950 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 23:03:46.33 ID:apcg0gSL0 [1/2]
黒猫を追って温泉街に言ってから数日後、あたしは黒猫の新居に遊びに来ていた。
ネコミミメイド姿で給仕する黒猫は、同性のあたしから見てもクラリとしてしまいそうなほどに可愛い。
京介のご飯にご飯をよそうその頭の上では、ネコミミがぴくぴく動き、お尻では尻尾がゆらゆら揺れている。
いつ見ても悔しいほどに似合っている。
・・・・・・このネコミミをあの愛しい妹たちにつけたらどうなるんだろう。
やばい。想像しただけで鼻血が出そうだ。
少し頭を冷やそうと、麦茶を口に運び、食事を進める。
あたしと、京介と、黒猫の家族団らん風景。
黒猫を追う前なら、まったく考えられなかった世界だ。
そんな現状をかみ締めながら、あたしは今回の一件についての思いを馳せた。
この一年と数ヶ月、あたしはずっと兄貴-京介に助けられてきた。
普段は全然駄目なくせに、あたしが困ると何時だってあたしのために頑張って、あたしの望む結果を作り出してくれた。
優しくて、頼りになって、あたしのことがすっごい大好きな兄貴。
誰がどう見てもシスコンなのに、ちょっと前までは絶対に認めようとしなかったな。
最近は開き直って、あたしにいつもセクハラしてくるけど。
そしてあたしも、あまり認めたくはないけど、ブラコンだ。
だって仕方ないじゃん?
あれだけ格好よくて、妹を好きでいてくれる姿を見せられたら、あたしじゃなくってもブラコンになるって!
そりゃあ確かに疎遠になる前はすっごい仲良かったし、疎遠になってからもあいつのことは意識してたけどさ。
一時期あいつはあたしの事を見ないようになって、あたしもあいつの事を見ないようにして。
それでも今、ずっと昔よりも、ずっと昔とは違う目線であいつのことが気になるのは、京介のあんな姿を見たからだと思う。
あたしはずっと、京介に、兄貴が大切だということを伝えられなかった。
普段のあいつはだらしないからだとか、ブラコンに思われたくないからだとか、周りに変に勘ぐられたくないとか、
自分で気づいてほしかったからとか、認めたくなかったとか、あるいは、その、恥ずかしいからとか色々あるけれど―
きっと心の奥底では、自信がなかったんだと思う。
あいつはとびきりのシスコンで、妹のために何でもできるやつだ。道理を無理でこじ開けるやつだ。
そしてそれは、どれだけ才能があっても、どれだけ努力してもできないことだと思う。
自画自賛になるけど、あたしはとてもすごいやつだ。才能があるし、努力だってしてる。
でも、どれだけ頑張ってもできないことがあることも知っている。
それでも何とかしようとして、でも駄目で、あきらめてしまいそうになったとき
京介は頑張って、頑張って、決してくじけずに、最後にはあたしを救ってくれた。
あたしのために、妹のために、兄貴はそんなすごいことをしてくれて、
あたしはとても嬉しくて、幸せで、そして同時に京介に何も返せないことが、とても、とても苦しかった。
あいつに、あたしは何をしてあげられるんだろう。
いつか京介が挫けそうになったとき、あたしは兄貴がそうしてくれたように、京介を救えるんだろうか。
『あいつはシスコンで、あたしは妹だから。だからあたしは甘えるだけでいいんだ』
そんな免罪符があっても、決して自分を納得されられなかった。
兄貴が妹を助けたように、
あたしも兄貴のために何かできなければ、
あたしは兄貴が大切だなんて、
口が裂けても言えやしない。
だから今回、京介が黒猫に振られて、黒猫がどこかに行ってしまって、
ほっとして、辛くて、むかついて、
でも兄貴のために何かができるのが、とても、とても嬉しかった。
結局黒猫は近くに引っ越しただけだったし、あたしは京介に自分の気持ちをぶちまけちゃったけど、
京介は元気になったし、京介とも、その、仲良くなれた気がするし、
結果として収まるべきとことに収まったんじゃないかと思う。
でも、あたしの中のわだかまりは決して消えることは無かった。
あたしちゃんと頑張れたかな・・・・・・
兄貴が大事って、ちゃんと胸を張って言えるようになれたかな・・・・・・
兄貴なら、もっとうまくやれたんじゃないかな・・・・・・
あたしは兄貴のために、黒猫を連れ戻して、京介に謝らせて、そしてできるなら京介と復縁させるつもりだった。
だが結果はどうだろう。
引越し先が近場だったとはいえ黒猫を連れ戻すことはできなかったし、あたしが本音を言ってしまったせいで復縁はおろか、謝らせる事すらできなかった。
それどころか、あたしの望んだことだけど、京介の未来を縛ってしまった。
あたしは、何もできなかった・・・・・・
京介なら、兄貴なら自分を押し殺してでも、いつものように無理矢理にでもあたしの望む結果を作り出してくれたんじゃないだろうか。
もし振られたのがあたしで、振ったのが黒猫のような子だとしたら。
たとえ自分が苦しくても、悲しくても、黒猫に嫌われてしまって、今よりもずっとずっと辛いことになったとしても、
兄貴は妹のために、自分の気持ちを捻じ曲げて、連れ戻して、謝らせて、復縁させて、
あたしだけじゃなくて、黒猫にとってももっともっと幸せな結末を作り出したんじゃないだろうか。
絶対に説得できないと思っていたお父さんを説得した兄貴なら、
絶対に仲直りできないと思っていたあやせと仲直りさせてくれた兄貴なら、
取り戻すのをあきらめていた小説を取り戻してくれた兄貴なら、
絶対に帰ってこれないと思っていた秋葉原から、ちゃんと帰ってきてくれた兄貴なら、
あたしの意思すら折って、本当のあたしに気づかせてくれて、手遅れになる前に日本に連れ帰してくれた兄貴なら、
ずっと認めなかったシスコンだという事実を認めてでも、あたしを応援してくれた兄貴なら、
恥ずかしい思いをしても、大嫌いなあたしを大切だと言ってくれた兄貴なら、
あたしが京介の気持ちを知った上でも、それでも前に進めるように、あたしを勇気付けてくれたんじゃないだろうか。
京介のしてくれたように、京介ならこうしてくれるだろうと思って、京介のために力を尽くした。
それでも満足の行く結果は得られなかった。
あたしはあたしの望む妹になれなかった。
兄貴は本当に優しくて、頼りになって、すごくて、あたしでは届かなかった。
あたしは、もしかすると、兄貴に相応しい妹では無いのかもしれない―
「そうでもねえよ」
その言葉に、はじかれるように京介のほうを見る。
京介は優しい、慈しむような目で、あたしを見ていた。
その目に、あたしは心が見透かされてしまったように思い、つい京介を睨みつけてしまう。
「―なんか言った?」
あたしの考えていたことがわかったわけじゃないだろう。
京介はあたしが考えている以上に鈍感だ。
「ん、いや、あの・・・・・・さ」
京介は少し言い出しづらそうに言葉を続ける。
あたしは兄貴を助けたくて頑張った。
別に感謝されたくてやったわけじゃない。
見返りを求めていたわけじゃない。
あたしは、あたしのやりたいようにやっただけ。自分勝手に、お節介を焼いただけ。
だからその結果得られる対価というのは、自分の中にある。誰かにもらうものじゃない。
もらうものじゃないけど、
「―ありがとうな、桐乃」
あたしは十分に報われた。
京介にお礼を言われた。
京介が救われたことが理解できた。
それだけであたしの心は救われた。
最も欲しかったものを得て、あたしは自分のしたことが間違っていなかったと信じることができた。
京介の言葉が胸に染み渡るにつれ、あたしの心を多幸感が埋め尽くしていく。
やばい。顔がにやけるのをどうやっても止められない。
嬉しくて、恥ずかしくて、顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかる。
それでも全力で平常を装うとするこの表情は、京介からはどう見えるのだろうか。
「は?いきなり何言ってんの?」
こんなに優しいなんて反則だ。絶対に敵うはずがない。絶対に陥落しないはずがない。
そう、京介は何時だってあたしを救ってくれる。
あたしの欲しい言葉をかけてくれる。
そう、あの時から知っている―
あたしの兄貴はこんなも格好いい。
「な、なんだその態度は、俺がお前にお礼を言うの・・・・・・そんなに珍しいってのか?」
照れるように、拗ねるように京介はそう続ける。
その姿がとても可愛くて、ついいつものように素直になれず、意地悪してしまう。
「はいはい、ごめんねー」
からかうように言うと、京介の表情はいつもの憮然としたものになる。
今まで、何度京介をこんな表情にしてきただろうか。
恥ずかしくて、素直になれなくて、つい本音とは逆の行動をしてしまう。
そしてそれは、きっと寂しいことなんだろう。
だから、あたしはそんな京介にあたしの味わった幸せを分けてあげたいと思った。
気付いたことがある。
言葉ひとつで、笑顔ひとつで人はこんなにも報われる。
人はこんなにも優しい気持ちになれる。
人はこんなにも嬉しくなれる。
好意を向けて、好意を返されるのがこんなにも嬉しいことなら、
これからは、少しずつでも素直になっていこう。
恥ずかしくても、ちゃんとあたしの心を解ってもらおう。
そう、まずは最初の1ページ。
あたしは、真心を込めて、最高の笑顔でこう返すのだ。
「―どういたしまして、京介」
-END-
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最終更新:2011年05月16日 08:05