527 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/06/29(水) 20:26:18.26 ID:HNBFGTJ2P [4/8]
ここ最近、俺に日課になりつつことがある。
プシュッ、ゴクッゴクッ、ぷはぁ~。
「けっ、相変わらずうまくねえな。こんなもんが好きなやつの気が知れねえぜ」
所謂、寝る前の一杯というやつだ。
どうしてこんなものが俺の日課になりつつあるかといえば、それなりの理由がある。
ここ最近俺はひじょ~に寝つきが悪かった。
あることが頭をグルグルと渦巻いて、それが解決できずに朝まで悶々と悩み続けていたのだ。
しかもそれが連日だからタチが悪い。毎回同じことを考えて、結論が出ずに悩み続け、そうして気がつけば朝になっている。そんなことの繰り返す日々。
そしてそんなときに思いついたのがこれだった。
アルコールが入れば少しぐらい寝つきがよくなるんじゃないか。そんな安直な考えだったが、それがぴたりと嵌ってくれた。
親父がアルコールに強いだけに心配ではあったが、俺にはその遺伝子は受け継がれていなかったようだ。缶1本空ければ無理矢理にでも寝ることが出来る。それぐらい俺は酒に弱かった。
正直、警察官の息子が未成年での飲酒をすることに抵抗がないわけじゃない。でも背に腹は変えられないというだろう? 俺はそこまで追い詰められてたってことだ。
今じゃこれがないと眠りにつくことすら出来やしない。それぐらいに今俺がかかえている悩みは深刻なのだ。
「はっ、情けねえ話だな」
思わずポツリとぼやいてしまう。
こんなもんに逃げなきゃならんほど弱い自分に腹が立つ。
とん、とベッドに沿うように立つ壁に背を預けた。そうして自然と意識の向かう先は壁の向こう。
「あいつはもう寝ちまったか」
壁越しに聞こえる音に耳を澄ませるがたいした音は拾えない。時間も時間だし寝てても何も不思議はない。
ゴクリ、と缶チューハイをあおる。ジュースのような味の中に混じるアルコールが酷く不味かった。
「はぁ、俺は一体どうすればいいんだろうな」
白状しよう。俺が悩んでることってのは、他ならぬ妹の桐乃のことだ。
俺はこの夏、めでたく彼女が出来た。そして紆余曲折の末、夏の終わりに別れることとなった。―――彼女よりも、妹を選んで。
ああ、わかってるさ。それがどれだけおかしいってことはさ。
でも俺には耐えられなかったんだよ。桐乃が我慢して、苦しんで、影で泣いてるあいつの姿を考えると、それに耐えられなかった。
桐乃が我慢できるって言っても、俺が我慢できなかった。
妹の健気な思いやりを踏みにじって妹を選んじまった俺は、あいつに彼氏が出来るまでは俺も彼女をつくらない。そんな馬鹿な約束もしちまった。それが間違いだって言われても今更訂正する気もないけどな。
「大嫌い、か」
桐乃が元彼女と俺を復縁させようとした際、桐乃が言った言葉。
ずっとわかっていたはずだった。頭では理解していたはずだった。
けど、実際に言葉にされて、漸く実感した。そしてそのことに俺は思った以上にダメージを受けていた。
それこそ、桐乃に対する態度に出てしまうぐらいに。
俺にとっての一番でありたい。けれど俺のことが桐乃は大嫌いだという。
なんとも矛盾した話だ。大嫌いな相手の一番であって、あいつは何が嬉しいと言うんだろうか。
ああ、ああ、そうとも。今の俺にとって桐乃は何を差し置いても一番大事なやつだといえるだろうさ。じゃなけりゃ彼女をふってまで妹のことを選ぶわけがない。だけど、だけどだ。桐乃は俺のことが大嫌いなんだよ。
確かに俺は桐乃が大事だ。心配だ。大切にしたいと思ってる。出来れば仲良くしたいとも。
けれど、大嫌いなやつに仲良くしようと歩み寄られて、あいつは嬉しいと思うだろうか? 鬱陶しいと思わないだろうか?
大事だと思ってる相手に拒絶される。それが怖くて俺は桐乃に一歩引いた態度をとってしまっている。
これまでなら踏み込めた場所に踏み込めない。
今までの俺なら、そんなことを考えてても今まで通りの態度をとっていただろう。だからこそ、今の俺の状態がわからない。俺は何故、ここまで桐乃に拒まれることを恐れているのか。
それが俺の悩み。どうやっても答えの出ない螺旋階段。
グイッと喉に酒を流し込む。中身は半分を過ぎたぐらいまで減っていて、いい感じにほろ酔いになってきた。これならじきに寝れるだろう。
そんな時だった。何の前触れもなく部屋の戸が開いたのは。
きぃ、と音を立てて開いた戸の向こうには、もう寝ていただろうと思っていた桐乃の姿。
一瞬その姿に動揺するが、今更取り繕ったところで手遅れだと気付いた。ならもう普通に振舞うほかないか。
「よう。どうした、こんな深夜に」
「あんたに、いいたいことがあってきたんだケド……なにあんた、酒飲んでるの?」
「ん? おお、1本だけだよ1本だけ。別にいーじゃねーか。自分の金使ってんだしよ」
「そういう問題じゃないじゃん。何考えてんのあんた」
「うっせえよ。俺の勝手だ。んで? 話したいこととやらはなんだよ?」
いつも通りいつも通りと自分に念じながら桐乃に接する。
既に酒が入ってる状態でいつも通りもくそもないんだろうがそれそれこれはこれだ。
「チッ……あんたさ、最近あたしのこと避けてない?」
「んなわけねーだろ。何言ってんだ。俺はふつーだよ。フツーフツー」
バリバリ全開で怪しかった。酒が入ってるにしてもこれはあんまりだろう。
これじゃ桐乃のことをバカにできん。
「ウソ。絶対に避けてるじゃん。目をあわせようとしないし、合ってもすぐにそらすし。あたしが傍によるとちょっと遠ざかったりするし」
……バレバレじゃん俺。なんてわかりやすい。今更ながら自分の迂闊さに頭が痛いぜ。
その程度のことにすら頭が回ってなかったとは。本当に重症だな。
「いいじゃねーか。いつものことだろ?」
「よくない! あたしはそんなあんたの態度にムカついてるの!
急にちょっかいかけてくるようになったかと思ったらいきなりあたしのこと避けだして……意味わかんない。
あんたは一体あたしに何がしたいのよ!?」
あーあー、うるせえなぁこいつはよぅ。こちとらお前のことで頭かかえてるってのに。
ホントに自分勝手なお姫様だよ。そこまで言うなら全部ぶちまけてやるよ。もうどうなってもしらねえぞ?
アルコールが回りつつある頭は正常な判断が出来なくなりつつあるせいか、しらふならまずありえない選択肢を実行した。
「俺さ、結構傷ついてるんだぜ? お前に大嫌いって言われてさ」
いつだって桐乃に対する感情はぐちゃぐちゃで、まるで蓋をしたかのように頑なな俺の本音は、追い詰められて漸くその顔を覗かせる。そうして顔を見せる本音は、いつも俺が気付いてないことを俺自身に気付かせてくれる。
そんな本音をしまいこんだ箪笥が、酒が入ってるせいか、今は少しだけ開いてるようだった。
そしてやはり、俺の気付かない、気付けない想いが俺の口をついてでた。
「俺はさ、お前が好きなんだ」
目の前まできていた桐乃の瞳が見開かれた。
自分でも思ってもみなかった吐き出された言葉は、驚く程自然に心に収まった。
まるでぽっかりと開いていた穴がうまったように、足りなかったパズルのピースがはまったように。
酒で朦朧としている頭では、それがどういった意味での好きかはよくわからない。でもそれは確かな答えだった。
ああ、そうか。と不思議な納得が俺の心に浮かんだ。
だからか。だから俺は、あんなに桐乃に嫌われるのが怖かったのか。
もう嫌われてるのがわかってても、更に嫌われるのが怖くて、嫌いだといわれるのが怖くて。
「でもお前はさ、俺が嫌いなんだろ?
俺はお前が大事だ。心配だ。何よりも大切にしたい。でもな、そんなお前に嫌われてるって、きついんだぜ?
大事なお前だから、もっと仲良くなりたい。俺を好きになってほしい」
溢れた言葉はとどまる事を知らず、次々と信じられない言葉を紡いでいく。
頬に冷たいものが流れた気がした。
「けどさ、嫌われてるやつに何されたって、嬉しくねーじゃんか。むしろ傷つけるだけかもしれねー。
それじゃ俺は、どうしたらいいかわかんねーよ。お前に嫌われてる俺は、お前に何をしたらいい?」
最後に残った酒を一気に飲み込んだ。朦朧としていた意識が襲い掛かる睡魔に一気にあやふやになる。
それでも、俺の溢れる気持ちはやむことなく漏れていく。そして
「なあ、桐乃。俺はお前が何をして欲しいのか、さっぱりわからねえんだよ。
お前はどうしたら喜んでくれるんだ? どうしたら嬉しいんだ? どうしたら笑ってくれるんだ? 俺は――」
――どうしたらお前に好いてもらえるんだ?
俺の意識は眠りに落ちた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「京介?」
いきなりまくし立てるように言いたいことを言うだけ言った京介はかくんと頭を下げて押し黙ってしまった。
うなだれるように壁に背を預けて、俯いたたままの京介のそばに寄ってみると、その口からはスースーと寝息が聞こえていた。
もしかして寝ちゃったの?
そんな京介の前に回り、足の間に身を収めるように座り込んだ。覗き込んだ顔には、一筋の涙の跡。
そのままトン、と頭をその胸に預けた。
「ばか」
トスン、と片手で京介の胸を打つ。
「バカ」
トスン、トスンと京介を起こさないように、繰り返し胸を叩く。
「ばかっ…!」
何が、『お前のことが好き』よ。何が、『好いてもらえるんだ?』よ。
あたしがどうしたら喜ぶ? 嬉しい ?笑える? そんなの――決まってるのに。
京介があたしにしてくれることが、そばにいてくれることが嬉しくないはずがない。喜ばないはずがない。
そんな簡単なことが、なんであんたはわかんないの?
あたしの言葉ばっかりを真に受けて、どうしてその真意をわかろうとしてくれないの?
「嫌いよ」
言葉にしないとわかってくれないあんたが。
「嫌い」
言葉にしても伝わらないあんたが。
そして何より、こうやって全部京介のせいにして甘えてるあたしが――
「大嫌いっ」
縋りつくように京介の服を掴んで、その胸に顔をうずめた。
本当に、あたしはバカだ。
兄貴の泣いてるのがイヤだと、あれほど強く言ったのに結局あたしが兄貴を泣かしてる。
あたしが素直じゃないせいで、京介を泣かせてしまっている。
バカで、ヘタレで、鈍感で、不器用で―――そして誰よりもあたしを大事に想ってくれてる京介。
「ごめんね」
いつも素直じゃなくて。無茶ばっかりを押し付けて。嘘ばっかりついて。
「ありがとう」
どんな時もあたしの味方でいてくれて。大切なものを守ってくれて。あたしを選んでくれて。
いつの間にか流れていた涙が、京介の服を濡らしていた。
それから十分ほどしてから、あたしは京介の部屋を後にした。
京介はあのままの体勢じゃ明日辛いだろうから、横にして布団をかぶせておいた。アレなら風邪を引くこともないはず。
それにしても、あたしはどうしたらいいんだろう。
まさかあの言葉が、あそこまで京介を傷つけると思ってなかった。わかりきっていると、そう思ってたから。
あの言葉に嘘はない。けれど、全てが本当だとも言えない。
これ以上京介を傷つけないためには、どうしたらいいんだろう。
『俺は、お前に何をしたらいい?』
ああ、そっか。簡単なことだった。
京介は、あたしがして欲しいことがわからないっていった。
わからないから、教えてほしいって、そう言ってた。
嫌いな自分が何をしてもあたしを傷つけるかもって、バカな心配をしてた。
だったら教えてあげればいいんだ。あたしが京介にして欲しいことを。
素直になるのはちょっと怖くて、くやしいけど、あたしも京介に傷ついてほしくないから。
少しだけ、素直になってみよう。きっと、意地を張って上手くいかないだろうケド、少しづつ。
そうと決まれば今日は早く寝てしまおう。
丁度明日はお休みだ。
京介を誘って二人で出かけて、うんと京介を引っ張りまわしてやろう。
そこでたっぷりと教えてやればいい。
あんたは何も気にせずあたしに接すればいいんだって。何も心配する必要はないんだって。
「あは。あいつ、どんな顔するかな?」
少しだけ、それが楽しみだ。もし気持ち悪そうな顔をしたらひっぱたいてやるから。
「おやすみ、京介」
壁越しにかけた声が、優しく闇に溶けていった。
END
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最終更新:2011年07月02日 07:47