼ばれるのは落ちつかねえな。
 なんかこう――こそばゆいものがある。クセになりそうだ。

「……何ニヤニヤしてんの? キモイんですケド」
「べ、別にニヤニヤなんてしてねえぞ?」

 ヤバイ。どうやら顔に出ていたらしい。これはどうにか誤魔化さないと後が面倒なことになりそうだ。

「嘘。絶対ニヤニヤしてるし。そんなに妹に名前で呼ばれて嬉しいの? あんたのシスコン具合も相当よね。ぷくく」
「くっ……ああそうだよ! 俺はお前に名前で呼んでもらえて嬉しいんだよ! 文句あっか!」

 誤魔化すことが無理だと悟った俺は、顔をズイッと桐乃に近づけながら開き直った。
 だって言い訳するの面倒だし。疲れるし。それにこう言ってやれば桐乃は

「な――!? あ、あんたなに開き直ってるわけ!? キモイキモイ! それ以上顔近づけんな!」

 こんな風になるしな。
 自分からは結構な頻度で顔を急接近させたりするくせに、自分がやられるとすぐに動揺するんだよなこいつ。
 どうせそのまま主導権を握ろうとしたんだろうが甘い甘い。

「何でだよ? さっきはお前から近付けたりしてたじゃねーか」
「そ、それは! ってドサクサにまぎれて顔近づけんな!」

 さらに顔を近づけてやれば焦ったように後ろへと下がる桐乃。
 だが残念なことにここはソファーの上であり、下がれる距離もたかが知れている。
 結果、自然と俺が桐乃を追い詰めるような形になる。

「どうしたんだよ。何をそんなに焦ってんだ?」
「べ、別に焦ってなんか……」
「なあ、桐乃」
「な、何よ」
「名前、呼んでくれよ」
「あ、あんた、なにを」
「だめか?」

 わりとマジで言ってたりする。
 さっきクセなるといったがあれ撤回するわ。もうクセになっちまった。

「ダメって、ことはないけど……」
「じゃあ……」
「そ、そのかわり!」
「な、なんだ?」
「あんたもあたしのこと名前で呼ぶこと!」

 そうはいうが桐乃よ。俺、既にお前のこと名前で呼んでるじゃねえか。

「それぐらいならお安いごようだ。てかもう呼んでるだろうに」
「う、うっさい! これは気分の問題なの!」
「へいへい」

 気分って、一体なんの気分だ? まあいいか。
 しかし、今の状況って客観的に見たらかなりマズイ体勢なんじゃなかろうか。
 まるで俺が桐乃に迫ってるみたいじゃないか。……あんまり間違っちゃいないが。

「じゃ、じゃあ……京介」

 ドキリ、と胸がなる。
 うわ、なんだこれ。さっきはこうじゃなかったはずなのに。
 というか桐乃、その照れてるみたいに顔赤くするのやめてくれ。可愛すぎて俺が死ぬ。

「ほ、ほら! あたしが呼んであげたんだからあんたも呼びなさいよ!」
「え? お、おう。え、と……き、桐乃?」
「うっ……」

 だからその顔やめてくれ! マジでやばいんだって! おかげで俺どもっちゃったじゃん!

「……もう一回」
「な、なんだって?」
「もう一回。そしたらあたしも呼んであげる」
 
 ぐ、なんと言う魅力的な提案を……!
 桐乃に名前で呼ばれることがクセになってしまった俺にはこの提案を却下することができない!

「わ、わかった……桐乃」
「うん……京介」

 俺の名前を呼ぶ桐乃は、熱に浮かされたようにさっきよりも顔を赤くしている。ついでに目も潤んでるかもしれない。
 なんだろうかこの雰囲気は。これではまるで俺と桐乃が――。

「桐乃……」
「京介……」

 やめればいいのに、俺は桐乃の名前を呼ぶのをやめることができない。
 それに答えるように、桐乃も俺の名前を呼んでくれる。

「桐乃」
「京介」

 俺の手が自然と桐乃の頬に添えられる。だんだんと近付く桐乃の顔。
 桐乃はそのまま目を伏せるように目を細めて……

「ただいま~」

 ビクゥウウウ!!

 玄関から聞こえたお袋の声に、二人して跳ねるように体をビクつかせた。
 おかしな雰囲気から開放されて正気に戻った俺達は、自分達の体勢を思い出して盛大に慌てた。

「ちょ、早くどいてよ! お母さんきちゃうでしょ!?」
「わ、わかってる!」

 わたわたと桐乃のそばから離れようと必死になる俺。
 そうしてパッっと二人の体が離れた瞬間

 ガチャリ「ただいま~」

 お袋の登場である。
 あ、危なかった。もう少しでみつかるところだった。

「あら珍しい。あんた達、二人とも揃ってどうしたの?」
「べ、別に。ただ喉渇いたから飲み物取りにきたらこいつがいたってだけ」
「俺はちょっと気分転換にテレビでも見ようかなって」

 二人して苦しいいいわけだ。だがお袋は大して追及する気もなかったようで

「あらそう。気分転換もいいけどちゃんと勉強もしなさいよ」
「へーい」

 それを俺に言うだけで台所で夕飯の支度を始めた。
 それを見た俺達は逃げるようにリビングを出て、部屋へともどったのだった。

 ふい~~~。どうなるかと思ったぜ。あんな場面お袋に見られたらどんな誤解されるかわかったもんじゃない。
 俺も桐乃もあの時はどうかしてたんだろう。そもそも俺はあの時何をしようとしてたんだか。
 またあんなことになったらヤバイし、今回見たいなのはこれっきりにしとくか。

 これからは二人きりのときに名前を呼び合うのはよそうと、心に決めた俺なのであった。


「……もうちょっとだったのに……今度こそは・・・・・・」


 しかし、その誓いを桐乃によって破られることを、このときの俺が知るよしもなかったのだった。
 

-おわり-



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最終更新:2011年05月15日 18:05