847 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/06/04(土) 02:24:24.26 ID:i60Af5yA0
【SS】10年後の8月
あたしは一人、家の近くの雑木林に立っていた。
特に意味はない。
あえて言えば、最近見ているアニメのエンディングで流れている曲を思い出したからだろうか。
10年前の8月、あたしと京介はまだ仲がよかった。
地味子―まなちゃんともまだ出会ってなかったし、よく二人きりでこの雑木林に遊びに来ていたことを覚えている。
あの後京介に小学校の友達が一杯できて、まなちゃんとも出会って、少しずつ京介はあたしから離れていった。
「どこで間違えちゃったのかな・・・・・・」
あのころと同じとは言わないけれど、今もまた京介とは仲良くなれるようになった。
でも、あの頃あたしがもっと違うことをしていれば、もっと京介の気を引いていれば、ずっと仲が良いままだったのかも知れない。
離れたことで気付けることがあった。
離れたことで芽生えた気持ちがあった。
だから、あの時のことは後悔なんかしてないけど・・・・・・
昔を懐かしみながら、雑木林の中を歩いていく。
懐かしい匂い。
懐かしい音。
懐かしい感触。
そして、前とは違って見える風景。
「そう、ここ!ここにダンボールで家を作ったんだよね」
誰にも秘密の二人だけの世界。
ずっと続くと思っていた世界。
二人にとって無限に広がる世界がそこにはあった。
今その場所に立ってみれば、なんて小さく狭いんだろう。
きっと周りから見れば、そこは秘密基地でもなんでもなくて、
ただのボロボロのダンボールの塊だったんだろう。
それでも、二人にとってそこだけが世界だった。
嬉しくて、楽しくて、色々なことをした。
言えなかった「ありがとう」も言えなかった「ごめんなさい」もたくさんあった。
そして、どうしても言えなかった『将来の夢』。
「このあたりに書いたんだよね」
京介に将来の夢を言うのが恥ずかしくて、後で木の幹にひっそりと刻んだ。
京介は気がつかなかったみたいだけど・・・・・・
場所が違うのか、木が育ったからか、あるいは消えてしまったのか、あたしの夢はどこにも見当たらなかった。
「あたしの夢・・・・・・無くなっちゃったんだ・・・・・・」
消えてしまった世界。
変わってしまった現実。
叶う事がないと知ってしまった大きな希望。
それが成長するってことなんだろうけど、あの頃のことを想い、
切なく、やるせなく、泣きたくなった。
何故だろう。
耐えられない。
目元から、何かがこぼれる。
「君と夏の終わり、将来の夢、
大きな希望、忘れない」
突然聞こえた声に、あたしはこぼれ落ちそうになったそれをぬぐうと振り返った。
気付かない間に誰かが来たらしい。
「10年後の8月、また会えると信じて」
逆光で姿が見えないが、こちらに近づいてくるのがわかる。
けれど、姿が見えなくても、あたしにはそいつが誰だかわかった。
「最高の思い出を・・・・・・」
一番会いたくて、一番会いたくない、あいつ。
「ん?桐乃か?どうしてこんなとこにいるんだよ」
何か考えていたのか、京介はここまで近づいてようやくあたしに気がついたみたいだった。
「気分転換に散歩してたの。あんたこそどうしてこんな所にいんのよ。
黒いのとデートしてたんじゃないの?」
あたしは京介を睨みつけてやる。
「あぁ、今帰り」
「そう」
「んで、帰りに近くを歩いてたら妙に懐かしくってさ、つい寄っちまった」
「ふーん」
「・・・・・・なんかお前機嫌悪くね?」
「べっつにー。
あんたなんか死ねばいいのにって思ってただけ」
「超機嫌悪いじゃねーか!」
「こんなところであんたの顔見たらそう思うのも当然じゃん」
「俺ってそんな前から嫌われてたの?」
そんなわけないじゃん。
嫌いじゃなかったからこんな気持ちになってるのに、何でわからないかな。
「それにしても随分狭くなったな。昔はあんな広かったのに」
「狭くなったんじゃなくて、あたしたちが大きくなたの」
「そんなもんかね。
それにしても随分懐かしいな。
昔ここでお前に泥団子食わされて腹壊したことあったな」
「そ、そんなことあったっけ?」
あったような、なかったような。
「それより、あんたにお医者さんごっこを誘われた覚えがあるんだけど」
あたしの言葉に京介が目を逸らす。
「・・・・・・あーあれだ。お前よく転んで怪我してただろ?だからお医者さんになって治してやりたかったんだよ」
「・・・・・・うそつき」
「うっせぇ」
「あとはおままごととかしたよね」
「俺と桐乃の二人きりだから夫婦役やんのは分かるけどよ、なんでお前が仕事に行って俺が主夫だったの?」
「は?あたしがあんたに養われるなんてありえないし。
今だってあたしは仕事してるけどあんたニートじゃん」
まぁ、理由はそれだけじゃないんだけどね。
「学生はニートって言わねぇよ!」
「バイトもしてないんだしあたしから見たら立派なニートだっての」
「受験生がバイトなんかやってられるかよ」
「その受験生が毎日デートしてるみたいなんですケド?」
「・・・・・・勉強の手は抜いてねぇからいいんだよ」
「はいはい。よく頑張ってますねー。
・・・・・・結局さ、あんた一回も『行ってきますのチュー』も『ただいまのチュー』もしてくれなかったよね」
「妹相手にそんな恥ずかしい事できるわけないだろ?」
「・・・・・・いくじなし」
ぽつりと、京介に聞こえないようにつぶやく。
「ははぁ~ん。
お前俺にキスしてもらいたかったんだな?」
「はぁ!?そんなはずないじゃん!なに言ってんの!?」
まさか聞こえた!?
「よし分かった!
これからは毎日ほっぺにキスしてやるぜ!
それとそうだな、帰ったらお医者さんごっこもするか?」
パァンといい音を響かせながら、京介の体がのけぞる。
「キモ!キモ!キモ!今のあんた最高にキモかった!」
京介の言葉が死ぬほど恥ずかしくて、つい手を出してしまった。
京介は叩かれた頬を押さえながらこちらを見て、にやりと笑う。
・・・・・・もしかして、落ち込み気味だったあたしを調子付けるために言った冗談だったのかな?
いや、どうだろう。
偽彼氏を連れてきて以来、こいつの行動がますます分からなくなってきている。
もしかして本気だったのかもしれない。
「いいじゃねぇかよ、兄妹なんだしほっぺにキスするくらい・・・・・・」
・・・・・・本気だったのかもしれない。
あたしの反応に諦めたみたいだけど。
ふん、あたしに叩かれて罵声を浴びせられたくらいであきらめちゃってさ、本当に意気地なし。
「今度花火大会に行くんだけどよ、桐乃も来ないか?」
京介があたりの木を触りながら、そんなことを尋ねてきた。
「はぁ?あんた黒いのと行くんでしょ?あたしが付いて行くわけないじゃん」
あたしにお邪魔虫になれっての?
本当にデリカシーのないやつ。
「別にお前がいたっていいじゃねぇか。黒猫もそう言ってたぜ」
あいつまたそんなこと言ったんだ。
自分も京介と二人きりの方が良いだろうに、なに気を使ってんだろ。
「それにな、俺はお前ともっと仲良くなりてーんだよ。なんたって筋金入りのシスコンだからな」
仲良くなりたいって言ってくれるのは嬉しい。
でも同時に悲しくなる。
近づけば近づくほど、自分の気持ちを知ってしまう。
決して叶う事のないことを知ってしまう。
すぐ隣にいるヤツが誰なのか知ってしまう。
そいつのことも好きだから、嫌いになりたくないから、お互いに傷つかないよう、少しずつ距離を測って近づかないといけない。
「はいはい、シスコン乙~」
耐えられるくらいに甘えて、耐えられるくらいに離れる。
そうやって自分を抑えないといけない。
「それにあたし、もう予定はいってんの。
その日はあやせ達と一緒に遊びに行くんだ。
あんたや黒いのと一緒にいるよりあやせ達と遊んだほうが楽しいしね」
嘘だ。あやせ達と一緒にいるのは楽しいけど、それ以上に京介やあいつと思い出を作りたい。
「そっか・・・・・・なら仕方ねぇな」
二人きりになれて、ほっとしてるのかな。
京介やあいつが嬉しいとあたしも嬉しい。
そのはずなのに、何故か胸が締め付けられる。
「あぁ、あったあった」
京介の木に手をつけながら何かを見ている。
「なに?カブトムシでもいた?」
「ちげーよ。ほら、昔将来の夢だの何だのをここで話してたじゃねーか」
「あんたサッカー選手だの宇宙飛行士だのタラバガニだの世界一のシスコンだのになりたいって言ってたよね」
「言ってねーよ!てかなんだよタラバガニって!」
「あれ、言ってなかったっけ?カニが美味しいからカニになりたいって」
タラバガニってヤドカリなのにね。
「あ、あれ?なんか言った様な気がしてきたな」
京介がカニになれば兄鍋ができたのに。
「まあ良かったじゃん。世界一のシスコンにはなれて」
「それも言ってねーよ!
・・・・・・まあ、そのときお前さ、俺に将来の夢を言わないで後で木の幹に彫ってただろ?
その後にさ、俺も彫ったんだよね」
気がついてたんだ・・・・・・
「お前のもその木にねーか?
あ、安心しろよ、別に見てないからな?」
京介があたしの左に歩きを指差す。
「え?」
あたしは駆け寄り、気の表面を探す。
「あっ」
記憶にある場所より少し上に、あたしの『将来の夢』が刻まれていた。
「あたしの夢・・・・・・無くなってなかったんだ・・・・・・」
京介が、無くなっていないって教えてくれた。
そこに刻まれた文字をなぞる。
そこにある文字が記憶にあるものと同じで、切なく、やるせなく、泣きたくなる。
「ナイフでもあれば、新しい夢でも書けるのにね」
叶わないのなら、いっそのこと消してしまいたくなる。
「俺には必要ねぇな」
京介は、そうきっぱりと言った。
「結局さ、10年経っても俺たちは何も変わってないんだよな」
「え?」
見ると、京介が慈しむように木の表面を撫でている。
「新しい所に俺たちの『秘密基地』を作ってさ、『ごっこ遊び』をして、喧嘩して、仲直りして。
いろんなヤツが『秘密基地』に来たりもするけどよ、根っこは何も変わっちゃいねぇよ」
京介はこちらを見ると、にこりと微笑んだ。
「一時期は危なかったけど、俺の夢は叶ってる。
そんで、その夢は今の俺の夢でもある。
だから、俺には必要ねぇよ」
その言葉に心が揺さぶられる。
想いが揺さぶられる。
「そうかもね」
あたしが一人で隠れていた『秘密基地』に京介がやってきて、いろいろな人が加わった。
お互いの距離がわからなくて『ごっこ遊び』に興じて、少しずつ元のカタチに戻っていった。
「・・・・・・なんだ、前と何も変わらないじゃん」
二人にとってそこは大切な世界で、
嬉しくて、楽しくて、色々なことをして、
言えない「ありがとう」も言えない「ごめんなさい」もたくさんある。
叶わないかもしれないけれど、『大きな希望』も『将来の夢』もずっと変わらないままだ。
それなら、新たに刻む必要なんてない。
「じゃあそろそろメシの時間だし帰るか」
京介がこちらに手を伸ばす。
「そうだね」
あたしはその手を取る。
昔のように、二人で手を取り道を歩いていく。
「ねぇ」
京介の瞳を見る。
「・・・・・・そうだな」
京介があたしの瞳を見る。
今だけは昔と変わらず、それだけで分かり合える。
10年後の8月にまた来よう。
そのとき、二人の『秘密基地』はどうなっているだろうか。
「君と夏の終わり、将来の夢」
あたしの夢は変わらない。
決して諦められない。
「大きな希望、忘れない」
あたしの夢は忘れられない。
叶わないだなんて信じない。
「10年後の8月、また会えると信じて」
10年後、京介とまたここに来た時、あたしの夢は叶ったんだって、胸を張って言いたい。
この8月、この胸の郷愁感が無くなるまではあいつに貸してあげるけど、その後は絶対に遠慮しない。
またここで10年前のあたしに会えたときに、幸せだって笑えるように―
「「最高の思い出を・・・・・・」」
- to be continued to next 10 years... -
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最終更新:2011年06月04日 09:57