641 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/05/27(金) 00:52:07.78 ID:BJgOYrNlP [2/3]
ジャラリ
ここ最近、おかしな音を耳が拾うことがある。
いや、音って言うのはおかしいのかもしれん。だって、その音はどうやら俺にしか聞こえてないらしいからだ。
ジャラリ
でもこの音、なーんかどっかで聞いたことがあるような気がすんだよな。思い出せねえけど
何の音だ? って周囲を見回しても、そういった音を出すようなものはいつだって見つからりゃしない。
ジャラリ
んで、だいたいそういった音が聞こえる時ってのは――
「ほんっと、あんたってシスコンよね」
桐乃の、そういった類のセリフを聞くときに多い気がする。
「ちょっと、あんた人の話し聞いてる?」
「聞いてるよ。人をシスコンシスコンと何度も言いやがって……今更じゃねえか」
「うわ、キモ。あんたそこで開き直る? ちょっと前までシスコンって言われて憤慨してたあんたはどこいったワケ?」
「うるせえ。それを自覚させた本人が言ってんじゃねえよ。このブラコン」
「うぐ……あ、あたしは――」
「違うっての?」
「……違わないけど」
桐乃はそう口を尖らせながら不機嫌そうに答えた。でも、それがポーズだって言うのはいい加減俺だってわかるぜ?
お前、照れてるだけなんだろ? そりゃ多少悔しさっぽいのも含まれてるかもしれねえけど、大半はそんな感じなはずだ。
だって顔真っ赤だし。ぷくって膨れた頬に微笑ましさは感じても怖さなんて微塵も感じやしねえよ。
もっとも、少し前までの俺なら、こんな態度を取られれば怒ってるもんだと勝手に決め付けてたんだろうけどな。
人間、変わるときは変わるもんだなあってしみじみ思うわ。
「……なんかムカつく。何ニヤニヤしてるわけ? 最近のあんた、なんか調子にノってない?」
「ひでぇ言い草だな。ただお前のこと可愛いな~って思ってただけじゃねえか」
「な!? ば、バカじゃん! キモ! キモキモキモ! キモイ! あんたやっぱちょっと性格変わりすぎ!」
「自分に素直になっただけだ」
「う、うっさい! それ以上しゃべんなシスコン! うわ、鳥肌立ってきた。もう、ほんとやめてよぅ……」
自分を何かから守るように抱きしめて顔を逸らす桐乃。
そんなことを言いつつも、チラチラと何かを期待しながらこっちを伺う桐乃は掛け値なしに可愛い。
多分尻尾がついてたらぶんぶんと盛大に振り回されてるんじゃなかろうか。
と、そこまで考えて頭に閃くものがあった。
「ああ、そうか。あれ、鎖の音に似てるのか」
漸く答えに行き当たって、胸でモヤモヤしていたのが晴れた気分だった。
鎖のこすれる音。正確には、犬を連れて歩く人が持つ鎖のリードのこすれる音がそうだ。
もっと身近な例で言えば、あやせが俺に嵌めた手錠の鎖にも似てるかもしれない。
今や伸縮性もなく、重量のある鎖のリードを持つ人はごくごく少数だろうが、おそらく間違いない。
しかし、じゃあ何でそんな音が聞こえてくるんだろうか。
「はあ? 鎖? いきなり何? 頭でも狂った?」
あんたバカ? とでも言いたげな桐乃と目が合う。
マジマジとお互いにしばらく見詰め合って、ああ、と、俺は一人勝手に納得した。
わかった。これは、俺と桐乃を繋ぐ鎖の音だ。
俺が勝手に自分の首にはめた首輪。そこから伸びる鎖。そのリードの先は、桐乃に握られている。
あの夏の夜。
桐乃の前で情けない姿をさらけ出し、黒猫と桐乃、二人を天秤にかけて桐乃をとった時、この首輪は俺の首に巻かれたんだろう。
そして、桐乃に彼氏が出来るまで自分も彼女を作らない。その宣言は正に、俺の人生が桐乃に掴まれた証明だったのかもしれない。
首輪から伸びる鎖を飼い主が持つように。
その考えに至った時、俺にはその鎖がはっきりと見えた。
俺の首から伸びて、桐乃の手に掴まれているその鎖が。
「ねえ、答えなさいよ。なーんか勝手に一人で納得してウンウン頷いちゃってさ。意味わかんないんだけど」
拗ねるように、責めるように俺にそう言ってくる桐乃だが、はたしてこんなことをこいつに言っていいものか。
バカにされるだけな様な気がしてどうも話すことに乗り気になれん。
その旨を桐乃に伝えるものの、「いいから話せ!」と可愛い妹に言われては話さざるをえない。
……別に怖かったんじゃないよ?
そうして話した桐乃の反応は
「ふ~ん。あんたそんなこと考えてたんだ」
と意外にも大人しいもんだった。どうしたんだこいつ。俺バカにされるもんだとばかり思ってたんだが。
「でもさ」
「ん?」
「それだったら、あたしもおんなじ様なもんだと……思わない?」
「同じ?」
「そ」
それはつまり……どういうことだ?
「あたしはさ、これまであんたに散々みっともないところ、見せてきたでしょ?
落ち込んで、泣いて、怒って。その度にあんたはあたしを慰めてくれたし、助けてくれた」
俺はお前のそういうところをみっともないなんて思ったことはねえけどな。
「そんでさ、あんた、あたしが彼氏作ったら泣くっていったじゃん?」
「ああ、言ったな」
今思い返せばすげー恥ずかしいこと言ってるが、それが本心なのだから仕方がない。
「あたしも、兄貴が泣くのイヤだから、彼氏作らないって決めたし……ほら、おんなじでしょ?」
「ん……まあ、そうなのか?」
「そうなの! だから、つまり、ね?。あたしの首にも……首輪は、はまってんの」
「え……」
「そんで、そこから伸びる鎖の先を持ってるのは――あんた。あたしたちは、お互いに、リードの先を持ち合ってんのよ」
そのセリフを聞いて、俺は自分の手にかすかな重みを感じた気がした。
誰にも見えない、お互いの首にはめられた首輪と、鎖のリード。
その首輪は、鎖は、固くて、強くて、そう簡単なことじゃ切れやしない。
でも、首輪に、その鎖に、強制性はまったくないのだ。
首輪には鍵がなくていつでも外そうと思えば外せるし、持った鎖もいつだって手放せる。それぐらいに脆いもの。
でも、だからこそ、お互いにその意思があれば、それはいつまでも切れない強い絆になるんだろう。
「それは……大変だな」
「そうだね。これがある限り、あたしたち離れられないかもよ?」
「だな」
お互いが離さなかったら、そうなる可能性もあるんだろうな。
けど、俺はこの首輪は外すつもりもないし、この手にあるリードも桐乃が望まない限り離すつもりもない。
それはきっと、桐乃もそうなんじゃねえかなって、なんとなく思う。
こんな関係が一生続く、ね。それはまたとんでもなく……魅力的かもしれねえな。
「じゃあさ、このまま離れられなかったら、お前どうすんの?」
「そん時は、あたしがあんたを養ってあげよっか?」
「ばーか」
おどけたように話す桐乃の頭を、俺は乱暴に撫でつけた。
この関係がいつまでも続くなんて、そんなのは都合のいい夢なのかも知れない。
でも。それでも。俺達を繋ぐこの鎖があるのなら、そんな未来もあるのかもしれないと思える
お互いが望まない限り、いつまでも消えないつながれた鎖
その存在を確かめながら
今日も俺は、その音を聞く
ジャラリ
END
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最終更新:2011年05月29日 23:07