471 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/05/18(水) 22:34:49.31 ID:bLNvdKN20 [2/2]

【SS】ケーキのイチゴ
とある休日のおやつ時、リビングの中で俺は桐乃と向かい合って座っていた。二人の間にはテーブルの上に、紅茶と、ケーキが置いてある。
正確に言えば、桐乃が陸上で優秀な成績を取ったとかでそのお祝いにとケーキをねだられ、二時間かけて某有名ケーキ店で買ってきたケーキだ。
桐乃のやつ、何で受験生にそんなところまで買いに行かせるんだよ。落ちたらお前のせいだからな。
え?なら行かなきゃいいって?桐乃にあんな表情で頼まれて断れるやつがいたら俺がぶん殴ってやんよ。なんたって俺はシスコンだからな!

桐乃が入れてくれた紅茶の香りを楽しむ。紅茶のことなんざよくわからんが、これが良い匂いだという事はよくわかる。
料理は下手なやつだが、こういうのは上手いんだな。
目線の先ではなぜか桐乃がケーキに手を付けずに、じっとこちらを伺っている。
「なんだ、食わないのか?」
俺もまだ手を付けていないが、これは桐乃のために買ってきたんだから、先に桐乃が手を付けるのが筋だろう。
「あんたが買ってきたんだから、あんたが先に食べていいよ」
買ってきたというより、買ってこさせられたんだがな。
まさかこいつ、俺が何か細工をしたと思っているんじゃないだろうな。
まぁいいや。せっかく薦めてもらってるんだし、先に一口食べようか。

それにしても、高いし人気なだけあって、見た目にもおいしそうなケーキだな。
俺が買ってきたのはシンプルなイチゴのショートケーキだが、慎ましいながらも目を引くようにデコレートされているし、
半分に切られ、横から見るとハート型に見えるように置かれているイチゴが可愛らしい。
一通り外見を愛でてから、とりあえず先端をフォークで切り、口に運ぶ。
下品ではないが、それでもとろけるような甘みが口いっぱいに広がる。
うん、美味いな、これ。確かに桐乃が俺に買いに行かせるだけの事はある。

目線をあげるとこちらを見ていた桐乃と目が合う。もしかしてずっとこっちを見ていたのか?
俺がケーキを食べるところを見て、何が楽しいんだ、こいつは。
ケーキを食べる俺の表情に満足したのか、桐乃もケーキに手を伸ばす。
「ん~やっぱりここのケーキって美味しいわね!」
大画面のテレビでメルルを見ているときに見せるような、これぞ至福という表情の桐乃。
これが見れただけで、遠くまで行って買ってきたかいがあったと実感する。
「ねぇねぇ、美味しいでしょ、これ!この間雑誌で見つけて、あやせと一緒に食べにいったんだ!」
あやせと一緒か。こいつは俺の知らないところであやせと一緒にいろんなところに遊びに言ってるんだろうな。
ってかさ、気に入ったのは解るけど、何でお前は俺に買いに行かせたわけ?また食べたかったならあやせと一緒に行けばいいじゃん。
どうせ俺と食べるよりも、あやせと一緒のほうが話も盛り上がるだろうし?
俺のいないところで楽しそうにしている桐乃のことを考えると、口の中に残っていた甘みが、少し苦くなった気がした。
「美味しく、なかった?」
俺が答えなかったからだろうか、上目使いで桐乃が訊ねてくる。
何不安そうな顔をしているんだ。そんな顔されるとせっかくのケーキがまずくなっちまうじゃねーか。
「そんなことねーよ。さすが桐乃が勧めたケーキだな。こんなに美味いケーキ食ったのは初めてだぜ」
先ほどの味を思い出しながら、桐乃にそう返す。
「そうでしょ!さっき一口食べた後、こっちを見ながらニヤニヤしてたもんね」
あれはケーキが美味かったからっていうより、ケーキを食べたお前が―
って、もしかして桐乃がこのケーキを俺に買ってこさせたのって・・・・・・
いや、考えすぎだろう。それなら一緒に食べに行けばいいだけだしな。
俺は考えを振り払うように、ケーキに乗ったイチゴをフォークで刺し、口に運ぶ。
甘みより酸味のほうが強く、ケーキに添えるにはいいアクセントになっている。
「あんたさぁ、ほんと解りやすいよね」
イチゴを食べる俺を見ていた桐乃が、ケーキを食べながら話しかけてきた。
「何がだよ」
「好き嫌いがわかりやすいってこと。エロゲだってさ、いっつも同じ順番でクリアしてるし」
何時も思うんだけどさ、何でお前俺の攻略順番知ってるんだ?
まさか調べてるんじゃないだろうな。
「この間貸してあげたやつだってさ、はじめに黒髪ロングのヤンデレ、次に眼鏡巨乳、次に黒髪電波、最後に茶髪ツンデレでしょ?
あんたの嗜好丸わかりだっつーの!」
なんで知ってるんだよ!まさか調べてるんじゃないだろうな!
「前から言ってるけどな、俺は妹系エロゲはそんなに好きじゃねーの!
特に攻略キャラが多いときは初めにいい感じの子を攻略しなけりゃモチベーションが続かないんだっての!」
答えながら、ひょいぱくひょいぱくとケーキを食べていく。
「モチベーション続かないっていえるほどプレイしてないじゃん」
だからなんで俺のエロゲのプレイ状況を知ってるの、この妹様は?
「お前はどうなんだよ。好きなやつから攻略すんの?」
「はぁ?あんた妹にエロゲの攻略スタイル聞くなんて、マジキモいんですけど」
誰かこの妹をどうにかしてくれませんかね!お願いだから!
「まぁ、あたしは気になる子は最後まで残しておくタイプ?ほら、イチゴは最後に食べる的な」
だからお前はケーキを先端から食べ初めて、まだイチゴに手を付けてないんだな。
まぁ尻の方から食べたり、真ん中から食べたりするやつは見たことねーけど。
それにしても、こいつイチゴ好きだったんだな。

真ん中まで食べたところで、俺は残りのイチゴにフォークを刺した。
やはり俺としてはイチゴは最後に食べる気にはなれないな。
そんなことを考えながらイチゴを口に運ぼうとしたとき、桐乃と目が合った。
なんとなく手を止めて桐乃の目を見つめ返す。
桐乃も手を止めて俺の目を見つめ返す。
二人の間に形容しがたい空気が流れる。
・・・・・・ふむ。
「ほらよ」
イチゴが刺さったままのフォークを桐乃のほうに向けて突き出した。
「え?」
桐乃がぽかんとした表情を浮かべる。
「なんだよ、いらないのか?」
さっきから俺の顔をじっと見てるのはイチゴが欲しいからかと思ったんだが。
フォークの向きを変えて俺の口にイチゴを運ぼうとすると、桐乃が慌てて答えた。
「い、いる!」
桐乃がフォークに向けて体を乗り出す。別にそこまで急がなくても食いやしねぇって。
「あ、あぁ」
再度フォークの向く先を桐乃に向けると―
「あ、あ~ん」
桐乃が口を開けて待っていた。
「お、お前っ!」
「べ、別にいいでしょ?イチゴはフォークにしっかりと刺さっちゃってお皿にも置けないし、フォークからフォークに移すのはマナー違反だし・・・」
桐乃が顔を赤くしながら、早口で弁明する。だがな桐乃、今のお前の顔はいいでしょ?って表情じゃないぞ。
「だ、だけどな―」
「うっさい!早くよこせ!」
桐乃の剣幕に負け、俺はゆっくりとフォークを桐乃に近づける。

パクッ

イチゴが桐乃の口に消えるのを見届け、すぐにフォークを引く。き、桐乃の口、触れてないだろうな・・・
目線をフォークから桐乃に移すと、桐乃は顔を赤くしながら、それでも先ほどよりも幸せそうにイチゴを味わっていた。
くそっ、なんて顔をしやがるんだ。文句が言えねぇじゃねーか。
俺は顔を背け残ったケーキに没頭するが、まったく味がわからなくなっていた。

お互いに無言のまま時間が過ぎ、俺は最後の一口を口に放り込み、紅茶で流し込んだ。
くそ、変な空気のせいでせっかくのケーキの味が台無しじゃねぇか。
まぁ、俺の買ってきたケーキを美味しそうに食べる桐乃の姿は見れたから、満足といっちゃ満足だけどよ。
「じゃあ俺は勉強しなくちゃなんねえから」
まだ桐乃が食べ終わっていないが、これ以上変な空気になられると困る。糖分も摂取したことだし、一足先に勉強に戻ろう。
「ちょ、ちょっと待って!」
腰を上げようとした俺を、桐乃が呼び止める。
「なんだ―」
見ると、桐乃がイチゴを突き刺したフォークを、俺に向けていた。
それを、どうしろと。
いや、わかる。わかるけどな。何で俺がそれをしなきゃなんねぇんだよ!
「あんたさ、今口の中甘いでしょ?イチゴは最後に口を整えるために食べるモンなんだって」
いやいや、俺の口の中は妹様のせいで味覚が消失しているから問題ないです!
「あとさ、あたしが無理言って忙しいところに買いに行ってもらったじゃん?だから、そのお礼」
顔を赤く染めながら、少しだけ素直なことを言う妹。
―なんだ、気にしてたのか。
「いや、かな?」
動かない俺を見て、桐乃は悲しそうに目を伏せた。
だから、その表情は反則だ。お前、俺が断れないと解ってその顔をしているんじゃないだろうな。
「―解ったよ」
俺はシスコンだ。だから妹をそんな表情にすることは出来ない。
俺の答えを聞いて、桐乃は顔を上げ
「なに?やっぱし欲しいんじゃん。ウザいからさぁ、欲しいときには素直に言ったほうがいいよ」
意地悪そうに顔を輝かせた。
やっぱりこいつ俺が断れないことわかってやがる。
「うっせぇ!早くよこせ!」
俺は身を乗り出し、大きく口を開けた。もうこうなったらヤケクソだ!
こちらを見る桐乃の視線に耐えられず、目を閉じてフォークが近づくのを待つ。
5秒か、10秒か、あるいは一分以上たってからか、近づくフォークの気配を感じ、俺は口を閉じた。
目を閉じたままイチゴを味わう。

―少しだけすっぱく、ほんのりと甘い味がした。

よく噛み、味わうと俺は目を開ける。
俺の前で桐乃は顔を赤くし、フォークを咥えている。
―桐乃よ、無意識にやってるんだろうが、そのフォークはついさっき俺が咥えたものだぞ。
「じゃ、じゃあな!」
これ以上ここにいると間違いなく俺の頭がおかしくなる。
俺は立ち上がると逃げるようにしてリビングから立ち去る。

「あ、そういえば―」
リビングのドアを閉める前に、俺は立ち止まった。
二つ、言いたいことがあったんだ。
「桐乃、お前勘違いしてるみたいだけどな、俺は別にイチゴは好きじゃないからな」
「―え?」
後ろから、呆けたような桐乃の声が聞こえる。
俺は振り向かずに続ける。

「お前と同じで、好きなのを最後に取って置くってことだよ。
―あと、陸上の大会、おめでとうな」

「―それって」
後ろから桐乃の声が聞こえたが、気にせずに扉を閉め、そのまま二階へと駆け上がった。
自分の部屋へと戻り、力強く扉を閉めると、ベッドに飛び込んだ。
ケーキを買いに行ったときよりも強く、しかし心地よい倦怠感が体を包み込んでいくのが解る。
「くそ・・・体が動かねぇ・・・」
勉強するといっておきながら、こりゃしばらく―この味が消えるまでは何も出来そうにねぇな。

―今もまだ、口の中には甘酸っぱい味が残っている―

-END-



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最終更新:2011年05月23日 00:43