321 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 02:39:58.06 ID:0wDJ6U7QP [1/4]
「眠れねえ……」
午前2時。
草木も眠る丑三つ時とも言われる深夜に、俺はベッドに横になったままぼやいた。
今日も日課になった受験勉強を終え、さあ寝ようと思ってベッドに横になったはいいが、何故かまったく寝付けなかった。
――ほんとは原因なんてわかってんだけどな。
部屋の電気を消したまま、俺はベッドから降りた。
キィ、と戸を開いて部屋を出る向かう先は……桐乃の部屋だ。
部屋の前に立って、聞き耳をたてながら様子を伺う。
戸から明かりも漏れていないし、中からは音も聞こえてこない。桐乃はもう眠ってるようだった。
桐乃が起きていたなら引き返すことも考えていたが、寝ているなら問題ない。
カチャリ、と極力音を立てないように戸を開けて中を覗きこむ。思ったとおり、桐乃はしっかりと寝ていた。
スルリと体を滑り込ませるように部屋へと侵入を果たし、戸を閉めた。
そろりそろりと物音を立てないように桐乃に近付く。起こしてしまったら元も子もないからだ。
なんとか桐乃を起こすことなくベッドのそばまで来ることに成功した。
桐乃はあどけない顔をしながら、スースーと気持ちよさそうに眠っている。
そんな桐乃の顔を見て、俺はどこか満たされるような感覚を覚えた。
はたから見れば、俺がいましている行為は、妹の部屋に無断で侵入する変態兄貴そのものだろう。
しかし待ってほしい。俺としても、こういうことをするだけの理由があるのだ。
何故こんなことをしたかというとだな……笑うなよ? 絶対に笑うんじゃねえぞ? 笑ったら俺泣くからな?
……ここ二日ほど桐乃とまともに話をしてないからだ。
最近の俺はおかしい。
気がつけば、もっと桐乃と話をしたい、もっと桐乃の顔を見たい、もっと桐乃と仲良くなりたい。
そんなことばかりを考えてる自分がいる。スキンシップをはかりたいと思ってる自分がいる。
けどそんなことを俺がしようとすれば邪険にされるのはわかりきってるわけで……
そうやって躊躇して自分が望むスキンシップがとれないでいると……俺は我慢できなくなってしまうのだ。
何が我慢できなくなるかは、うまくいえないが、とにかく我慢できなくなるのだ。
そうやって我慢ができなくなると、俺は夜な夜な桐乃の顔を見にこの部屋まできてしまう。俺は桐乃に飢えていた。
ついでに言っておくが、こうやって部屋に忍び込むのは初めてじゃない。既に何度も忍び込んだことがある。
最初はある程度の期間我慢できていたんだが、ここのところその期間が短くなってきてるのに、俺はわりとマジで悩んでいる。
結構深刻に。
「こうやって黙ってれば可愛いんだけどな。いや、普段の桐乃も可愛いんだけどな」
桐乃の寝顔を眺めながら、そんなことをつぶやく。
そうやってしばらく寝顔を見ているうちに、普段は出てこない新しい欲が顔を出す。
――ちょっとぐらい触っても……いいよな?
決して胸を触りたいとかそういうのではない。髪とか、ほっぺとか、そういう部分のことだ。
別にいいよな。いやらしいことするわけじゃないし、減るもんじゃないし。俺桐乃に飢えてるし。
起きるなよ~起きるなよ~と念じながらおっかなびっくりに桐乃の頭へと手を近付けていく。
俺の祈りが通じたのか、桐乃の目を覚ますことなく俺の手は桐乃へと到達する。
そして、ゆっくりゆっくりと桐乃の頭を撫でた。桐乃を起こさないように、精一杯の慈愛をこめて。
しっかりと手入れが行き届いている髪、手の平から伝わってくるぬくもり。
それらを感じながら、俺はしばらくの間桐乃の頭を撫で続けていた。
そうして5分ほどたったころだろうか。俺は満足して、その場で立ち上がった。
「おやすみ、桐乃」
一言、そういい残して部屋を出るためにきびすを返す。そうして部屋を出ようとする俺の
「……ねえ」
背後から声が響いた。
この部屋で声を出すことが出来るのは二人だけだ。
俺はさっき桐乃に「おやすみ」と言ってから一言も声を出していない。
そうなれば、必然と声を出した人物は特定される。
脳裏にあってほしくない事実を思い浮かべながら俺は振り返った。
そこには、ベッドに横になりながらも、しっかりとその両目で俺を捕らえる桐乃がいた。
「お、起こしち、まったか?」
「……ううん」
ムクリと桐乃が体を起こす。
「……起きてた」
「い、いつから?」
「あんたが、部屋に入ってきた時から」
俺が部屋に来たときから? じゃあさっきまでのことは全部――!?
ちょっと待て、それはおかしいだろう。桐乃がおきていたなら、何で何も言わなかったんだ?
こいつならその場で俺を追い出したって何もおかしくないのに。
それなのに、俺にさせるがままにしてたってのか? 何のために?
疑問ばかりが頭に浮かんでくる俺をよそに、桐乃続けて言った。
「その前に言っとくけど……あたし、知ってるから」
「な、何をだ?」
「あんたが時々、あたしの部屋に勝手に入ってたこと」
ぐらり、と視界がゆがんだ気がした。
なん……だと……!? じゃあ、俺が忍び込んでたのを、こいつはずっと知ってたってのか?
「最初はさ、勿論追い出してやろうと思った。何で忍び込んできたのかワケわかんなかったし。
でも、あんたは何もしないで出て行くから、まあいいかって思ったの。眠かったし。メンドーだったし」
そりゃそうだろう。まさか桐乃分に飢えてただ顔が見たいがために忍び込んだなどとは思うまい。
「けど、あんたはそれ一回きりじゃなかった。それから何度もあたしの部屋に来ては何もせずに帰っていく。
部屋に忍び込まれるのは……ちょっとイヤだったけど、あんたは何もしないし、
部屋のものも触ってなかったからこのままほっといてもいいやって思ってたの。でも……」
今日、俺が我慢できなくなって桐乃に触れちまったから、ほっとけなくなった、か。
こりゃ完全に自業自得だな。何にも言い訳できねえわ。むしろ今までほっといてくれたお礼を言いたいぐらいだ。
「ねぇ……どういうつもり?」
さて、これはどう説明したもんかな。まさか素直に「桐乃に構ってもらえなくて寂しかったから寝顔を見に来てました」とはいえないわな。
そんなことを言えば一生モノの弱みになるぞ。かといってなんとなく、なんていいワケも通じないだろう。ぐぬぬぬ……
「……いいよ」
「は?」
「だから、言いにくいなら別に無理に言わなくていいって言ったの」
桐乃が妥協した!? これはいったいどういうことだ? こいつが妥協するなんて。一体どういう風の吹き回しだろうか。
「でも、勝手に部屋に入ったことは許さないから」
「は? でもさっき……」
「あんたが部屋に入った理由と、勝手に入った事実は別物でしょ。勝手に人の部屋に入ったんだから、その罰を受けるのは当たり前でしょ?」
でもお前、以前俺の部屋に勝手に入ったよね? お前罰受けたっけ? 受けてないよな。いわねえけど。言っても無駄だろうし。
「だから、その罰としてあんたには『簡単なお仕事』をしてもらうから」
「『簡単なお仕事』?」
「そ、そう」
「それは別にいいんだけどよ……明日以降にならねえの?もう結構な時間なんだけど」
時計を見ればもうすぐ3時になりそうだった。こんな時間じゃ今から何かやってたんじゃほとんど寝れなくなっちまうぞ。
「だ、だめ! これは今からじゃないとできないから」
「そうなのか?」
「そうなの!」
うーむ、桐乃がそういうならしかたないか。こんな時間からやることだし、そんなに時間がかかることでもないだろう。
さっさと終わらせて部屋に帰るか。
しかし桐乃。お前さっきからなんとなく顔が赤い気がするんだけど大丈夫か?
「わかった。じゃあ、俺に出来ることなら何でもやるからさっさとその『簡単なお仕事』とやらを教えてくれ」
「何でもやる、ね。嘘じゃない?」
「おう。男に二言はねえ」
しかしなんなんだろうな『簡単なお仕事』ってのは。流石にエロゲだったらエロゲって言うだろうし、想像がつかん。
「スー…ハー…よし。じゃあ、言うからね?」
「ドンと来い」
「うん。じゃあ、あ、あんたには『あたしをギュッとして寝るだけの簡単なお仕事』をしてもらうから」
「ふむふむ、『桐乃をギュッとして寝るだけの簡単なお仕事』ね。確かにそれは簡単だ、ってえええぇぇえ!?」
ちょ、ちょっと待て! それってつまり俺と桐乃が一緒に寝るって言う――!?
「な、何よ。出来ないっての?さっきは何でもやるっていったじゃん」
「で、でもそれは――!?」
「でも、何? それともあんた、妹に欲情して襲うって言うの? シスコンだから?」
「そんなことしねえよ!」
「じゃ、じゃあ何にも問題ないでしょ!」
「~~~~っ、ああくそ! 後でどうなってもしらねえぞ!」
「ひゃあ!?」
半ばやけっぱちになりながら、俺は桐乃を抱きしめた。そのままベッドへと倒れこむ。
こんなことをすれば暴れると思っていた桐乃は意外にも大人しく、俺に抱かれるままになっている。
腕の中に感じるぬくもりに、俺は自分でも驚くほど安心感を覚えていた。
さっきまで焦っていたのが嘘のように落ち着いている。
暗い部屋の中、感じるのは抱きしめる桐乃の体温と息遣い。そしてお互いのトクントクンという鼓動。
「……これでいいのか?」
「……うん」
いつの間にか背中に回されていた桐乃の手が、キュッと俺の服を掴むのがわかった。もう離さないとでも言うように。
そうやってしばらくしているうちに、スースーと寝息が聞こえてくる。
少しだけ顔を離して、桐乃の顔を覗き込んでみると、どこか安心したような、安らかな顔をしている。
そんな桐乃の寝顔をみたせいか、俺のほうもだんだんと眠気が襲ってきる。
俺はしっかりと桐乃抱きしめて、そのぬくもりを感じながら眠気に身を任せていく。
「おやすみ、桐乃」
そうして、俺は眠りに落ちた。
翌朝。
俺が起きると桐乃は「昨日のこと、お母さん達には内緒だからね」と部屋から俺を追い出した。
あんなことがあったなどと親父たちにばれれば、下手をすれば俺の命が危ない。
それは大げさだとしても、親父の鉄拳の10や20は覚悟しなければならんだろう。それは俺もごめんこうむる。
よって、昨晩の出来事は、俺と桐乃の二人だけの秘密となった。
それからというもの、俺は桐乃の部屋へと侵入することはなくなった。
特別、普段の生活でスキンシップが増えたわけじゃない。その辺りは相変わらずだ。
じゃあ何故そうなったかといえば……
「ねえ、京介」
「ん? なんだよ?」
「……今日も『簡単なお仕事』、あるから」
「……了解」
まあ、そういうことだ。
本人から招かれれば侵入する必要もないってこった。
もちろん、これは親父たちには内緒だ。
と、いうわけで
コンコン
いつ解雇になるかわからないこの『仕事』だが
「……いいよ、入って」
それまでは俺なりにしっかり勤めさせていただこうと思ってる
「今日も『お仕事』、よろしくね」
でも……
「おやすみ、京介」
出来れば一生続けたいなんて思っちまった俺は……贅沢なんだろうかね?
END
-------------
最終更新:2011年05月23日 23:31