889 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/06/28(火) 01:07:28.38 ID:2YQN7GVa0
【SS】兄貴の背中
「なぁ桐乃。もし俺たちが兄妹じゃなかったら、俺たちはどんな関係だったと思う?」
いつものように二人並んでベッドの上で寝転びながらエロゲをしていると、京介が唐突に切り出した。
「はぁ?なに言ってんの?
もしかして、あたしたちの血がつながっていなかったら良かったのに、とでも思ってんの?
キモ!マジでキモい!」
京介に切り出されるまでもなく、そんな事は今までに何度も考えた。
結果は期待半分、不安半分。
むしろ、初めからお互い血が繋がっていないことを知っていたら、
もしかして京介はあたしを助けてくれなかったんじゃないのかっていう不安のほうが強かった。
「そうじゃなくてよ、完全な他人だったらって話」
「完全な他人だったら?」
それも一度だけ、考えた事がある。
結果は―
「あんたはすっごい地味だし、あたしはすっごい綺麗で文武両道、才色兼備だから、接点なんてまるでないよね」
「ああ。俺はエロゲなんてやらないし、アニメも見ないからアキバにも行かない。
もし会ったとしても、お互いの事なんか見ないんじゃないか?」
「そうだね。あんた、あたしを妹に持てた幸運に感謝しなさいよ。
ていうか、その幸運に自分の持てるものすべてつぎ込んじゃったんじゃないの?」
「うっせぇ。大きなお世話だってーの」
「拗ねない拗ねない。あんた、あたしがいなかったらずっとぐうたらしてるだけだっただろうしさ」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
あたしの言った事は、全部嘘だ。
京介がいなければ、今のあたしはなかった。
京介がいなければ、あたしは頑張れなかった。
京介がいなければ、あたしはエロゲもアニメも好きじゃなかった。
京介がいなければ、あたしは輝けなかった。
そしてきっと京介は、あたしがいなければもっと輝いていた。
昔、まなちゃんと一緒に遊んでいたときみたいに、もっと、ずっと、皆に対して魅力的だった。
近くにいなければその格好良さがわからないような、そんな人にはならなかった。
もっと素直で、真っ直ぐで、すごい男になっていた。
昔は分からなかった。今もつい最近まで気がつかなかった。
兄貴のあり方を捻じ曲げてしまったのは、きっとあたしなんだ。
だからきっと輝いていたのは兄貴のほうで、
地味な妹は遠くでその姿に憧れただろう。
そんなバカバカしい想像に心を揺さぶられた。
「どうしたんだ、桐乃。
お前もしかして、泣いてんのか?」
「~~!
こっち見んな!あっち向け!」
あたしの言葉に、京介は素直に背中を見せる。
駄目だ。京介と仲良くなって以来、涙もろくなってしまっている。
こんなただの想像で涙ぐんでしまうくらいに。
あたしはあたしだ。
京介が―兄貴がいなくてもあたしは変わらず、頑張れた。輝けた。
そう、ずっと兄貴に見てもらえなくても、頑張ってたじゃないか。
でもそうすると、頑張ったあたしは誰に誉められれば、認められれば満足できるのか。
本当に、あたしに兄貴は必要なのか。
今度は、そんな、本当にバカな事を考えてしまった。
「んっくっ・・・!」
何かが心から溢れてくる。
もう、何がなんだか分からない。
「おい桐乃、平気か?」
あたしをこんな風にした原因を作ったヤツが、優しく話しかけてくる。
本当に京介はバカだ。バカ兄貴だ。何も分かってくれない。
でも、こんなバカ兄貴でも、すでにあたしを形作る大切なモノだから、
それがなくなると想像しただけであたしの心はマイナスに傾いてしまう。
全部、京介のせいだ。
あたしは京介の背中に顔を埋めた。
「なあ、桐乃」
しばらくして涙が止まりはじめるころ、ずっと黙っていた京介が口を開いた。
「なによ」
そっけなく答える。
「俺は兄貴だからさ、お前が泣いてると止めなくちゃいけねえんだよ。
だからさ、何をすればいいか教えてくれねえか?」
「~~~!」
このバカは、こんな時にそんなことを言うのか。
「教えない!兄貴には絶対ムリだから」
「何でだよ」
「兄貴が、あたしが泣いた理由が分からなくて、
兄貴が、『兄妹だから』泣いて欲しくないって言ってるから」
あたしは意地悪だ。
京介があたしの真意を汲み取れない事を分かっていながら、こんな事を言ってしまう。
そう、京介は、兄貴はいつも―
「桐乃。俺は確かに妹に泣いて欲しくないけどよ、
それと同じくらい『桐乃』に泣いて欲しくないんだよ。
ぶっちゃけ、妹かどうかなんて関係なく今のお前を泣き止ませてやりたいんだ。
お願いだから、そんなこと言わずに俺に助けさせてくれよ」
いつも、本当に―
「・・・・・・分かったから、涙声をだすな」
「・・・・・・」
ぐすっと鼻をすする音だけが聞こえる。
本当に、泣き虫なんだから。
「―ねぇ、あんたさ、兄貴って呼ばれるの好き?」
京介の背中に身体を預ける。
今になって、その背中が記憶にあるものよりもずっと大きいということに気が付いた。
「・・・・・・あぁ」
「あんた、あたしがいないと女の子との接点もなくなるだろうし?
―だから、もしあたしたちがどんな形で出会っても、あたしがあんたを『兄貴』って呼んで連れ回してあげる。
だからさ、もしあたしが妹じゃなくても、ちゃんと人生相談受けてよね」
それがどんな『人生相談』かは分からないけど。
きっとそのあたしもあんたに助けを求めるはずだから。
「もちろん受けてやるさ。
桐乃が妹じゃなくても、お前が俺の事が大嫌いでも、俺がお前の事が大嫌いでも、お前になんて言われようと、お前になんて思われようと、
お前が困ってたら助けてやる。
俺は『桐乃』が大切だからな」
「うん。これからもずっと大切にしてよね、京介」
あたしは京介の背中にギュッっと抱きつく。
二人がどんな間柄でも、二人がどうやって出会っても、京介が変わらないのなら、
あたしはこの背中を見て、この背中を追いかけて、
きっとあたしはいつか、このように京介の背中に抱きつくんだろう。
「でもな、桐乃。
俺、お前に『京介』って呼ばれるのも嫌いじゃないんだぜ」
「・・・・・・ふ~ん。
じゃあ、あたしの一番になったらそう呼んであげる」
「そうか。それじゃあ頑張らないとな」
「うん。頑張ってあたしの一番になって、
あたしに『京介』って呼ばせてね」
甘えるように、京介の背中に頬をくっつける。
たぶんそのあたしも素直になれないと思うから、あたしの一番になった後も京介がいないと考えただけでダメになるくらいに、
もっともっと頑張ってよね。
「桐乃、泣き止んだか?」
「うん、色々とごめんね」
少しだけ素直に謝ってみる。
「いいんだよ。こういう風に抱きつかれるのも悪くないしな」
「!!!」
あ、あたし、京介に抱きついちゃってる!
京介に言われ、今自分がどんな事をしているのかようやく気がつく。
「~~~!」
顔が熱く、たまらなくなり、それを京介の背中に押し付ける。
「おい!」
「こっち見んな!」
京介が振り向かないよう、抱きつく腕に力をこめる。
「・・・・・・わかったよ。好きにしな」
「・・・・・・うん」
少しだけ、力を抜く。
「それで俺は、いつまでこうしてれば良いんだ?」
頭と体が落ち着いた後も、あたしは兄貴に抱きついたままだった。
「あたしが満足するまで」
「・・・・・・別にいいけどよ」
京介は観念したのか、強張っていた体から力が抜けるのが分かる。
あたしは抱き心地を確かめるように、少しだけ力を入れる。
・・・・・・心地いいな。
とっても大きくて、暖かくて、優しくて―
夜が明けるまで、とても満足できそうにない。
-END-
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最終更新:2011年06月30日 00:17