895 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/06/24(金) 18:56:18.96 ID:YMrGVLI60 [5/9]
SS『嫉妬×嫉妬』
※タイトルどおりなのでご注意を。
※但し、きりりんに男が近づいたりはしないのでその点は安心して下さい。
「ふひっひひひっ」
今日は久しぶりに親父達の居ない日曜日。
おかげで隣の部屋からは妹のエロボイスが流れてくるわけだ。
「はぁはぁ、そ、穹ちゅわ~~ん」
ところで、エロボイスと言っても、
俺が妹の声に性的なものを感じているわけでは、決して、無い。
単に、エロゲーをやってる時のボイスでエロボイスだ。
「いいよぉ、かっ、かわいぃよぉ~~~」
何?普通そんな略し方しねーって?
いいじゃねーか、略し方くらい。
つーか、いいかげんうるせーよ。
「エロいよぉ~~~、そっ、そんなとこまでっ!?」
そうだ、あくまで略してるだけだ。
俺は何も感じちゃいない。ただうるせーだけだ。
「だっ、だめだよぉっ!あ、あたしたち兄妹だよぉっ!」
そうだ、略してるだけなんだ。略してるだけなんだ。略してるだけなんだ。
略してるだけなんだ。略してるだけなんだ。略してるだけなんだ。
「す、好きだよぉ~~~、穹ちゃんだいしゅき~~~♪」
なっ!?
「うっ、うるせーよっ!!!」
「きゃっ!………な、何よ」
「前にも言ったが、おまえのエロボイスがうるせーんだよ!」
あ、あれ?俺、何怒ってんだ?
「また盗聴してんの!?変態っ!シスコンっ!」
「おっ、おまえのほうがよっぽどのシスコンじゃねーか!
何が『穹ちゃんだいしゅき~~~』だ。完全に変態じゃねーかっ!」
「へ、変態………?ふ、ふざけんな!妹に『あったかいな、おまえの身体』
とか言ってるあんたのがよっぽど変態じゃんっ!」
「く、くそっ!」
そう言われるとぐうの音もでないんだが………
だけど、冷静になって考えてみると、どうもおかしい。
つーか、俺、なんでこんなに怒ってたんだ?
やっぱり、俺たちは仲の良い兄妹にもなれねーって事なんだろうか。
いや、それでも、俺は桐乃を悲しませる真似はしたくねえ。
「その、桐乃………」
「………何よ」
声色から分かる。当然といえば当然だが、桐乃は相当に不機嫌だ。
「急に怒鳴ったりしてすまんかった………」
「そう」
「なんでかわからねーが、急に変な気持ちになっちまったんだ」
「あっそ」
さすがに、これだけじゃ機嫌を直してもらえそうもないな。
しかたねー。
「桐乃。今からそっちに行ってもいいか?」
「………勝手にすれば?」
とりあえず、部屋に入れてくれる位には機嫌を回復してくれていたようだ。
桐乃の部屋に入る。
この部屋に入るのは………そうだ。
それこそ俺が桐乃に『あったかいな、おまえの身体』とか言った時以来じゃねーか!
………思い出したくもねー過去を思い出しちまったぜ………
「あんた、何ジロジロ見てんのよ」
「あ、ああ、すまん」
「で、何?」
相変わらずの高圧的な態度。
でも、それが何となく心地よい。
いや、決してマゾとかそういった事ではなくてだな。
「今回の件は、俺が一方的に悪かった。反省してる」
「そ………分かってんならいいんだけどさ」
「それで、おまえ、俺にして欲しい事とかないか?」
「えっ!?あ、あんた、今なんて?」
「ん?だから、おまえ、俺にして欲しい事とかないか?」
俺は今まで、こいつに何もしてやらなかったからな。
これも良い機会だと思う。
それに、こいつともっと仲良くなれたら嬉しいしな。
桐乃は一瞬ぽかんとした顔をしていたが、それも束の間。
一転して、真剣な表情で考え込んでしまった。
つーか、考え込むほど、俺に期待してた事って何もねーのかよ………
「それじゃ、お願い」
気が付けば、桐乃は、俺の事を正面から見据え、
何か怒ってるような表情で、こう言ってきた。
「駅前のジュンヌの1階にさ、若い女の子向けのアクセサリーショップがあるからさ
あんた、一人で行って、何か買ってきてよ」
「な、なん………だと?」
「だって、お詫びのつもりなんでしょ?それくらいしてくれて当然じゃん?」
ま、まあ、確かにお詫びのつもりだったけどよ?
そういう即物的なものを頼まれるとは思ってなかったんだよな。
偽彼氏の時じゃねーが、その………デート、みてーな………………………
いや、兄妹だから一緒に買い物を、だな?
「やっぱ、ダメ………かな?」
「いや、そんなことはねーぞ?」
「そっか。それじゃ、お願いね」
まあ、仕方ねー。今回ばかりは俺に全ての非が有るしな。
それにしても………
「そのアクセサリーショップって、まさか、あのヤローの店じゃねーだろうな?」
「あの野郎?………………………って御鏡さんのこと?違うって」
「そっか………ならいい」
あれ?また、俺、何言ってんだ?
マジでワケが分からねー………
「ていうか、ジュンヌのアクセサリーショップって一つじゃないしー」
「ま、マジかよ!?」
「知らなかったの?あんた」
知らねーよ。
俺がそんな、若い女の子の集まる場所に行くわけがねーだろ?
しかし、困ったな………。
「さすがに、俺のセンス良い物を選ぶのは難しいだろ。
それこそ、御鏡と一緒に行くくれーなら問題ないだろ?」
「は?あんたいつの間に御鏡さんと仲良くなってるわけ!?」
なんでそこでキレる?
つか、俺と御鏡が仲良くなるくらい、何も問題ないだろ?
「さっきも言ったでしょ?あんた一人で買ってきてよ」
「どうしてもか?」
「どうしても」
なんつーわがままだよ。
まあ、お願いを聞いてやるって言ったのは俺だし、
これ以上言い合っててもしょうがねーよな。
「ま、あやせみたいにセンスの良いものを選べなくても、
あんたがくれるなら、それなりに嬉しいし………」
「そりゃー、現役モデルにセンスで勝てるわけねーよ。
それにしたって、おまえ、あやせの事本当に信頼してんのな」
「当たり前でしょ?あたし、あやせの事好きだし」
イラッ
「あやせもあたしの事好きだしー、相思相愛みたいなトコあるよねー」
「はぁ?あんなヤンデレ女と相思相愛?おめでてーな!」
「なっ、何あんた、いきなりキレてんのよ」
何言ってやがる。
せっかく俺が仲良くなろうと話を持ちかけたのに、
おまえが俺をキレさせるようなこと言うからだろ!
「もういい。あんたには頼まない」
「ああ、そうかよっ!」
「じゃあ、さっさと出てってよっ!!!」
俺は、追い立てられるように、桐乃の部屋を後にした。
一体何だってんだよ………
だって、あいつがいけないんだろ?
わざわざ俺の感情を逆撫でるような事をいうんだから………
いや、それとも俺が気が付いてないだけで、俺に悪い点があるのか?
だけど、わからねー
いったいどうしたらいいんだよぉ………………………
いや、桐乃の事を良く知っていて、相談にうってつけの人物は確かに居る。
だけど………だけどよ………
でも、それでも………
数日後、俺は再び伏魔殿の中へと入り込んだ………
「それで、お兄さんがわたしに相談って、一体何のつもりですか?」
俺の目の前にいるのは、かつてのラブリーマイエンジェル。
だけど、今回の相談も、実はおまえが原因の一端だったりするんだよなぁ………
「いや、その………な………」
「桐乃と仲直りしたい。そうですね」
「な、なんで………?」
なんで相談する前から内容が分かってんだよ。
この女、俺の頭の中分かんの?
「実は、桐乃からも同じ相談を受けたからです」
「そっか、そうだよな………」
やっぱ、俺よりあやせの方が………
「はっきり言って、今回の件で、わたしはお兄さんの事、もの凄く見損ないました」
「は、はっきりだな」
「ですから、『はっきり言う』と言いました」
この女容赦ねぇよ………
「桐乃はお兄さん突然がキレた理由が分からなかったみたいです。
でも、わたしは、桐乃の話を聞いて、理由が良く分かりました」
「そ、そうなのか………教えてくれよ。俺も、正直わからねーんだ。
なんで、あんなにキレちまったのか………
本当は、もっと桐乃と仲良くなりてーのによ………」
「はぁ。お兄さんはほんとバカですね♪」
ひ、ひでぇ
そして一方で、俺の目はあやせの口がその後も細かく動き、
何事か呟いたのを捉えていた。
こいつ、またバカとか呟いてね?
俺ってそこまでバカか………
「お兄さん」
急にトーンが下がり、冷気を漂わせたあやせの声に、
俺は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。
「はっ、はいっ」
「お兄さんが、キレた理由。それは………」
「そ、それは………?」
「嫉妬………です。」
嫉妬………?
「いや、ちょっと待て、嫉妬ったって、桐乃の周りに男の影なんてねーだろ?
そりゃ、御鏡の事気にしたときは、ちょっとそういう気持ちも有ったかもしれねーが、
その時はキレなかったし、他は関係ねーだろ?」
「はっきり言って、わたしが見損なうのも当然で、
お兄さんは桐乃に近づく男だけじゃなくって、女にも、
挙句の果てに、エロゲーキャラにすら嫉妬しています。」
ははは、何を馬鹿な。
エロゲーキャラなんてただの紙の上の絵みてーなもんだろ?
それに、女の子同士仲が良いのは当然じゃねーか。
「お兄さんは認めたくないかもしれませんけど、
お兄さんの桐乃への独占欲は、もう、おかしいとしか言いようが無いレベルです」
「ま、待てよ、俺がいつ」
「だから、桐乃がお兄さんから少しでも引き離すようなものに対して、
それこそ、エロゲーキャラや他の女の子にすら、嫉妬してるんです」
なんだよ、そりゃ………
俺は、二次元と三次元の区別もつかんほど、イカレてるってか?
いくらなんでも、そんなわけねーだろ!?
「ためしに想像してみてください。わたしが桐乃と仲良くしてる姿を!」
「いきなりそんな事言われてもよ」
「じゃあ、桐乃がりんこちゃんにキスしている―――」
「桐乃はそんなことしねぇっ!!!」
「きゃっ」
あ………あれ………?
「お、お兄さん。怖いですよ………」
「ああ………すまん………」
りんこってただのエロゲーのキャラだろ?
キスなんてできるわけねーし、やろうとしたって、せいぜいモニターに口つけるだけだろ?
………なのに、なんでこんなに気持ち悪りぃんだよ!
「だから、言ったじゃないですか。お兄さんは、本気で嫉妬しちゃってるんですよ」
「………………………ああ、そう………みたいだ………」
ぞっとした。
自分が、まるで今までとは違う、おかしな人間になったような気分だった。
だってそうだろ?
たかが絵に桐乃を奪われないか嫉妬するなんて、狂ってるじゃねーかっ!!!
「お兄さん。本当は、わたしこんなこと、
絶対に絶対に絶対に、言いたくなかったんです」
分かるぜ、さすがに自分の親友の兄貴に、狂ってます、なんて言いたくねーよな………
「お兄さんはおかしくなんかないです。普通です」
………は?
んなわけねーだろ!?
たかが絵に嫉妬するなんてありえねーだろ!?
「もちろん、普通の状態の人がそんな事になったらおかしいと思いますけど、
ある特別な状態の人なら、それが普通だと思うんです」
「なんだよ、その特別な状態ってのは………」
「それは………人を愛しすぎ、恋焦がれている状態………です」
「な、なんだよ、そりゃ」
「分からないですか!?じゃあ、もっとはっきり言いますね!
お兄さんは、桐乃の事を愛しすぎて、恋焦がれているから、
桐乃に近づくもの全てに嫉妬してもおかしくない、普通の事だって言ってるんですっ!」
あやせは両の目から涙を溢して、それでも気丈に俺を見据えていた。
「わたしも………わたしだって、お兄さんの事大好きだったんですよっ!
でも………そんな姿のお兄さんを見たら、桐乃との事、
イヤでも応援しないといけないじゃないですかぁ………うっ…うぅっ………」
そうか。
俺の桐乃と一緒に居たいと思う感情、桐乃に近づくもの全てに嫉妬する感情………
それらは全て、桐乃が欲しい、桐乃を俺だけのものにしたいと思う気持ちから来ていたのか………
やっぱり俺は、どこまでもダメな奴だ。
妹を傷つけ、初めての彼女も傷つけ、そして今また妹の親友をも傷つけ………
それで、やっと………そこまでしてもらって、やっと………
本当の気持ちに気が付くことができるなんて………
「あやせ、すまん、俺は」
「謝らなくていいです。
わたしは………わたしが勝手にお兄さんの事、好きになっただけですから」
黒猫にも、あやせにも、そして、桐乃にも。
自分の想いを押さえ込んでもらって、今の俺は存在する事を許されてる。
そんなのではいけない。それは、この前の一件で身に染みたはずだ。
「………わかった。今から、桐乃の所に行ってくる。そして」
「もうっ、お兄さんっ!気が早すぎですよ♪」
「な、なにっ!?」
見れば、あやせは………いや、あやせたんは、涙をこぼしながらも、
あの天使の笑み………いや小悪魔の笑みを浮かべている。
そして、今、俺とあやせは駅前のジュンヌへとやってきている。
『お兄さんへの最後の相談です』
俺とジュンヌへ行く事について、あやせはそういう表現で切り出した。
そう、自分の想いを断ち切るため………たぶん、そういうことなんだろう。
「ところでよ、お願いを聞いてしまった俺が言うのもなんだが、
この状況を桐乃に見られたら、話が余計こじれねーか?」
「大丈夫ですよ。加奈子ちゃんを掘り出して、
桐乃となが~くお話しするように言いつけましたから」
………掘り出して???
おい、その加奈子、本当に生きてるんだろうな?
「それはともかく、なんでここなんだよ………?」
「お兄さんはほんとうに鈍感すぎますね♪」
「………悪かったな」
はち切れんばかりの笑顔のあやせたんに、俺の心は打ち砕かれそうだ。
おまえも苦しいんだろ?
俺が嫉妬してるって分かるくらい、いろんなこと抱え込んでいたんだろ?
「お兄さん。わたし悔しいですけど、桐乃とお兄さんが幸せならいいなって、
そう思えるくらいには成長したんですよ?」
「そ、そうなのか」
やっぱ、俺の考えって読まれやすすぎだよな?
「本当は、お兄さんが黒猫さんと付き合うって聞いたとき、わたしの初恋は終わったんです」
「は、初恋だったのかよ!」
「それから、お姉さんに話を聞いてもらって、慰めたりもされて………」
そうか………麻奈実にも感謝しないといけないよな。
「そしたら、お兄さんに久しぶりに会って、ちょっと思い出しちゃっただけです」
「そうか………」
俺の回りの女性は皆、強い。
俺では全く釣り合わないほどに、皆、やさしい。
「話を戻すが、なんでここなんだ?」
「お兄さん。桐乃との最後の会話、まさか覚えてないなんて事はないですよね?」
ま、待て、その光彩の消えた目で見ないで!
今思い出すから!
「桐乃に、プレゼントをする予定だったな………」
「そうですよっ!仲直りのきっかけと………後は、分かってますよね?」
「ああ、もちろんだ」
とはいえ、何を渡すか………だが………
指輪?いやいや、まだ気が早過ぎるだろっ!?
ネックレス?うーん………
ピアス?まあ、妥当って言えば妥当かもしれないけど、
俺の気持ちを伝えるには弱いか?
指輪………………………?
「なあ、そういう時って、何渡したら良いと思う?」
「………やっぱりついて来てよかった………」
「す、すまん………」
だって、俺、本気で女の子へのプレゼントとか考えた事ほとんど無いもん!
………いいじゃねーかよ………そんな蔑んだ目でみなくたってよ………
「でも、わたしはアドバイスはしますけど、ちゃんとお兄さんが選んで下さいね」
「あ、ああ」
まあ、当然だよな。
俺が桐乃に渡すんだ。
俺自身が選んだものじゃなきゃ意味ねーよな………
「それで、お兄さんはどんなものを考えてみたんですか?」
「俺の………今の、本当の気持ちを伝えるには、やっぱり指輪が一番かなって思った」
「へえ………」
あやせは意外そうな顔をして、俺の顔を見つめている。
そんなに意外だったか?
「へたれなお兄さんにしては良い選択じゃないですか」
「変態なお兄さんからへたれなお兄さんに格下げっすか」
「当然です!桐乃のこと、こんなに苦しめてるんですから!」
まあ、ここまでの経緯をみても、俺の事をデキる奴!
と思った奴は一人としていねーだろうことだけは想像に難くない。
「それで、どんな指輪が良いと思いました?」
「純金、とか?」
「………お兄さん。買えますか?」
「ごめんなさい。たぶん買えません………」
「もうちょっと真面目に考えて下さいね」
「はい………」
とは言ってもよ、俺、指輪の種類とか知らねーんだよ………
「仕方ないですね。お兄さんの財布の中身はっと………これなら………
お兄さん。こっちに来てください」
俺は言われるままに、あやせたんに付いていく。
「ここです」
「ここは?」
「シルバーアクセのお店です。お兄さんの財布の中身ではこれが限度ですから」
「な、なんつーか………色々あるのな………」
店内に所狭しと並んだアクセサリーには、材質・デザイン・色、
様々な違いが有り、一つ一つ目移りしてしまう。
「素材が銀なのでそんなには高くないですし、金のメッキがちょっとだけ入ってるものや、
小さいダイヤモンドが入ってるのもありますし、色々ありますよね」
「そ、そうだな………」
いや、だが、桐乃がいつもつけているピアスや髪留めを見るに、
ゴテゴテと装飾の入ったもんは、あんまり好きじゃねーのかもしれないな。
それに………おっ?
「あやせ、コレって何だ?色違いのセットか?」
「ああ、それはペアリングです。愛しあう二人が一つずつ着けるんですよ」
「そ、そうか………」
ペアリングか………
一つの指輪を桐乃に送るのも確かに良い方法だと思ったけど、
俺の本当の望みは、俺が桐乃を好きなだけじゃなく、
俺も桐乃に愛されたいって事だからな………
こんなにも俺が桐乃の周りに嫉妬してしまうのって、
結局の所、俺は、本当に桐乃に愛されているのか、
本当にずっと桐乃の一番で居られるのか、心配で心配でたまらない。
そういった感情から来てしまっているんだと思う。
だから………
桐乃と結ばれれば、もう、周りに嫉妬する必要なんてないんだ………
桐乃と結ばれたいんだ。
目の前には、ちょうど良さそうなデザインのリングがある。
シンプルで、それでいて堅実で。
「あやせ、コレ、どう思う?」
「お兄さんにしては上出来じゃないですか?
なんかこれだと、わたしが来た意味はほとんど無かったみたいですね」
「いや、おまえが居てくれてほんとに助かってる。
正直、今まで探す事に夢中で気が付かなかったけどよ、
ここ、すっげー入りにくかったと思うわ」
だって、ちょう女の子向けって感じの店構えなんだよ!
ま、何にしても………だ。
「すいません、店員さん、これ下さい」
結局の所、ここにあやせたんが居てくれて、本当に助かった。
なにしろ、俺ときたら、『リングサイズ』だの、『刻印』だの、
聞いた事も無い言葉に翻弄されて、結局あやせたんが殆どの事をしてくれたってわけさ!
マジ、泣きたい………………………
それにしたって、あやせたんが、桐乃のリングサイズまで知っているとは………
本人の弁によれば『仕事ではめる時もあるから』らしいが、どこまで本当なのやら。
俺?もちろんその場で測ってもらったさ。
幸い、在庫のある商品で、その場で刻印も出来、
20分もしないうちに指輪を手に入れることができたわけだ。
そして、今、俺たちは何故か俺の部屋に居る。
すぐにでも桐乃の部屋に向かおうとする俺を制して、何故か俺の部屋へ、
それも静かにそっと入ったわけだ。
部屋に入った直後、あやせは壁に耳を張り付け、携帯をいじくっていたようだが………
「それじゃ、お兄さん。いつものように、桐乃の部屋の盗聴をして下さいね♪」
桐乃に聞こえないよう、小声で囁く悪魔(あやせ)だが、
おまえ、ぜってー分かって言ってるだろ………
俺はそんなことはしてないって。
まあ良い。とにかく桐乃の部屋の会話を聞いて欲しいってことだからな。
俺は桐乃との壁に耳を押し付け、耳を済ませる。
壁越しに、加奈子と桐乃の会話が聞こえてくる。
(それでさ~、前にも言ったと思うけどぉ~、加奈子の糞マネさぁ~~~)
(あ、あに………え、えと、マネージャーさんね?)
ん?あいつ、俺が加奈子のマネージャーしてる事どこから………
いや、考えるまでもなく、この悪魔が教えたんだろうな。
(ほんっとひでェセクハラ野郎でさぁ、加奈子のコトぉ~
ぜって~イヤらしい目で見てるしぃ~~~)
(………あっそ)
い、一発で機嫌最悪かよ!?
こいつもどんだけ嫉妬深いんだよっ!
「………つか、あやせたん?」
「わたしは、加奈子に、お兄さんの日頃の様子を話すように指示しただけですよ?」
………そうかよ。俺はあのクソガキにもセクハラ野郎と思われてたわけだ………
(でも、意外とやさしいやつでさ~。
ブリジットのヤツも結構懐いてるしさ~、意外と子供受けいいんだぜェ?)
(………………………)
正直、声が聞こえなくても分かる。
隣の部屋の低気圧は、既にハリケーンになる直前だってな。
(そうだ。最近、加奈子の事務所ぉ、あのクソガキが入ってきたじゃん?)
(えっと、こども専務のCMの祐クンだっけ?)
ああ、そんなこともあったな。
あんクソガキ、マジブチ殺したくなるレベルだったけどな!
いや、ちゃんと仕事になるよう、なだめすかしたり色々大変だったんだぜ?
まぁでも、ガキの話だしな、さすがに桐乃も落ち着くだろ。
(あの糞マネェ、ガキ相手に必死になっちゃてよぉ、マジ笑えたしぃ~)
(そ、そうなんだ)
(でも、意外と頼られててよぉ。あいつも新人みてェなモンなのによぉ?
先輩に対する態度とかぁ、シャカイジョーシキ?だとかぁ、
泣かせないように~って、おどおどしながら教えてやがんの!)
(なんでっ!!!)
突然桐乃が激高した。
(なんでっ!いつもあたし以外の人ばっか!!!)
(き、きりのぉ?)
ああ、そうか………こいつ、あの時も………
俺はたまらず駆け出していた。
あやせ。教えてくれて、ありがとうな。
「桐乃っ!」
扉を大きく開ける。
桐乃は、友達の前だというのに泣きはらしてしまっていた。
分かってる。
加奈子が何かをいった事が原因なわけじゃなくて、
最近………いや、これまでの俺の態度全てが原因だという事は。
「加奈子。お兄さんと桐乃は大事なお話があるから、こっちに、ね」
「お、おぅ?」
部屋の中には、俺たち兄妹だけが取り残されている。
「桐乃」
「何よ………」
「この前はごめん。俺、あやせやエロゲーの女の子に嫉妬してたんだ」
「な、何言ってんの、あ、あんた?」
まあ、ワケわからんよな?
俺だってあやせに指摘されるまで分からなかったわけだしな。
「俺、おまえが、あやせやエロゲキャラに入れ込んでるのを見て、
おまえを取られるみたいに感じてしまったんだ」
「………」
「それで、本気で嫌な気持ちになって、それで………」
「そっか、そうだったんだ」
桐乃の顔はまだ歪んでしまっているが、それは先程のものとは違う。
「あたしも………あたし自身おかしいと思うけど、たとえ男の人でも、
京介がどんどんその人に近づいていったり、一生懸命な所を見たら、
あたしが抑えられなくなったの………」
俺たち、やっぱり兄妹だから、凄く似てるんだな。
「今回の事、お互い様って事に、してくれるか?」
「うん………あんたも、あたしも、お互いに好き過ぎるからだって分かったから。いいよ」
「それじゃあ………これは『お詫び』じゃなくて、
おまえへの『プレゼント』ってことになるな」
俺は持っていた小さな箱を、桐乃に手渡す。
感情の高ぶっていた桐乃は、今になって、俺が箱を持っていたことに気が付いたようで、
目をぱちくりとさせている。
「ま、まあ、俺からの、本当の気持ちだって思ってくれ」
「う、うん………」
桐乃はおずおずと手を伸ばして受け取り、上目遣いに聞いてくる。
「ねえ、開けても良い?」
「ああ。今開けてくれ」
桐乃は包装を丁寧に剥がし、中に入っている上品な箱の蓋を開けた。
「ね、ねえ!こ、これって………!」
俺は決心してたのさ。
『俺が大切にしている女の子』に、俺の方から告白するってな。
「結婚しよう。桐乃」
End.
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最終更新:2011年06月25日 01:14