320 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/05/30(月) 00:13:44.19 ID:W1TuvYR/0
男と歩く桐乃の姿がそこにはあった。
腕をらからめ親しげに語り合ってどう見ても恋人にしか見えない。
以前偽彼氏をつれてきた一件で、桐乃には恋人がいないという思い込みをしていたのかもしれないな。
いくら兄にベッタリだからといって、そういった存在がいないとは限らない。
もしかしたら本人も無自覚なまま友達として付き合ってるのかもしれない。
まだ彼氏なんかでは全然ない、と。
だが傍目からみてても明らかに男にはその気がある。『絶対』だ。
情けないと思うかもしれないが尾行する。
いや、せざるを得ない。家族として当然だからな。
あの男が『良からぬこと』をしようもんなら怒鳴り込んで家に連れ戻してやる。
「ほら。はやくきて、お兄ちゃん!」
な、なんだと。
桐乃にお兄ちゃんなんて、よばせてるのかあのひょうろくだまめ!
桐乃も桐乃だ!本物の兄がそれを聞いたらどう思うか考えたか?
はらわた煮えくりかえるに決まってる!
だいたいなんだあの男のチャラチャラした格好は!
見たところ高校生か大学生だろうが、あれは絶対女遊びをするタイプだ。
桐乃はああ見えて優しいから、ああいう情けない男に引かれるのかもしれん。
ぐぬぬ、いかん、いかんぞ、誠に遺憾だ! 思わず余計な想像をしてしまった。
そうこうするうちに、二人は小綺麗なビルに入っていく。
――いかがわしい所じゃないだろうな
素知らぬ顔で通り過ぎた後、タイミングを見計らってビルの入り口に舞い戻る。
ビルの一階は多目的イベントホールで、以前桐乃がこういった所で撮影していたというのを聞いたことがあった。
容認できないのはそこかしこに純白の衣装が、飾ってあることである。
――これではまるで、結婚式場だ。
会場は貸切状態のようだったが、警備もなくすんなり奥に進むことが出来た。
別の階がオフィスになっているからだろう。無用心だが、おかげで、『手間は省けた』。
頭が真っ白になりながら会場に入る。部屋の数が多い。
タイミングをずらした為にどの部屋に入ったかわからずにいると、あのひょうろくだまがトイレからでてきた。
「おい、貴様! 桐乃はどこだ」
「お、親父ィ?」
「貴様に親父呼ばわりされる覚えは……き、京介?お前京介なのか?」
「な、なんでこんなところに」
「それは俺のセリフだ。お前まさか」
「違う違う、なにを考えてるか考えたくもねーが、親父が心配するようなことは断じて無い!」
「お前がかんがえた内容に言及するつもりはないが、なんだその格好は」
そんなチャラチャラした格好では桐乃の彼氏には相応しくないぞ。
だいたい息子には桐乃のような衣服選びのセンスがないのだ。
もっと大人の格好をしろ。だらしが無い。
「き、桐乃のみたてだよ。髪型も切らない範囲で整えてもらった」
き、桐乃が選んだのか、どうりでよく見るとセンスがある。
「その、なんだ、桐乃のキャラ作りのトバッチリだよ。」
「あいつ雑誌モデルやってるときは、お兄ちゃん好きで通してたろ?」
キャラ作りか。
お前は、本気でそんなことを考えてるのか。
年頃の女の子が嫌いな相手を好きなんて言うわけがなかろう。
逆はよくあるが。
京介の説明によると、ある服を着て、その感想を兄である京介にインタビューするらしい。
なんだその悪趣味な企画は。
この場で着替えると言ったら一つしかあるまい。
「なんでもよ、兄妹愛がテーマの映画とタイアップしてる企画らしくてよ」
「妹のウェディングドレス姿をみた家族の反応を写真つきで公開するらしいぜ。桐乃は候補の一人ってわけだ」
「それは家が焼けて無くなった人間に今悲しいですか?って聞くようなものだ、馬鹿馬鹿しい」
「半分は同意だが、家族としては嬉しい気持も持たなきゃいけないんじゃないか? 親父よ」
お前に、お前にだけは言われたくはないがその通りだ。
だが桐乃はまだ中学生だぞ、せめて30くらいまでは家にいて欲しいとおもってなにが悪い!
「あ、着替えがおわりましたのでお兄様は……えっとどなたですか?」
田村さんのお嬢さんに少しにている女性、会場側か映画側かはわからないが今回の企画の高坂家担当なのだろう。
「俺の……桐乃の父です」
「父の大介です。すまないな勘違いをしてしまったようで、俺は帰る」
「・・・・・・まあ、まて、親父。あんたも見て帰れ、担当の人。いいですよね?」
「え、ええ、まあ」
部屋につれて行かれる最中、あちこちに純白の衣装が飾ってある。
これを桐乃が着るのか。今は髪を染めてはいるがどちらかといえば桐乃は和装が似合うハズだ。
「お、お父さん?」
天女かと思った。
直後に睨みつけられなければな。
親になんて目をするんだこいつは。そういえば趣味を咎めたときに、桐乃に灰皿で撲殺されそうになったことがあるがあれと同じ顔をしている。
正直あれは堪えた・・・・・・
そんなに兄と一緒にいるのを邪魔されたのが嫌か?
そんなに邪険にする必要があるか?
顔を見れば優しい顔で桐乃は兄を見つめていた。
ほれ、京介お前が褒めてやれ、俺は褒めるのは苦手だし、どうやらお邪魔なようだからな。
・・・・・・
横にいる京介をみると見惚れて口を半開きにしている。
なさけない!しっかりしろ。平手で『軽く』背中を叩く!
「いてえ?!」
軽く叩いただけだぞ、この軟弱者め。
「感想、いってやれ」
「ぁうぁあ、ああ、すまん見惚れていた、すっげえ綺麗だよ、マジで天使かと思った」
「え、ぁ、……ありがとね、お兄ちゃん」
そこまで真っ赤になるか。
まったく、嬉しそうにしおって。昔からおまえは変わらない。
その顔を正面衝突からみることができるのはいつもこの馬鹿息子だけだ。
「あーえーと」
チラチラこっちを見おって、お前まで『のけもの』にするのか、お前が見ろと言ったのに。
「タバコ吸ってくる、ゆっくり語り合え」
部屋から出る瞬間。桐乃が『ありがとう』といいたげな顔をしていたが。知ったことか勝手にしろ。
喫煙所に向かう最中、担当者といっていたあの女性が何かを手にもっめ追いかけてきた。
「あ、あのこれ、映画のパンフレットの見本品です、良かったらどうぞ」
喫煙所でパンフレットを見ると今回の企画と映画の関連性がわかってきた。
病弱な妹をもつが故に大変な苦労をしてきた兄。
妹が嫁にでるその日に自分の気持ちに気がついて、それでも歯をくいしばって妹を祝福する。
そんな映画だった。
結末までは書かれていないが、まあ、『そういうこと』なのだろう。
うちのバカ息子がやりたくても出来ない行動だ。
しばらくすると息子が喫煙所に現れた。なんだその顔は、しけた面をしおって。
「時間かかったな」
「あのあと一緒に写真とったり会談したり、色々あったからな、今は桐乃だけの写真撮影だそうだ」
「終わってないなら傍にいてやれ」
「気が散るだろ?それに俺らにも個別のインタビューがあるそうだ」
「そうか」
「それよりどうだった、親父は」
「綺麗だったな」
「同感だ、親父」
声を聞いて確信するが、馬鹿息子も同じ腹持ちでいるのだろう。
「綺麗だが、みたくなかった!」
「まるで同感だ親父!」
親子そろって泣きそう顔だった。
京介お前はまだいいだろう。俺は今日なんの心の準備もできずにあの姿を観たんだぞ。
「だけど、親父にはみせないとな、って思ってよ、今回写真もらえるらしいし、いい記念になるだろ」
そんなものは本番でみればいいんだ、予行演習なぞしなくていい。
「もしかしたらこれが……いやなんでもねぇ」
程なくして担当の田村さん(仮称)がインタビューをしにきた。
俺は会議室にでも移動するのかと思ったが、ここでいいらしい。
もっとも映画のテーマは兄妹愛らしいので、ここでも俺はお邪魔だろう。
「どうでした? 妹さんのウェディングドレス姿」
「普段は派手な格好をしている妹なもので、少しビックリしました」
「お父さんはどうでしたか?」
やはり聞いてくるのか!
が内容については割愛させてもらおう。
正直俺はこういったもものは元来苦手であり、今回も口ごもるばかりでたいしたことはいえなかった。
そんな父をみてむしろ冷静になったのか、息子は当たり障りない意見ではあるものの上手くやりとりをしている。
「京介さんはこの物語の主人公をどう思いますか?」
会話の流れでわかったが
京介はあらかじめストーリーがかかれた小説のようなものを渡されていたらしい。
「すごいと思います。兄として共感できる部分も多いです」
「ふふっそうなんですか?」
「俺…自分は似たような事があった時、同じように祝うことができるか、自信がありません」
「まだ先の話。そういう気持ちもあります」
「でもいつかはご両親、お兄さんの元を離れていってしまいますね、もちろん離別ではありませんが」
さっきからしつこいぞこの女。
お前は産まれたての仔犬を可愛がる飼い主に、でもいつか死にますね。と話しかけるつもりか?
命がけで橋をつくる男に、いつかは壊れますね。と呼びかけるのか?
「でしょうね、妹の結婚式に出て、心から祝ってあげて、それが兄として、多分正しいんでしょう」
「その……京介さんは、もし妹さんが、お兄さんの為に結婚しようとしていたら、どうおもいます?」
ん?そういうストーリーなんだろうか。
「もらった資料では、判断は難しいです。そもそもそれに気がつけるかどうか」
どうやら資料とやらも肝心の部分は伏せられているらしい。
「とにかく、願うのは妹の幸せです」
「もし。桐…妹が自分の為に望まない結婚をするというなら、全力で阻止します。それは間違いありません」
同感だ息子よ。
「でも、そうじゃなくて二人が愛し合っていたなら・・・・・」
「相手が妹を絶対幸せに出来るなら、妹がそいつを本気で好きなら……」
まるで映画の主人公そのもののように歯をくいしばりながら息子は言葉を選んでいるようだった。
そうして、なにか吹っ切れたような顔でこう言い放った。
「それなら妹は……やっぱり手放したくありませんね、ハハッ。俺、手遅れなぐらいシスコンなもんで」
親の前でなんだ。この馬鹿息子が。
俺は馬鹿息子の頭にぽんと手をのせた。もう10年はこんなことはしていない。
お前は桐乃とちがって褒めて伸びるタイプではないからな。つまらない思いをさせたかもしれない。
「い、いきなりなんだよ どうした親父。」
「どうもせん」
「すまない、ウチの息子にはこの映画は早すぎなのかもしれませんな、なかなか妹離れができない、甘ったれなもんで、望むような回答は出来ないだろう。この辺で勘弁してやってほしい」
「いえ、とっても素敵な御兄妹ですね。聞いていたのよりずっと」
どういうことだ
「私、こういうものです」
手渡された名刺には作品パンフレットにある脚本、監督と同じ名前があった。
「あんたが書いた話なのか!」
京介、言葉を選べ。
しかし、まさかこんなに若い女性が監督脚本とはな。
「私、衣装を提供してくれている会社の娘さんと個人的交流がありまして」
「その人から桐乃さんと、そのお兄さんの話、よく聞いていました」
「私はひとりっ子なので、今回の話を書く時、一度お話を聞きたいと、そう思っていたんです」
息子と目があった。どうやら、息子も話が飲み込めてないようだが。
所謂作品のインタビューとは少し毛色が違うようだ。どちらかといえば、取材か。
「え、じゃあさっきの写真とかは」
「お伝えしたことに基本嘘はありませんよ、
「ただ、桐乃さんは広告塔の唯一無二の候補で、私の映画にも多大な影響がある、それだけです」
そんなことがあって半年後
桐乃はあの衣装をもう一度着ることにらなったらしい。テレビ用の撮影だそうだ。
今夜その広告がテレビに初めて流れる。そう嬉しそうにいっていた。
「ねえお母さん、こいつったらねまーた私に見惚れちゃってさ、撮影中に無意味に泣き出すし、大変だったんだから」
「おまえ、そういうこと言うのやめろよな!」
「まったく……そろそろCM入りそうじゃない? 録画はしてあるけど」
「一分のロングバージョンなんだよね? 桐乃の初CMかー、もうご近所様にも連絡しちゃった」
「ほとんどノーギャラだけどね。本当はモデルやめてる最中だからさ、こういうのどうかと思ったんだけど」
試写会には桐乃だけ呼ばれたらしいな、その時のコメントも流れるかもらしれないとのことだた。
「なあ、マジでどんな話なんだよ」
「知りたいなら公開されてから見に行こうよ」
「ほら、はじまるわよ」
――真実の愛がここに――
貧乏ながらも幸せそうなら兄妹、いかにもそんな風な光景が次々と映る。
京介は早くも涙目だ。
優しそうな兄。健気な妹。美しい風景。そして豪雨。
雨の中途方にくれる妹。
親の贔屓目だろうが子供達に少し似ている。
「感動しました!」
「涙がとまりません!」
そして、桐乃がウェディングドレス姿で画面に映る。
「私もこの物語を応援します」
――この冬、一組の兄妹の愛に涙する――
「それなら妹は……やっぱり手放したくありませんね、ハハッ。俺、手遅れなぐらいシスコンなもんで」
――11月23日公開――
ブフゥーーー!
家族4人ともが一斉に吹き出した。無理もない!
我が家のバカ息子がヘラヘラしなからシスコン宣言してる所を全国に流されたのだ!
しかも元読者モデル、高坂桐乃さんのお兄さん とテロップまで入っていた。
「えぇー聞いてない!、なにあれ京介いつあんな事言ったの!」
「最初の撮影の時だよ、隠し撮りしやがって! 訴えたら勝てるぞ、絶対!」
そして、携帯が一斉になる
普段連絡なんてとったことのない同僚からもメールが来ていた。
子供達はそれどころではない。食事もそこそこに対応に追われて自室にもどっていった。
「なあ母さん」
「なんですか?」
「たまには映画、観にいくか」
佳乃はブッと吹き出したあと
「たまにはねぇ、私の記憶によると、あなたから映画にさそってくれたのは二回目なんですけど」
「そうか、そうだったか。ああ、近所は辞めよう。あいつらと鉢合わせはしたくないからな」
あのバカ息子の顔が使われたってことはだ。そうそう暗い話ではあるまい。
――END――
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最終更新:2011年05月30日 06:26