378 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/05/18(水) 02:07:29.86 ID:jCOjyO1l0 [1/9]

レスSS320-322『7巻終わり~8巻序盤:桐乃視点』




「兄貴の義務を果たしてんだよ」

あたしの頭の中に、何度も何度も、あいつの声がこだまする。

あいつは、あたしに彼氏が出来た事を嫌がってくれた。
あたしが彼氏を作る事を、本心から嫌がってくれた………

前に言ってくれた、あたしが居ないと寂しいって。
あたしを兄貴が必要としてくれてる………その事はとっても嬉しい。

でもそれは、『あたし』の事が必要だからじゃない。
あいつはあたしの兄貴だから………
兄貴なら、そうするのが当たり前だから………

あたしが、兄貴の『妹』だから………



御鏡さんが帰った後、あたしは黒いのに電話をかけた。

「この前は………打ち上げのときはごめん」
「ええ、あんなふざけた事はこれっきりにして欲しいわね。
 沙織から聞いたわ。偽彼氏ですって?」

いちいちムカツク喋り方だ。
だけど、今回の件に限っては、あたしが何かを言う資格はない。

「うん。もう、そうする必要もないから」
「そう?それで、その彼氏を連れてきてどうしたのかしら?」
「あのね、あたしが偽の彼氏を連れてたら―――
 あいつね、『おまえには桐乃はやらん』なんて言っちゃってんの!」

そう。兄貴はそう言ってくれた………

「そ、そうなの?い、妹の彼氏にそこまで言ったのね」
「マジキモイっ!ほんっとシスコンだよねー、あいつ」
「でも、そもそも何故、偽彼氏なんて連れてきたのかしら?」
「………………………………」

痛い質問だった。
でも、事の真相は、いくらこいつでも教えるわけにはいかない。

「あたしさ、あいつと仲が悪かったってのは教えた事あるでしょ?」
「私の目にはずっと仲が良さそうに見えるわね」
「ちゃんと聞いてよ」
「わかったわ」
「アンタの目にはそう見えたかもしれないけど、アンタに出会う直前までさ、
 あたし達、喋ることも殆ど無かったんだよね」

あの頃を思い出し、あたしの胸は締め付けられる。
あんな気持ち、もう二度と味わいたくはない。

「意外だわ」
「本当は、今でも、普段は………
 あんた達が遊びに来てない日は、兄貴と全然喋る機会もないしね」
「そう………」
「だからね、兄貴ともっとお話したかった、
 兄貴にもっとあたしの事見ていて欲しかった………
 それが、あたしがバカな事をしてしまった理由」
「………分かったわ」

とりあえず、納得はしてくれたようだ。

「それじゃあ、二つ、質問があるわ」
「何よ?」
「まず一つ目は、先日の偽デートの件。
 本当に美咲さんは付いてきていたのかしら?」
「………………………………」

この質問は、あまりにも予想外だった。
こいつの鋭さを少しなめてかかっていた。

「そう、居なかったのね」
「………………………………」
「まあ、いいわ。お兄さんと一緒に居たかっただけだと一応納得しておくわ」
「ふんっ!」

だって、どうしようもないじゃん。
今さら、嘘をついたって………

「それじゃあ、二つ目の質問」

突然、こいつの口調が変わる。
さっきまでの問い詰めるような口調ではなく、
何かもっと必死な感じに………

「今度は何よ」
「もし、あなたのお兄さんの事がとても好きな女の子が居て、
 その娘があなたのお兄さんに告白したら、あなたはどうするつもり?」
「はっ、バカじゃん?あいつの事好きになるような女、地味子しか居ないって」

そう、そのはず。でも、何、この嫌な感触。
あいつの事を好きな女が居るってだけで、こんなに気分が悪いの?
………ううん、違う、さっきのこいつの口調、明らかに誰か特定の人物を指している。

「答えて。あなたはどうするつもりなの?」
「………………………」

まさか………でも、よく考えれば、それしか考えられない。
こいつが兄貴に好意くらいのものを持ってるとは思ってたけど………
こんなに必死に食い下がるくらい、あいつのこと好きだったなんて………

「あんた………あいつのこと………………………好きなの?」
「ええ、そうよ」

目の前が真っ暗になった。
あたしは、またあいつを失うのだろうか?
せっかくあいつと仲良くなろうと思ったのに。
………あいつの事………好きになってしまったのに………

「私は、先輩の事が大好きよ。
 私の代わりに怒りをぶつけてくれて、私が拒絶しても私にまとわりついてきて、
 こんなダメな私の事にも、必死に取り組んでくれる先輩の事が」

黒猫の言葉からは、あいつの事を本気で好きだと言う感情が次々に溢れてくる。
あたしがあいつの事を好きなのに負けないくらい………………………
こいつ、本当はとっても臆病なのに、優しいのに………………………

あたしは、あいつをとられたくない………でもっ、でもっ!

「いいよ」
「えっ?」
「いいって言ってんのよ。あんたあいつの事好きなんでしょ?とっても」
「ええ、そうよ」
「それなら、あたしはあんたの事応援する」
「あなた、自分が何を言ってるのか分かってるのかしら?」

分かってる。分かってるよ。
あたしの感情は、あたしの理性を必死で否定してる。でも………
そう。兄貴だったら、こう、答えるはずだもの………

「分かってる。あたしはあいつの妹だから。あいつが喜んでいる姿を見たい。ただそれだけ」
「本当に、良いのね?」
「くどい。あんたはあたしの友達で、あいつはあたしの兄貴で………
 二人が幸せそうにしているのが一番じゃん」
「そう、分かったわ。近いうちに、私は先輩に告白するわね」
「………わかった。それじゃ、またね」
「ええ、それじゃあね」

電話を終え、あたしはふと自嘲気味に思う。
結局、バカな事ばかり繰り返した嘘つきの女の子には罰が与えられ、
正直ものの女の子には、それに見合った報酬が与えられるわけだ。

それに―――あたしは、あいつの『妹』だ―――

そう思うと、高ぶった感情が一気に引いていくのがわかる。
あたしは、高坂桐乃ではなく、高坂京介の『妹』なんだ。
そう、思う事に、した………





翌日、あたしは打ち上げパーティーのやり直しを前に、
リビングで雑誌を読みながらくつろいでいた。

部屋で読んでいるのでは………そう、兄貴に出会えないから………

―――玄関から音が聞こえる。兄貴の帰ってきた音だ。

「ただいま」
「………ん」

そっけなく答える。
もう、あたしは『妹』なんだ。こいつの恋愛なんて、関係がないんだ………

でも、どうしても気になってしまう。
あたしは『妹』だから、こいつの恋愛になんて口は出せない。
ううん、違う。『妹』として、『妹』としてなら、口をだしても良いはず………

「ねぇ」
「………な、なんだ?」
「どこ行ってたわけ?」
「学校、ちょっと用事があってさ」
「ふーん」

そっか、あいつに、呼び出されたの、かな?
あたしは努めて表情を隠し、こいつに内心を読まれないようにする。

「―――あのさ」
「うん?」
「なんか、変わったこと、あった?」
「別になんにも」
「ふーん」

あいつ、まだ告白してないんだ?
近いうちに告白するって言ったのに?

あたしの中の『桐乃』の部分が安堵している。
でも、『妹』なら、そんなことはない。

いい加減、あたしの中の感情に決着をつけないといけない。
『京介』が、『桐乃』を見てくれるかもしれないなんていう
みっともなく、心にこびり付いた感情を………

「よし、と」

あたしはソファに座りなおし、『兄貴』に声をかける。

「ねぇ」
「な、なんすか?」
「こっち来て」

兄貴は怪訝な顔をして近づいてくる………そうだ!
あたしの考えが正しいのか、兄貴に答えさせてみよう。
そうすれば、兄貴の正直な気持ちも分かるはずだし………
あたしも本当に、納得できるはずだ………

あたしは兄貴に正座をさせ、昨日のことについて問い詰めることにした。

「あんたさ………あたしが連れてきた人が、
 本当の彼氏だったら………どうしてたわけ?」
「それは………もちろん、同じようにしてたよ。
 だって俺は、ネタばらしえおされるまでずっと、
 あいつのことを本当の彼氏だと思ってたんだからさ」

うそ………それなら、あたし………で、でもっ!
あたしは自分の揺れ動く感情を振り払うように、あいつに軽口を叩く。

「『男と付き合うのはやめてくれー』
 『桐乃と付き合いたいなら、俺よりも桐乃を大切にすると認めさせてみろー』
 って言ったってこと?」
「そ、そうだよ」

それならば、あたしは期待しても良いのだろうか?
『京介』が『桐乃』を見てくれる可能性を………

それを確かめたくて、あたしはもう一歩踏み込んだ質問をする。

「ふーん、じゃあ………そのあとは?もしも偽者の彼氏だっていうネタばらしがなくて、
 御鏡さんがあたしのこと本当に好きで、ちゃんとあんたと向き合って、
 説得してきたら………どうしてた?」

考えるだけでも心が切ない。
あたしの答えは正しかったの?
あんたにとって、『桐乃』と『妹』はどっちが大事なの………?

あたしは………………………どうしたら良いの………………………?

「それは………………………さーな、わかんねーよ」
「ちゃんと答えてよ」

ちゃんと、心から、答えてよぉ………

「おまえに本当の彼氏ができたら―――」
「できたら?」
「たぶん………」
「たぶん?」
「………………泣く」
「………何それ?」

あまりにも予想外の答えだった。
あたしの中では、認めるか認めないかの二択しかなかったのに………

「………二、三発殴って、ちゃんと話して、それで………大丈夫そうなヤツだったら………
 おまえもそいつのこと好きなんだったら………もう、泣くしかないだろ。
 イヤだけど、すげえイヤだけど………止めらんねーしさ」
「ふーん、そっか」

そうだ、こいつの語ってくれた、こいつの気持ち………
今のあたしの気持ち、そのままなんだ………………………

あたしは、こいつがとられるのがイヤだ。
イヤでイヤでしょうがない………………………
でも、『妹』であるあたしは止められない。
こいつのこと、本当に好きな娘がいるんだから………

あたしは沈みきった気分を冗談で吹き飛ばすために、こう続けた。
ううん?『妹』なら、嬉しいハズじゃん。
必ず訪れる別れを、こんなにも悲しんでくれるんだから!

「あんたどんだけシスコンなわけぇ?キモすぎ!」
「なんとでも言え!」
「はいはい」

あたしは、『兄貴』に望まれる理想の『妹』として喋り続ける。

「でさー、あんたさー『妹を大切にする』んでしょ?」
「ぐあっ!」

『妹』は、兄貴の幸せを応援する。
決して兄貴の邪魔なんかしない。
それは、『妹』にとって『我慢ではありえない』

「あたしを大切にするってさー、具体的になにしてくれんの?」
「なにって………」
「もしかして考えてなかったわけ?あんな威勢良く言ったくせに?」
「………………………」

そう、これも、全部兄貴のため。
兄貴が、兄貴の事を想ってくれている、可愛くて健気な女の子と結ばれるため………
こいつが困ったとき言うセリフなんて、簡単に予想ができる。

「じゃあ………この前の侘びも兼ねて、なんでも頼みを聞いてやるよ。一つだけ」
「マジで?なんでもいいの?」
「俺にできることならな」
「じゃあねー、んーと」

考えるまでもない。言うべき事は決まってる。

………そう。考える必要なんて………ないじゃない!

「もしも近いうちに、『あんたが大切にしてる女の子』から告白されたら、
 ちゃんと………真剣に考えてあげて」

それなのに、どうして『あんたが大切にしてる女の子』なんて言ったの?
どうして………『黒猫』って言えないの………?


「その子………ほんとにあんたのこと、好きだからさ」

どうして………あたしはあんたのこと、好きなの………?



End.



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最終更新:2011年05月23日 00:39